月曜日, 12月 06, 2021

「薩摩スチューデント、西へ」を読む

以前より幕末に海外生活をした人たちに興味があった。それゆえに、これまでに「アメリカ彦蔵」「音吉伝」などの漂流者たち、長州ファイブや咸臨丸に関する小説や資料本を結構読んできている。しかし、なぜか薩摩スチューデントに関する本は読んでいなかった。

薩摩スチューデントとは幕末に薩摩藩がイギリスに送りこんだ15人の留学生と4人の外交使節団のことをいう。15人は薩摩藩より医学、兵学、建築、工業などのいろいろな分野で学ぶことを命じられて1865年(慶応元年)に密に渡航する。この「薩摩スチューデント、西へ」(著:林望)はそのイギリスまでの航海記と勉学前の造船所や工場などの見聞記を描いている。

彼らは香港、シンガポール、ボンベイ、スエズ、マルタ島など立ち寄る港でイギリスの国力の大きさ、攘夷が井の中の蛙であることなどを認識して、世界という知識を広く得ていく。ロンドンでは2年前にイギリスに来ていた長州ファイブの3人(山尾庸三、遠藤謹助、井上勝)と遭遇。山尾(後の工部卿)がグラスゴーに赴くときに、ひとり1ポンドづつを出し合い支援するなど、いくつかのエピソードが興味深かった。

しかし、15人の留学生の生活は次第にバラバラになり、長州ファイブの5人(伊藤博文と井上馨は先に帰国)がいずれも明治政府の中枢で活躍したのに対して、薩摩スチューデントで活躍したのは畠山義成(初代東京開成学校校長)、鮫島尚信(駐仏特命全権公使)、森有礼(初代文部大臣)、松村淳蔵(海軍中将)の4人ぐらいだが、畠山、鮫島、森の3人は30代40代と早くに亡くなっている。その意味において、薩摩スチューデントの留学は成功かと言われると難しいところがある。ただし、同行した外交使節の寺島宗則と五代友厚の2人は、薩摩藩の兵器調達および明治の世に貢献をしたことは間違いない。

いつの世も知識を広く求めるのは有意義なことである。その意味において、昨今の若者たちが海外留学やひとり旅をあまりしたがらないことは残念でならない。日本の行く末が案じられる。

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