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火曜日, 3月 05, 2024

錦帯橋を渡る子供たち 一生自慢できる通学路だ

大分の岡城跡、原尻の滝、小倉競馬、岩国の錦帯橋&岩国城などを訪れる旅をしてきたのですが、最も印象に残ったのがこの写真です。

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、朝宿泊しているホテルから錦帯橋を見ると、ランドセルを背負った小学生が何人も橋を渡っているではありませんか。

いや〜、国の史跡名勝天然物に指定された橋を渡って学校に通うのです。なんと羨ましいというか、子供にとっては大変かもしれませんが、大人になったら間違いなく一生自慢できる通学路でもあります。

岩国出身の知り合いによると、吉香公園(旧岩国高校跡)などがある横山地区の子供たちはランドセルにパスケース(通行許可証が入っている)を下げて登校するそうです。ただ、雪の日は橋を渡るのがめちゃ怖いとのことです。

確かに橋を渡ったときに、風の強い日や雨の日は大変だろうなあと思いましたが、雪の日はスリップしたりするかもしれないので、怖いに違いありません。おそらくそんな日は大人がある程度見守っているとは思うのですが・・・。

現在、錦帯橋は世界遺産登録を目指しています。もし登録がなされたなら、日本で最初の世界遺産の通学路の橋になるのではないでしょうか。いずれにしろ、一生自慢できる通学路だと思います。

火曜日, 2月 13, 2024

静岡の旅③ 清水の次郎長

清水の次郎長といえば、戦後の映画やドラマの花形であった。その原作は村上元三の連作時代小説「次郎長三国志」。だが、明治時代には初代玉川勝太郎が次郎長ものを演じていて、それを講釈師松廼家京伝(伊東潮魚)が脚色して三代目神田伯山の講談「名も高き富士の山本」が出来上がり、明治末期から大正にかけて「次郎長伯山」と人気を博した。それが昭和に入ると、二代目広沢虎造の浪曲「清水次郎長伝」を作り上げた。つまり、村上元三の小説はこうした講談、浪曲などを脚色して書かれた半ノンフィクション小説と言える。

しかしながら、その清水の次郎長を題材にした映画やドラマは昨今ではほとんど制作されなくなってしまった。連続ものドラマでは2006年6月から8月にかけて山本一力の「背負い富士」を原作としたNHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」(主演:中村雅俊)、単発スペシャルものでは2010年1月のテレビ東京「ジロチョー~清水の次郎長維新伝~」(主演:中村雅俊)を最後に制作されていない。つまり、もう14年以上も中村雅俊に代わる新しい次郎長を目にしていないのである。残念だ。

さて、今回訪れた次郎長の生家(登録有形文化財)。清水のその名も次郎長通り商店街にある。建物は江戸末期の建築といわれ、次郎長が1820年(文政3年)生まれなので、おそらく200年以上は経っている。間口は2間半と狭まいが、鰻の寝床ではないが奥行きが5間半の平屋と、中庭を挟んで奥行四間二尺の二階建てが繋がっている。江戸時代の典型的な町屋建築といわれている。

清水の次郎長こと山本長五郎はこの生家である商家の高木三右衛門の次男として生まれるが、母親の弟で近くに住んでいた米屋・甲田屋を営んでいた山本次郎八の養子に出された。そのことによって次郎八のところの長五郎ということで「次郎長」と呼ばれるようになった。

なお、この生家の近くには次郎長、お蝶、大政、小政の墓がある梅蔭禅寺、次郎長が経営していた船宿「末廣」(改装中で見学できず)、次郎長が手厚く埋葬した咸臨丸乗組員の墓がある。今回の旅で時間的制約でこれらを訪れることはできなかったが、清水は意外にバスの便がいいことが分かったので、近いうちに訪れてみたいと思う。

日曜日, 2月 11, 2024

静岡の旅② 長〜い長〜い蓬莱橋

映画やドラマの時代劇などのロケ地として有名な島田市にある蓬莱橋。大井川にかかるその橋の長さは897.4m(通行幅2.4m)で、1997年には「世界一長い木造歩道橋」としてギネスブックに認定された。

蓬莱橋は明治に入って徳川慶喜の幕臣たちが大井川右岸の牧之原台地を開墾するにあたって、大井川を船による渡航だけでは限界があるということで、1879年(明治12年)1月13日に橋を完成させた。当初はもちろん橋脚部分も木製であったが、1965年(昭和40年)に橋脚部分だけはコンクリート製にしている。

さて、その蓬莱橋を渡るには片道だいたい15〜20分かかる。ただし、私が行った日は上流から下流に向かう風が強く途中何度か立ちどまざるをえなかったことと、初めて渡るということで足元を見ながら注意深く歩いたためにに20分近く時間を要してしまった。しかし、帰りは風が少し弱まったせいか、それとも足元に慣れたためか15分で戻ってきました。ちなみ渡橋料は100円。

土曜日, 2月 10, 2024

静岡の旅① 現存四御殿のある掛川城

リニアモーターカーのことで静岡県知事は大井川の水流が変わるとかいろいろ言って、静岡県を素通りされるのを怒っているが、首都圏の我々にとっては伊豆を除く静岡県は通り過ぎるところ。m(_ _)m それゆえに、これまで静岡県(主に駿河)を旅したことはなかった。ということで、今回は反省の意を込めて静岡を旅してきました。

掛川城は戦国時代山内一豊の居城。この辺のことは司馬遼太郎の「功名が辻」に書かれていると思いますが、私は未読。一豊時代に整備築城された天守閣は1854年の安政の大地震(安政東海地震)で崩落。現在の天守閣は1994年(平成6年)に再建されたもので日本初の木造復元天守。一方、政務所でもあった二ノ丸御殿は1861年(文久元年)に再建され、現在は重要文化財に指定されている。

お城好きの間では掛川城は日本初の木造復元天守として広く知られているが、ここは天守もいいが御殿がそれ以上に素晴らしい。お城好きでもあまり知られていないのが、御殿が残るお城は全国に4つしかない(現存四御殿)ということ。そのなかでも天守と御殿があるのは高知城と掛川城のみ。二条城と川越城には御殿は残るものの天守はない。その意味において掛川城は高知城のように現存12天守ではないが、貴重価値のあるお城。

お城は駅から徒歩10分と近いので、お城好きの人は途中下車して是非とも訪れてみてください。

火曜日, 12月 26, 2023

常磐線・東北新幹線周遊の旅

先週木曜から土曜にかけての常磐線・東北新幹線の旅は大変有意義かつ楽しかった。

今回の旅の一番の目的は、北茨城のあんこうのどぶ汁、相馬のフグ(これはありつけませんでした)、閖上の赤貝、宇都宮の餃子といった美味しいものを食べることにありました。しかし、その他にも江戸時代の東回り航路の港訪問、常磐線から福島原発事故の爪痕を観察するとか、2年前の地震で被害を受けた相馬の馬陵城(中村城)観光、名取の東日本大震災での大津波跡の復興状況把握など、新白河のウインズ以外にもちゃっんと歴史と社会勉強もしてきました。

ということで、まず最初は食べ物の話から。あんこうは鍋は食べたことはあったのですが、どぶ汁を食べるのは初めて。どぶ汁はもともとは漁師料理で、海上で水を使わず野菜とあんこうを煮込んで食べたのが始まりと言われています。現在では豆腐やきのこなども入れて味噌を主体に色々な風味で食べられるようになったみたいです。それにしても、これが本当に美味かった。もちろん地元の人たちは作り慣れているからかもしれませんが、味噌味、出汁加減などいうことはありません。最後は雑炊にしたことは言うまでもありません。

フグといえば下関ですが、東日本では福島県の相馬沖などで水揚げが急増しています。そのこともあり、福島では「福とら」というブランド化を目指して躍起になっています。ということで、それを食するために相馬を訪れたのですが、残念なことにランチでフグを提供している店は1軒だけで、そこも予約で満席ということで、残念ながらありつけることができませんでした。相馬を訪れる機会のある方は、是非ともフグを食してみてください。

閖上の赤貝は、震災で大被害を受けた閖上の日和山に寄った後に食べようと思ったのですが、そしたらタクシーの運転手さんが名取より仙台で食べた方がいいよというので、仙台の「塩竈すし哲」(S-PAL仙台店)で閖上の赤貝などを頼んだ。で、この赤貝がなんとも瑞々しく歯応えもあり、東京では滅多にお目にかかれない味でした。なお「塩竈すし哲」は値段は少しははりますが地元の人に愛されているお店のようなので、次に仙台へ行った時も訪れようと思っています。

そして、最後は宇都宮餃子。ここは宇都宮在住のいつか重賞勝馬の馬主(一口ですが)になるであろうKちゃんに案内してもらい、有名な「香蘭」と「宇都宮みんみん」の餃子をいただく。そして、その後はおでん(宇都宮はおでんの店が多い)を食べようとなるが、有名処は満席で駅近くの「しんとみR+」でおでんと日本酒(種類豊富)をいただく。

いや〜、3日間、胃薬が手放せないほどたらふく食べました。😁



木曜日, 10月 05, 2023

岩泉まつたけ祭りで松茸を思う存分堪能

10月1日に開かれた「岩泉まつたけ祭り」に参加してきました。

岩手県岩泉町(いわいずみちょう)は盛岡市の東に隣接する町(といっても盛岡駅から町の中心部まで車で2時間かかる)で、人口は約8000人。本州で最も面積の広い町としても知られている。ここで有名なのは日本三大鍾乳洞の一つの龍泉洞、岩泉ヨーグルト、そして松茸である。

町にはアカマツなど松茸が取れる木々の山が散在していて、中心部北の龍泉洞がある宇嶺羅山でも松茸は取れるとのこと。岩泉町の松茸は個人たちで形成される20余の組合によって管理され、品質を保持しているそうだ。今年は暑さのために収穫時期が例年より1週間から10日は遅れたが、東北地方は雨には恵まれているので、地元の人たちは豊作の予感がすると、期待を寄せている。

さて、私が訪れた岩泉まつたけ祭りは今年で24回を迎え、北は北海道、南は岐阜からの80数名の参加者が集い、松茸三昧のコース、抽選会、競り(販売会)などを楽しんだ。松茸料理コースの内訳は写真を参考にしてもらいたいが、なかでも土瓶蒸し、茶碗蒸し、松茸ご飯が美味しかった。というのも、どうやら出始めの頃は香りがまだ弱いが歯応えは良いかららしい。まあ、私たち参加者は会場に入った瞬間に充満していた松茸の香りで麻痺してしまっていたが。(笑)

ということで、龍泉洞観光、松茸料理のフルコースを堪能してお土産用の大ぶりの松茸を購入しました。😀







土曜日, 9月 23, 2023

昔も今も変わらぬ京都の「炭火割烹 いふき」

京都の隠れた名店『炭火割烹 いふき』を初めて訪れたのは2008年10月のことであった。当時私は仕事の関係で年に何回か京都を訪れる機会があった。それゆえに、京都の美味しいお店をいくつも訪ねることが機会があった。そんななかで、ある日先斗町を歩いていると「炭火割烹」という文字に惹かれて、この「いふき」を訪れた。そして、そこで味わった美味しさはある意味衝撃的で、その後京都へ行くたびに訪れるようになった。

しかし、2011年の東日本大震災、母親の介護、コロナと続いたために、2010年を最後に訪れるチャンスがなかった。その間に「いふき」は2011年4月にお店を先斗町から祇園に移転して、その年のミシュランガイド京都大阪2011で一つ星を獲得した。そして2017年からは今日まで二つ星掲載になっている。

そんな「いふき」に13年ぶりに訪問。花見小路に移った店の外見は他の店と同じ造りで、提灯の灯りがなくしては判断がつかない。そんなお店の外見を撮ろうとしていたら、ちょうどお客さんの見送りのために出てきた店主と女将さんといきなり遭遇。ちょっと出鼻を挫かれたというか、緊張の糸がほぐれて店内へ。店内は1階にカウンター8席の造り。先斗町時代の店は足を下ろす掘り炬燵形式だったが、祇園の店は椅子形式で1席がゆったりと広い。そして、何よりも驚いたのが、焼き方も煮方のスタッフも先斗町時代と変わらなかった。

料理はすべてコースで、その内容を書くのは割愛させてもらうが、出汁の繊細さというか風味は限りなく旨みを追求しているという向上心を醸し出すもので、唸らざるをえない美味しさだ。メインの焼きものはチョイスすることができ、私はノドグロと鰻を頼んだ。サウスポーの焼き方のお兄さんは以前と全く変わらず、中は柔らかく外は香ばしく少しパリパリ感を出してくれる。

全部で何品出されたかは覚えていないが、とにかくどれもこれもその美味しさを堪能した。10数年ぶりの訪問だが、その味はもちろん進化していて、それでいておもてなしは昔を思い出させるものであった。10数年ぶりの訪問で、こんなことを言うのもなんだが、私の京都の行きつけの店は「ここ」、馴染みの店は「ここ」、自信をもっておすすめできる店は「ここ」と言える店である。



金曜日, 9月 15, 2023

丹波篠山はまだ静かだった

今年の春にテレビ朝日で放送された「歴史のプロ40人が選んだ『GWに行って楽しい城下町ベスト15』という番組で、丹波篠山市がなんと第2位に選ばれた。今秋にも行こうかと思った場所がこんなに高い評価を受けたので、これは観光客がどっと押し寄せるのではないかと冗談抜きに危惧した。

丹波篠山にある篠山城は1609年(慶長14年)に豊臣秀頼がいる大坂城と豊臣家に縁のある西国大名を分断するために、徳川家康が藤堂高虎に造らせた城。平地の城としては堀も広く深く、また石垣も高いのでかなり強固な造りになった。そのために「天守は不要」と判断され、天守台があるのにも拘らず天守閣は造らなかった。

そんな篠山城の城下町には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている「河原町妻入商家群」や下級武士の住まいだった「御徒士町武家屋敷群」などが保存されて、昔の面影を色濃く残している。


さて、私が訪れたのは月曜の午前中の上、兵庫県は朝から雨のところが多く、お城にも城下町にもほとんど観光客をおらず、町の輪郭をしっかり把握することができた。ただ、雨との兼ね合いでタクシーによる駆け足観光だったので、残念ながら城下町としの風情とか空気を味わうことができなかった。それゆえに、いつの日にかゆっくりと滞在して城下町の味わいを堪能したい。



木曜日, 9月 14, 2023

阪神競馬場の人の少なさに驚き

9月10日(日曜)に阪神競馬場に行ったのだが、驚いたのはその観客の少なさ。この日は秋競馬が開催第1週目で重賞のセントウルステークス(G II)も行われるので、多くの観客が来場するのではないのかと思っていた。ところが、阪急仁川駅から阪神競馬場に向かう人はかなりまばら。他の競馬場ではよく見かける親子連れは皆無。一瞬、本当に競馬は行われているのだろうかと、疑ってしまったぐらいである。


さて、この日の阪神競馬場の入場者は12,303人。一方、中山競馬場は17,005人で阪神より4,702人多い。そして何よりも驚くのは、阪神競馬場の入場者数が、前週の札幌、新潟、小倉競馬場より少ないのである。その原因は暑さということがあるかもしれないが、こうなると、阪神より札幌か小倉で開催した方がいいのではないだろうか。そうなると、プログラムの大幅変更が強いられるかもしれないが、JRAは一考すべきだと思う。

9月10日(日曜)
阪神 総入場人員 12,303名 (有料入場人員 11,848名)
中山 総入場人員 17,005名 (有料入場人員 16,274名)

9月3日(日曜)
札幌 総入場人員 19,185名 (有料入場人員 18,663名)
新潟 総入場人員 13,951名 (有料入場人員 12,911名)
小倉 総入場人員 16,760名 (有料入場人員 16,000名)




火曜日, 9月 12, 2023

京都はすでにオーバーツーリズム。観光税を導入すべき

久しぶりに京都へ行ってみて、京都がすでにオーバーツーリズム状態であるという認識をせざるをえなかった。宿泊施設にしても、グルメスポットにしても、バスやタクシーなどの交通機関にしてもかなり異常をきたしている。

円安による外国人観光客の増大、コロナ明けでどっと押し寄せる日本人観光客。京都の観光業はどこもかも人手不足でパンク状態だ。ここまできたならば、京都市は1泊目だけでも1000円程度の観光税を取って、善後策に使用するべきであろう。




金曜日, 6月 09, 2023

内子、松山、今治の旅

6月4日から6日まで愛媛県の内子、松山、今治と旅をしてきた。旅にはいろいろと目的があるものだが、今回は単なる観光目的ではなく、私に少しばかり縁のある場所を訪れる旅を組み入れてみた。

愛媛県内子町にある内子座は、江戸後期から昭和初期にかけて作られた16の芝居小屋が加盟している「全国芝居小屋会議」のなかでも、もっとも有名な劇場と言っても過言ではない。ここでは歌舞伎、落語会、音楽会などが開かれ、この地域の住民にとって重要な文化拠点になっている。私も芝居に関わっていたことがあるので、ここへは以前より訪れたくて仕方がなかった。そして、内子町にはもう一つ訪れてみたいところがあった。私がよく飲みに行く学芸大学のお店が常に置いてある日本酒「京ひな」の製造元である酒六酒造が内子町があり、どんな酒蔵なのか知りたかったのである。

2日目の目的地は松山市の三津浜という港町であった。ここは目黒の行きつけのお店がコロナ前まで魚を取り寄せていた漁港で、こちらも以前より興味を抱いていた場所であった。三津浜は江戸時代は松山藩の藩港として栄え、明治から昭和初期までは海運の要衝として、とても賑わいのある町で競馬場まであったという。しかし、今では商店街はほぼシャッター街化してしまった。それでも往年の隆盛を誇った時代の建物がいくつも残っていて、散歩をするにはもって来いの場所だった。

そして、3日目の目的は今治タオル本店(今治タオルLAB)だった。30年ぐらい前まで自宅のすぐ近くに今治タオルの倉庫というか東京営業所みたいなものがあり、毎日大きな段ボールに入ったタオルを荷卸しをしたり、配送手配をしていた。そのおかげというか、私は何枚もおこぼれのタオル(多分廃棄処分になるような)をもらったりしていた。そういうこともあり、新しくできた今治タオル本店へ行き、お土産用のタオルを購入することにした。

このようにちょっとした縁のある旅も乙なものである。(笑)

金曜日, 4月 07, 2023

ここは何処? 日本語より英語を喋っている方が多かった

3日(月)から2泊3日の箱根旅行を楽しんできましたが、とにかく驚いたのが外国人観光客の多さでした。その多さ、宿泊した山のホテル(3月の外国人宿泊数は過去最高を記録したらしい)では5割以上が外国人観光客。駒ヶ岳ロープウェイでは7割ぐらい。遊覧船にいたっては日本人は乗っているの?と思うぐらいの数で、船内は英語、ドイツ語、フランス語、タイ語、中国語(台湾)、韓国語が飛び交わっていて、もはやここは何処という感じでした。

こうなると、私も日本人観光客だと思われなくなり、英語で話しかけられるようになり、箱根滞在中は日本語より英語を話している時間の方が長かったような気がします。そんな外国人観光客との会話の中でわかったのが、日本の物価の安さです。

山のホテルの宿泊費はかなりレベルの高い朝食と夕食付きで平日は1泊約40,000円ぐらいですが、これは約300ドルなります。この価格はインドからの人には「バーゲンだよ」と言われ、ロンドンから子供2人連れで訪れていた夫婦には「アンビリーバブルだよ」「ヨーロッパのリゾート地だったら宿泊費が500ドルで、あの食事がついたら最低でも朝食で50ドル、夕食で200ドルいやもっとかもしれない」と言っていました。また、遊覧船で会ったロサンゼルスから来ていた人は「朝1番の新幹線で芝のホテルから来たけど、電車もバスも時間通り。信じられない。こんなリゾート地を日帰りできるなんて」と驚きを禁じえなかった。

今、日本はお花見シーズンであり、円安および日本の物価安では外国人が訪れるのも当然のような気がします。つまり、外国人観光客に「日本を訪れるのはいつがいいですか」と聞けば、「今でしょ」と答えが返ってくるに違いないでしょう。



月曜日, 3月 06, 2023

長崎・小倉旅行(明太子の巻)

長崎・小倉旅行の話もおそらくこれが最後。その最後を飾るのにふさわしいのはやはりお土産のことではないでしょうか。(笑)

長崎のお土産といったら、何が思い浮かぶでしょうか。やはりカステラでしょう。しかし、私の知り合いに甘党はまったくいないので長崎ではお土産を買い求めしませんでした。では、小倉ではとなると、今は「焼生ショコラ」が人気のようなのですが、これもほしそうな人がいないので、結局のところ小倉競馬で勝った資金で北九州空港で明太子を購入しました。

東京で明太子というと『ふくや』『やまや』『福さ屋』『かねふく』あたりが有名で手に入り易いのですね。そんななかで、私は九州へ行くといつも昆布漬けされた『かば田』を買ってきます。今は小田急線・経堂に直営店ができたので、小田急線沿線の方には馴染みがあるかもしれませんが、それ以外の地域では『かば田』はまだまだ知名度の低い明太子だと思います。


『かば田』の明太子は、昆布漬けされているのでほんのり甘い香りが漂いますが、味は深みがあるというかコクがあり、酒飲みにはたまらない一品です。もし手に入れるチャンスがあればぜひお買い求めください。

なお「博多辛子明太子の名店ランキングTOP15を地元民がガチまとめ【保存版】」というサイトのランキングでは『かば田』は3位になっています。15店は下記の通り。

1位 『島本』
2位 『福さ屋』
3位 『かば田』
4位 『ふくや』
5位 『やまや』
6位 『福太郎』
7位 『稚加榮』
8位 『まるきた水産』
9位 『あき乃家』
10位 『かねふく』
11位 『ひろしょう』
12位 『やますえ』
13位 『平塚明太子』
14位 『博多うち川』
15位 『鳴海屋』


金曜日, 3月 03, 2023

長崎・小倉旅行(西九州新幹線の巻)

今回の旅の目的の一つに長崎から小倉まで、西九州新幹線(長崎新幹線)、リレー号、九州新幹線に乗ることだった。まず長崎から「かもめ号」に乗ったが、これはさすがに新しいこともあり、揺れもほとんどなく非常に快適。あっという間に武雄温泉に着いてしまった。次のリレー号はもちろん在来線を走るためにガタンゴトンガタンゴトンで、吉野ヶ里遺跡など佐賀平野の景色を見ながら駅弁を食べた。続いて新鳥栖から小倉までは九州・山陽新幹線の「さくら号」に乗るが、こちらは普通の新幹線という感じで、100%近い乗車率で正直味気がなかった。

さて、そんな新幹線に乗って思ったのが「佐賀人が歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉である。長崎を訪れていて驚いたのはこの「佐賀人が歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉を3回も聞いたことです。

関東にも「甲州商人の通ったあとはペンペン草も生えない」なんて言葉があります。これは山梨県人のケチやセコさを表現している言葉といわれていて、実際に金銭トラブルが多いのは統計的には山梨県人だそうです。しかし、佐賀はそんなに金銭トラブルはさほどない。

それではなぜ「佐賀人が歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉が長崎で多く聞かれたかとういうと、どうやら佐賀(鍋島藩)は江戸時代から倹約を奨励していた藩で、それが長崎や諫早など鍋島藩に知行を治められたところでは「鍋島藩士が通った所にはペンペン草も生えない」という揶揄する言葉に変わったようだ。

ただ、西九州新幹線に乗ってみて、なぜ佐賀は頑なに(頑として)西九州新幹線を通ることを拒絶しているのか目の当たりにすると、佐賀県人はやはりケチであり「ペンペン草しか生えない」と言われても仕方がないなと思ってしまった。ちなみに西九州新幹線の武雄温泉駅と嬉野温泉駅、そして九州新幹線の新鳥栖駅は佐賀県にあります。



木曜日, 3月 02, 2023

長崎・小倉旅行(おこぜ「小笠原」の巻)

長崎グルメといえばなんといっても長崎ちゃんぽんだが、そんなちゃんぽんにも目もくれず、私が楽しみにしていたのはおこぜ🐡。おこぜは水深200メートルぐらいに住む魚で、成魚は約25センチの大きさになる。見た目は決して良くはなく、またせびれには毒がある。

おこぜは深海に住む魚ゆえ、おこぜだけを狙う漁というのはなく、定置網、底延縄などで漁獲されたものが、漁港に水上げされ、市場に出るようになる。生息地域は全国どこにでもいるが、特に日本海側でよく獲れ、青森、新潟、石川、長崎が漁獲量が多いという。ただ、時期はマチマチで長崎は2〜3月が一番獲れるが、青森は5〜7月にかけてのようだ。

そんなおこぜの世界で唯一の専門料理店というのが長崎思案橋横丁にある「小笠原」。聞くところによると親子3代55年の歴史(創業1968年)があり、大女将が小倉出身ということで「小笠原」(江戸時代の小倉藩城主は代々小笠原家で、小笠原藩とも言われた)という店名がついているそうだ。また、店内には九州各藩の家紋が彩られている。

見た目はグロテスクなおこぜだが、白身は脂肪がほとんどなく、刺身、から揚げorてんぷら、吸い物、ちり鍋なども美味しい。今回は下記のフルコースをいただく。

・おこぜの胃袋のからすみ和え
・皮の湯引き
・から揚げ
・姿造り
・あら炊き
・おこぜの味噌汁とご飯

とにかくなにもかも旨い。身は少し弾力があり、歯応えというか口のなかの触感がたまらない。また、あら炊きの黒い部分にはコラーゲンがいっぱい付いていてお肌にいいに違いない。

ちゃんぽんもいいですがおこぜもいい。長崎を訪れた際はぜひ訪れてみてください。



火曜日, 2月 28, 2023

長崎・小倉旅行(小倉競馬場の巻)

小倉競馬場は小倉駅よりモノレールに乗って10分の所にあり、交通の便は非常にいい。もちろん、駐車スペースも広くとってあります。さて、そんな競馬場ですが、東京競馬場や中山競馬場よりは一回り小さくコンパクトにできていて、観戦がとてもしやすい。特にパドックは1階は馬や騎手に手が届くのではないかと思うぐらいの至近距離。また3階席からも双眼鏡などなくしっかり馬体を見ることができます。パドック重視の私にとっては嬉しい競馬場だ。


さて、昨年の札幌競馬場で馬連の万馬券を的中させた私は、今回も捕らぬ狸の皮算用で万馬券を目指して指定席とパドックを毎回往復して競馬に集中しました。その結果は下記の通りです。

第1レース 馬連(1,800円)的中
第2〜3レース 外れ
第4レース 買わず
第5レース 3連単(19,940円)的中
第6レース 3連単(20,150円)的中
第7〜9レース 外れ
第10レース 馬連(700円)的中
第11レース 外れ
阪神第11レース(阪急杯) 外れ

初っ端の第1レースを見事馬連を的中。その勢いにのって2レース、3レースと馬連で勝負しましたが外れ。4レースは障害レースでお昼を取るために休憩。そのおかげで5レースは馬をじっくり観察することができたので3連単で勝負することに。そして見事に的中。続く6レースは固い3連単と万馬券狙いの馬連で勝負するが、固い3連単の方が的中。7レースから9レースまではハズレるが口惜しかったのが8レース。馬連で3番人気のコパノパサディナから流すものの、13番人気の馬を買わず、馬連202倍の高配当を逃してしまいました。(T-T) その後は安い10レースを当てただけで、8レースのショックと疲れから緊張感の糸が切れてしまいました。

ということで、馬連の万馬券は取れませんでしたが、安い3連単の万馬券を2回取って、最終の収支は約17,000円のプラスでしたので、"良し"にしたいと思います。

月曜日, 2月 27, 2023

長崎・小倉旅行(軍艦島の巻)

昨夜遅く3泊4日の長崎・小倉旅行より無事帰宅。今回の旅は昨年行われた「ANAスーパーバリューセール」で片道7,000円の安い航空券で旅をするという下世話な志から始まりました。
で、選んだ目的地の長崎は訪れたことがなかった(佐世保はある)ことと、行きつけの飲み屋の大将とビールをある病院の主治医が長崎出身ということで、その恩を売る、もとい律儀を示すために選びました。というのは名目で、本当の目的は軍艦島上陸と日本で1軒しかない「おこぜのフルコース」を出す思案橋横丁のお店(なんとここの女将は小倉出身。なので「小笠原」という店名)を訪れることでした。 そして、小倉はいうまでもなく小倉競馬場を訪れることで、そこまでへ行く西九州新幹線、リレー号、九州新幹線を乗り継ぐというのも楽しみの一つでした。
天候は訪れた日の夜遅くと翌日の朝方までは小雨でしたが、午前9時出航の軍艦島ツアーは無事に決行。小雨が少し残っていたので、海は荒れているのかなあと思いましたが、長崎湾を出た外海も凪状態で、約45分後に無事に軍艦島に上陸できました。

 


軍艦島は本当の名前を端島(はしま)といい、これは江戸時代に長崎を治めていた鍋島藩の一番端っこにあった島から、その名がついたそうです。そして、明治から昭和にかけて三菱石炭鉱業が石炭の発掘坑のために人工島として拡大。1960年代には5200人余が小さな島に住み、幼稚園から中学校まである日本一の人口密度の高い場所でした。ちなみに、軍艦島の名の由来はその形状が戦艦土佐に似ているからと言われています。



そんな島も炭鉱の閉山と共に1974年に無人島になり、50年近く海風や台風などの影響により侵食され完全に廃墟と化しました。そんな軍艦島も2009年に一般人の上陸が可能となり、今では長崎観光の目玉になりました。現在、5社が軍艦島上陸ツアーを刊行して、最大で毎日2000人近い人が訪れているようです。

軍艦島は2015年に世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」の一部として正式登録されましたが、波止場近くの一部を修復するにとどめ、あとは自然のなすままにされ、今も侵食・廃墟化が進んでいます。長崎を訪れた際は是非とも訪れてみてください。



火曜日, 12月 13, 2022

一乗谷の朝倉孝景から義景までの5代ならば大河ドラマになるかも・・・

先週の福井の旅の最大の目的は蟹でしたが、次の目的は歴史的なことで、一乗谷とはどんなところなのだろか、なぜ朝倉家は一乗谷に拠点を構えていたのかを知りたかったことでした。

一乗谷は福井市内中心部から南東約10キロ離れた山間にある。その名の通り「谷」であり周囲を小高い山々に囲まれている。その谷間を越前平野の一級河川である足羽川(あすわがわ)に繋がる一乗谷川が流れている。

そんな谷間に朝倉家の7代目当主である孝景が城下町を作り上げた。ただ城下町といっても天守閣があるお城はなく、朝倉家の邸宅を中心に武家町、町人町を計画的に形成した。そして、最盛期には1万人が住んでいたといわれ、もちろん北陸では最大の町であった。ちなみに当時の京都の人口は10万人だった。

ではなぜこのような場所に朝倉家は拠点をおいたかというと、第一に朝倉家が守護(斯波氏)でも守護代(甲斐氏)でもなかったということ、第二に敦賀港や三国港を抑えた第7代当主孝景が、港の近くには兵を置くだけにして、越前平野の農業を見守れることができ、防御に優れた地として一乗谷を選んだのではないかといわれている。いずれにしろ、このような地に居を構えた戦国武将は朝倉家以外にいたのだろうか。

そして、現在の一乗谷はというともう完全に遺跡・史跡という感じである。今年10月にオープンした「一乗谷朝倉氏遺跡博物館」でその歴史を知ることができると共に数多くの遺跡品が見ることができる。また、そこから車で5分(自転車だと10分、徒歩だと30分)のところには朝倉館跡、復原町並みがあり、往時を偲ぶことできる。

来年の大河ドラマはまたもや徳川家康が主人公・・・。朝倉義景だけでは大河ドラマの主人公にはなりえそうもないが、朝倉孝景から義景までの5代ならば大河ドラマになるかもしれない・・・。すでにしているかと思うが、福井県はNHKにもっと積極的に働きかけてみてはどうだろうか。



月曜日, 12月 12, 2022

福井で越前蟹を買って、東京で食べる

先週、福井、近江八幡と旅をしてきました。今回の旅の最大の目的はカニ。それも贅沢ではありますが、福井で越前蟹を買って、東京で食べるということでした。

今年の越前蟹は豊漁で11月6日に解禁されてから、わずか10日間で漁獲予定量の半分が獲れてしまい、出荷制限がかかるほどなのです。それゆえに、11月25日までは安く取引されていたそうですが、それ以降は出荷制限のために値段が高くなり、安いときの2〜3割高になったそうです。

さて、私が蟹を買いに行ったお店は福井市内の繁華街「順化・片町」にある鮮魚店「かど七」。ここは魚屋さんというより小さな市場か問屋といった感じのお店で、近くの飲食店の人が訪れるだけでなく福井市内の多くの飲食店に魚を卸しています。

私が蟹を買いに行ったのおそらく閉店間近の午後4時だったのですが、お店の人(おそらく社長御夫妻)の応対はとても親切で、すばやく奥から生きた蟹を何杯も出してくれました。この日の相場は1キロものが30,000円余で、私は少し迷いましたが面構えがいい1.162キロ(越前港昭宝丸)ものを購入。それを行きつけの学芸大学の「晴庵」に翌々日午後に届くよう手配をお願いしました。

そして、食べに行ってきました。

始めはしゃぶしゃぶ、次は茹で、3足目は焼きで食べましたが、やはり焼きが一番です。そして、最後に甲羅焼き。いや〜、これは今年食したものでは最高の美味。なんとも言えないコク。重層的な深みのある味わい。日本酒には最高の肴でした。1年1回はこれを食べてみたいものです。本当にご馳走さまでした。「かど七」と「晴庵」のみなさん、ありがとうございます。

蛇足ですが、私が買ったクラスの蟹だと福井市内の料理店の蟹コースで、2人で1杯お値段が1人50,000円でした。つまり、あの蟹は料理屋にいくと10万円に化けるのです。東京だとおそらくそれに2〜3割増になるのではないでしょうか。



月曜日, 10月 03, 2022

鮭、牛、茶だけでない村上の屏風まつり 地方の歴史文化に保護を


新潟県村上市は江戸時代は城下町として栄え、戦災を受けなかったおかげで、現在でも江戸、明治に建てられた町屋や神社仏閣が残り、往時の面影を大変数多く見ることができる。そして、村上は江戸時代に鮭の産卵・増殖を生み出したところでもあり、現在でも鮭は数多く獲れる。また、北限の茶どころとしても有名で、現在は村上牛という美味しい牛も生産している。

そんな村上市の町屋通りを中心に毎年秋に屏風まつりが開かれている。今年は9月15日(木)から10月15日(土)の開催で、一昨日(1日)数多くの屏風が飾られている町屋巡りをしてきた。正直、屏風そのものにお宝的価値があるかどうかは分からない。しかし、100年以上も経つ町屋の中に先祖代々が維持してきたことは大変なことであり、またその意義はとても尊いことであり、これこそが歴史文化の継承である。

その意味において、国宝だの重要文化財と同等であり、国はこうした地方の隠れた文化財に対しても保護をするべきであり、また一般市民も京都や奈良などの文化財だけでなく、こうした地方の文化財にももっともっと目を向けるべきだと思う。