先週の土曜(28日)、ミューザ川崎で開かれている「サマーフェスタカワサキ」の東京都交響楽団の公演に行ってきました。指揮はオーボエ奏者としての生活にピリオドを打ち、指揮者に転身した宮本文昭。この公演は指揮者として6月のJTホールでの管楽アンサンブルに続いて2回目。オーケストラの指揮は初デビューのようだった。ピアノはパリ在住の児玉桃。
演目
モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
ラヴェル/ボレロ
ピアニストから指揮者に転じる人は枚挙にいとまがないが、オーボエ奏者から指揮者に転じた人はあまり聞いたことがない。ただ、“もぎぎ”ことN響首席オーボエ奏者の茂木大輔も指揮を行っているので、ひょっとすると今後は木管金管奏者から指揮者になる人が増えるかもしれない。宮本文昭はその先駆者的存在になるか。
最初は歌劇「魔笛」序曲。宮本文昭は指揮棒を使わない。あるときは両手をピアノを弾いているように、あるときは空手の型を行うように、あるときは社交ダンスをするかのように、少し腰を折り曲げて、体を前後左右に動かしてリズムをとりながら、オケを掌握しようとしている。彼は美しく透明感のある音をオケに求めているように聞こえる。それはどことなく汗をかいたあとに飲む清涼飲料のようだ。しかしがら、その音には私が好きなビールにあるコクやキレが感じられない。もう少しアルコール度がある音が欲しい。(笑)
2曲目はモーツァルト。この23番はモーツァルトのピアノ協奏曲でもっとも有名な作品だが、児玉桃はさりげなく非常にあっさり弾いてしまう。ちょっと拍子抜けだった。
3曲目はお目当てのボレロ。この曲では宮本は自分の感情を思いっきりオケにぶつけていく。あの誰もが知っているメロディをフルート、クラリネット、ファゴットとソロパートが変っていくが、宮本をそれをうまく誘導していく。東京都交響楽団のソリストにはかなりのバラつきがあったが、逆にチェロやコントラバスなどの弦楽器がこうしたバラつきをうまく補っていたのが印象的だった。特にコントラバス陣のしっかりした音程とリズム感は素晴らしく、彼らの力なくしては、最後の高揚を引きだすことはできなかったに違いない。
ボレロでの宮本の指揮ぶりは見事であった。彼の指揮からすると、こうした滑らかでリズミカルな曲が向いているのかもしれない。しかし、彼は長年ドイツに住んでていたのであるから、ベートーヴェンやブラームスといった正統派ドイツ音楽の指揮も聴いてみたいものである。今後の宮本文昭の指揮者生活に注目したい演奏会であった。
宮本文昭公式HP
http://miyamotofumiaki.com/
火曜日, 7月 31, 2007
月曜日, 7月 30, 2007
参議院選挙出口調査の正確さに驚き
参議院選挙で与党が敗北することは予想されたことではあったが、今回の選挙で一番驚いたのは各テレビ局の出口調査がかなり正確であったことだ。下の表を見てもらいたい。この数字は午後8時の投票終了と同時に各テレビ局が一斉に報じた数字である。(※NHKは特定の数字を表わさなかったので入れていない)
自民 民主
日本テレビ 38 59
TBS 34 60
フジテレビ 36 61
テレビ朝日 38 58
テレビ東京 39 60
この5局の数字を平均すると自民37、民主59.6で実際の結果(自民37、民主60)とほぼ一致している。出口調査がどのように行われているかは詳しいことは知らないが、今回の選挙では期日前投票が1000万人以上もいたので、私は出口調査の結果に多少のズレが生じるのではないかと予想した。しかし、結果はお見事と言わざるをえない。普段テレビ局の報道には苦言ばかり呈している私だが、今回ばかりは脱帽である。ただ、これらの出口調査はいずれも系列新聞社との共同作業であることは言うまでもない。
自民 民主
日本テレビ 38 59
TBS 34 60
フジテレビ 36 61
テレビ朝日 38 58
テレビ東京 39 60
この5局の数字を平均すると自民37、民主59.6で実際の結果(自民37、民主60)とほぼ一致している。出口調査がどのように行われているかは詳しいことは知らないが、今回の選挙では期日前投票が1000万人以上もいたので、私は出口調査の結果に多少のズレが生じるのではないかと予想した。しかし、結果はお見事と言わざるをえない。普段テレビ局の報道には苦言ばかり呈している私だが、今回ばかりは脱帽である。ただ、これらの出口調査はいずれも系列新聞社との共同作業であることは言うまでもない。
金曜日, 7月 27, 2007
焼酎かす海洋投棄禁止と日本酒の巻き返し
日本酒が巻き返し攻勢に出ている。最近、新聞や雑誌には酒造組合の広告を見るようになった。この背景には相次ぐ焼酎の値上げがあるようだ。7月1日より大手芋焼酎メーカーが値上げを行っている。値上げの原因は3つあるそうだ。第一に原料となるサツマイモの高騰。第二に原油高による輸送費の高騰。ここまでは解るが、第三の原因は、製造で発生する焼酎かすの処理コストの増加ということである。今年の春から海洋汚染防止するロンドン条約により、焼酎かすの海洋投棄が禁止となった。そのために焼酎メーカーは焼酎かす処理のための設備増設を余儀なくされたということである。
我々が飲んでいる焼酎かすが海洋投棄されたとは、情けないことに知らなかった。ちょっと罪深いがする。しかしながら、現在では焼酎かすの再利用が進んでいて、ブタのエサ、農作物の肥料、健康飲料に至るまで新たな商品開発が行われている。
こうした焼酎の値上げを機に、日本酒の巻き返しが躍起である。今日では各酒造メーカーに研究熱心な若い杜氏がどんどん登場して、現代にマッチした日本酒が多く誕生している。こうした日本酒は以前に比べて、飲みやすくなったのはもちろんだが、翌日に残らなくなり、二日酔いを起こすことがほとんどなくなった。
杜氏というと、どうしても昔からの職人気質の人が多く、味に関して一貫して「味を守る」という人が多い。それはそれで大事なことだが、やはり守りの姿勢に入り、新しい味の開拓をしなくなってしまう。若い杜氏たちは農業大学などで発酵学の勉強をしているものがほとんどだから、科学的な分析で新しい日本酒作りを行っている。
これまで日本酒といえば、灘や伏見の大手酒造メーカー、そして一部の有名地酒メーカーだけの時代だったが、今日では流通機構が大変革したので、どんな小さな酒造メーカーでも直接消費者に製品を届けることができるようになった。私もしばらくは日本酒巻き返しブームにのってみたいと思う。(笑)
火曜日, 7月 24, 2007
選挙公報が届かない
参議院選挙まであと5日。しかしながら、家には選挙公報が届いていなかった。そこで、選挙公報配付を依頼されている「目黒区新聞販売組合」に電話して、至急配付するように言った。
実はこの選挙公報が届かなかったのは、今回が初めてではない。今年4月の東京都知事選挙&区議会議員選挙のときも、選挙公報は届かなかった。そのときは配付を依頼された業者は「シルバー人材センター」であったが、投票3日前に電話をして、すぐに持ってくるよう頼んだ。
このように連続して選挙公報が届かなかったので、目黒区選挙管理委員会に電話をしてちょっと苦言を呈した。そして、こうした実態が他にもあるのかを調べてみたらびっくりした。下記のネット記事によると、前回の2004年参議院選挙では、なんと「全国では最低でも約400万人の有権者に届かないという驚くべき実態が明らかになった」という。
選挙公報配付は以前は新聞折り込みがほとんどだった。現在でもこの方法が取られているところが多い。しかしながら、最近の東京では新聞を購読しない家も多く、この方法では全世帯に配付されることはできない。そのために、目黒区では何年前からか「シルバー人材センター」などを利用して、全戸配布に切り替えた。しかしながら、この全戸配布にも落し穴があるようだ。
これは飲み屋情報なのだが、商店街では雑居ビルの階上に住んでいる人たちも多く、やはり選挙公報が届かないらしい。私の家も同じようにビルなので見落とされているのかもしれない。しかし、選挙公報は届かなくても、ピザや引っ越しなどの宣伝チラシはいっぱい入っている。
つまり、全戸配布といっても、選挙人名簿を見て住所を確認して配布しているのではなく、行き当たりばったりで配布しているだけなのである。これでは雑居ビルに住んでいる方や、路地裏の分かりにくい家には選挙公報は届かないに違いない。
昨今は期日前投票ができるようになり、選挙制度もよくなったように見えるが、実は選挙公報が届いていないという実態が見落とされている。これでは公正な選挙が行われているとは言えない。選挙管理委員会も所詮お役所仕事で、選挙公報配付は下請業者に丸投げしているだけである。
関連記事
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/hiranomasashi-col0001.html
実はこの選挙公報が届かなかったのは、今回が初めてではない。今年4月の東京都知事選挙&区議会議員選挙のときも、選挙公報は届かなかった。そのときは配付を依頼された業者は「シルバー人材センター」であったが、投票3日前に電話をして、すぐに持ってくるよう頼んだ。
このように連続して選挙公報が届かなかったので、目黒区選挙管理委員会に電話をしてちょっと苦言を呈した。そして、こうした実態が他にもあるのかを調べてみたらびっくりした。下記のネット記事によると、前回の2004年参議院選挙では、なんと「全国では最低でも約400万人の有権者に届かないという驚くべき実態が明らかになった」という。
選挙公報配付は以前は新聞折り込みがほとんどだった。現在でもこの方法が取られているところが多い。しかしながら、最近の東京では新聞を購読しない家も多く、この方法では全世帯に配付されることはできない。そのために、目黒区では何年前からか「シルバー人材センター」などを利用して、全戸配布に切り替えた。しかしながら、この全戸配布にも落し穴があるようだ。
これは飲み屋情報なのだが、商店街では雑居ビルの階上に住んでいる人たちも多く、やはり選挙公報が届かないらしい。私の家も同じようにビルなので見落とされているのかもしれない。しかし、選挙公報は届かなくても、ピザや引っ越しなどの宣伝チラシはいっぱい入っている。
つまり、全戸配布といっても、選挙人名簿を見て住所を確認して配布しているのではなく、行き当たりばったりで配布しているだけなのである。これでは雑居ビルに住んでいる方や、路地裏の分かりにくい家には選挙公報は届かないに違いない。
昨今は期日前投票ができるようになり、選挙制度もよくなったように見えるが、実は選挙公報が届いていないという実態が見落とされている。これでは公正な選挙が行われているとは言えない。選挙管理委員会も所詮お役所仕事で、選挙公報配付は下請業者に丸投げしているだけである。
関連記事
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月曜日, 7月 23, 2007
年金も税金も大事だが、第一に歳出削減を
参議院選挙の焦点もしくは争点として年金制度がクローズアップされているが、もともと年金制度そのものに懐疑的な私としては、年金制度より税制改革を各党がどう考えているのかを重要視している。
私の税制改革への根本的スタンスは歳出を抑制して、まずは国の借金を減らせというものである。歳出も抑制せず増税というのはもちろん反対である。ただ、消費税に関しては、もしふるさと増税をするならば、都市部においてのみ消費税をアップするなど、これまでと全く異なった税制体制を行うようにするなど、増税に関してナンデモカンデモ反対という考えではない。
で、ちょっと自分の税金を調べてみた。私の平成17年度と18年度の年収はあまり変わっていない。その差は数万円程度である。ただ、18年度はケガをして1ヶ月余りの入院およびその後の通院のために所得控除額が17年度の2倍以上になっている。このために国庫に払う所得税は激減した。しかしながら、地方税(特別区民税・都民税)は増えている。いったいどうして? 医療費控除は地方税にほとんど反映しいないようである。地方税は2千円安くなっていただけである。
これだけでは税金がどうなっているのかわからないので、同居している母の税金を調べてみた。母は収入がさしてあるわけではないのに、所得税も地方税もかなり上がっている。ということは、私がもし入院をしなければ、私の所得税と地方税は上がっていたに違いない。
前述したように私は決して税金を上げることに反対ではない。ただ、無駄な歳出には納得がいかない。現在、日本の景気は上向きでいる。そんななかで企業や個人商店はいろいろな歳出削減にとりくんでいる。リストラという名の人員整理は今日でも行われている。しかし、国が役人の削減をしているという話は聞いたことがない。
先日、どこかで「全国30万人の国家公務員のうち、7000人もの職員が長期病休で職場を離れている」という記事を読んだ。そして、この7000人の半分近くは本当の病気ではなく、登校拒否ならぬ出所拒否の人間であるという。つまり、国は3000人近い何もしない役人を雇っていることになる。こんなことでいいのだろうか。もしこれが本当ならば、歳出抑制をできない国(与党・自民党&公明党)に税制改革をうたう資格はないと思う。同じように、人員整理にはナンデモカンデモ反対の自治労をバックにする野党(民主党)にもその資格はないだろう。
年金も大事である。税金も大事である。しかし、根本は無駄な経費歳出削減ではないだろうか。全国に議員とつく名の人が何万人もいる。こうした無駄な議員を減らす「議員削減」という歳出削減策を唱える政党はないのであろうか。
私の税制改革への根本的スタンスは歳出を抑制して、まずは国の借金を減らせというものである。歳出も抑制せず増税というのはもちろん反対である。ただ、消費税に関しては、もしふるさと増税をするならば、都市部においてのみ消費税をアップするなど、これまでと全く異なった税制体制を行うようにするなど、増税に関してナンデモカンデモ反対という考えではない。
で、ちょっと自分の税金を調べてみた。私の平成17年度と18年度の年収はあまり変わっていない。その差は数万円程度である。ただ、18年度はケガをして1ヶ月余りの入院およびその後の通院のために所得控除額が17年度の2倍以上になっている。このために国庫に払う所得税は激減した。しかしながら、地方税(特別区民税・都民税)は増えている。いったいどうして? 医療費控除は地方税にほとんど反映しいないようである。地方税は2千円安くなっていただけである。
これだけでは税金がどうなっているのかわからないので、同居している母の税金を調べてみた。母は収入がさしてあるわけではないのに、所得税も地方税もかなり上がっている。ということは、私がもし入院をしなければ、私の所得税と地方税は上がっていたに違いない。
前述したように私は決して税金を上げることに反対ではない。ただ、無駄な歳出には納得がいかない。現在、日本の景気は上向きでいる。そんななかで企業や個人商店はいろいろな歳出削減にとりくんでいる。リストラという名の人員整理は今日でも行われている。しかし、国が役人の削減をしているという話は聞いたことがない。
先日、どこかで「全国30万人の国家公務員のうち、7000人もの職員が長期病休で職場を離れている」という記事を読んだ。そして、この7000人の半分近くは本当の病気ではなく、登校拒否ならぬ出所拒否の人間であるという。つまり、国は3000人近い何もしない役人を雇っていることになる。こんなことでいいのだろうか。もしこれが本当ならば、歳出抑制をできない国(与党・自民党&公明党)に税制改革をうたう資格はないと思う。同じように、人員整理にはナンデモカンデモ反対の自治労をバックにする野党(民主党)にもその資格はないだろう。
年金も大事である。税金も大事である。しかし、根本は無駄な経費歳出削減ではないだろうか。全国に議員とつく名の人が何万人もいる。こうした無駄な議員を減らす「議員削減」という歳出削減策を唱える政党はないのであろうか。
日曜日, 7月 22, 2007
N響「夏」2007公演
一昨日(20日)は梅雨明け予定日なのに、東京は相変わらずの梅雨空でしたが、そんななかNHKホールでのN響「夏」2007公演に行ってきました。指揮はチェコ出身の新進気鋭のトマーシュ・ネトピル。ピアノは昨年の「第6回浜松国際ピアノコンクール」で優勝したアレクセイ・ゴルラッチ。
演目(※はアンコール曲)
モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調作品88
※ブラームス/ハンガリー舞曲第4番
アレクセイ・ゴルラッチはウクライナ出身の弱冠19歳。顔にはまだあどけなさが残り、背もさほど高くないので15歳〜16歳の少年にも見える。
第一楽章。始まってすぐのオケだけの演奏のところで、ゴルラッチは体を前後にゆっくり動かしながら、頭のなかで情景を描いているのか、それとも自分の感情を高めているのか、自分のリズムを作りだそうとしている。そして、ピアノ演奏に入ると彼は時には繊細に、時には荒々しく、音楽そのものを自分の世界に引き込んでいく。このピアノ協奏曲「皇帝」の第一楽章はきらびやかにとよく言われるが、彼は自分のもっている若さという特権でベートーヴェンに挑もうとしている。しかし、彼は決して背伸びをしているわけではない。ただ、没頭したいだけなのだ。彼には指揮者を見る余裕もないし、自分をいかに表現するかだけで精一杯なのだ。でも、若々しくていいではないか。
第二楽章。ここではゴルラッチの若さが露呈される。ベートーヴェンにしては甘美に書いた旋律を、彼は残念ながらまだうまく奏でることはできない。でも、彼は第一楽章同様一貫して真摯な姿勢でピアノと向き合う。
第三楽章。ゴルラッチは一転して自分の殻を破りたいが如く、激しく激しくピアノを奏でる。それはベートーヴェンが描くエネルギッシュな世界を破りたいという意志の表れであろう。彼はおそらくまだ自分のピアノに満足していないに違いない。もっともっとピアノが上手くなりたいという少しアマチュア(少年とでもいおうか)な面でベートーヴェンに向き合っている。それでもいいではないか。終演後の観客の拍手も明らかに「少年よ、その若さを忘れるなよ」という暖かいものであった。
それにしても、最近のNHKホールのピアノはよく鳴る。よく響く。そして、よく奏でる。ソリストがいいのか、指揮者がいいのか、オケがいいのか、ピアノがいいのか、調律師がいいのか。(ホールがいいことはない)。あの赤鬼ルドルフ・ブフビンダーのブラームス、名演奏だった清水和音のラフマニノフ、そして今回のゴルラッチ君の「皇帝」とNHKホールでのピアノ協奏曲に外れがない。こうなると、来年4月以降のAプロのピアノ協奏曲3連チャンがめちゃくちゃ期待される。
休憩を挟んでのドヴォルザークの交響曲第8番も非常に楽しめた。トマーシュ・ネトピルは1975年生まれとまだ若い指揮者ですが、その指揮ぶりはとにかくダイナミックでエレガント。指揮者を野球の投手に例えるのは少し愚かかもしれないが、彼は背は高いがアンダースローの本格派投手という感じがした。往年の阪急ブレーブスの山田久志のように200勝投手になれるような資質の持ち主だ。現在、彼はヨーロッパの数多くの歌劇場でタクトをふっているようだが、彼のように直球も変化球も自在に投げられる指揮者はオケピのなかではなく、舞台の上でも大いに振る舞ってもらいたい。敢えて苦言を言わせてもらえれば、アンコール曲のハンガリー舞曲の指揮ぶりはちょっとノリノリ過ぎでした。
でも、これもドボ8を指揮を終えて嬉しさからきた若さなんだろう。とにかく若さが全面に表れたN響にしては珍しいみずみずしい演奏会だった。おかげで、帰りの飲み屋の酒も清々しかった。
演目(※はアンコール曲)
モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調作品88
※ブラームス/ハンガリー舞曲第4番
アレクセイ・ゴルラッチはウクライナ出身の弱冠19歳。顔にはまだあどけなさが残り、背もさほど高くないので15歳〜16歳の少年にも見える。
第一楽章。始まってすぐのオケだけの演奏のところで、ゴルラッチは体を前後にゆっくり動かしながら、頭のなかで情景を描いているのか、それとも自分の感情を高めているのか、自分のリズムを作りだそうとしている。そして、ピアノ演奏に入ると彼は時には繊細に、時には荒々しく、音楽そのものを自分の世界に引き込んでいく。このピアノ協奏曲「皇帝」の第一楽章はきらびやかにとよく言われるが、彼は自分のもっている若さという特権でベートーヴェンに挑もうとしている。しかし、彼は決して背伸びをしているわけではない。ただ、没頭したいだけなのだ。彼には指揮者を見る余裕もないし、自分をいかに表現するかだけで精一杯なのだ。でも、若々しくていいではないか。
第二楽章。ここではゴルラッチの若さが露呈される。ベートーヴェンにしては甘美に書いた旋律を、彼は残念ながらまだうまく奏でることはできない。でも、彼は第一楽章同様一貫して真摯な姿勢でピアノと向き合う。
第三楽章。ゴルラッチは一転して自分の殻を破りたいが如く、激しく激しくピアノを奏でる。それはベートーヴェンが描くエネルギッシュな世界を破りたいという意志の表れであろう。彼はおそらくまだ自分のピアノに満足していないに違いない。もっともっとピアノが上手くなりたいという少しアマチュア(少年とでもいおうか)な面でベートーヴェンに向き合っている。それでもいいではないか。終演後の観客の拍手も明らかに「少年よ、その若さを忘れるなよ」という暖かいものであった。
それにしても、最近のNHKホールのピアノはよく鳴る。よく響く。そして、よく奏でる。ソリストがいいのか、指揮者がいいのか、オケがいいのか、ピアノがいいのか、調律師がいいのか。(ホールがいいことはない)。あの赤鬼ルドルフ・ブフビンダーのブラームス、名演奏だった清水和音のラフマニノフ、そして今回のゴルラッチ君の「皇帝」とNHKホールでのピアノ協奏曲に外れがない。こうなると、来年4月以降のAプロのピアノ協奏曲3連チャンがめちゃくちゃ期待される。
休憩を挟んでのドヴォルザークの交響曲第8番も非常に楽しめた。トマーシュ・ネトピルは1975年生まれとまだ若い指揮者ですが、その指揮ぶりはとにかくダイナミックでエレガント。指揮者を野球の投手に例えるのは少し愚かかもしれないが、彼は背は高いがアンダースローの本格派投手という感じがした。往年の阪急ブレーブスの山田久志のように200勝投手になれるような資質の持ち主だ。現在、彼はヨーロッパの数多くの歌劇場でタクトをふっているようだが、彼のように直球も変化球も自在に投げられる指揮者はオケピのなかではなく、舞台の上でも大いに振る舞ってもらいたい。敢えて苦言を言わせてもらえれば、アンコール曲のハンガリー舞曲の指揮ぶりはちょっとノリノリ過ぎでした。
でも、これもドボ8を指揮を終えて嬉しさからきた若さなんだろう。とにかく若さが全面に表れたN響にしては珍しいみずみずしい演奏会だった。おかげで、帰りの飲み屋の酒も清々しかった。
金曜日, 7月 20, 2007
日系人の不屈の精神と努力に感謝
私は1970年代の4年余を北カリフォルニアで過ごした。このほかに、80年代に全米を2度に渡って半年以上のバックパッカー生活をしたことがある。こうしたアメリカ滞在中および旅行中に、私は幸いにして直接的な人種差別を受けたことは一度もなかった。北カリフォルニアには日系人が数多く住み、古くから日本との結びつきもあり、現在では日本人に対する差別はまったくと言っていいほどない。しかしながら、それは戦時中の強制収容所生活など屈辱的な差別を跳ね返した日系人の不屈の精神と努力の賜物である。今日、日本人がアメリカで差別や侮辱を受けない生活を送れるのは日系人のおかげ以外のなにものでない。
アメリカは移民の国である。そして、常に新しく移民してきた民族が最下層になり、どんな仕事でもしなければならない、ある種の差別的構造社会になっている。19世紀後半の東海岸では、イタリアン、アイリッシュ、ポーリッシュが最下層に位置づけられ、西海岸では中国人、日本人が差別を受け、第2次大戦後はフィリピーノ、メキシカンがその対象となり、70年代以降はベトナミーズ、コーリアン、イラニアンと続いている。そして、こうした移民たちの存在が黒人たちの差別不満へのはけ口にも利用されたり、労働力を競わすことによって、アメリカの社会構造が成立している。アメリカにはもう差別がないという人がいるが、残念ながら“格差”という名の差別が歴然と存在している。これは社会構造の根底が変わらない限り消えることはないだろう。
現在、アメリカで暮す日本人の方々は日系人に対して尊厳と敬愛の念をいただきたいと思う。と同時に、できれば時間のあるときに日系人の歴史を少しでも勉強してもらいたいとも思う。
※写真はマンザナール収容所跡地
2006年に日系の上院・下院議員がなどの提案によって、アメリカ議会は全米各地に点在する日系人強制収容所跡地を、アメリカ史の重要な史跡として保存する法案を可決した。この結果、跡地は国立公園局によって管理されている。
全米日系人博物館
http://www.janm.org/jpn/main_jp.html
水曜日, 7月 18, 2007
天気に身勝手な日本人
今年の梅雨は肌寒い。これが本来の姿なのかもしれないが、ここ数年は梅雨でも30度を越える日が何日もあった。東京では気象庁の梅雨入りフライング宣言後の1週間は暑かったが、それ以降は30度を越える日はほとんどない。各地の平均気温もどうやら軒並み下回っているようだ。
日本人はやたら天気に対してとやくいう人種だと思う。私もその一人であるが、あまりにも都合のいいことを言う人が多い。日本には四季があり、季節に敏感にならざるをえないのは解るが、暑い日が少し続いただけども「猛暑だねえ」「暑過ぎだよなあ」と言い、寒い日が続いたりすると「ちょっと寒過ぎる」などと言う。また、なんでもかんでも異常気象と言って片づけるニュース番組のキャスターもいる。
全国的にはあまり知られていないが、先日の台風4号のおかげで四国の水がめ・早明浦ダム(高知県)の貯水率が100%に回復した。そして、四国4県などで組織する吉野川水系水利用連絡協議会は、香川・徳島両用水の取水制限を52日ぶりに解除し、15日に対策本部を解散した。今後は「予想以上の降雨で渇水は解消したが、今後も相当量の流入が見込まれるため、洪水対応に全力を挙げていく」と話している。水不足から今度は洪水である。
あれだけ「水不足、水不足」と騒いでいたのに、貯水率が100%になるや「お騒がせいたしましたが、台風のおけげ水不足は解消しました」の一言も言わない。なんとも身勝手な話である。これも1億総白痴化ならぬ1億総天気予報士化してしまった結果なのかもしれない。まあ、あまり人のことは言えた義理ではないが、ご都合主義の天気に対する不平不満を言うのだけは止めてもらいたい。日本にはそういう人が多過ぎる。
日本人はやたら天気に対してとやくいう人種だと思う。私もその一人であるが、あまりにも都合のいいことを言う人が多い。日本には四季があり、季節に敏感にならざるをえないのは解るが、暑い日が少し続いただけども「猛暑だねえ」「暑過ぎだよなあ」と言い、寒い日が続いたりすると「ちょっと寒過ぎる」などと言う。また、なんでもかんでも異常気象と言って片づけるニュース番組のキャスターもいる。
全国的にはあまり知られていないが、先日の台風4号のおかげで四国の水がめ・早明浦ダム(高知県)の貯水率が100%に回復した。そして、四国4県などで組織する吉野川水系水利用連絡協議会は、香川・徳島両用水の取水制限を52日ぶりに解除し、15日に対策本部を解散した。今後は「予想以上の降雨で渇水は解消したが、今後も相当量の流入が見込まれるため、洪水対応に全力を挙げていく」と話している。水不足から今度は洪水である。
あれだけ「水不足、水不足」と騒いでいたのに、貯水率が100%になるや「お騒がせいたしましたが、台風のおけげ水不足は解消しました」の一言も言わない。なんとも身勝手な話である。これも1億総白痴化ならぬ1億総天気予報士化してしまった結果なのかもしれない。まあ、あまり人のことは言えた義理ではないが、ご都合主義の天気に対する不平不満を言うのだけは止めてもらいたい。日本にはそういう人が多過ぎる。
火曜日, 7月 17, 2007
オーストラリア・バレエ団 白鳥の湖
ちょっと変わった『白鳥の湖』であった。オデットをダイアナ妃、ジークフリートをチャールズ皇太子、ロットバルトをカミラ夫人に置き換えて構成されている。人によっては斬新と受け取られるかもしれないが、このような設定変更はシェイクスピア劇や歌舞伎の名作の現代演劇化した芝居を数え切れないほど観ているので、私にとっては新鮮味はあまり感じられない。
第一幕はオデットとジークフリートの結婚式。これが全く面白くない。男性陣の衣装が軍人の礼服や軍服ばかり、女性陣もロングドレスばかり。衣装がバレエ本来の身体表現を消している。構成も振付もバレエがもつ肉体表現を完全に無視して、演劇に走り過ぎで、明らかにバレエの領域を逸脱しすぎ。まるで三文オペラのような有様だった。モダンでありたいのはわかるが・・・。
第二幕はサナトリウムに収容されたオデットが見る夢の世界。これが俄然おもしろい。盆を斜めにしたような舞台装置がシンプルでいい。そして、この幕では白鳥たちの踊りが続く。その踊りには精密さはないにしろ、非常に大らかで優美。やっぱりバレエはこうではなくてはと思わされる。
第三幕はオデットとロットバルトがジークフリートを奪いあう舞踏会。ここでやっと第一幕の演劇性と第二幕のバレエ本来の舞踊の面白みが融合する。しかし、男性陣の衣装はタキシード姿で最終的に一度も男性陣の身体性をいかさない。これにはがっかりのお客さんもいるのではないだろうか。この舞台では男性陣はまるで刺し身のツマでしかないようだ。エンディングは結局、オデットは亡くなりジークフリートは悲嘆にくれるという悲劇で幕を閉じる。
出演者のなかでは、オデットよりジークフリートを演じたルシンダ・ダンが群を抜いて上手かった。しかし、もっとも目をひいたのは指揮者のニコレット・フレイヨン。第一幕はあまり鳴っていなかったオケ(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団)を、第二幕以降は完全に自分の掌中にいれて、踊り手たちを見事に援護射撃していた。第二幕以降の盛り上がりは彼女の力によるところが大きい。もう一人、目をひいたのが第一幕では第一王女を、第二幕では二羽の白鳥の一羽を、第三幕ではイブニングドレスの女性を踊ったゲイリーン・カンマーフィールド。実は私は帰るまでプログラムを買わなかったが、彼女と指揮者を知りたいがために2000円もするプログラムを買ってしまった。次回はぜひとも彼女のように若くて魅力的なダンサーによるオデットを見せてもらたい。
第一幕はオデットとジークフリートの結婚式。これが全く面白くない。男性陣の衣装が軍人の礼服や軍服ばかり、女性陣もロングドレスばかり。衣装がバレエ本来の身体表現を消している。構成も振付もバレエがもつ肉体表現を完全に無視して、演劇に走り過ぎで、明らかにバレエの領域を逸脱しすぎ。まるで三文オペラのような有様だった。モダンでありたいのはわかるが・・・。
第二幕はサナトリウムに収容されたオデットが見る夢の世界。これが俄然おもしろい。盆を斜めにしたような舞台装置がシンプルでいい。そして、この幕では白鳥たちの踊りが続く。その踊りには精密さはないにしろ、非常に大らかで優美。やっぱりバレエはこうではなくてはと思わされる。
第三幕はオデットとロットバルトがジークフリートを奪いあう舞踏会。ここでやっと第一幕の演劇性と第二幕のバレエ本来の舞踊の面白みが融合する。しかし、男性陣の衣装はタキシード姿で最終的に一度も男性陣の身体性をいかさない。これにはがっかりのお客さんもいるのではないだろうか。この舞台では男性陣はまるで刺し身のツマでしかないようだ。エンディングは結局、オデットは亡くなりジークフリートは悲嘆にくれるという悲劇で幕を閉じる。
出演者のなかでは、オデットよりジークフリートを演じたルシンダ・ダンが群を抜いて上手かった。しかし、もっとも目をひいたのは指揮者のニコレット・フレイヨン。第一幕はあまり鳴っていなかったオケ(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団)を、第二幕以降は完全に自分の掌中にいれて、踊り手たちを見事に援護射撃していた。第二幕以降の盛り上がりは彼女の力によるところが大きい。もう一人、目をひいたのが第一幕では第一王女を、第二幕では二羽の白鳥の一羽を、第三幕ではイブニングドレスの女性を踊ったゲイリーン・カンマーフィールド。実は私は帰るまでプログラムを買わなかったが、彼女と指揮者を知りたいがために2000円もするプログラムを買ってしまった。次回はぜひとも彼女のように若くて魅力的なダンサーによるオデットを見せてもらたい。
日曜日, 7月 15, 2007
忠犬ハチ公はトグロを巻いて寝ていた!?
私の本籍地は現在の渋谷西武B館辺りである。というのも、戦前私の祖父の家がここにあったからだ。父はそこで1917年(大正6年)に生まれ、1929年(昭和4年)から1937年(昭和12年)まで渋谷駅より東急東横線に乗って、都立大学(現・首都大学)の前身である旧制府立中学・府立高校に通った。同じ頃の1924年(大正14年)に、秋田県から一匹の犬が松濤町・大向小学校(現在の東急本店)の隣にあった東大農学部教授・上野英三郎博士に家にやってきた。その名はハチ。ハチは博士に可愛がられたが、翌年に上野博士は急逝。その後はご存知のように、ハチは来る日も来る日も渋谷駅でご主人様の帰りを待ち続け、1935年(昭和10年)に亡くなるまで10年にも及んだ。
ここまで書けばお解りだろう。私の父は嫌がおうでも数年間に渡って毎日のようにハチを見ていたのである。父の話によると、当時の国鉄(現JR)渋谷駅の改札口は、現在の南口近辺にあり、東急東横線の改札口はそれよりも少し南にあったそうだ。ハチは基本的に国鉄渋谷駅改札口周辺をウロウロしていたという。なぜならば、現在は三千里薬局があるところにあった焼鳥屋さんのご主人に可愛がられていたからそうである。そんなハチのことを父はテレビで映画『ハチ公物語』が放送されるたびに、「ハチ公はあんなに綺麗じゃない。もっと薄汚いし、改札前で座って待ってなんかいない。いつもトグロを巻いているように寝ていたよ」と元も子もないことを言っていたのである。(笑)
ハチが有名になったのは、1932年(昭和7年)に東京朝日新聞の「いとしや老犬物語」からである。この記事によって、それまで “野良犬” 扱いだったハチは一躍 “忠犬” となり、誰もが「ハチ公」と呼ぶようになった。1934年(昭和9年)にはハチ公はまだ生存しているにもかかわらず、ハチ公像が作られ、日本青年館で「忠犬ハチ公の夕べ」なる盛大な催しも開かれ、すっかり「渋谷の顔」となった。ハチが亡くなった後、私の父は府立高校から上野博士が務めていた東大農学部に進み農林官僚となり、今は上野博士やハチ公もいる青山墓地で静かに眠っている。ハチ公とは不思議な因縁があった。
写真は上から、ハチ公、府立高校(都立大学)、柿の木坂駅(都立大学駅)
ハチ公に関する記述は↓が一番詳しく、おそらくもっとも史実に近いと思われる。
http://www.jsidre.or.jp/hachi/hachi-ex.html
追記:今度『ハチ公物語』がハリウッドでリチャード・ギア主演(兼プロデューサー)でリメイクされる。
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