木曜日, 10月 29, 2020

選挙対策のためのGo toでなく、本当に困っている人へのGo toを

世の中はGo to トラベルだのGo to イートなどで盛り上がっているようだが、困っているのは観光業者や飲食店ばかりではない。ライブ活動者たちや安い居酒屋だって、みんなコロナ禍で困っている。ということで、私は世の偏屈どもと同じように独り勝手にGo to アートやGo to ドリンクを行なっている。

ご存知のように演劇、映画、音楽、演芸などの関係者はコロナ禍で収入が減り、現在はできる限りの感染拡大防止策を試行錯誤しながら活動を再開している。私もそれに応えるべく、9月から落語会、コンサートなどに足を運ぶようにしている。しかしながら、その観客数の少なさには驚かされる。

昨日もサントリーホールで開かれたN響コンサートに行ったのだが、観客数の少なさに唖然とした。以前のN響公演だとチケット完売は当たり前だった。ところが昨日の公演では観客席がソーシャル・ディスタンス方式で最大に入っても800人ぐらいだが、実際は500人ぐらいしかいなかっただろう。同様に落語会にしても市松模様の座席でも満員になる会などは限られているようだ。

政府=自民党は税金を使って選挙対策(次の衆院選および都議選)のためかのようなGo to キャンペーンを行なっているが、本来はもっと弱者を救うGo to を行うべきではないだろうか。Go to アート、Go to ドリンクは無論のこと、スポーツ観戦を促すGo to スポーツや花を買うGo to フラワーなどまだまだやるべきGo to キャンペーンはあるはずだ。


日曜日, 10月 25, 2020

携帯電話を使いはじめてはや29年

机の整理をしていたら、引き出しから携帯電話がいっぱいでてきた。

私が初めて携帯電話を買ったのは1991年の暮れだった。機種は写真(Wikipediaから借用)にあるムーバN。これは2つ折り携帯の先駆けであり、電池もMサイズとLサイズがあり、Lサイズだと待受時間が1日ぐらいあり、通話も1時間近く可能だったような気がする。また電話番号は090や080で始まるのではなく、030で始まりその下は6桁だった。


当時の携帯電話の初期費用は高く、保証金10万円と新規加入料45,800円にレンタル料を含む毎月の回線使用料17,000円が必要だった(1993年に廃止)。今考えるとかなり高額だったが、当時は出版バブルだった(1995年まで)ので私は使えたのだと思う。

その次に使ったのがこのデジタル版のデジタルムーバ(1993年3月から利用開始)で、その後は2〜3年に1回ぐらいのペースで買い替えたように思う。今思うとこの時代の携帯電話を保存しておかなかったのが残念でならない。


そして、1999年からiモード・サービスが開始され、私も写真左端にあるN503i(2001年3月3日発売)でiモードを利用するようになった。この携帯は待受時間が約460時間もあり、iモードでいろいろなサービスを受けられることができ、当時としては画期的であった。それに続くN253i(写真左から2番目・2004年10月29日発売)はとても軽量(95グラム)で使いやすかった覚えがある。その後はN903i(写真左から3番目・2006年10月12日発売)、N-06B(写真右端・2010年6月4日発売)と買い替えていったが、2011年の東日本大震災の頃から、iPhoneを使い始める友人が多くなり、その便利さに私も徐々に刺激を受けてきたというか、嫉妬を感じ始めた。

そして、iPhone 5(2012年9月21日発売)が発売されるとき、今度こそNTT DocomoからiPhoneが発売されると期待したのだが、残念ながらiモードに執着したDocomoはiPhoneの発売を見送った。それに失望した私はAppleから直接iPhone 5を買い、Docomoに見切りをつけてSoftbankに乗り換えた。私のような人はかなり多く、ここからDocomoの低迷が始まり、当時は60%以上のシェアを誇っていたが、今では38%になってしまった。

私が携帯電話をはじめてはや29年になろうとしている。自分で言うのもなんだが私はワープロ、パソコン、そして携帯電話の初期段階から利用しているので、ある意味時代の先端を進んでいたのかと思う。しかし今となっては企業にとっていいお客さんであったでしかない。これからどんな先端技術品が登場するか分からないが、歳を考えるともういいお客さんにはなれそうもない。(苦笑)

木曜日, 10月 22, 2020

インバウンドにはまったく興味がなかった

なんか後出しジャンケンのようなことを書くようで申し訳ないが、10年以上前よりなんでインバウンドの仕事をしないのですか、とよく聞かれた。確かに私は適当に英語もできるし、スペイン語、フランス語も少し勉強しなおせば、観光客相手ぐらいの仕事ならできただろう。

しかし、なんかずっとインバウンドというか外国人相手の仕事に就くのに拒絶感をもっていたし、懐疑的ですらあった。というのも、私は別に語学を勉強するためにアメリカに行ったわけではないし、今でも語学は単なるコミュニケーション・ツールとかしか考えていない。そのために、通訳とか翻訳という仕事はできないし、そんな優れた能力も持ち合わせていない。

また、仮に外国人相手の仕事をするにしても、私が住んでいる目黒区というところが外国人観光客に魅力的な場所ではないし、かといって都心や下町へ通勤してまでする気もなかった。ましてや年老いた母親を抱えていては無理でもあった。つまり、さほど自由の身でもなかったので、こうした仕事に携わるのは難しいとわかっていた。

それでも、道端で外国人から道を聞かれたら、いつも答えていた。以前も書いたかもしれないが、私はなぜか見知らぬ外国人からよく英語で声をかけられる。それに丁寧に答えると驚く人もいるが、まるで普通のことかのように去っていく人もいる。また、海外オケが来た時のパーティなどにはできる限り出席して、親交を深めるようにもしている。

結局のところは私の信念というか我儘で、外国人をもてなすというか、お金が派生してまでの仕事(つまりインバウンド)はしたくなかっただけなのだろう。今となってはそれが正解だったのかもしれない。


火曜日, 10月 20, 2020

これからは飲食店等で十二分の換気対策を

ヨーロッパでは1日の感染者数が1万人を超す国が続出しているが、日本は9月上旬より1日平均500人前後とある程度落ちついている。東京の感染者数も下記データをみればわかるように横ばい状態である。


さて、10月15日の東京都の発表によると、感染経路で最も多いのは家庭内感染だった。前々週31.9%、前週30.2%、そして先週は31.8%だった。これで11周連続家庭内感染が多いことにもなった。一方で病院や寮などでクラスターが発生したこともあり、病院、介護施設、学校などの施設内感染が前週の16.7%から21.7%へ増加した。つまり、家庭内感染および施設内感染が半数を占めていることになる。やはり住居での感染は多い。次いで、職場9.7%、会食9.1%、接待を伴う飲食店7.4%となってなっている。ちなみに職場では休憩室、喫煙室などが危険だという。大まかに言って、感染のほとんどは室内で起きていると考えられる。

そんななか、東京では10月17日以降肌寒い日が続くようになり、飲食店でもドアを閉じる店が多くなったような気がする。今後も日中は暖かくとも夜になると気温が下がる日々が続きそうなので、飲食店は換気対策を徹底化しないと、また飲食店での感染が多くなり夜10時閉店となりかねない。それゆえに、これからの時期は飲食店だけでなくすべての商店、職場などでも換気には十二分に配慮を願いたい。

土曜日, 10月 17, 2020

焦燥し始めたIOC

国際オリンピック委員会(IOC)が焦りはじめている。

IOCはご存知の通りスポーツ貴族の集まりである。オリンピックでメシを食っている連中である。別に彼らは4年に1度の夢の場所を提供しているわけでもなんでもない。そんな彼らが来年8月に東京オリンピックをなんとか開催したい、つまりなんとかIOCに収入を得るために、とどのつまり自分たちの収入を得たいがために、焦りだしている。

先日来日した世界陸連のセバスチャン・コー会長は「新国立競技場は世界選手権を開催するのに、ふさわしい競技場だと実感した。世界陸上を東京でやろう」などとおべんちゃらをいい始めた。ちなみに、新国立競技場はオリンピック後に球技場に変更することになっている(何処まで本気か分からないが)。また、IOCのバッハ会長にしても何の根拠もなく「われわれは安全な五輪を開催する準備ができている」と言い始め、11月に来日することになっている。

しかし、現実を見てみよう。世界での新型コロナウイルスの猛威は止まらない。ヨーロッパ、インド、アメリカなどでの感染拡大に全く歯止めがかからない。ワクチンや特効薬の開発にもメドがたっていない。加えて、日本人のオリンピック熱も明らかに醒め始めている。知人のなかには「オリンピックは4年に1回アテネ開催すればいい」とか「アメリカのテレビ局を無視して、10月開催にすればいい」などといいはじめている。

そして、東京都医師会の尾崎治夫会長は「やるとすれば無観客。(テニスの)全米オープンのような形でやっていくのが、妥当な線ではないかなと思います」と観客が入るオリンピックには否定的である。その上で、都内の医療体制について「今医療機関は疲弊し、経営状況も悪い」と述べたうえで「オリパラのために協力してくださいと言えるような状況がくるかは疑問に思う」とも話している。

IOCは焦っているが、現状は実はとても厳しい。

木曜日, 10月 15, 2020

良い趣味なのか悪い趣味なのか解らないが・・・

良い趣味なのか悪い趣味なのか解らないが、ときどき気まぐれで行きつけの居酒屋などに食器(陶器)をプレゼントする。

というのも、実は私が住むビルの1階に小洒落た陶器屋(和食器)さんがある。で、そこをたまに覗くのだが、自分好みのお皿などがあっても、それを買って自宅で使おうとは思わない。というのは、良いお皿があってもその上に自分の調理した料理を乗せようなんて思えないからだ。別に身分不相応とかいう問題でなく、私にはおこがましいというか、失礼だと思ってしまう。

その話を写真の陶器を作っている木曽志真雄さんに話したら「そんなことないですよ。千切りキャベツだっていいです」と。しかし「私は、とてもじゃないですが、無理ですよ。素人には素人なりの市販の皿でいいんです。こうした作家さんのお皿はやはり料理人が作ったものを載せないと・・・」というと、すると店主が「買ってきたお刺身をそのまま盛り付けて、密かに楽しむのもいいんですよ」と。

う~ん、確かにこうした皿に自分の料理をもったら、美味しく見えるかもしれない。市販の刺身でも千切りキャベツでも美味しく見えるに違いない。しかし、私の作る料理などは種類が限られているので、とてもじゃないが盛り付けなどできようがない。やはり、知り合いの店にあげるしかないなあ・・・。





水曜日, 10月 14, 2020

まだまだとても安心できない状況

東京都が発表した先週の陽性者数に大きな変動はなかった。ただし、感染経路不明率が悪くなっている。ちょっと心配である。これではいつまた陽性者数が増えてもおかしくない。秋冬の波はもう目の前に来ていると言ってもおかしくないのだから。


そして、もう一つ心配なのが東京ではないが埼玉で起きたミュージカル劇団のクラスター。ミュージカル劇団ということで歌のシーンが数多くあり、これが源になったのかもしれない・・・。劇団は、手指の消毒や稽古中のマスク着用など感染対策を行っていたという。しかし、稽古場で音響を使うためにどうしても密閉された状況になる(換気扇やエアコンの送風などは利用していると思うが)。

カラオケ・バーでもクラスターが起きるように、やはり大きな声で歌うことはクラスターを起こす要因のようである。残念でならない。とにかく体調の悪い人は密閉された稽古場への立ち入れは止めるようにしかないのかもしれない。難しい判断を強いられると思うが・・・。

また、日大バレー部でも20数人が感染するクラスターが起きたという。

そして、何よりもライブ活動を行う人に対して無料もしくは安価でPCRなどの検査をできる体制を作るべきである。そうでないと、死活問題にもなりかねないし、芸術やスポーツといった文化を滅ぼしかねない。何度も言うようだけど、医療・介護従事者およびライブ活動をする人には、いつでもどこでも何度でも検査を受けられるようにするべきである。


月曜日, 10月 12, 2020

テレビ放送の免許認可が報道の自由を束縛している

今やまともな報道ができる新聞は非常に少ない。東京新聞、毎日新聞、日刊ゲンダイくらいか。たまに朝日新聞も加わるが・・・。では、どうしてそんな状態になってしまったかといえば、それはテレビ局にある。

下記は東京の民放各局の経営体制である。

日本テレビの株式15%は読売新聞、他に関連会社が20%以上を保有している。当然ながら日テレは読売新聞の子会社である。東京放送の大株主に毎日新聞の名はない。TBSはもともとラジオ東京のテレビ局としてできたので毎日新聞とはなんら関係がなかった。

同じことはフジテレビにもいえる。フジテレビの大株主に産経新聞の名はない。これはフジがニッポン放送のテレビ局としてできたために、元々は産経新聞とはなんら関係もなかった。それがフジサンケイグループとなるのだが、名が体を表すようにフジの方が産経新聞より格上である。よってフジテレビに産経新聞の天下り社員はほとんどいない。

テレビ朝日の株式25%は朝日新聞。テレビ東京の株式32%は日経新聞。よってこの2局は新聞社の完全子会社である。

こうしたことから、テレビ放送の免許認可権を政府に握られている読売新聞、産経新聞、朝日新聞、日経新聞は政府批判をすることがなかなか難しい。一方で、テレビ局に関係の薄い毎日新聞、テレビ局をもたない東京新聞(親会社の中日新聞はテレビ局を持っているが)、そしてタブロイドの日刊ゲンダイはテレビ局を持っていないので、自由にものが書ける。

つまり、いかにテレビ放送の免許認可が報道の自由を束縛しているかということである。

金曜日, 10月 09, 2020

特選落語会「錦秋四景」下(夜の部)

コロナ禍でなかなかオーソドックスな落語会が開けないが、昨日(8日)は私の好きな噺家4人が揃いぶみの落語会ということで、雨降るのなかでもちょっと高揚感を抱きながら、会場の国立劇場小劇場に向かった。座席は市松模様に空席を設けたソーシャルディスタンス形式。演目は下記の通り。

柳亭左ん坊  「子ほめ」

柳家三三   「坊主の遊び」
柳家さん喬  「浜野矩随(のりゆき)」
 〜 仲入り 〜
桃月庵白酒  「死神」
柳亭市馬   「味噌蔵」

開口一番。前座の柳亭左ん坊は柳亭左龍の弟子。つまり柳家さん喬の孫弟子にあたる。「子ほめ」は与太郎噺(ここでは八五郎)だが、その話を左ん坊は滑舌良く実直に勧めていく。その様は師匠の柳亭左龍ではなく柳亭市馬を彷彿させる。まだまだ情景描写とかに甘さがあるが、懐が深い感じで将来が楽しみだ。

「坊主の遊び」は隠居した爺さんが吉原でひと騒動起こすという滑稽噺。柳家三三は持ち味の淡々さ出しながら、その隠居と花魁を共に茶目っけたっぷりに演じる。ただ、ひとヒネリが欲しかった感じだった。

「浜野矩随」は腰元彫りの名人だった浜野矩康(のりやす)の息子が親父の域を越えるか越えらないを描いた人情噺。柳家さん喬は本当にこうした講談話というか江戸話を演じると天下一品だ。今や彼の右に出る者はいないというぐらい上手い。観客を江戸の町なかに引き込ませる情景描写、そして主人公の浜野矩随、道具屋の若狭屋新兵衛、矩随の母親をきっちりと演じる。完全な名人芸である。

前座を含めた4人が柳家のなかに1人、「古今亭」の「金原亭」の「五街道」の「桃月庵」と言って、いきなり観客の心を掴んだ桃月庵白酒。彼が演じる「死神」は怖さなんか微塵もない抱腹絶倒編。白酒も今や柳家喬太郎ばりに天下無双状態で、そのエグさは素晴らしい。どんどん突っ張しってもらいたい。

「味噌蔵」は味噌問屋のケチな主人がいない間に使用人たちが宴会を行うが、そこに主人が帰ってくるという噺。柳亭市馬は途中に自慢のノドを聞かせるなどサービス精神旺盛で満員の観客をいい気分にさせる。コロナ禍でなかなか味わえない良い落語会はこう締めるんだよ、とお手本を示してくれるような味わいのある「味噌蔵」だった。こういう締めがあると、雨の中でも足取り軽く飲み屋へ向かうことができる。

久しぶりに落語を十二分に堪能した。


木曜日, 10月 01, 2020

NTT Docomoは敗北の歴史・・・

NTT Docomoが親会社のNTTに買収される。それにしても、Docomoの歴史は敗北の歴史であった。

私が初めて携帯電話を手にしたのは1980年代後半で、当時の電話番号は現在の090や080で始まるではなく030で始まり、通常は030-00-00000と表記された。つまり今のような090-4桁-4桁ではなく030-2桁-5桁だった。また電話会社もNTT Docomo、セルラー(現・au)、東京デジタルフォン(現・ソフトバンク)の3社で、NTT Docomoだけが全国展開、セルラーは主要都市のみ展開、東京デジタルフォンは東京近隣だけというまだ携帯電話黎明期だった。そうしたことから、NTT Docomoのシェアは全体の7割ぐらいあり、圧倒的な力を持っていた。私も全国に行く仕事が多かったので当然ながらNTT Docomoの携帯電話(NECのアナログ・ムーバN3だったと思う)を購入した。

それから何年かしてNTT Docomoはi-modeを開発した。これは携帯でパソコンが観れるなど画期的であったが、Docomoはi-mode独自に関するアプリの資金を費やしたり、世界展開にも失敗して約2兆円とも言われるお金を無駄にしたと言われた。これがDocomoの最初の敗け戦というか敗北であった。

次にアップルが開発したiPhone競争に敗けたというか、i-modeに固執するあまりDocomoはiPhoneを受け入れなかった。iPhoneを一番最初に取り入れたのはソフトバンクで、iPhon3Gが2008年7月に発売された。それ以降iPhoneは改良を重ね、2011年10月のiPhone 4Sではソフトバンクに加えてauも発売に加わった。

そして次のiPhone 5ではさすがにDocomoも発売かと言われていたが、2012年9月の発売時にそれはなかった。このために、多くのDocomoユーザーから不満が湧き起こり、iPhoneに乗り換えるためにDocomoを去った。私もその1人であり、知人たちが使っていたPhoneの便利さを知っていたので、もう我慢がならなかった。この時がDocomoの2回目の大敗戦となり、携帯市場でのシェアはガタンと落ちた。

Docomoはそれから1年後の2013年9月のiPhone 5s/5cの発売からやっとiPhoneを供給するようになったが、時すでに遅しであり、iPhoneを求める若者たちはソフトバンクかauを利用するようになり、Docomoのシェアの下落に歯止めは掛からなかった。

そして、今回のNTTによる子会社化である。NTTは国際的競争力向上のためと説明しているが果たしてそうであろうか。新政権による携帯料金引き下げ構想に単に従っただけではないだろうか。携帯料金が高いという不安は多くの人が持っているが、なぜゆえに政権に言われる前に独自で値下げを行うことができなかったのだろうか。それだけすでに企業努力が衰弱しているという証ではないだろうか。

子会社が親会社に買収されることはよくあるが、逆に子会社の方が親会社より業績がいいところもいっぱいある。その意味において親会社に買収されるということは、安全ではあるかもしれないが会社としては完全は敗北である。

このような敗北の歴史の繰り返し状態のNTT Docomoに将来像は見えてこない。まずは私のような元ユーザーを引き戻すような魅力的なアイデアもしくはセースルを出してもらいたい。