月曜日, 4月 28, 2008

姉さん事件です、目黒区は長寿です

先日、厚生労働省が発表した「全国市区町村別の平均寿命」(2005年の国勢調査などをもとにして作成されている)によると、私が住む東京都目黒区の男性の平均寿命は80.9才、女性は87.0才であった。男性の80.9才という数字は全国でも10位に入る数字で、東京23区では練馬区についで高い数字である。一方、女性の87.0才という数字は全国30位には入らないもの、東京23区では一番高い数字である。

この調査は厚生労働省が5年ごとに行っているものだそうだが、男性の1位は横浜市青葉区の81.7歳、女性の1位は沖縄県北中城村(きたなかぐすくそん)の89.3歳だった。一方、最下位は男性が大阪市西成区の73.1歳、女性が東京都奥多摩町の82.8歳だった。

厚労省統計情報部の話によると「詳細な分析はできないが、三大死因(がん、心臓病、脳卒中)の死亡率が低い沖縄県や、自殺や事故の死亡率が低い神奈川県、東京都などの市区町村が上位に多い」とのことである。

目黒区に住む私はあと27年生きないと平均寿命に達しない。う〜ん結構大変である。気合いを入れないといけない。みなさんも、お住いの地区の平均寿命を調べた上で、あと何年寿命があるかを計算してみてください。

全国  男性78.8才  女性85.8才
東京都   79.4才    85.7才
目黒区   80.9才    87.0才
世田谷区  80.6才    86.8才

平成17年 市区町村別生命表の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/ckts05/index.html

金曜日, 4月 25, 2008

京都の料理人よ、ミシュランを攘夷するべし

お隣の中国では聖火リレーのおかげで、反仏運動なるものが起きているが、日本でもひょっとするといずれ反仏運動が起きるかもしれない?

このほどフランスのタイヤメーカー・ミシュランが「ミシュランガイド・京都版」の出版を計画していることがわかった。この出版で京都の日本料理界は大いに揺れているという。

先日もテレビでやっていたが、あの吉兆(本店)にも突然、日本人とフランス人の2人の調査員が訪ね、評価を受けることや写真撮影の承諾書にサインを求めるように話をしてきたそうである。これに対して、吉兆は数日間思案をしたが、結局断りの電話をしたとのことである。

ご存じのように昨年発売された「ミシュランガイド・東京版」は大きな反響を起こし、各地で売り切れ続出となった。しかし、その★をつける基準のあいまいさやあまりにも高級店ばかりで、その内容に疑いをもつ人は非常に多い。またイタリア料理店はほとんど選ばれず、フランス料理店ばかりを選んでいたり、フランス・ワインがおいてないレストランは除外されているという風説が飛んだり、「ミシュランガイド・東京版」の評判は決していいものではない。

そして、今度は「ミシュランガイド・京都版」を作ろうとしている。正直、厚かましいにもほどがある。フランス人の味覚感覚や美的感覚が日本料理の真髄をわかるはずがないだろう。日本人でも理解することが難しい「わび、さび」を彼らが理解することは到底無理である。それでなくとも、日本料理をフランス料理やイタリア料理と同列にして評価をすること自体に無理があるのだから、ナンセンスとしたかいいようがない。

私は正直フランス料理よりイタリア料理の方が好きである。フランス・ワインよりもカリフォルニアやチリ・ワインの方が好きである。肉料理よりも魚料理の方が好きである。フランス人がフランス料理の評価をすることをはいっこうに構わないが、日本の歴史的背景も全くわからないフランス人が日本料理、それも京料理を格付けすることは、食文化に対して失礼以外なにものもでない。もし、日本人がフランスでミシュランガイドのような本を作ったら、パリの料理人はなんと言うだろうか。

ミシュランガイドはフランスの手先機関である。彼らはフランス料理およびフランス・ワインなどのフランス食材の普及のために作られている本である。そんな本のために協力をする必要はない。京都の料理人たちよ、ここはミシュランを攘夷するべきであろう。

ミシュラン京都版検討 店主ら出版賛否 料理店に調査員
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008031600053&genre=K1&area=K10

木曜日, 4月 24, 2008

ワールドカップが中国で開催?

日曜日(4月20日)に、北京で行われた五輪サッカー組み合わせ抽選会で、国際サッカー連盟(FIFA)のプラッター会長が「2018年ワールドカップは中国で開催する可能性が高い」とコメントしたと、中国の新聞が伝えたそうだ。

う〜ん、中国の新聞が伝えたということだから、その真偽のほどが疑われるし、たとえ本当であったも、プラッター会長のリップサービスの可能性が高いと思われる。ただ、中国がオリンピックに続いて、ワールドカップ開催に意欲をもっているのは事実のようである。

次回のワールドカップは2010年に南アフリカ、その次の2014年がブラジルと決まっている。そして、2018年開催には、イングランド、オーストラリア、アメリカ、メキシコ、中国、オランダ・ベルギー(共催)などが立候補をしようとしている

今日のワールドカップは各大陸の持ち回りになっているので、ブラジル開催のあとでアメリカやメキシコは条件的に難しそうであり、今回の中国のチベット騒動はヨーロッパ諸国に多大な悪印象を与えたから、中国の開催も難しいであろう。そうなると、まだ開催したことがないオーストラリアかオランダ・ベルギー(共催)になる可能性が高いと思われる。

いずれにしろ、今度の北京オリンピック開催の成否によって、中国は国際社会でのスポーツ・イベントができるかどうかが問われることになるのだが、あのヒステリックで直情的な国民性(民度もしくはマナー)を改めない限り、中国でのワールドカップ開催は無理であろう。

水曜日, 4月 23, 2008

巨人を強くする5つの方法

読売ジャイアンツ(巨人)が低迷している。巨人は昨年から今年にかけてラミレス、グライジンガー、クルーンなど外国人の補強をしたが、根本的な改革をしていないので、とてもでないが中日や阪神に勝てるわけがない。

そこで、今年の巨人はもう諦めて、来年以降の巨人のために、「巨人を強くする5つの方法」を考えてみた。

1.フロント陣の総入れ替えを
もうこれは言い尽くさせれているが、巨人ほどフロント陣が野球を知らないチームはない。そこで、現フロントは全員総入れ替えを行う。新しいフロントはすべて公募で行い、読売新聞および巨人出身者はすべて排除する。できれば、オーナーである読売新聞はナベツネも排除してほしいが。

2.選手たちにハングリー精神を
巨人の選手は巨人に入団したことによって、巨人のユニフォームを着れるという達成感に満足してしまい、ファームの選手たちはハングリー精神を失ってしまう。そこで、2軍のユニフォームは「ジャイアンツ」とか「読売」という名をいっさい使わないものにして、代わりに「日テレ」とか「アナウンサーズ」とかいう名のユニフォームを着せて、2軍選手に上がろうというハングリー精神をつけさせるべきである。

3.ドラフトでは巨人嫌いの選手を
上記のように巨人は巨人に入りたい選手ばかり毎年ドラフトしている。そこで、次からのドラフトでは巨人嫌いや「巨人なんか別に〜」という選手を指名する。そうすれば、彼らはFAを獲得するまで、自らの意志では他の球団に移籍できないので、いやがおうでも頑張らざるをえない。つまり、今年のドラフトは阪神やソフトバンクに行きたいと思っている選手を指名すべきで、決して「好きな球団は巨人」なんていう選手は指名してはならない。

4.長嶋茂雄崇拝主義を解消する
巨人は長嶋茂雄に「終身名誉監督」なんて冠をつけている。長嶋の監督としての成績は野村克也や王貞治にほど遠いもので、こうした馬鹿げた冠が現役監督である原辰徳にくだらないプレッシャーをかけている。広島は古葉竹識や山本浩二に冠などをつけていない。「終身名誉監督」なんて長嶋啓蒙思想がはびこっている限り、巨人に将来はない。そもそも巨人がV9をできたのは王貞治という稀有な大打者がいたからであって、長嶋によるものではない。こうした長嶋崇拝主義的な過去の遺物にすがるようでは、未来への前進はありえない。

5.ファンの巨人盲目主義を打破する
巨人にはいまだにナベツネのとりまきを中心とした、大企業の経営者たちが作る燦々会という応援団がある。彼らは巨人以外は野球でないというファシズムに近い盲目的信者たちで、野球界全体のことを知ろうともしない。このことは一般巨人ファンも同じで、彼らは他球団の選手のことはほとんど知らないし、ましてやパリーグのことを知らない。知ろうともしない。こうした盲目主義では巨人の良さも悪さを解りえない。巨人ファンはもう少し勉強すべきである。

このように巨人を強くするために、5つの大きな改革が必要であろう。しかし、残念なことにどれひとつ実現性はない。これではいつまで経っても巨人は弱いままである。

火曜日, 4月 22, 2008

クラス会幹事はもう勘弁

1人でちょっと飲んでいたら、不思議とため息がでた。
飲み屋のお兄さんが笑っていた。
「めずらしいですねぇ」

以前にも少し書いたが、私が幹事をしていた鷹番小学校のクラス会(1967年卒業6年2組)を先週の土曜日に行った。最初は小学校近くにある老舗の中華料理店「楽園菜館」で午後5時から開始。出席予定者男性11人女性15人計26人が三々五々集まる。誰もドタキャンをしなかったのが嬉しかった。これで私の役目の半分以上は終わったようなものである。少しホッとした気分でビールが飲める。

2次会は駅近くの喫茶店「珈琲美学」で行う。ここはその昔2年間くらい通った喫茶店で、私はここで毎日原稿や企画書などを書いていた。今はビールやワインも飲めるようにもなり、中華料理のあとはコーヒーを飲みたいであろうという女性陣および飲み足りない輩たちのために用意した。

3次会は居酒屋「わたみん家」で東横線沿線住民および今回のクラス会のためにわざわざ近くに宿をとった者だけ(といっても半分近い12〜13人はいた)で軽く飲んだ。もうここまで来ると幹事の仕事ではない。ただ惰性で飲んでいるようなものである。何を話したかも覚えていない。

クラス会は喧嘩もなく男の取り合いもなく(笑)、若干名の酔っ払いは出現したが無事に終えることができた。3次会終了後、冒頭にも書いたように1人で行きつけの飲み屋へ行った。自分で自分へのご褒美の梅酒を飲んだが、ため息まじりの酒は酸っぱくもあり甘くもあった。

月曜日, 4月 21, 2008

茶褐色のにごり湯・函館市営谷地頭温泉

旅をしていると日常を離れて緊張しているせいか身体が堅くなり、不思議とマッサージをうけたくなったり温泉に入りたくなる。先日の出張でも函館のホテルで、「マッサージをうけようなかなぁ」と思いながら、机の上にあったホテル案内を見ていたら、『日帰り温泉パック』というサービスがあることを見つけた。

函館の温泉といえば湯の川温泉であるが、この『日帰り温泉パック』は函館山の麓にある谷地頭温泉へタクシーで送迎してくれるもので、タオル(大小)石鹸などのセット付きである。料金も1人の場合は2860円で、タクシー往復がおおよそ2500円ぐらいの距離だから妥当な金額だと思い、これを利用することにした。

谷地頭温泉は函館山の麓にある市営による公衆浴場でお湯は源泉掛け流し。市民の憩いの場であり、観光客にも人気がある。建物は非常に大きく、中には100人は入れそうな大浴場(高音と低音に分かれている)、気泡風呂、ジェット風呂、寝湯、サウナ、水風呂、そして露天風呂がある。露天風呂は五稜郭を模して、五角形にかたどっている。そのために、湯も五つの方向に溢れ出す。

お湯は鉄分を含んだ茶褐色に濁っていて、風呂底はほとんど見えない。また、塩分と鉄分の香りが強く、いかにも身体が温まりそうな温泉である。建物内には畳敷きの休憩室もあり、脱衣所にはマッサージ機も置いてあった。函館へ行った際にはちょっと立ち寄ってみる価値のある温泉である。函館駅前から路面電車の終点「谷地頭」して徒歩3〜4分でも行ける。

函館市営谷地頭温泉
http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/suidou/info/institution/spa.htm

木曜日, 4月 17, 2008

ガソリンが安くなったのか、ドルが安くなったのか

4月15日付の朝日新聞に各国のガソリン代のデータが載っていた。

■日本と諸外国のガソリン価格と税率(1リットルあたり)

日本
暫定税率有 155円 61円(39.5%)
暫定税率無 131円 38円(30.0%)
アメリカ   96円 12円(12.7%)
イギリス  225円 149円(66.1%)
ドイツ   223円 142円(63.9%)
フランス  212円 133円(62.7%)
※石油情報センター調べ

朝日新聞の記事は暫定税率を環境税にするという案が浮上しているというものだが、私はそのことより、ヨーロッパのガソリン価格がこんなに高いということを全く知らなかった。これではヨーロッパでディーゼル車が半分以上というのも納得がいく。それにしても、ヨーロッパのガソリン税の高さには驚きである。

さて、日本では道路特定財源の暫定税率が廃止(一時的? それとも復活?)されたことによって、ガソリン代が約25円引き下げられ、1リットル155円前後だったレギュラー・ガソリンが130円前後に引き下がった。

一方で、自動車社会のアメリカではガソリン代が値上がりを続けているようで、今日では1ガロンあたり値段は平均で3.30ドル前後になっている。1ガロンは3.785リットルで、これを1ドル100円で換算すると、1ガロンは378円、1リットルは100円になる。上記のデータと4円も差がでてしまうが、なぜたろう・・・・。

いずれにしろ、現在のアメリカのガソリン価格は日本の約4分の3である。しかし、これが暫定税率が復活すると155円に戻ってしまうので約3分の2になる。

それにしても、アメリカのガソリン価格は高くなったものである。私がアメリカで生活をしていた1970年代半ばのガソリン価格は1ガロン=55〜60セントぐらいであった。当時の日本円のレートは1ドル=300円だったが、アメリカのガソリンは日本の約3分の1ぐらいの値段であった。

こうした比較をしていくと、日本のガソリン価格が安くなっ理由は、暫定税率廃止のおかげとドル安のおかげであるようだ。しかし、現在の原油高の高騰を考えれば、こんな呑ん気なことは言っていられないのかもしれない。

水曜日, 4月 16, 2008

クラス会名簿作成にあたっての教訓

私はいま小学校のクラス会(1967年卒業目黒区立鷹番小学校6年2組)の幹事を押し付けられ、その名簿作りに東奔西走はしないながらも、悪戦苦闘しています。そこで、少し愚痴にもなりますが、クラス会名簿を作成するにあたって得た教訓を参考までに書いておきます。

まず第一に、当然のことながら、50歳過ぎてから音信不通だったクラスメイトを探して、クラス会を行うということは大変難しいことであるとよく解りました。それゆえに、クラス会というものは、できれば仕事や子育てなどで忙しい年代でもあるが、一度でいいから30歳代で行うことをお勧めします。そのときは、参加者は少ないかもしれないが、連絡先の情報を交換するだけでものちのち役立つことは間違いないと思います。

今回の私たちのように卒業以来のクラス会となると、これはもう最初から一から全員の消息を探すのと同じようなものなので、30歳代以下の方はぜひとも若いうちにクラス会をやっておくことをお勧めします。

第二に、クラス会名簿を作成するにあたって、友人のツテ、昔の年賀状、高校の同窓会名簿、インターネットなどをあらゆるモノを駆使しましたが、意外な情報源だったのが、母親同士のつながりでした。小学校時代の母親というのはPTAなどで顔を合わせる機会が多かったり、趣味の会が一緒だったりして、卒業後も結構交流があるようです。特に女子の母親にはその傾向があるのではないでしょうか。このおかげで、私は女性陣の消息の方が思った以上に簡単に見つけることができてしまいました。

この結果、私の小学校のときのクラスは男女ともに20人の計40人でしたが、男子16人女子18人(うち男子1人女子1人は逝去)までは連絡先を見つけ出すことができ、男子4人女子2人は未だに消息不明です。ただ、クラス会の日時も迫ってきて、もうこれ以上は難しいかなと、思っている今日このごろです。

月曜日, 4月 14, 2008

学芸大学駅・都立大学駅という駅名に疑問あり

東横線「学芸大学駅」は1927年開業時の駅名は「碑文谷駅」だった。これは当時の地名が荏原郡碑衾村大字碑文谷字鷹番に由来している。その後、1936年に東京府青山師範学校が世田谷区下馬に移転したことで、「青山師範駅」に改称。これ以降、校名が変更されるごとに1943年に「第一師範駅」に、そして1952年に「学芸大学駅」と駅名変更された。

しかし、東京学芸大学は1964年に小金井市に完全移転をして、現在は学芸大学附属高校があるだけで大学は存在しない。なのに、大学が移転して40年以上経つのに駅名は「学芸大学駅」のままである。少し異常なような気がするし、なにか厚かましいような気がする。

同じように隣の「都立大学駅」も東京都立大学は1991年に八王子に移転して、現在は私の母校である都立大学附属高校があるだけである。しかし、その都立大学にしろ附属高校にしろ2011年には共にその校名が消えることになっているので、いずれ有名無実なおかしな駅名になりそうである。

「都立大学駅」は1927年開業時の駅名は「柿の木坂駅」だった。これは当時の地名が荏原郡碑衾村大字衾字柿ノ木坂だったからである。その後、1931年に近くに府立高校が開校したことによって「府立高等前駅」に、翌年には「前」をとって「府立高等駅」に改称された。そして、1943年に「都立高校駅」に、1952年に「都立大学駅」に駅名変更された。

このように東横線にはおかしな駅名が2つも存在している。この状態を危惧してであろうか、東急電鉄も1999年に学芸大学駅および都立大学駅の駅名変更に関する住民アンケートを行ったが、結果は下記のようなものであった。

             学芸大学駅 都立大学駅
駅名変更を可とする方   549票   630票
駅名変更を否とする方   934票   436票
        合計   1483票  1066票

この結果、可とする方の比率が3分の2に達しなかったため、両駅とも駅名の変更は行わないことになりました。(1999.7.1開票)

http://home3.highway.ne.jp/yoshiki/ekimei.htm

つまり、駅名変更に賛成は学芸大学で37%(549票)、都立大学では59%(630票)であった。このような結果になった主だった理由は、商店街および不動産屋の強い反対があったと言われている。というのも、学芸大学および都立大学は商店街名やマンション名に使用されていて、地域住民に定着しているということからである。また、大学という知的な響きをもった名称を駅名から消したくないという考えも多いようである。しかし、実は多くの人はこの駅名が子々孫々の代まで良いとは思ってはいない。

東急電鉄はこれまでに、東横線「多摩川駅」や田園都市線「二子玉川駅」など何度も駅名を変更している。それなのに「学芸大学駅」と「都立大学駅」は既成化しようとしている。前述の通り、2011年には「都立大学駅」は完全に有名無実化する。この機会に再度、駅名変更を考えてはどうだろうか。「学芸大学駅」を「元学芸大学駅」に、「都立大学駅」を「旧都立大学駅」にするとか、地名に戻すことで「学芸大学駅」を「碑文谷鷹番駅」に、「都立大学駅」を「八雲柿の木坂駅」にするとか、東急電鉄も住民も真剣に考えるべきである。

日曜日, 4月 13, 2008

快適な空の旅、快適な海の旅(後編)

新しもの好きである。新しいビールが発売されると、すぐに買って味を確かめる。毎日新製品が発売されると言われるインスタント・ラーメンも、毎日は食べてはいないが2〜3週間に1個ぐらいの割合で新製品を食べているかもしれない。

旅にしてもそうである。昨日書いたプレミアムクラスもそうだが、今回の出張ではもうひとつ新しいものに乗った。ナッチャンReraである。

ナッチャンRera。なにそれ? と思うような名前であるが、東日本フェリーが昨年9月に青森港 - 函館港間に就航させた高速フェリーの名である。このナッチャンRenaは10,712トンの双胴型高速船で、全長112m全幅30.5m、旅客定員は800名。高速フェリーとしては世界最大級の大きさだそうだ。青森港 - 函館港間を夏季は約1時間45分、冬季は約2時間15分で走っている。従来のフェリーは約4時間15分〜30分かかるので、この高速フェリーは大幅な時間短縮である。

さて、乗り心地であるが、タイトルに偽りが生じるが、正直完全に快適とはいえない。船内はエクゼクティブ、ビジネス、エコノミーと3つのクラスに分かれるが、その座席はどのクラスもリクライニング・シートで座り心地はほどほどによい。また、ラウンジなどのスペースもゆったりしていて悪くはない。しかし、エンジンの震動音が意外に響くのである。これが従来のフェリー以上に感じる。この震動音さえなければ、非常に快適な船の旅なのだが・・・。それでも、4時間以上かかった船旅が半分になったことを考えればヨシとするしかないかもしれない。

ナッチャンReraの名の由来は、船体イラストをデザインした京都市在住の小学生の愛称「ナッチャン」と、アイヌ語で「風」という意味の「Rera」を合わせたもの。来月には2号船のナッチャンWorldが就航予定されている。

ナッチャンRera
http://www.higashinihon-ferry.com/natchanrera/index.html

土曜日, 4月 12, 2008

快適な空の旅、快適な海の旅(前編)

函館へはANAのプレミアムクラスを利用して行った。このプレミアムクラスは4月1日から導入されたシートで、これまでのスーパーシートよりも座席幅が広がり、また機内食サービスがあるというのがウリで、昨年12月にJALが導入したファーストクラスに対抗して作られたものである。

プレミアムクラスは座席幅がこれまでの51センチから56センチに広がり、前後の座席間隔(シートピッチ)も97センチから127センチと広がり、リクライニングの角度も大きくなり、足をゆったりとを伸ばせることができる。東海道新幹線500系のグリーン車は座席幅は62センチ、シートピッチは116センチで、プレミアムクラスは座席幅は新幹線より6センチほど狭いが、シートの深さというか座りごこちは、まだ新しいということもあり、ふんわりしていて心地よかった。

機内食は午前中の便ということもあって、簡単なサンドウィッチ、ケーキ、フルーツという簡素なものであったが、味はいずれも優れもので、老舗料亭や名店から仕入れているだけのことはあった。アルコール類は無料のことだったが、まだお昼にもならない時間だったので飲むのは遠慮した。

このプレミアムクラス、料金はエコノミークラスより5000円以上高くなるが、北海道、九州、沖繩などへ行くときにはお得感があると思うので、今後も利用するつもりでいる。

ANAプレミアムクラス
http://www.ana.co.jp/dom/inflight/premiumclass/

金曜日, 4月 11, 2008

戊辰戦争最後の戦いの地・五稜郭へ行く

仕事で函館に行っていた。この函館、これまでに3回ほど行っているのだが、いつも宿泊するのは駒ヶ岳のある七飯町だったり、イカ飯で有名な森町だったりと、函館市内に泊まったのは今回が初めて。そのため、函館の観光名所といえば函館朝市と自由市場しか知らず、今回は念願の五稜郭へ行くことができた。

ご存じようように、五稜郭は戊辰戦争の最後の戦いの地であり、ここで土方歳三をはじめ数多くの人々が命を落した。五稜郭は1964年に箱館奉行所として築城されたもので、五つの突角を有する星形土塁をめぐらせた様式タイプのお城である。土塁の上を約30分かけて一周してみたが、天候にもめぐまれていたために、数多くの市民が花見の下見をするかのように、シートをひろげて昼食を楽しんでいた。城内には約1600本の桜があるそうで、これがいっせいに花を咲かせれば、それはさぞ見事なものであろう。

城内では古文書、古写真などに基づいて、箱館奉行所の復元工事が行われている。完成は2年後の2010年度だそうである。五稜郭のすぐそばに立つ五稜郭タワーは、以前は高さが約60メートルしかなく、五稜郭を一望することができず、観光客から数多くの不満の声が多かったそうだが、2006年4月にリニューアルした新タワーは高さ約107メートルあり、足元に五稜郭をくっきりと見ることができ、市内はもちろんのこと函館山、津軽海峡、遠く下北半島まで望むことができる。また、展望台には五稜郭に関する展示もされていて、晴れた日ならば十二分に訪れる価値のある展望台である。

ただ、このタワーに上って市内を見渡すと、140年前にわずか5ヶ月の短命ではあったが、ここに「蝦夷共和国」が存在したと、悠久の思いをはせることはできなかった。

水曜日, 4月 09, 2008

高校野球に興味なし

私は大の野球好きだが、甲子園で行われる高校野球にはほとんど興味がない。私が最後に高校野球をまじめにテレビで見ていたのは、下関商の池永正明(後に西鉄に入り20勝を何年も続けるが、黒い霧事件で永久追放になる)が投げていたころであるから、もう40年以上も前の話である。

昭和20年代から30年代にかけては、高校野球は「全国実業高校野球大会」だった。このころは、全国の商業、興業、実業高校といった学校が数多く出場し、優勝旗は北海道・東北を除いてあまり一地域に片寄ることなく、全国各地を回っていた。

ところが、昭和40年代に入ると宗教系高校、私立大学の附属高校などが数多く出場するようになり「売名高校野球大会」になっていった。そして、昭和50年代以降になるとPL学園をはじめとした関西の学校が俄然強くなり「関西高校野球大会」になっていった。この傾向は平成に入っても続いた。ところが、平成10年も過ぎると、出場校の選手たちが野球留学という名の生徒たちで占められるようになり今度は「関西中学生出身高校野球大会」になっていってしまった。

このように高校野球は常にこうした歪んだ背景で運営されている野球大会なので、私は興味をひくことができない。それでなくとも、高校野球だけが年2回も全国放送する自体がおかしい。このようなことをするから、高野連、高校野球の指導者たちが妙な特権的意識をもってしまうのである。

NHKは高校野球の全国放送を止めるべきである。

木曜日, 4月 03, 2008

「ちりとてちん」の視聴率とBSの普及率

3月29日に終わったNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」の初回から最終回までの平均視聴率(ビデオリサーチ調べ)が関東地区で15.9%と過去最低だった。ちなみにこれまでの関東地区での最低は2004年に放送された「天花」の16.2%だった。そして、舞台となった関西地区でも17.0%と予想外に低い数字が発表された。しかし、この数字を真の視聴率と受けてもいいのだろうか。

現在のNHK連続テレビ小説は、視聴率調査対象となる総合放送午前8時15分の他に、午前7時30分よりBS2で、午前7時45分よりBS-hiで、昼は総合放送で午後0時45分から再放送されている。加えて、BS2では夜に再放送を、土曜午前に1週間分(6回)まとめて再放送している。つまり、連続テレビ小説は何回も観るチャンスがあるだ。

実はあまり知られていないことなのだが、NHKのBSの視聴世帯数はBSデジタル放送への移行を前にして急激に増えている。それに伴いNHKの収入も増えている。BSの視聴者契約者数は2006年3月末に1,000万世帯を超え、それから約2年後の今年2月末時点で、1,331万余世帯になっている。日本の総世帯数は約5,110万(2006年3月)なので、すでに4世帯に1世帯以上はBS放送を視聴できるようになっている。

私は朝が得意ではないので、朝ドラは昼に観るか、それとも録画して観るようにしている。知人は朝ドラはBSで観ているという。生活体系が複雑した今日では、朝ドラは別に総合放送の午前8時15分から、時計代わりに観る時代ではなくなったのである。このために、この時間帯の視聴率だけで、「ちりとてちん」の視聴率がよかったどうかはもう判断できないだろう。

3月31日に始まった今期の連続テレビ小説「瞳」の初回視聴率は関東地区で16.5%で、この数字は歴代ワースト2位だそうだ。ちなみに関西地区では16.2%だった。

「ちりとてちん」はこの10年間の朝ドラのなかで、文句なしに一番面白かった。このことについてはいずれ詳しく書くことにする。

「ちりとてちん」スピンオフドラマ 制作決定!
http://www3.nhk.or.jp/asadora/chiritotechin/b_info_2.html

火曜日, 4月 01, 2008

TBSは会津若松に誠意ある謝罪をするべし

TBSはクイズ番組のなかで会津若松を冒とくした問題だが、31日に番組担当者が市役所を訪れ、市民感情を傷つけたと謝罪した。

しかし、この謝罪は情報制作局長名の文書を持参しただけの、形式的なもので誠意ある本当の謝罪にはあたらない。謝罪文を書くならばどうして情報制作局長名だけなのだろうか。なぜ、制作担当取締役や社長名がないのであろう。

また、なぜ謝罪放送ができないのだろうか。TBS側は「単発番組だったために放送の枠ができない」と言っているが、こんなものは詭弁にすぎない。最低でもTBSはお詫びの記者会見を行い、そして、その模様を朝、夕、夜のニュース番組で放送することはできる。また、福島県の地方紙の「福島民報」「福島民友新聞」およびブロック紙の「河北新報」に謝罪文を掲載すべきである。このようなことができないのであれば、謝罪にはならない。

今回の形式的謝罪に対して、求めていた謝罪放送がなかったため、菅家一郎市長は「この回答では市民の憤りは収まらない。きちっとした歴史認識をもってもらいたい」と言い、TBS社内での再検討を求めたという。当然である。

TBSの歴史認識は所詮、「勝てば官軍」「言ったもの勝ち」みたいなものでしかなく、敗者に対する尊敬の念がないのであろう。TBSは相変わらずことの重大さを認識していないテレビ局である。