土曜日, 12月 11, 2021

「圓朝」を読む、ドラマ化してほしいと思う

奥山景衣子著作の「圓朝」を読んだ。三遊亭圓朝と名乗る落語家は後に先にも彼(本名:出淵次郎吉)以外にいない。

今年の落語界は十代目柳家小三治、三代目三遊亭円丈と古典と新作の二大巨頭を失ってしまった。それはそれはとても残念なことだが、今の落語界は大御所二人が亡くなろうともビクともしないぐらい人材は揃っている。

古典では柳家さん喬、柳家権太楼、立川志の輔、五街道雲助などのベテランから林家たい平、桃月庵白酒、春風亭一之輔、柳家三三といった若手まで枚挙にいとわない。一方、新作にしても柳家喬太郎、春風亭昇太、林家彦いち、三遊亭白鳥などのイキのいい俊英がいる。

こんな今の落語界の基礎を築いたのはやはり五代目古今亭志ん生、六代目三遊亭円生、五代目柳家小さんあたりなのだろうが、やはり忘れてはならないのが江戸から明治にかけて現在は「古典」だが当時は「新作」を手掛けた三遊亭圓朝であろう。

前置きが長くなったが、圓朝に関する本はこれまでもに何冊も出ている。彼は相当な女性遍歴があったり、弟子や席亭といざこざがあったと聞いている。この奥山景衣子著作の「圓朝」では、圓朝の人生を割と淡々と描いていて、江戸から明治にかけての落語界を影絵の感じで読んでいってしまう。

師匠の二代目三遊亭円生からの嫉妬や反故、長男が誕生した経緯とその母親との軋轢、弟子たちを育成する葛藤と挫折、寄席の席亭たちとの攻防、歌舞伎関係者や政府関係者たちとの交流、そして、新作を作る意気込みなど、かなり豊富なエピソードが満載なのだが、筆者をそれらを落語の題材と絡めながらもさりげなく描いていく。

そんななかで面白かったのはネタバレにはなるが、圓朝は人気が出始めた頃は絵や人形など小物を多く使う芝居噺(寄席版ミニ歌舞伎)をしていたということである。今日では芝居噺を行うのはほとんどおらず、林家正雀師匠ぐらいらしい。その芝居噺主体だった圓朝がいつしか素噺になり、「文七元結」「芝浜」「塩原多助一代記」などの人情噺、「死神」「鰍沢」「牡丹灯篭」といった怪談噺と多くの名作を創っていく。また、河竹新七(のちの黙阿弥)や尾上菊五郎ら歌舞伎役者たちの交流によって、圓朝の新作が舞台化されていく様なども面白い。

これまで圓朝が描いた作品をドラマ化したものはいっぱいあったが、圓朝そのものをドラマ化したものはない。漫画「落語心中」のドラマも面白かったが、この「圓朝」をミニ大河ドラマ仕立てでドラマ化したら、視聴率は取れるかどうか解らないが、かなり面白いのができると思う。NHKよ、やってくれないかなあ。


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