水曜日, 8月 31, 2022

林家正雀の怪談噺「江島屋騒動」がトリだった新宿末広亭8月下席・夜の部

一昨日(29日)は新宿末広亭で開かれていた8月下席・夜の部(九日目)を聞いてきた。主任(トリ)は林家正雀。正雀は林家彦六最後の弟子。彼は怪談噺を得意としていて、また今はほとんど演じられなくなった芝居噺(演劇仕立て)を行ったりする稀有な落語家。出演者と演目は下記の通り。

柳亭市遼    「狸の鯉」
古今亭佑輔   「つる」
ストレート松浦 (ジャグリング)
古今亭圓菊   「桃太郎」
柳家小せん   「金明竹」
アサダ二世   (奇術)
金原亭馬生   「あくび指南」
柳家三三    「看板のピン」
柳家小菊    (俗曲)
柳家花緑    「岸柳島」
 〜 仲入り 〜
鏡味仙四郎・仙成(大神楽)
三遊亭白鳥   「アジアそば」
春風亭一朝   「芝居の喧嘩」
林家正楽    (紙切り)
林家正雀    「江島屋騒動」
        〜「奴さん」

5月の鈴本演芸場へ行って以来だから約3ヶ月ぶりの寄席。寄席の醍醐味というか面白味は演者が何をやるか分からないところにある。その意味において昨日の末広亭は意外な人が意外な演目を演じるんだなあと思い知らされて興味深かった。

前座の柳亭市遼、二ツ目成り立ての古今亭佑輔にとってはまだまだ寄席は修業の場。本来ならば真打が登場する前に場を温めることをする役目だが、残念ながらそれはできず。その煽りを受けたのかジャグリングのストレート松浦は少しやりにくそうだった。しかし、古今亭圓菊の「桃太郎」からはそれぞれが持ち味を出すというか、演者誰もが寄席を楽しんでいて生き生きとしていた。

圓菊は昔話をめぐる親子の認識の違いというかズレをおもしろおかしく表現。柳家小せんは「金明竹」のクセのある関西弁のイントネーションを自らが楽しむかのように話す。金原亭馬生も「あくび指南」をこれまた楽しみながら快活に話し、コロナから復帰した柳家三三はとても堂々とした「看板のピン」を演じて、普段とは違う一面を見せてくれた。三味線の音色がいつも美しい小菊姐さんの後、前半のトリだった柳家花緑は、武士と町人の丁々発止を時に緊張感に満ち、時に弛緩的にと巧みに演じる。

仲入り後は大神楽に続いて、三遊亭白鳥が自作の「アジアそば」を披露。話の内容はインド人の蕎麦職人の噺。話の展開はだいたい想像がつくかもしれないが、宗教ネタも入れてシュールでかなりの秀逸な作品だ。春風亭一朝の「芝居の喧嘩」は幡随院長兵衛の一派と水野水野十郎左衛門の話。ただし、これは講談をちょっと茶化した噺でもある。紙切りの林家正楽の後はトリの林家正雀が怪談噺を「江島屋騒動」をかける。深川佐賀町で医者をしていた倉本玄庵。医者の不養生であっけなく亡くなる。残された美人妻と娘は故郷に戻るが、土地の者に悪さをされるという噺。初めて聞く私だった上に、結構難解な噺で理解するのが難しかった。ただし、正雀の怪談噺にかける姿勢には圧倒された。ところがなぜか口演後は「奴さん」を踊って明るくお開きとなった・・・!?。



日曜日, 8月 28, 2022

飯岡、銚子、佐原の旅(その3)

飯岡(千葉県旭市)は岩牡蠣の産地として有名であるが、それと共に東日本大震災で千葉県のなかで最も被害を受けた場所である。東日本大震災では東日本の海岸線(青森、三陸、仙台、福島、茨城)に大津波が押し寄せて、各地に甚大な被害をもたらした。そして、あまり知られていないが千葉県の旭市にも多大な被害をもたらしている。旭市では死者13人、建物の全壊334棟、半壊923棟の被害に見舞われている。そのほとんどが漁港のある飯岡町周辺であった。

それではなぜ飯岡に津波が集中したかというと、地形の起伏と水深の深さ、また何度も押し寄せてきた津波の押し寄せと引きなど、かなり複合的な関係によって起きたようである。写真にある「旭市の津波を被害を記録する会」の簡略なパンフを読んでも、正直明確に理解するのは難しい。


ただ、刑部岬展望台(風がめちゃくちゃ強い)に行ってみてわかったのが、銚子マリナーナから刑部岬まで約10km続く断崖(高さは40〜50m)の屏風ヶ浦と、飯岡漁港から南へ連なる九十九里浜(約66km)の地形にあることはなんとなく理解ができた。津波というのは遠浅のなだらかな海岸よりも、三陸のような入り組んだ水深の深い海岸線に押し寄せる。つまり、犬吠埼から周り込んできた津波は屏風ヶ浦に何度も押し寄せたが、その押し寄せと引きが重なりあい、屏風ヶ浦の隣にある飯岡に押し寄せてきたのではないだろうか。

飯岡の町ではお土産の魚介類を求めてタクシーで巡ったが、そのときに運転手さんがところどころで車を停めて「この辺の家はみんな被害を受けて、引っ越ししてしまったんです」「更地になっているところはいいですが、空き家になっているところもあるんです」「ここには中学校があったんですが、何年か前に内陸側に完全移転しました」などと説明してくれた。

百聞は一見にしかず、の旅だった。



飯岡、銚子、佐原の旅(その2)

佐原には20年以上前に俳優の榎木孝明さんと雑誌『旅』の仕事で行った。その当時は佐原を訪れる観光客といえば夏と秋に行われる佐原大祭ぐらいで、観光地としてはまだ穴場的なスポットであった。ところが、今回行ってみて町の様相はかなり一変していた。なんというか、洗練された観光地となっていたのである。

佐原といえばなんといっても伊能忠敬であるが、この20年以上の間に伊能忠敬に関連する映画やドラマが何本も公開された。またフィルムコミッション活動も盛んで、佐原周辺で撮影された映画、ドラマ、CMなどは数限りない。こうしたこともあり、佐原を訪れる観光客は年々増加していき、コロナ以前の2019年には埼玉の川越と並ぶぐらい「小江戸」観光地として人気を博するようになった。

では、なぜ佐原がここまで人気を博すようになったかといえば、それは若者に媚びなかったからであろう。川越には申し訳ないが、佐原にはクレープのような若者ウケするような食べ物屋がほとんどない。こうしたことによって街並みの景観は崩れることなく、今でもしっとりしている。それでも、以前に比べて多くのお店が店頭に幟や旗を出しているのには少々辟易した。

その佐原では20年前は行くことができなかった伊能忠敬旧宅と記念館を見学した。旧宅は名主だったという伊能家にしてはこぢんまりとした佇まいだった。そして、記念館はさほど大きいとはいえないが、伊能忠敬が幕府天文方の高橋至時(よしとき)に弟子入りした経緯や、蝦夷測量へ旅立ったことなどが詳しく展示されている。そして、もちろん忠敬らが作った日本地図の中図や小図などが展示されていて、歴史マニアだけでなく天文・地理・地学好きにはたまらない。やはり、佐原を訪れたならば、ここは絶対に訪れるべき場所である。20年の時を経て訪ねた甲斐があった。




飯岡、銚子、佐原の旅(その1)

少し前になるがお盆明け後に千葉県の飯岡、銚子、佐原と旅をしてきた。

なぜ飯岡なんて誰も行かないようなところへ行ったかといえば、飯岡は岩牡蠣の産地として有名であり、また東日本大震災で千葉県で唯一津波の被害を受けた場所でもあったからだ。銚子は飯岡から銚子に続く屏風ヶ浦を観てみたいのと、こちらも何か美味しいものを食べたいという目的であった。佐原は以前にも行ったことがあるが、その時に行けなかった伊能忠敬旧宅および記念館を訪れたかったからである。

飯岡の津波被害のことはいずれ書くとして、銚子の町の賑わいの無さというか寂しさには唖然とした。銚子出身の方には申し訳ないが、銚子が昔のような賑わいを取り戻すのはもはや不可能ではないかと思えた。

銚子港は今でも魚介類の水揚げ量日本一の漁港である(水揚げ額は4位。1位は焼津)。しかしながら、今年は全体の6割のイワシが不漁で漁獲量は半減近くになっているという。また、先週から始まったサンマにしても漁獲量は期待できない。そして、銚子の利根川挟んだ反対側にある波崎(はさぎ)に大型船が入れる港ができたので、そちらに船を取られるのではないかという懸念もある。となると、今年は11年連続水揚げ量1位の座を明け渡すかもしれない。

そして、銚子でいろいろな声を聞いた。

「銚子というと、漁師、農家、醸造(醤油)の3本の矢なんですが、これが仲が悪いんですよ。いつも足の引っ張り合いをしているんです」「駅前のシャッター街でもわかるように、どこもかも後継者不足なんです」「高校野球の影響もあるかもしれません。昔は銚子商が強くて街は一致団結していましたが、今は船橋や木更津に歯が立たず、ベスト8に行けるか行けない状態です」「なんで観光客しか乗らない銚子電鉄が走っているのも地元民として不思議です」

このように、地元民から出る声はほとんど愚痴ばかり。若者のひとりは言っていた。「銚子はマクドナルドはありますが、スターバックスはないんですよ。そんな街に誰が留まりますか」ちなみに、佐原にはマックもスタバもある・・・。



土曜日, 8月 27, 2022

第3回柳枝百貨店よこはま店

昨日(26日)は横浜にぎわい座・のげシャーレで開かれた「第3回柳枝百貨店よこはま店」を聞きに行ってきた。横浜に落語を聞きに行くのは初めてだったが、その近さというか早さに少し驚き。最寄りの学芸大学から横浜までは自由が丘で特急に乗り換えで25分。そして、横浜で根岸線に乗り換えて、にぎわい座のある桜木町まで3分。乗り換え時間を加えてもトータルで35分で着いてしまった。これだと普段落語会が行われている日本橋界隈に行くのと時間的には大差がない。しかし、柳家喬太郎師匠ではないが、なんで東横線は桜木町へ行くのを止めてしまったのだ・・・ブツブツ。

で、出演者と演目は下記の通り。

春風亭柳枝  「もぐら泥」
春風亭柳枝  「佐々木政談」
 〜 仲入り 〜
春風亭柳枝  「死神」

マクラは寄席で泥棒の噺をしたいのになぜか先に誰かに演られてしまってできない、と。今日はその鬱憤を晴らしたいということで「もぐら泥」へ。これはある店に入った間抜けな泥棒の噺だが、その形態の仕方や演じ方がかなり難しい。決して大ネタの噺ではないが、落語の醍醐味を十二分に味わえる噺でもある。そこを春風亭柳枝を軽妙かつおおらかに描写する。冒頭から熱演だった。

マクラは春風亭一蔵・柳亭市弥・入船亭小辰の「三人集」でも出てきた甲子園球場での話。とにかく柳亭市弥の酔っぱらい度が凄いらしい。ここから先は市弥の名誉のために書かないが、一緒に行ったみなさんは落語会のマクラでどんどん話していただきたい。(笑)「佐々木政談」はお奉行ごっこ、白洲ごっこをしていた子供と南町奉行佐々木信濃守の噺。特に奉行と子供(四郎吉)との掛け合いが面白い。春風亭柳枝はこの掛け合いをかなり丁寧かつ上品に伝えるが、情景描写にもう一つ手を加えてほしい気がした。

マクラはある外国人俳優が日本で厄祓いを受けたという話と、厄年になった自分も川崎大師で厄除けをしたが、川崎大師ともなると「次は何番の方」と目まぐるしいと。「死神」は三遊亭圓朝の作品で漫画「落語心中」でも大きく取り上げらえた。この噺、演者によってかなり異なる。柳家喬太郎のように少し怖い話にする人もいれば、桃月庵白酒のように完全な笑い話にする人もいる。演者の舌先三寸、いや胸先三寸である。で、春風亭柳枝はというと、後半にちょっと演出を加えるなど怖い話仕立て。この演出はかなりシンプルなので、私のような演劇畑上がりにはもの足りない。ただ落語なのであんまり派手にやるわけにはいかないので、そのへんの匙加減は大変だと思う。しかし、今はほとんどやらなくなった芝居噺仕立てになったら、どうなるなんだろうかと思ってしまう。なお、お決まりの呪文「アジャラカモクレン、○○○○、テケレッツのパー」はマクラで述べた外国人俳優の名が入った。



木曜日, 8月 25, 2022

一蔵、市弥、小辰の三人集 二ツ目ラストラン

月曜日(22日)は日本橋社会教育会館で行われた春風亭一蔵、柳亭市弥、入船亭小辰による「新版三人集」を聞きに行った。これが二つ目としては最後の会。

最初のトークは全員私服で登場。というのも、3人とも開演時間を15分間違えていて、それを前座の「気が利かない」せいにする。トークには九州でトラックの荷台に高座を設けて頑張っている橘家文太と、これから行われる3人の襲名披露興行の総番頭を務める古今亭始が登場。前座には仕打ちはするが、頑張っている二ツ目の後輩は観客に優しいという3人だった。

で、出演者と演目は下記の通り。

柳亭市助  「狸の鯉」
入船亭小辰 「いかけや」
古今亭始  「首ったけ」
 〜 仲入り 〜
春風亭一蔵 「天災」
柳亭市弥  「千早ふる」
 〜かっぽれ〜

柳亭市助は柳亭市馬の11番目の弟子。開口一番「気が利かない前座です」と挨拶した後本題へ。「狸の鯉」は狸の恩返しがあだになるという噺だが、市助は淀みもなくそつなくこなす。気が利かない先輩に気遣いなどする必要はない。w

マクラは高校時代に自分の学校(日大豊山)が甲子園に出場したので甲子園に応援に行ったがずっと寝ていたという話。「いかけや」(鋳掛屋)とは路上で鍋や釜などの鋳物製品の修理・修繕を行う仕事。昭和初期まではあった職業。噺はその鋳掛屋を悪ガキどもがからかい、その後に鰻屋へ行って看板を「ヘビ屋」にするなどイタズラをするという悪ガキの噺。この噺、あまり聞く機会はないが入船亭小辰に実にぴったり。悪ガキのこまっしゃくれた言い方がいい。ぜひとも十八番にしてもらいたい。

古今亭始は古今亭志ん輔の弟子。志ん輔は3代目古今亭志ん朝の弟子なので、始は志ん朝の孫弟子となる。ただ、始は現在38歳なので20年前に亡くなった名人のことは知らないかもしれない。マクラで3人の襲名興行の総番頭の話を聞いた時にはびっくりしたと。3人の一門(春風亭一朝一門、入船亭扇辰一門、柳亭一門)とは関係がないのにと・・・。「首ったけ」は吉原の花魁・紅梅に首ったけの男の噺。話の中で東洲斎写楽の役者絵「奴江戸兵衛」の形態模写するなどウィットにとんだ話し方をする。

春風亭一蔵のマクラがめちゃくちゃにおかしかった。披露興行が近くなり色々なところに挨拶状を出しているのだが、自分は市弥や小辰と違って字を書くのは下手だし、慣れていない、と。しかし、「襲名披露前はとにかく宛名書きが大変のよ」と嘆く。なかでも「ワタナベさん」のナベの字、いったいどうなっているのと。これには私も大いにうなづいてしまった。そして、サイトウさんのサイの字もどうにかしてよ、と。分かります分かります。まったくどうにかしてほしい。ということで、本題の「天災」は割愛。w

トリは一蔵曰く「10年の想いを込めて」柳亭市弥が務める。マクラは襲名にするにあたってなぜ小燕枝になったかの経緯を披露(告白?)。「千早ふる」は在原業平の有名な和歌であるが、落語はこれを曲解する。この日の市弥は弾けていた。人によっては空回りしているように見えるかもしれないが、今回はしっかり「10年の想いを込めて」会場を沸かせてくれた。そして、最後は「かっぽれ」を踊る。途中から古今亭始も加わり、三人集最後の会を飾った。

それにしても3人というのはいいものだ。落語には二人会というのは星の数ほどあるが、三人会は非常に少ない。お笑い3人組、三ばか大将などお笑いには3という数字は吉なような気がする。三人集も今回が二ツ目最後になったが、真打になっても1年に2〜3回は続けてもらいたい。



金曜日, 8月 05, 2022

さん喬十八番集成 〜夏の夜噺〜

昨日(4日)は国立演芸場で開かれた「さん喬十八番集成 〜夏の夜噺〜」を聞きに行ってきた。出演者と演目は下記の通り。なお、この日は柳家さん喬師匠の74歳の誕生日。

柳亭左ん坊  「狸の札」
柳家さん喬  「ちりとてちん」
柳家さん喬  「禁酒番屋」
 〜 仲入り 〜
柳家さん喬  「長短」
柳家さん喬  「笠碁」 

寄席や落語会では通常は高座の後は無地の長屏風が置かれているものだが、この日の演芸場には屏風はなく、背景は簾格子戸で風鈴も飾ってあり、夏の風情の舞台美術。

柳亭左ん坊は前座になって丸3年。そろそろ二ツ目だが、その実力は着いたような着かないような・・・。

「ちりとてちん」はもともと「酢豆腐」を上方落語がアレンジされた作品。柳家さん喬は「腐った豆腐」のようでなくサラッと「酢豆腐」のように演じる。師匠曰く「最近は『酢豆腐』を演じる人は少なくなってしまった」と。テレビの影響力はすごいものだと感じる。

柳家さん喬は確か下戸のはずである。それゆえに飲み方や酔い方がとても上手い。「禁酒番屋」では水カステラの時は楽しそうに飲み、油の時はほど酔い加減で飲み、そして小便の時は完全にヘベレケになって飲む。この仕草はコミカルかつ細やかで感心させれる。名人芸だ。

「長短」は気の長いというかノンビリ屋と気の短い短気者の親友同士の噺。ここでもさん喬は饅頭を食べる仕草、煙草を喫(の)む仕草の長短の違いを見事に現す。後談として師匠は「フランスのパリ祭(文化祭)に呼ばれた時に何をやろうかと思ったのですが、『初天神』『長短』『死神』を選びました」と。観客には予めあらすじを教えての公演だったそうだが、受けた瞬間に「フランスは俺のものだ」と。(笑)

「笠碁」も「長短」と同じように仲のいい隠居同士の噺。ただし、こちらは「へぼ」「ざる」と罵り合うが、結局は元の鞘に収まるという滑稽噺。ここでは飲んだり食べたりの仕草ではなく、二人の心理描写を繊細かつ緻密に演じる。名人芸である。



火曜日, 8月 02, 2022

青森ねぶた祭 ねぶた作りを見学

札幌・青森の旅の直前に今年はねぶた祭をやることを知った。ねぶたは青森市民、青森県民の誇りであるから、コロナで2年も中止を余儀なくされたのはさぞかし悔しかったに違いない。

ねぶたはいつか見たいとずっと思っている。というのも、星の数ほどある日本の祭りのなかで、ねぶたほど格式と威厳がありながらも情熱的な祭りはないと思う。そもそも、日本の祭りのなかで飛び跳ねるなんて祭りはねぶた以外にない。

そんなねぶただからこそいつかは見たいと思っているのだが、この時期に宿をとるのは至難の技だ。そこで、今回は祭りを見ることはできないが、せめてねぶたを作っている場所を訪ねてみた。ねぶたは市内の北の「青い海公園」というところで作られている。ここにはボランティアのガイドさんもいて、いろいろな話を聞いた。

今年のねぶたは総数が18台。しかし、全てが毎日練り出せれるわけではない。今年は本日2日(火)から7日(日)までの6日間行われるが、1日目と2日目は11台。3日目と6日目は13台。4日目の金曜と5日目の土曜が17台ともっとも多い。このねぶた以外に先導用の前ねぶただったり、子供が扱う子供ねぶたというのがある。

ねぶたの製作費は2000万円余。それゆえに企業や団体の寄付がなければ作ることができない。ガイドさんの話によれば戦後復興の時からのスポンサーは日本通運と東芝だったのだが、今年は東芝が撤退してしまったとのこと。

なお、今年のねぶたは毎晩ネット中継がされるようで、テレビではBS11で5日(金)午後8時00分~58分に中継される。








月曜日, 8月 01, 2022

杉原誠人騎手、おめでとう

昨日(31日)の新潟1000m直線競馬、通称「千直」の重賞・アイビスサマーダッシュ。マスコミは藤田菜々子、今村聖奈の女性騎手対決で盛り上がっていたが、結果は「杉ちゃん」こと杉原誠人騎手鞍上のビリーバー号が勝った。杉原騎手は12年目にして初重賞勝利である。

杉ちゃんは3月に解散した藤沢和雄厩舎所属。名門藤沢厩舎では数多くの馬の調教に騎乗していたが、レースはいつもルメールが騎乗して、いい馬に乗る機会は余りなかった。しかし、どれだけ多くの競馬ファンが「杉ちゃん調教・ルメール騎乗」にお世話になったことか。

そして、杉ちゃんは短距離やダートで穴馬を持ってくる騎手としても有名で、私も3〜4回は彼のおかげで万馬券を当てさせてもらった。それゆえに、ずっと応援してきた騎手だけに初重賞勝利はとても嬉しい。ちなみに馬券は単勝と馬連をゲットした。今週も先週の札幌競馬に続いて若干だがいい気分にさせてもらった。

今後はフリーになった杉ちゃんが多くのいい馬の騎乗依頼を受けて、一流騎手になっていくのを楽しみにしている。