時代は江戸から明治に移り変わるころ激動期。舞台は江戸・本所石原町(現在の墨田区石原)のおでんが評判の飲み屋「福助」。店を切り盛りするのは女将のおあき。旦那は元松前藩の武士だった岡っ引きの弘蔵。2人の間には武士に憧れを抱く息子・良助と近くの青物屋に嫁ぐ娘・おていがいる。そんな4人を軸に常連客や元同僚などを絡めながら、時代の潮流に翻弄されながらも慎ましくも逞しく生きる市井の人々を描く。
著者の宇江佐真理が函館出身ということもあるが、彰義隊による上野戦争から五稜郭の箱館戦争までの史実を教科書のようにつぶさに書いていき、武士だけではなく市井の人々がこうした歴史のなかにも巻き込まれていく姿を精彩に描いていく。そして、悲しみを乗り越えつつもありしたたかに生きる庶民の姿はある感動的であり、時代の波に立ち向かう人々の素晴しさを描いている。
終盤にタイトルになっている「夕映え」を夫婦で見るときの会話が切ない。
「いつの時代も生きて行くのは切ねェものよ。だから人は、昔はよかったと愚痴をこぼすのよ。昔だって、必ずしもいいことばかりがあった訳じゃねェのによ。過ぎたことは、皆、よく思えるんだろう」
「だったら、戦で右往左往したこともよく思えるようになるのかしら。あたしは決してそう思わない。江戸と明治の変わり際に良助が死んだ。何んで戦なんてするのよと、死ぬまで恨んで暮らすことでしょうよ」
「おう、いつものおあきになっぜ。その調子だ」
歴史は決して有名人物だけで作られているものではない。市井の人々も歴史を作っている。それを情感たっぷりに描いた秀作である。
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