昨日(20日)は赤坂会館稽古場(本来は赤坂芸者のお姐さんたちが踊りの稽古をするところ)で開かれた「春風亭正太郎百貨店 赤坂支店 歳末大感謝祭五夜」の第四夜を聞く。春風亭正太郎は1981年目黒区生まれの二つ目。限定60席の会場はほぼ満員。演目は下記の通り。
入船亭扇ぽう 「寿限無」
春風亭正太郎 「堪忍袋」
入船亭扇遊「 棒鱈」
〜 仲入り 〜
扇遊・正太郎 対談
春風亭正太郎 「死神」
開口一番の前座・入船亭扇ぽうは入船亭扇遊の弟子。イガグリ頭にして童顔。あとで春風亭正太郎に「定吉(落語に出てくる丁稚の代名詞)みたいでしょ」といわれるが、今回が寄席以外の高座は初めてということだったらしい。それでも、さして緊張することもなく入船亭一門が最初に習うという『寿限無』を実直に好演。
「堪忍袋」は熊五郎とおかみさんの口喧嘩の仲裁をするために作られた‘’堪忍袋‘’が近所中に大評判となり、最後は商家のお嫁さんがその袋に姑の悪口を言うまでに、ということを描いたお話。作者は明治大正の実業家にして劇作家でもあった益田太郎冠者。正直、お話はたわいもない。しかし、それをいかに面白く演じるかが落語である。春風亭正太郎は緩急の抑揚をつけながら、噺を巧く進めていく。特におかみさんの嫉妬する表情や喋りは滑稽。彼にはこの噺が合う。あと蛇足だが、マクラで正太郎と奥さんが京都旅行に行った時に正太郎が「鳥獣戯画、見に行かない?」と言ったら、奥さんは「なんでそんな大容量のスマホが欲しいの」と。これには腹を抱えた。
ゲストの入船亭扇遊は今年3月に芸術選奨を受賞。もはや誰もが認める落語名人の一人。そして、その芸はあくまで清麗にしてスマート、そしてシックである。マクラ以外では余計なことをほどんど喋らない。下手な下ネタなどを入れない。とにかく格好いい落語家である。その師匠が意外にも「棒鱈」を披露。その話ぶりは小気味よく、前座や二つ目が演じる「棒鱈」とは一味も二味も違う。酒を飲むさま、胡椒でくしゃみをする仕草は秀逸で名人ならではと感心させらる。
対談では正太郎の師匠である春風亭正朝がまだ学生で、前座だった扇遊師匠の話を批評されて、師匠はムカついたといい、その正朝師匠が5代目春風亭柳朝に入門して寄席で会った時に「お前かあ」と叫んだのは爆笑モノ。これには、弟子の正太郎が平謝りでおかしかった。
正太郎の「死神」は決して怖くない。なったって、呪文が「アジャラカモクレン、アパマンショップ、テケレッツのパー」である。風刺をきかせていることによって、話がちょっと現実的になってしまう。それゆえに、話の比重はどうしても死神より一攫千金を求める男の方にいってしまう。それゆえか、男が商家で値段を吊り上げていく貪欲さや、枕元で死神が寝てしまう描写などが傑出している。これまでに春風亭小朝や柳家喬太郎が演じる怖い「死神」を聞いてきたが、正太郎のようにさっぱりした「死神」も悪くはない。ただ、もっと強欲な医者になった男の弱さをもう少し際立たせてもらいたかった。いずれ正太郎が真打になってからの「死神」を聞いてみたい。
金曜日, 12月 21, 2018
水曜日, 12月 19, 2018
ふるさと納税、あなたが住んでいる自治体の財政事情をご存知ですか
今年も残り2週間になった。そのせいかどうか知らないが、テレビではやたら「ふるさと納税」を扱っているCMが流れる。しかし、この「ふるさと納税」で得している自治体もあれば、損している自治体もあることを、納税者は自覚しているのだろうか。
そもそも「ふるさと納税」は自分の出身地の自治体や自然災害にあって困っている自治体を支援するために発足した制度である。ところが、昨今は自治体自身がCMを流すなどして、完全に返礼品目当ての利己主義的というか本末転倒な制度になっている。
このために、首都圏近郊の自治体は税収が減ってしまい、公共サービスや道路整備に支障を起こすことになりかねない。例えば、私が住む目黒区だが「ふるさと納税」のために毎年10億〜12億円の税収減になっている。確かに目黒区は税収が400億円余もあるが、実は決して裕福な自治体ではない。目黒区は特殊な事情からリーマッションクの2009年度以降ずっーと財政赤字が続いている。似たような自治体は東京にはいくつもある。
私は「ふるさと納税」そのものを否定するつもりはないが、自分が住んでいる自治体の財政事情を知らずして、返礼品目当てで「ふるさと納税」をするなんていうことは納税者として恥ずかしくないだろうか。あなたは自分が住んでいる自治体の財政事情をご存知ですか。
そもそも「ふるさと納税」は自分の出身地の自治体や自然災害にあって困っている自治体を支援するために発足した制度である。ところが、昨今は自治体自身がCMを流すなどして、完全に返礼品目当ての利己主義的というか本末転倒な制度になっている。
このために、首都圏近郊の自治体は税収が減ってしまい、公共サービスや道路整備に支障を起こすことになりかねない。例えば、私が住む目黒区だが「ふるさと納税」のために毎年10億〜12億円の税収減になっている。確かに目黒区は税収が400億円余もあるが、実は決して裕福な自治体ではない。目黒区は特殊な事情からリーマッションクの2009年度以降ずっーと財政赤字が続いている。似たような自治体は東京にはいくつもある。
私は「ふるさと納税」そのものを否定するつもりはないが、自分が住んでいる自治体の財政事情を知らずして、返礼品目当てで「ふるさと納税」をするなんていうことは納税者として恥ずかしくないだろうか。あなたは自分が住んでいる自治体の財政事情をご存知ですか。
月曜日, 10月 22, 2018
柳の家の三人会@パーシモンホール
先日(18日)めぐろパーシモンホールで「柳の家の三人会」を聞く。出演者と演目は下記の通り
柳家圭花 「浮世根問」(うきよねどい)
柳家喬太郎 「夢の酒」
〜 仲入り 〜
柳家三三 「金明竹」
柳家花緑 「紺屋高尾」
開口一番は柳家花緑の弟子の柳家圭花。風貌や語り口から柳家三三の弟子かなと思ったが(三三に弟子はいない)、1200人満員の客席にも全く物怖じせず飄々と話す大器。じっくりゆっくり古典の王道を歩んでもらいたい。
喬太郎のマクラはお得意の沿線駅語り。今はもうないが東横線「高島町」駅と代官山駅の終点ひとつ前の駅の比較。これにはお客の多くが東横線沿線住民ということもあり、いきなり大盛り上がり。続けて彼が住む池袋愛を発揮して隣駅(目白と大塚)の違いを力説する。いつもながら喬太郎のマクラは楽しい。で、このままマクラで終わってしまうかと思ったら、池袋でAVを借りてしまったという夢話から「夢の酒」へ。「夢の酒」は若旦那の夢に嫉妬する嫁(お花)をなだめる大旦那が同じ夢を見に行くというお話。本来ならばお花が夢に対していじらしく焼き餅を描くのだが、そこは喬太郎、膝を立ててお花の嫉みを大きく表現して場内を笑わす。
「寿限無」と並んで早口言葉で有名な「金明竹」。普段は前座噺として後半部分だけが寄席などで頻繁に掛けられるが、今回は松公がどうして骨董屋の店番をしているかなど前半部分も詳細に演じる。これまで柳家三三の落語は何度も聞いているが、私はどうも相性が良くなく、いつも感心することがなかった。しかし、今日は違った。喬太郎、花緑には申し訳ないが、この日一番の出色の出来だった。というのも、なんというかこれまで感じていた師匠(柳家小三治)の色を全く感じさせなかったからだ。三三は落研出身でなく小三治の純粋培養で育った落語家のため、どうしても小三治の色を出してしまう。しかし、この日は弾けていた。飛んでいた。怖いもの知らずで自分を曝け出していた。落語はやっぱり無の境地で馬鹿にならないと。
「紺屋高尾」は神田紺屋町の染物職人、久蔵が吉原の三浦屋・高尾太夫に恋患いをして、3年間あくせく働きお金を貯めて彼女と会い、その心意気に惚れた彼女が翌年の年季明けに久蔵に嫁ぐというハッピーエンドな廓噺。これまでに何人ものこの噺を聞いたが、柳家花緑の「紺屋高尾」は心地よい。なんというかお客と一緒になって親近感を感じさせる。艶っぽいところも明るく演じて心をウキウキさせてくれる。人によって「こんな軽い『紺屋高尾』なんか」と云うかもしれないが、ハッピーな気持ちで家路(私は飲み屋だが)につかせてくれるのも嬉しいものである。
今回の「柳の家の三人会」は演目はいわゆる定番中の定番だったかもしれないが、喬太郎の熱演、三三の好演、そして、花緑の快演と三者三様で大満足の落語会だった。
日曜日, 9月 09, 2018
第73回扇辰・喬太郎の会
昨日(8日)は国立演芸場で「第73回扇辰・喬太郎の会」を聞く。入船亭扇辰と柳家喬太郎は同期。落語会には同期の勉強会は数多くあるが、この二人会ほど人気のあるものはなくチケットはいつも即完売。
さて、演目は下記の通り。仲入り後の2席はネタおろし。
柳家寿伴 「金明竹」
入船亭扇辰 「田能久」
柳家喬太郎 「品川心中」
〜 仲入り 〜
柳家喬太郎 「親子酒」
入船亭扇辰 「江戸の夢」
開口一番の 柳家寿伴は柳家三寿の弟子。柳家三寿は五代目柳家小さんの弟子なのだが、私は一度も聞いたことがない。そして、前座である柳家寿伴も初めて聞くが、彼は年齢もある程度いっているので物怖じしない姿勢と滑舌の良さで前座離れしている。将来楽しみだ。
マクラは藪歯医者の話。「田能久」は芝居好きの久兵衛さんが一座を結成。旅の途中で大蛇の化身である老人とトラブルになるという噺。これまでにこの噺は何度も聞いているが、正直あまり好きになれない。そのせいか、それとも競馬疲れか睡魔に襲われる。
マクラは翌日に控えた謝楽祭のために今日は打ち上げがないという暴露話(ホント?)と、落語監修をしている10月からNHKで始まるドラマ「昭和元禄落語心中」の裏話。いつもながら喬太郎のマクラは楽しい。さて「品川心中」は売れなくなった遊女・お染が貸本屋の金蔵を道連れに自殺をしようという廓噺。この噺、本来はしっとりした古典風の展開で描かれるのが一般的だが、喬太郎ということでどことなく現代風。いいんです。w
「親子酒」は断酒した親子が結局はその禁を破るというお決まりの噺。喬太郎がこのネタを持っていなかったのに少し驚いたが、噺の主軸を親子だけでなく、女将さんと旦那子供にも置いているところが面白い。喬太郎ワールドだ。
「江戸の夢」は劇作家宇野信夫が六代目三遊亭円生のために書いたもの。初演は1967年(昭和42年)11月。もともと歌舞伎の台本だったのでかなりドラマチックな展開。お話は庄屋の武兵衛が江戸見物の折に、婿の藤七に頼まれて浅草のお茶屋・奈良屋にお茶の出来具合を鑑定してきてもらいたい、として訪ねる。そして、藤七と奈良屋の関係が明かされていく・・・。とてもネタおろしとは思えないほど完璧な扇辰の話しぶり。江戸近郊の田舎の光景や江戸の大店の光景が目に浮かぶ。まるで喬太郎の師匠である柳家さん喬のよう。ブラボー!
さて、演目は下記の通り。仲入り後の2席はネタおろし。
柳家寿伴 「金明竹」
入船亭扇辰 「田能久」
柳家喬太郎 「品川心中」
〜 仲入り 〜
柳家喬太郎 「親子酒」
入船亭扇辰 「江戸の夢」
開口一番の 柳家寿伴は柳家三寿の弟子。柳家三寿は五代目柳家小さんの弟子なのだが、私は一度も聞いたことがない。そして、前座である柳家寿伴も初めて聞くが、彼は年齢もある程度いっているので物怖じしない姿勢と滑舌の良さで前座離れしている。将来楽しみだ。
マクラは藪歯医者の話。「田能久」は芝居好きの久兵衛さんが一座を結成。旅の途中で大蛇の化身である老人とトラブルになるという噺。これまでにこの噺は何度も聞いているが、正直あまり好きになれない。そのせいか、それとも競馬疲れか睡魔に襲われる。
マクラは翌日に控えた謝楽祭のために今日は打ち上げがないという暴露話(ホント?)と、落語監修をしている10月からNHKで始まるドラマ「昭和元禄落語心中」の裏話。いつもながら喬太郎のマクラは楽しい。さて「品川心中」は売れなくなった遊女・お染が貸本屋の金蔵を道連れに自殺をしようという廓噺。この噺、本来はしっとりした古典風の展開で描かれるのが一般的だが、喬太郎ということでどことなく現代風。いいんです。w
「親子酒」は断酒した親子が結局はその禁を破るというお決まりの噺。喬太郎がこのネタを持っていなかったのに少し驚いたが、噺の主軸を親子だけでなく、女将さんと旦那子供にも置いているところが面白い。喬太郎ワールドだ。
「江戸の夢」は劇作家宇野信夫が六代目三遊亭円生のために書いたもの。初演は1967年(昭和42年)11月。もともと歌舞伎の台本だったのでかなりドラマチックな展開。お話は庄屋の武兵衛が江戸見物の折に、婿の藤七に頼まれて浅草のお茶屋・奈良屋にお茶の出来具合を鑑定してきてもらいたい、として訪ねる。そして、藤七と奈良屋の関係が明かされていく・・・。とてもネタおろしとは思えないほど完璧な扇辰の話しぶり。江戸近郊の田舎の光景や江戸の大店の光景が目に浮かぶ。まるで喬太郎の師匠である柳家さん喬のよう。ブラボー!
水曜日, 9月 05, 2018
安倍政権下での災害の数々
数年前TwitterやMixiなどのSNSで「民主党政権だから東日本大震災が起きたんだ」と言う愚かなことをいう輩がいっぱいいた。しかし安倍政権になってから西日本を中心に多くの災害が起きているに「安倍政権だから災害が立て続けに起きるんだ」と言う輩はいない。不思議だ。
下記は安倍政権になってから災害の数々。
下記は安倍政権になってから災害の数々。
2015年(平成27年)9月 関東東北豪雨
・鬼怒川氾濫、常総市浸水
・鬼怒川氾濫、常総市浸水
2016年(平成28年)4月14日 熊本地震
・震度7、熊本城大被害
・震度7、熊本城大被害
2016年(平成28年)7〜8月 平成26年豪雨
・広島市土砂災害
・広島市土砂災害
2017年(平成29年)7月 九州北部豪雨
・朝倉市・日田市大被害
・朝倉市・日田市大被害
2018年(平成30年)7月 西日本豪雨
・倉敷市真備町水没、広島県・愛媛県など土砂災害
・倉敷市真備町水没、広島県・愛媛県など土砂災害
2018年(平成30年)6月18日 大阪地震
・ブロック塀倒壊、大阪府北部中心に被害
・ブロック塀倒壊、大阪府北部中心に被害
2018年(平成30年)9月4日 台風21号
・関西地方大被害、関西空港無機能化
【追記】
・関西地方大被害、関西空港無機能化
【追記】
2018年(平成30年)9月5日 北海道地震
・全道停電、厚真町大規模土砂崩れ
・全道停電、厚真町大規模土砂崩れ
火曜日, 8月 28, 2018
夏バテにアイス枕
どうやら夏バテである。
土曜、日曜と正午から午後4時まではいつも通りに競馬に興じた。成績は土曜も日曜も収支はプラスで良かったのだが、そのあとがイケナイ。ジムに行って運動でもしようかと思うが、体が思うように動かない。思わず「あれ?」「夏バテ?」と感じて体温を計ると37.2度。う〜ん、では少し寝るかとソファに横になったら、なんと2時間以上も眠ってしまった。
そこで、東洋医学に精通している知人にメールをしたところ「麹で作った甘酒、スイカ、きゅうりなどを食べましょう」「持続性のあるアイス枕で寝るようにしましょう」「微熱は気にしなくていいです」などのアドバイスが次々と送られてきた。ありがたい限りである。で、それを実践したところ、なかなか調子がいい。特にアイス枕のおかげで薄かった眠りが深くなったような気がする。
夏バテだと思ったら、食事も大事だがアイス枕を利用しましょう。なお、このアイス枕、製品によって冷たさがかなり違うみたいなので、タオルを使ってうまく温度調整をしましょう。
土曜、日曜と正午から午後4時まではいつも通りに競馬に興じた。成績は土曜も日曜も収支はプラスで良かったのだが、そのあとがイケナイ。ジムに行って運動でもしようかと思うが、体が思うように動かない。思わず「あれ?」「夏バテ?」と感じて体温を計ると37.2度。う〜ん、では少し寝るかとソファに横になったら、なんと2時間以上も眠ってしまった。
そこで、東洋医学に精通している知人にメールをしたところ「麹で作った甘酒、スイカ、きゅうりなどを食べましょう」「持続性のあるアイス枕で寝るようにしましょう」「微熱は気にしなくていいです」などのアドバイスが次々と送られてきた。ありがたい限りである。で、それを実践したところ、なかなか調子がいい。特にアイス枕のおかげで薄かった眠りが深くなったような気がする。
夏バテだと思ったら、食事も大事だがアイス枕を利用しましょう。なお、このアイス枕、製品によって冷たさがかなり違うみたいなので、タオルを使ってうまく温度調整をしましょう。
月曜日, 8月 20, 2018
第八回春風亭正太郎の冒険
昨日(19日)はめぐろパーシモンホール(小ホール)で「春風亭正太郎の冒険」を聞く。春風亭正太郎は1981年目黒区生まれ。春風亭正朝に入門して13年。地元での落語会も今回で8回目。定員200人の会場は満杯で7〜8割は女性。そして、その半分近くは年配の方で、彼女らはまるで自分の子供の晴れ姿を見るかのよう。(笑)
演目は下記の通り。
金原亭駒六 「元犬」
春風亭正太郎 「棒鱈」
「鰻の幇間」
〜 仲入り 〜
林家二楽 紙切り
春風亭正太郎 「景清」
開口一番の前座・金原亭駒六は金原亭馬生の弟子。面長でインテリ風な顔立ち。その話し方も落ち着いている。馬生師匠のお弟子さんということから、正統派落語の王道を歩まれるのではないだろうか。
「棒鱈」は隣座敷になった酔っ払いの町人と田舎侍のドタバタを描く噺。落語にはお酒にまつわる噺はいくつもあるがこれはその代表的な滑稽噺。春風亭正太郎はとにかく声がいい。滑舌は当然のことながら、その使い分けが上手い。この噺においても単に酔っ払いの声だけでなく、奇声を使って下手な歌をところなど絶品である。
「鰻の幇間」は幇間の一八が鰻を食べたいがために、太鼓持ちをするが逆に客に逃げられてなけなしの10円(明治時代は大金)を払う羽目に合う情けないお噺。登場人物は幇間の一八と客の二人だけということもあり、キャラクターを明確に分けて演じる。ただ、どうも正太郎には幇間が似合わない。育ちの良さからだろうか、それともその体型からだろうか・・・。
ゲストは紙切りの林家二楽。まずはハサミ試しに桃太郎を切った後にリクエストに応える。1つ目は「両国の花火」。花火と力士を艶やかに描く。2つ目は「カピバラ」。カピバラは春風亭正太郎の愛称もしくは別名であり、二楽師匠はその辺をちゃんとわきまえていてカピバラと正太郎を一緒に描く。そして、最後は弟子(実の息子でもある)の林家八楽を呼び寄せて「ネコ」を親子で紙切り。完成させたのは「ドラえもん」と「ドラミちゃん」。鮮やかな共演である。
「景清」は個人的に好きな演目の一つ。盲目の定次郎が願掛けのために100日続けて観音さまに通うが、満願の日になっても目は開かない。ところが、そこに雷鳴が響いて定次郎は失神。そして、気がついたら目が見えるという人情噺。春風亭正太郎にとって今回がネタおろし(初演)だったが、そんなことを微塵も感じさせず、ぐいぐいとお客を話に引きづりこんでいく。是非とも「十八番」の一つにしてもらいたい。頑張れ、カピバラ。
演目は下記の通り。
金原亭駒六 「元犬」
春風亭正太郎 「棒鱈」
「鰻の幇間」
〜 仲入り 〜
林家二楽 紙切り
春風亭正太郎 「景清」
開口一番の前座・金原亭駒六は金原亭馬生の弟子。面長でインテリ風な顔立ち。その話し方も落ち着いている。馬生師匠のお弟子さんということから、正統派落語の王道を歩まれるのではないだろうか。
「棒鱈」は隣座敷になった酔っ払いの町人と田舎侍のドタバタを描く噺。落語にはお酒にまつわる噺はいくつもあるがこれはその代表的な滑稽噺。春風亭正太郎はとにかく声がいい。滑舌は当然のことながら、その使い分けが上手い。この噺においても単に酔っ払いの声だけでなく、奇声を使って下手な歌をところなど絶品である。
「鰻の幇間」は幇間の一八が鰻を食べたいがために、太鼓持ちをするが逆に客に逃げられてなけなしの10円(明治時代は大金)を払う羽目に合う情けないお噺。登場人物は幇間の一八と客の二人だけということもあり、キャラクターを明確に分けて演じる。ただ、どうも正太郎には幇間が似合わない。育ちの良さからだろうか、それともその体型からだろうか・・・。
ゲストは紙切りの林家二楽。まずはハサミ試しに桃太郎を切った後にリクエストに応える。1つ目は「両国の花火」。花火と力士を艶やかに描く。2つ目は「カピバラ」。カピバラは春風亭正太郎の愛称もしくは別名であり、二楽師匠はその辺をちゃんとわきまえていてカピバラと正太郎を一緒に描く。そして、最後は弟子(実の息子でもある)の林家八楽を呼び寄せて「ネコ」を親子で紙切り。完成させたのは「ドラえもん」と「ドラミちゃん」。鮮やかな共演である。
「景清」は個人的に好きな演目の一つ。盲目の定次郎が願掛けのために100日続けて観音さまに通うが、満願の日になっても目は開かない。ところが、そこに雷鳴が響いて定次郎は失神。そして、気がついたら目が見えるという人情噺。春風亭正太郎にとって今回がネタおろし(初演)だったが、そんなことを微塵も感じさせず、ぐいぐいとお客を話に引きづりこんでいく。是非とも「十八番」の一つにしてもらいたい。頑張れ、カピバラ。
水曜日, 7月 18, 2018
子供の頃の気温と今年の気温
子供の頃(小学校高学年)夏休みになると私は毎日のように学校のプールに泳ぎに行っていた。そのおかげで夏の時期の記憶はしっかり甦る。
小学校4年生だった1964年、この年の梅雨明けは7月22日でほぼ平年並みだったが、翌23日に最高気温が33.7度を記録してからは連日32〜33度が続いた。そして、8月の中旬には34〜35度の日が続き大変な猛暑だった。また、この年は梅雨の降雨量が極端に少なく「東京砂漠」といわれる水不足の年でもあった。それゆえに、プールの取水制限が行われ、8月の終わりころは全く泳げなかった。そして、この年は10月に東京オリンピックを控えたこともあり、時の建設大臣河野一郎が利根川から緊急に水を引いたり、東京のあちこちで井戸を掘ることになってしまったことをよく憶えている。ちなみにこの年の8月の平均気温は27.8度あり、月平均の最高気温も32.2度もあった。
小学校5年生の1965年は平年並みの夏だった。梅雨明けは7月27日と遅く、翌々日の29日にようやく30度超えして13日までは暑い日々が続いたが、それ以降は30度を超える日は少なかった。この年は前年のような水不足もなく、私はこの年に2種の泳法で100m以上泳げるようになり1級の認定をもらった。ちなみにこの年の8月の平均気温が26.7度で、月平均の最高気温も30.8度と過ごしやすい夏だった。
1966年は最終学年。この年の梅雨明けは7月19日だったが、この年はちょっと冷夏だった。プールがとても冷たかったことを覚えている。中学受験をする連中はプールに来なくなり、また1級のクラスで泳ぐようになったため、かなりスピードを出して泳ぐようになった。それでも、クラスで一番の森敬子にはとても敵わなかった。その彼女も今では鬼籍の人になってしまった。もう一度、彼女と泳いでみたかった。この年の8月の平均気温は26.9度で、月平均の最高気温30.4度だった。
このように子供の頃(小学校高学年)は1964年を除いては、最高気温は33度ぐらいが普通であり、現在のような暑さを感じることはほどんどなかった。もちろん、家にはエアコンなどなく扇風機だけで十二分に過ごすことができた。
最後にちょっときになるデータを1つ。この10年間で月平均の最高気温値を出したのは、記憶に新しい猛暑だった2010年8月で、その数値は33.5度(過去最高は1995年8月の33.7度)である。しかしながら、今年の7月はまだ16日までのデータにもかかわらず32.1度もある。もしこのまま最高気温が35度前後の日々が続くと8年前の記録を破ってしまう・・・。加えて言うならば、東京の観測地点は2014年11月に大手町の気象庁から北の丸公園に代わり、最低気温は1度以上、最高気温は0.5度以上低くなったと言われている。つまり、もしこの7月の最高気温値が33度を超えたならば、実質2010年8月のあの猛暑を超えた暑さということにもなってしまう・・・。
小学校4年生だった1964年、この年の梅雨明けは7月22日でほぼ平年並みだったが、翌23日に最高気温が33.7度を記録してからは連日32〜33度が続いた。そして、8月の中旬には34〜35度の日が続き大変な猛暑だった。また、この年は梅雨の降雨量が極端に少なく「東京砂漠」といわれる水不足の年でもあった。それゆえに、プールの取水制限が行われ、8月の終わりころは全く泳げなかった。そして、この年は10月に東京オリンピックを控えたこともあり、時の建設大臣河野一郎が利根川から緊急に水を引いたり、東京のあちこちで井戸を掘ることになってしまったことをよく憶えている。ちなみにこの年の8月の平均気温は27.8度あり、月平均の最高気温も32.2度もあった。
小学校5年生の1965年は平年並みの夏だった。梅雨明けは7月27日と遅く、翌々日の29日にようやく30度超えして13日までは暑い日々が続いたが、それ以降は30度を超える日は少なかった。この年は前年のような水不足もなく、私はこの年に2種の泳法で100m以上泳げるようになり1級の認定をもらった。ちなみにこの年の8月の平均気温が26.7度で、月平均の最高気温も30.8度と過ごしやすい夏だった。
1966年は最終学年。この年の梅雨明けは7月19日だったが、この年はちょっと冷夏だった。プールがとても冷たかったことを覚えている。中学受験をする連中はプールに来なくなり、また1級のクラスで泳ぐようになったため、かなりスピードを出して泳ぐようになった。それでも、クラスで一番の森敬子にはとても敵わなかった。その彼女も今では鬼籍の人になってしまった。もう一度、彼女と泳いでみたかった。この年の8月の平均気温は26.9度で、月平均の最高気温30.4度だった。
このように子供の頃(小学校高学年)は1964年を除いては、最高気温は33度ぐらいが普通であり、現在のような暑さを感じることはほどんどなかった。もちろん、家にはエアコンなどなく扇風機だけで十二分に過ごすことができた。
最後にちょっときになるデータを1つ。この10年間で月平均の最高気温値を出したのは、記憶に新しい猛暑だった2010年8月で、その数値は33.5度(過去最高は1995年8月の33.7度)である。しかしながら、今年の7月はまだ16日までのデータにもかかわらず32.1度もある。もしこのまま最高気温が35度前後の日々が続くと8年前の記録を破ってしまう・・・。加えて言うならば、東京の観測地点は2014年11月に大手町の気象庁から北の丸公園に代わり、最低気温は1度以上、最高気温は0.5度以上低くなったと言われている。つまり、もしこの7月の最高気温値が33度を超えたならば、実質2010年8月のあの猛暑を超えた暑さということにもなってしまう・・・。
月曜日, 7月 16, 2018
長崎大水害を知っていますか
この7月5日(木曜)夕方、西日本で豪雨災害が起き始めている時、私は広尾のレストランで相方と食事をしていた。そのとき私が勝手に話題にしたのが長崎大水害。というのも、その日の午後2時に気象庁は臨時の記者会見を行い、梅雨前線がしばらく停滞するため、西日本と東日本では大雨が降る状態が8日ごろまで続き、記録的な大雨になるおそれがあると警告していたからである。
長崎大水害は1982年(昭和57年)7月23日から24日にかけて長崎県長崎市を中心とした集中豪雨で、死者・行方不明者は300名近くになった大災害である。私は当時某出版社に勤めていて、その酷い状況をテレビおよびラジオで注視していたので鮮明な記憶がある。ただ、相方は私より一回り近く歳が離れていることもあり、当時高校生で夏休みだったらしく長崎大水害のことをよく覚えていない、と言った。
最近の水害というと4年前の広島市を中心とした土砂災害が記憶に新しいが、私はなぜか今回の水害が長崎大水害のようになるのではという嫌な予感がしていた。しかし、同じ時間帯に安倍晋三をはじめとした50人近い自民党議員たちは「赤坂自民亭」と称して議員会館で長崎大水害のことを思い出すこともなく宴会にあけくれていた。
私は言いたい。「赤坂自民亭」でハシャいでいた自民党議員よ、長崎大水害のことを思い起こすことはなかったのか。広島土砂災害のことを思い出すことをなかったのか。一般市民である私ですら危惧しているのに、それを思い返すことができない政治家など無用の産物である。
自民党・公明党政治に早く終止符を打たなければ日本は滅びてしまう。
https://www.youtube.com/watch?v=Vl2azVToRnc
長崎大水害は1982年(昭和57年)7月23日から24日にかけて長崎県長崎市を中心とした集中豪雨で、死者・行方不明者は300名近くになった大災害である。私は当時某出版社に勤めていて、その酷い状況をテレビおよびラジオで注視していたので鮮明な記憶がある。ただ、相方は私より一回り近く歳が離れていることもあり、当時高校生で夏休みだったらしく長崎大水害のことをよく覚えていない、と言った。
最近の水害というと4年前の広島市を中心とした土砂災害が記憶に新しいが、私はなぜか今回の水害が長崎大水害のようになるのではという嫌な予感がしていた。しかし、同じ時間帯に安倍晋三をはじめとした50人近い自民党議員たちは「赤坂自民亭」と称して議員会館で長崎大水害のことを思い出すこともなく宴会にあけくれていた。
私は言いたい。「赤坂自民亭」でハシャいでいた自民党議員よ、長崎大水害のことを思い起こすことはなかったのか。広島土砂災害のことを思い出すことをなかったのか。一般市民である私ですら危惧しているのに、それを思い返すことができない政治家など無用の産物である。
自民党・公明党政治に早く終止符を打たなければ日本は滅びてしまう。
https://www.youtube.com/watch?v=Vl2azVToRnc
木曜日, 7月 12, 2018
柳亭市弥 & 春風亭朝之助@第28回チェロキー寄席
昨日(11日)は学芸大学「Cherokee LIVE TAVERN」で柳亭市弥と春風亭朝之助出演の「チェロキー寄席」を聞いてきた。
先々月聞いた春風亭正太郎と柳家ほたるは絵を得意とする落語家ということで「画伯の会」もしくは「絵師の会」と勝手に名をつけたが、今回は共に1984年生まれということで「84年生まれの会」もしくは「子年の会」または「ネズミの会」である。w
さて、演目は下記の通り。
柳亭市弥 『唐茄子屋』
春風亭朝之助 『蛙茶番』
〜 仲入り 〜
春風亭朝之助 『幇間腹』
柳亭市弥 『禁酒番屋』
『唐茄子屋』は与太郎が掛け値なし、つまり原価でカボチャ(=唐茄子)を歩いてしまうという小話風な落語。柳亭市弥は7月上旬は柳亭左龍師匠らと共に東北を巡業してきたという。そこで毎日地元の人たちとの打ち上げで飲み食いして体重が3キロも増えてしまったとか。そのせいかどうかわからないが、話し方に以前より余裕がある。与太郎が生き生きして気持ちよかった。
『蛙茶番』は素人芝居の巨大なガマガエル役を急な代役で頼まれた定吉と舞台番の半次が繰り広げるドタバタ劇。春風亭朝之助は師匠の春風亭一朝譲りの江戸弁で話を進めていくが、若干空回りの感がある。江戸弁は威勢がいいだけではないと思う。
『幇間腹』は道楽な若旦那が幇間の一八に針を打つという話。今度は春風亭朝之助の威勢のいい江戸弁は快活に聞こえてくる。不思議である。また一八の喜怒哀楽や裏表の顔の使い分け方など素晴らしい。
『禁酒番屋』は酒の番人がいるところをどう通り抜けるかという話で、そのために、酒屋がカステラ屋なったり、油屋、そして最後に小便屋までになるという滑稽噺。イケメンで女性にも人気がある柳亭市弥だが、この噺のような下世話な噺が意外というかかなり合う。この噺、師匠の柳亭市馬でも聞いたことがあるし、柳家喬太郎でも聞いたことがある。柳家の得意どころなのだろうが、市弥も是非とも十八番にしてもらいたい。
先々月聞いた春風亭正太郎と柳家ほたるは絵を得意とする落語家ということで「画伯の会」もしくは「絵師の会」と勝手に名をつけたが、今回は共に1984年生まれということで「84年生まれの会」もしくは「子年の会」または「ネズミの会」である。w
さて、演目は下記の通り。
柳亭市弥 『唐茄子屋』
春風亭朝之助 『蛙茶番』
〜 仲入り 〜
春風亭朝之助 『幇間腹』
柳亭市弥 『禁酒番屋』
『唐茄子屋』は与太郎が掛け値なし、つまり原価でカボチャ(=唐茄子)を歩いてしまうという小話風な落語。柳亭市弥は7月上旬は柳亭左龍師匠らと共に東北を巡業してきたという。そこで毎日地元の人たちとの打ち上げで飲み食いして体重が3キロも増えてしまったとか。そのせいかどうかわからないが、話し方に以前より余裕がある。与太郎が生き生きして気持ちよかった。
『蛙茶番』は素人芝居の巨大なガマガエル役を急な代役で頼まれた定吉と舞台番の半次が繰り広げるドタバタ劇。春風亭朝之助は師匠の春風亭一朝譲りの江戸弁で話を進めていくが、若干空回りの感がある。江戸弁は威勢がいいだけではないと思う。
『幇間腹』は道楽な若旦那が幇間の一八に針を打つという話。今度は春風亭朝之助の威勢のいい江戸弁は快活に聞こえてくる。不思議である。また一八の喜怒哀楽や裏表の顔の使い分け方など素晴らしい。
『禁酒番屋』は酒の番人がいるところをどう通り抜けるかという話で、そのために、酒屋がカステラ屋なったり、油屋、そして最後に小便屋までになるという滑稽噺。イケメンで女性にも人気がある柳亭市弥だが、この噺のような下世話な噺が意外というかかなり合う。この噺、師匠の柳亭市馬でも聞いたことがあるし、柳家喬太郎でも聞いたことがある。柳家の得意どころなのだろうが、市弥も是非とも十八番にしてもらいたい。
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