火曜日, 3月 05, 2024

錦帯橋を渡る子供たち 一生自慢できる通学路だ

大分の岡城跡、原尻の滝、小倉競馬、岩国の錦帯橋&岩国城などを訪れる旅をしてきたのですが、最も印象に残ったのがこの写真です。

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、朝宿泊しているホテルから錦帯橋を見ると、ランドセルを背負った小学生が何人も橋を渡っているではありませんか。

いや〜、国の史跡名勝天然物に指定された橋を渡って学校に通うのです。なんと羨ましいというか、子供にとっては大変かもしれませんが、大人になったら間違いなく一生自慢できる通学路でもあります

岩国出身の知り合いによると、吉香公園(旧岩国高校跡)などがある横山地区の子供たちはランドセルにパスケース(通行許可証が入っている)を下げて登校するそうです。ただ、雪の日は橋を渡るのがめちゃ怖いとのことです。

確かに橋を渡ったときに、風の強い日や雨の日は大変だろうなあと思いましたが、雪の日はスリップしたりするかもしれないので、怖いに違いありません。おそらくそんな日は大人がある程度見守っているとは思うのですが・・・。

現在、錦帯橋は世界遺産登録を目指しています。もし登録がなされたなら、日本で最初の世界遺産の通学路の橋になるのではないでしょうか。いずれにしろ、一生自慢できる通学路だと思います。

火曜日, 2月 13, 2024

静岡の旅③ 清水の次郎長

清水の次郎長といえば、戦後の映画やドラマの花形であった。その原作は村上元三の連作時代小説「次郎長三国志」。だが、明治時代には初代玉川勝太郎が次郎長ものを演じていて、それを講釈師松廼家京伝(伊東潮魚)が脚色して三代目神田伯山の講談「名も高き富士の山本」が出来上がり、明治末期から大正にかけて「次郎長伯山」と人気を博した。それが昭和に入ると、二代目広沢虎造の浪曲「清水次郎長伝」を作り上げた。つまり、村上元三の小説はこうした講談、浪曲などを脚色して書かれた半ノンフィクション小説と言える。

しかしながら、その清水の次郎長を題材にした映画やドラマは昨今ではほとんど制作されなくなってしまった。連続ものドラマでは2006年6月から8月にかけて山本一力の「背負い富士」を原作としたNHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」(主演:中村雅俊)、単発スペシャルものでは2010年1月のテレビ東京「ジロチョー~清水の次郎長維新伝~」(主演:中村雅俊)を最後に制作されていない。つまり、もう14年以上も中村雅俊に代わる新しい次郎長を目にしていないのである。残念だ。

さて、今回訪れた次郎長の生家(登録有形文化財)。清水のその名も次郎長通り商店街にある。建物は江戸末期の建築といわれ、次郎長が1820年(文政3年)生まれなので、おそらく200年以上は経っている。間口は2間半と狭まいが、鰻の寝床ではないが奥行きが5間半の平屋と、中庭を挟んで奥行四間二尺の二階建てが繋がっている。江戸時代の典型的な町屋建築といわれている。

清水の次郎長こと山本長五郎はこの生家である商家の高木三右衛門の次男として生まれるが、母親の弟で近くに住んでいた米屋・甲田屋を営んでいた山本次郎八の養子に出された。そのことによって次郎八のところの長五郎ということで「次郎長」と呼ばれるようになった。

なお、この生家の近くには次郎長、お蝶、大政、小政の墓がある梅蔭禅寺、次郎長が経営していた船宿「末廣」(改装中で見学できず)、次郎長が手厚く埋葬した咸臨丸乗組員の墓がある。今回の旅で時間的制約でこれらを訪れることはできなかったが、清水は意外にバスの便がいいことが分かったので、近いうちに訪れてみたいと思う。

日曜日, 2月 11, 2024

静岡の旅② 長〜い長〜い蓬莱橋

映画やドラマの時代劇などのロケ地として有名な島田市にある蓬莱橋。大井川にかかるその橋の長さは897.4m(通行幅2.4m)で、1997年には「世界一長い木造歩道橋」としてギネスブックに認定された。

蓬莱橋は明治に入って徳川慶喜の幕臣たちが大井川右岸の牧之原台地を開墾するにあたって、大井川を船による渡航だけでは限界があるということで、1879年(明治12年)1月13日に橋を完成させた。当初はもちろん橋脚部分も木製であったが、1965年(昭和40年)に橋脚部分だけはコンクリート製にしている。

さて、その蓬莱橋を渡るには片道だいたい15〜20分かかる。ただし、私が行った日は上流から下流に向かう風が強く途中何度か立ちどまざるをえなかったことと、初めて渡るということで足元を見ながら注意深く歩いたためにに20分近く時間を要してしまった。しかし、帰りは風が少し弱まったせいか、それとも足元に慣れたためか15分で戻ってきました。ちなみ渡橋料は100円。

土曜日, 2月 10, 2024

静岡の旅① 現存四御殿のある掛川城

リニアモーターカーのことで静岡県知事は大井川の水流が変わるとかいろいろ言って、静岡県を素通りされるのを怒っているが、首都圏の我々にとっては伊豆を除く静岡県は通り過ぎるところ。m(_ _)m それゆえに、これまで静岡県(主に駿河)を旅したことはなかった。ということで、今回は反省の意を込めて静岡を旅してきました。

掛川城は戦国時代山内一豊の居城。この辺のことは司馬遼太郎の「功名が辻」に書かれていると思いますが、私は未読。一豊時代に整備築城された天守閣は1854年の安政の大地震(安政東海地震)で崩落。現在の天守閣は1994年(平成6年)に再建されたもので日本初の木造復元天守。一方、政務所でもあった二ノ丸御殿は1861年(文久元年)に再建され、現在は重要文化財に指定されている。

お城好きの間では掛川城は日本初の木造復元天守として広く知られているが、ここは天守もいいが御殿がそれ以上に素晴らしい。お城好きでもあまり知られていないのが、御殿が残るお城は全国に4つしかない(現存四御殿)ということ。そのなかでも天守と御殿があるのは高知城と掛川城のみ。二条城と川越城には御殿は残るものの天守はない。その意味において掛川城は高知城のように現存12天守ではないが、貴重価値のあるお城。

お城は駅から徒歩10分と近いので、お城好きの人は途中下車して是非とも訪れてみてください。

チャリ亭@赤坂会館

一昨日(8日)は赤坂会館で開かれた能登応援落語会「チャリ亭」へ。チャリ亭は春風亭柳枝が発起人となり、柳亭小燕枝、柳亭小痴楽らが番頭を務め、らくごカフェ、赤坂会館、ばばん場が場所を提供するチャリティ落語会。昨日の出演者と演目は下記の通り。

春風亭一蔵 「鷺とり」
柳亭こみち 「時そば」
オークション
〜仲入り〜
ロケット団 漫才
入船亭扇遊 「干物箱」

開演前に二ツ目の柳家小はだが淹れたコハダコーヒーをいただく。コクがあり、めちゃくちゃに美味かった。会場の壁にはさりげなく(?)オフィスエムズの加藤さんが貼った1966年(昭和41年)正月の大須演芸場のポスターがあり、そこには超懐かしい名が並んでいる。

春風亭一蔵の「鷺とり」は誰も鷺とは思えない仕草に観客一同大苦笑い。柳亭こみちの「時そば」はお姐さんバージョンで威勢と気っ風がいい。ロケット団は昭和から平成の出来事を毒舌で回顧。入船亭扇遊は超ノリノリで「干物箱」を演じる。

最後は扇遊師匠の音頭で三本締め。多くの若手(二ツ目など)が手伝いに来ていたことが印象的。発起人の春風亭柳枝らの願いとチャリティ精神が彼らに確実に継承されていく。いい会だった。



月曜日, 1月 29, 2024

大谷翔平、山本由伸入団のドジャースは嫌われ3球団の1つ

大谷翔平と山本由伸が相次いでロサンゼルス・ドジャースに入団したことで、ドジャースのユニフォームやTシャツが飛ぶように売れている。また、テレビではシーズン前にもかかわらず大谷翔平の一挙手一投足ならぬ一挙一動が報道されている。そのためか、いわゆるにわかドジャース・ファンが急増中である。

しかし、ドジャースは全米で嫌われているチーム3の1つであるということを日本ではほとんど知られていない。写真下は2023年6月末日時点でのTwitter(現・ X)での「嫌いなチーム」と呟かれた数である。

1. Los Angeles Dodgers - 9016
2. New York Yankees - 8712
3. Houston Astros - 7658
4. New York Mets - 6326
5. Atlanta Braves - 582

ドジャースは金満ヤンキースやサイン盗みアストロズより嫌われているのである。また2022年の調査でも下記のような結果でドジャースはヤンキースに次いで嫌われているのである。

1. New York Yankees - 6766
2. Los Angeles Dodgers - 5618
3. Houston Astros - 4865

また2021年の州別嫌いなチーム分布図は写真下のようになっていた。ここでもドジャースは、ワイオミング、ユタ、コロラド、アリゾナ、ニューメキシコの西部5州、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマの南部3州、そしてアラスカと、なんと9州で嫌いなチーム1位になっている。これはヒューストン・アストロズの7州を上回る。ニューヨーク・ヤンキースは東部の小さな諸州が加われば8州なので、ドジャースはヤンキースをも上回っている。

そして、データにはないが、カリフォルニアでもドジャースは南カリフォルニアでは人気があるが、私が以前住んでいたサンフランシスコ・ベイエリアや州都サクラメントなどの北カリフォルニアではかなり嫌われている。

火曜日, 1月 23, 2024

能登半島地震 余震回数は減少傾向に

能登半島地震の余震はいつまで続くのだろうか。それを察するにあたり、まずは過去の大地震の余震状況について調べてみました。

東日本大震災の東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)はおそらく最も余震が多い地震であり、発生から13年近く経った現在でも続いているといっても過言ではありません。余震は震度4以上を記録したものが2011年だけで225回を記録。その後も震度4以上の余震を毎年10回以上を記録。その数は185回にもなります。ちなみに本震発生後の1年間でM4.0 以上を記録した余震はなんと5387回もありました。
ただ、東日本大震災はプレート地震で能登半島地震のような断層地震には参考になりません。そこで同じ断層地震である阪神大震災と熊本地震の余震について調べてみました。

阪神淡路大震災の兵庫県南部地震(1995年1月11日)では本震のあと同日内に震度5以上の余震が10回起こり、震度0の無感以上の地震が1995年で2360回は起きたものの、1996年と1997年はともに100回台と少なくなり、余震の規模と回数は少ないほうの大規模地震ではなかったのではないでしょうか。 熊本地震(2016年4月14日)は不特定な多発的地震で、4月14日に最大震度7の地震を2回、16日までの3日間に震度5以上の地震を10数回記録しました。そして、余震は本震発生から3ヶ月後の7月14日までに、震度1以上を観測したものが合計1888回におよんだ。 そして、能登半島地震(2024年1月1日)ですが、これまでに震度5以上の余震が16回起きている。また震度1を記録した地震は1月22日までに1487回あった。ただ19〜21日までの3日間は1日10回以下で余震の数はかなり減少しています。こうしたことを考えると、今後も3ヶ月以内はある程度の余震が起きてもおかしくありませんが、かなり落ちついてきたようです。

余震が少なくなることは今後の復旧復興、ボランティア活動の大きな安心と助けになるに違いありません。



木曜日, 1月 18, 2024

地震大国に原発は必要あるのだろうか


写真はYahooニュースが2021年12月にまとめた震度7を観測した地震の表です。ということで、今回の能登半島地震は6番目の震度7を記録した地震になります。つまり日本はこの29年間に6回も震度7の地震を記録しているのです。それも北海道から九州まで全国各地に散らばっています。そして、今後5年から7年以内にまた震度7の地震が起きる可能性もあるのです。

そんな地震大国なのに、いまだに日本では原発が稼働していますし、建造中のものまであります。原発政策をすすめてきたのはもちろん自民党。自民党は裏金だけでなく、日本を滅ぼさせる可能性のある原発を推し進めています。そんな自民党をどうして支持できようか。

火曜日, 12月 26, 2023

常磐線・東北新幹線周遊の旅

先週木曜から土曜にかけての常磐線・東北新幹線の旅は大変有意義かつ楽しかった。

今回の旅の一番の目的は、北茨城のあんこうのどぶ汁、相馬のフグ(これはありつけませんでした)、閖上の赤貝、宇都宮の餃子といった美味しいものを食べることにありました。しかし、その他にも江戸時代の東回り航路の港訪問、常磐線から福島原発事故の爪痕を観察するとか、2年前の地震で被害を受けた相馬の馬陵城(中村城)観光、名取の東日本大震災での大津波跡の復興状況把握など、新白河のウインズ以外にもちゃっんと歴史と社会勉強もしてきました。

ということで、まず最初は食べ物の話から。あんこうは鍋は食べたことはあったのですが、どぶ汁を食べるのは初めて。どぶ汁はもともとは漁師料理で、海上で水を使わず野菜とあんこうを煮込んで食べたのが始まりと言われています。現在では豆腐やきのこなども入れて味噌を主体に色々な風味で食べられるようになったみたいです。それにしても、これが本当に美味かった。もちろん地元の人たちは作り慣れているからかもしれませんが、味噌味、出汁加減などいうことはありません。最後は雑炊にしたことは言うまでもありません。

フグといえば下関ですが、東日本では福島県の相馬沖などで水揚げが急増しています。そのこともあり、福島では「福とら」というブランド化を目指して躍起になっています。ということで、それを食するために相馬を訪れたのですが、残念なことにランチでフグを提供している店は1軒だけで、そこも予約で満席ということで、残念ながらありつけることができませんでした。相馬を訪れる機会のある方は、是非ともフグを食してみてください。

閖上の赤貝は、震災で大被害を受けた閖上の日和山に寄った後に食べようと思ったのですが、そしたらタクシーの運転手さんが名取より仙台で食べた方がいいよというので、仙台の「塩竈すし哲」(S-PAL仙台店)で閖上の赤貝などを頼んだ。で、この赤貝がなんとも瑞々しく歯応えもあり、東京では滅多にお目にかかれない味でした。なお「塩竈すし哲」は値段は少しははりますが地元の人に愛されているお店のようなので、次に仙台へ行った時も訪れようと思っています。

そして、最後は宇都宮餃子。ここは宇都宮在住のいつか重賞勝馬の馬主(一口ですが)になるであろうKちゃんに案内してもらい、有名な「香蘭」と「宇都宮みんみん」の餃子をいただく。そして、その後はおでん(宇都宮はおでんの店が多い)を食べようとなるが、有名処は満席で駅近くの「しんとみR+」でおでんと日本酒(種類豊富)をいただく。

いや〜、3日間、胃薬が手放せないほどたらふく食べました。😁



金曜日, 11月 10, 2023

柳家さん喬の「さん喬あわせ鏡」冬の噺三題

昨日(9日)は内幸町ホールで行われた「さん喬あわせ鏡」を聞きに行く。出演者と演目は下記の通り。柳家さん喬の噺は全て冬に関わる噺。差し詰め「さん喬あわせ鏡 〜冬の噺〜」という会だった。

三遊亭歌きち 「子ほめ」
柳家さん喬  「福禄寿」
柳家さん喬  「掛取万歳」
 〜 仲入り 〜
柳家さん喬  「芝浜」

三遊亭歌きちは三遊亭歌奴の弟子で5月に前座になったばかり。声質はとてもいいのでもっと表現力をつけるよう頑張ってもらいたい。

「福禄寿」は自分が産んだ子と譲り受けた義弟の子を分け隔てなく育てた母親と、なかなか商売が上手くならない自分の子の長男(禄太郎)と、譲り受けた子の長男(福次郎)の話。三遊亭圓朝の作で、今日この演目を演じるのは柳家さん喬と柳家三三ぐらいだという。私もYou tubeでこの話を何度か聞いていたが、実演に接するは始めて。いや〜、上手いです。こんな噺を冒頭にもってくるとはさん喬の凄さというか偉大さを感じてしまう。

「掛取万歳」は年末に訪れる借金取りを、相手の好きな話(狂歌、義太夫、喧嘩、漫才)に合わせて、あの手この手で追い返してしまうという滑稽噺。この噺はさん喬の弟弟子である柳亭市馬が得意としているが、さん喬も見事である。ただ、この追い返す手段のなかにさん喬が得意とする踊りがないのが残念。いつかオリジナルで踊りの話を盛り込んで演じてほしい。

仲入り後は「芝浜」。今日では女性落語家たちが女性目線による「芝浜」を演じているが、さん喬の「芝浜」もかなり女性目線で演じられている。というか、さん喬の演じるおかみさんがあまりにも鮮やかだからそう思ってしまうのかもしれない。酔っている旦那の魚勝こと勝五郎を誤魔化していく様、そして3年後に真実を告げる様など、どんな落語家も太刀打ちできない人情と愛情に溢れている。これまでに何人もの「芝浜」を聞いているが、さん喬を凌ぐ人にはまだ出会っていない。



金曜日, 10月 20, 2023

日本の三大食材はなんだろうか

日本の三大食材はなんだろうか

岩泉の松茸を食べて帰京してから、日本の三大食材はなんであろうかと、どうでもいいというかとりとめないことを考え始めてしまった。

日本人は三大◯◯というのが結構好きである。三大祭りといえば祇園祭・天神祭・神田祭とか、三大美女は常盤御前・小野小町・静御前とか、ありとあらゆるジャンルで三大◯◯というのがあり、Wikipediaには「日本三大一覧」という項目がある。

さて、食材に関していうと日本三大珍味というものがあり、これに関しては江戸時代から「うに(塩うに)」「このわた(なまこの腸の塩辛)」「カラスミ(ボラの卵巣の塩漬け)」と言われてきている。ただ、からすみはその名の通り中国からの伝来品であり、今日では台湾のカラスミの方が有名で、果たしてこれが正しいのかいささか疑問である。

では、日本三大食材はなんであろうか。三大ということで、まずは高級であること、日本独自もしくは世界でもトップクラスの品とか、そんな漠然とした定義で考えてみると、「蟹」「伊勢エビ」「フグ」「牡蠣」「松茸」「和牛」などが浮かんだ。

このなかでまず「和牛」は入れなければならないのであろうか。和牛には神戸牛、松坂牛などの有名なブランドから余り知られていないものまで300近くあるがどれもこれも美味しい。それゆえに、個人的には「和牛」は日本三大食材に入れるべきものだと思う。

こうなってくると、残りの食材は海産物、農産物から一つずつ選ぶのが筋となる。となると、農産物は「松茸」となってしまう。今日、松茸は世界中で取れることがわかったが、その料理の品数やそして品質からしても日本三大食材にふさわしいのではないだろうか。

残るは海産物である。これは意見が大いに分かれるだろう。一般的には「伊勢エビ」だと思うが、個人的には「蟹(ズワイガニ)」だと思うし、世界でも食べるのは日本人ぐらいという「フグ」と言う人もいるに違いない。またオイスター好きは「牡蠣」というかもしれない。

ということで、いろいろ吟味した結果、日本三大食材は一般的には「伊勢エビ、松茸、和牛」と思われるが、個人的には「蟹、松茸、和牛」を推したい。

いずれにしろ、三大◯◯なんていうのは個人差、地域差がある。つまり諸説あっていいのである。私が日本三大珍味に疑問を呈しているように。

みなさんの日本三大食材はなんですか。





木曜日, 10月 12, 2023

日本ラグビーには海外留学と大学・リーグワンの交流が必要

ラグビーワールドカップ。日本代表は1次リーグ2勝2敗で決勝トーナメント進出は叶わなかった。今回のW杯で日本の弱点がかなり見えてきた。アルゼンチン戦での直接的敗因はラインアウトおよびパント処理などの空中戦に弱かったことや、バックス陣の判断ミスが多かったことだろう。それとは別にやはりチームの高齢化ではないだろうか。

堀江翔太 37歳
リーチ・マイケル 34歳
レメキ・ロマノ・ラヴァ 34歳
稲垣啓太 33歳
クレイグ・ミラー 32歳
中村亮土 32歳
松島幸太朗 30歳
流大 30歳 

今回の主力メンバーで8人が30歳以上である。ラグビーは経験がものをいうスポーツだが、しかし30歳もしくは32歳以上の選手にはきつい。その意味において、日本は他国より若手育成に遅れをとっているのではないだろうか。その対策として色々なことが考えられる。

まず第一に高校生、大学生段階からの海外留学である。すでに何人もの若者が高校時代からニュージランドへ留学している。しかし、それはある意味裕福な家庭の子供に限られる。そこで、ラグビー協会は将来有望と思われる大学生に対して1年間大学を休学させて、ラグビー強豪国に留学できるシステムを作るべきである。国の助成金を利用しつつラグビー協会は金を出して後押しをするべきである。若いうちに海外の力を知ること、英語を身につけることは大事である。

次に国内でも大学生3年生および4年生はリーグワン(旧トップリーグ)に参加できるようにすべきである。大学生は基本的に8月から1月までがシーズンだが、リーグワンは12月から5月までがシーズンである。つまり、大学生は2月から(人によっては1月から)、リーグワンに参加することが可能なのである。

とにかく日本はラグビーにおいて地理的条件の悪い場所にある。それゆえに、若い時から積極的に海外へ出向くとか大学生とセミプロというかプロとの交流をしなければ、ベスト8およびベスト4への道は遠い。



火曜日, 10月 10, 2023

今年のメジャーリーグ、日本人選手の私的通信簿

メジャーリーグはすでにプレーオフに突入していますが、今年の日本人選手はみんな本当に頑張りました。私なりの通信簿はこんな感じです。

◎大変よく出来ました

・千賀滉大(100点)
・大谷翔平(95点)
・吉田正尚(95点)
・鈴木誠也(90点)
・菊池雄星(85点)

千賀滉大は1年目にしてローテーションを完璧に守り、投球回数も規定投球回数を上回り、防御率2点台、奪三振200は満点と言っていいと思います。大谷翔平は休みを取らなかったことが結局災いして、1年を通して活躍するができませんでした。ホームラン王は素晴らしいですが、やはり1年通して活躍するのがプロの選手だと思います。吉田正尚は序盤こそ苦しみましたが5月以降の活躍は目を見張るものがありました。打率が3割だったら100点満点でした・・・。鈴木誠也は後半は大活躍でしたが、前半は正直見るに堪えられない時もありました。来年はとにかく1年を通じて活躍してもらいたいです。菊池雄星はメジャー5年目にして初の二桁勝利・防御率3点台と年間を通して活躍しました。ただまだ安定感・信頼感に欠けているので来年はそれらを克服してもらいたいです。

◯よく出来ました

・藤浪晋太郎(80点)
・前田健太(75点)
・ダルビッシュ有(70点)

藤浪晋太郎はオリオーズに移籍して、救援投手として開花しました。少しラッキーだったところもありますが十二分な活躍はしたと思います。来年はどこでどう活躍するか楽しみです。前田健太は怪我からの復帰した年として及第点だと思います。来年はまたローテーションの一翼を担う投手になると期待しています。ダルビッシュ有はWBCの疲労と年齢的なこともあり、思ったほどの成績は残せませんでした。しかし、彼は日本人選手の先輩格としてだけではなく、球種マスターとしてメジャーリーグ全体の投手を支えていると思っています。

来年も新たに何人かの日本人選手が海を渡ると思いますが、それぞれが今年の千賀滉大、吉田正尚、藤浪晋太郎と同じように活躍することを期待しています。



木曜日, 10月 05, 2023

岩泉まつたけ祭りで松茸を思う存分堪能

10月1日に開かれた「岩泉まつたけ祭り」に参加してきました。

岩手県岩泉町(いわいずみちょう)は盛岡市の東に隣接する町(といっても盛岡駅から町の中心部まで車で2時間かかる)で、人口は約8000人。本州で最も面積の広い町としても知られている。ここで有名なのは日本三大鍾乳洞の一つの龍泉洞、岩泉ヨーグルト、そして松茸である。

町にはアカマツなど松茸が取れる木々の山が散在していて、中心部北の龍泉洞がある宇嶺羅山でも松茸は取れるとのこと。岩泉町の松茸は個人たちで形成される20余の組合によって管理され、品質を保持しているそうだ。今年は暑さのために収穫時期が例年より1週間から10日は遅れたが、東北地方は雨には恵まれているので、地元の人たちは豊作の予感がすると、期待を寄せている。

さて、私が訪れた岩泉まつたけ祭りは今年で24回を迎え、北は北海道、南は岐阜からの80数名の参加者が集い、松茸三昧のコース、抽選会、競り(販売会)などを楽しんだ。松茸料理コースの内訳は写真を参考にしてもらいたいが、なかでも土瓶蒸し、茶碗蒸し、松茸ご飯が美味しかった。というのも、どうやら出始めの頃は香りがまだ弱いが歯応えは良いかららしい。まあ、私たち参加者は会場に入った瞬間に充満していた松茸の香りで麻痺してしまっていたが。(笑)

ということで、龍泉洞観光、松茸料理のフルコースを堪能してお土産用の大ぶりの松茸を購入しました。😀







土曜日, 9月 23, 2023

昔も今も変わらぬ京都の「炭火割烹 いふき」

京都の隠れた名店『炭火割烹 いふき』を初めて訪れたのは2008年10月のことであった。当時私は仕事の関係で年に何回か京都を訪れる機会があった。それゆえに、京都の美味しいお店をいくつも訪ねることが機会があった。そんななかで、ある日先斗町を歩いていると「炭火割烹」という文字に惹かれて、この「いふき」を訪れた。そして、そこで味わった美味しさはある意味衝撃的で、その後京都へ行くたびに訪れるようになった。

しかし、2011年の東日本大震災、母親の介護、コロナと続いたために、2010年を最後に訪れるチャンスがなかった。その間に「いふき」は2011年4月にお店を先斗町から祇園に移転して、その年のミシュランガイド京都大阪2011で一つ星を獲得した。そして2017年からは今日まで二つ星掲載になっている。

そんな「いふき」に13年ぶりに訪問。花見小路に移った店の外見は他の店と同じ造りで、提灯の灯りがなくしては判断がつかない。そんなお店の外見を撮ろうとしていたら、ちょうどお客さんの見送りのために出てきた店主と女将さんといきなり遭遇。ちょっと出鼻を挫かれたというか、緊張の糸がほぐれて店内へ。店内は1階にカウンター8席の造り。先斗町時代の店は足を下ろす掘り炬燵形式だったが、祇園の店は椅子形式で1席がゆったりと広い。そして、何よりも驚いたのが、焼き方も煮方のスタッフも先斗町時代と変わらなかった。

料理はすべてコースで、その内容を書くのは割愛させてもらうが、出汁の繊細さというか風味は限りなく旨みを追求しているという向上心を醸し出すもので、唸らざるをえない美味しさだ。メインの焼きものはチョイスすることができ、私はノドグロと鰻を頼んだ。サウスポーの焼き方のお兄さんは以前と全く変わらず、中は柔らかく外は香ばしく少しパリパリ感を出してくれる。

全部で何品出されたかは覚えていないが、とにかくどれもこれもその美味しさを堪能した。10数年ぶりの訪問だが、その味はもちろん進化していて、それでいておもてなしは昔を思い出させるものであった。10数年ぶりの訪問で、こんなことを言うのもなんだが、私の京都の行きつけの店は「ここ」、馴染みの店は「ここ」、自信をもっておすすめできる店は「ここ」と言える店である。



金曜日, 9月 15, 2023

丹波篠山はまだ静かだった

今年の春にテレビ朝日で放送された「歴史のプロ40人が選んだ『GWに行って楽しい城下町ベスト15』という番組で、丹波篠山市がなんと第2位に選ばれた。今秋にも行こうかと思った場所がこんなに高い評価を受けたので、これは観光客がどっと押し寄せるのではないかと冗談抜きに危惧した。

丹波篠山にある篠山城は1609年(慶長14年)に豊臣秀頼がいる大坂城と豊臣家に縁のある西国大名を分断するために、徳川家康が藤堂高虎に造らせた城。平地の城としては堀も広く深く、また石垣も高いのでかなり強固な造りになった。そのために「天守は不要」と判断され、天守台があるのにも拘らず天守閣は造らなかった。

そんな篠山城の城下町には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている「河原町妻入商家群」や下級武士の住まいだった「御徒士町武家屋敷群」などが保存されて、昔の面影を色濃く残している。


さて、私が訪れたのは月曜の午前中の上、兵庫県は朝から雨のところが多く、お城にも城下町にもほとんど観光客をおらず、町の輪郭をしっかり把握することができた。ただ、雨との兼ね合いでタクシーによる駆け足観光だったので、残念ながら城下町としの風情とか空気を味わうことができなかった。それゆえに、いつの日にかゆっくりと滞在して城下町の味わいを堪能したい。



木曜日, 9月 14, 2023

阪神競馬場の人の少なさに驚き

9月10日(日曜)に阪神競馬場に行ったのだが、驚いたのはその観客の少なさ。この日は秋競馬が開催第1週目で重賞のセントウルステークス(G II)も行われるので、多くの観客が来場するのではないのかと思っていた。ところが、阪急仁川駅から阪神競馬場に向かう人はかなりまばら。他の競馬場ではよく見かける親子連れは皆無。一瞬、本当に競馬は行われているのだろうかと、疑ってしまったぐらいである。


さて、この日の阪神競馬場の入場者は12,303人。一方、中山競馬場は17,005人で阪神より4,702人多い。そして何よりも驚くのは、阪神競馬場の入場者数が、前週の札幌、新潟、小倉競馬場より少ないのである。その原因は暑さということがあるかもしれないが、こうなると、阪神より札幌か小倉で開催した方がいいのではないだろうか。そうなると、プログラムの大幅変更が強いられるかもしれないが、JRAは一考すべきだと思う。

9月10日(日曜)
阪神 総入場人員 12,303名 (有料入場人員 11,848名)
中山 総入場人員 17,005名 (有料入場人員 16,274名)

9月3日(日曜)
札幌 総入場人員 19,185名 (有料入場人員 18,663名)
新潟 総入場人員 13,951名 (有料入場人員 12,911名)
小倉 総入場人員 16,760名 (有料入場人員 16,000名)




火曜日, 9月 12, 2023

京都はすでにオーバーツーリズム。観光税を導入すべき

久しぶりに京都へ行ってみて、京都がすでにオーバーツーリズム状態であるという認識をせざるをえなかった。宿泊施設にしても、グルメスポットにしても、バスやタクシーなどの交通機関にしてもかなり異常をきたしている。

円安による外国人観光客の増大、コロナ明けでどっと押し寄せる日本人観光客。京都の観光業はどこもかも人手不足でパンク状態だ。ここまできたならば、京都市は1泊目だけでも1000円程度の観光税を取って、善後策に使用するべきであろう。




金曜日, 8月 04, 2023

五街道雲助一門会の「師弟四景」

一昨日(2日)は国立演芸場で開かれた五街道雲助一門会による「師弟四景」を聞きに行ってきた。出演者と演目は下記のり。。

柳家しろ八  「寿限無」
蜃気楼龍玉  「夏泥」
隅田川馬石  「品川心中」
 〜 仲入り 〜
五街道雲助  「千両みかん」
桃月庵白酒  「お化け長屋」

先日、テレビにやたら出ていて大して上手いとも言えない落語家が「落語界は才能のないやつらばかりで人材難。漫才やコントに取られてる」という趣旨の発言をした。発言は自由だが、この男は本当に落語界の現状を知っているのだろうか。現在東西合わせて1000人に近い落語家がいるが、果たして才能のない者ばかりだろうか。この男に何人の弟子がいるか知らないが、五街道雲助一門は少数精鋭の強者ばかり。まさかこの一門を知らずして、上記のような発言をしたのだろうか。だから、立川流は嫌われるし、聞きに行きたくならない。

柳家しろ八は柳家小八の弟子にして前座。「寿限無」をそつなくこなすが、もう少し個性を入れてほしかった。

蜃気楼龍玉は五街道雲助の3番弟子。本来は15分ぐらいの「夏泥」を30分かけて話す。それでも決して間延びすることもなく、テンポよく快活に語る。

隅田川馬石は雲助の2番弟子。彼は好不調の波が激しい落語家のひとりだと思う。ただし、昨日はもう絶好調。兄弟子の桃月庵白酒をも圧倒するノリで心中噺を滑稽にして爽快に演じる。

仲入りをはさんで、先日人間国宝になった五街道雲助が登場。座るなり「これがナマの国宝です」と飄々と一言。その後はいつもと変わらず決して気負わない「千両みかん」を好演。

桃月庵白酒は雲助の総領弟子。人間国宝の件で一番喜んでいたのはどうやらこの人。「人間国宝になると200万円毎年支給されるですが、これは後継育成という名目らしいです。三人弟子がいるんですから1人66万円もらえるんです」とちゃっかりしていた。「お化け長屋」は白酒の得意ネタ。衣装こそ変わらないが七面相のような演じ方はこの人ならでは醍醐味。大熱演で人間国宝一門のトリを見事にこなす。



金曜日, 7月 28, 2023

第661回落語研究会

一昨日(26日)は国立小劇場で開かれた第661回落語研究会を聞きに行ってきた。落語研究会は以前はほぼ会員制だったので、私は過去に1回しか行ったことがなかった。それがコロナのせいで予約制となり、10数年ぶりの鑑賞となった。出演者と演目は下記の通り。

柳家小はぜ  「狸鯉」
桂宮治    「道灌」
古今亭志ん輔 「小猿七之助」
 〜 仲入り 〜
入船亭扇遊  「きゃいのう」
春風亭一朝  「菊江の仏壇」

落語の演目数はどれぐらいあるかという愚問がある。

落語には古典落語と新作落語がある。古典落語は基本的に江戸から明治に作られたものをさし、新作落語は大正もしくは昭和以降に作られたものを言うが、ただ一般的には現存する落語家もしくは落語作家が作ったものを新作と言うような気がしなくもない。

さて、その愚問であるが、現在演じられている古典落語は500とも800とも言われる。ただ、主に寄席などで演じられる馴染みの噺は200ぐらいではないだろうかと言われている。新作に至っては昨日何処かで初めて演じられた演目があるかもしれないので、数えようがない。

さて今回の落語研究会の演目は「狸鯉」「道灌」の2演目は馴染みの演目だが、「小猿七之助」「きゃいのう」「菊江の仏壇」はあまり演じられることがない珍しい演目。私もこの3演目は初めて聞く。

「小猿七之助」は講談ネタなのだがそれを立川談志が落語化したらしい。よってこれが古典になるのか新作になるのかどちらか分からない。まあどっちでもいいのだが、噺の内容はさほど面白くない。

「きゃいのう」は舞台役者の悲喜交交を描く滑稽噺。歌舞伎の舞台裏を小まめに描写しながらの噺。入船亭扇遊ならではの粋で鯔背(いなせ)な話芸が冴える。

「菊江の仏壇」は上方落語の大ネタ。若旦那が自分の嫁に似た妾を囲うという噺。内容はかなり陰湿になりかねないものだが、春風亭一朝は持ち前の江戸弁をうまく活かして明朗に進めていき、明るい怪談噺に仕立てあげる。

最後に余談になるが、桂宮治がマクラで述べていたが、「笑点」と「落語研究会」では楽屋も高座も温度差が違うとか。落語研究会はまだまだ敷居は高いようだ。(笑)