木曜日, 6月 24, 2021

東京オリンピックをやる意義は何処にもない

若い人のなかには知らない人もいるかと思うが、その昔「オリンピックは参加することに意義がある」と言われていた。今その言葉を聞くことはほとんどない。もはやオリンピックの意義はメダルを取るため、名声をえるため、バックボーンの個人スポンサーを喜ばせたりするための商業主義大会になった。

今回のオリンピックはコロナ禍というパンデミックの下で開かれる。アスリートためでなく、IOCというスポーツ貴族と彼らのスポンサーのために開かれる。そして、このオリンピックは史上最低レベルの大会になることも間違いないだろう。

コロナ禍で参加者は減少が予想される。そして猛暑である。これでは陸上競技をはじめ屋外で行われるスポーツの記録やパフォーマンスはいいわけがない。また屋内競技にしても、コロナ禍ということで、日本で事前キャンプをする選手団が激減する。そのために、来日は競技直前となる。選手村の規定では入村は競技開始5日前からとし、競技終了2日後までに速やかに退去となっている。これでは時差ボケを解消することも、食事に慣れることもできない。十分な練習時間も確保できないと、外国人選手団にとってはかなりのハンデである。

一方、日本選手団は時差ボケもない、練習環境も、食事環境もなんの問題もない。もともとオリンピックは開催国に有利になることは分かりきっているが、今回はもう日本に相当に優位材料だらけなので、日本はメダルラッシュになるだろう。

4月に米国の大手データ会社グレースノートは日本のメダル数は金34、銀16、銅9の計59個と予想した。これは金メダル数では米国の43、中国の38に次いで3番手で、過去最多の1964年東京大会と2004年アテネ大会の16個を大幅に上回る。これだけでもバブルな数だが、今の状況を鑑みるとそれをも上回る可能性が出てきた。

こうなると、NHKをはじめとしたマスメディアは「勝った、勝った、また勝った」なるぬ「(メダルを)獲った、獲った、また獲った」と大騒ぎすることは目に見えている。恥ずかしい限りである。「参加することに意義がある」という言葉は何処へいったのであろう。



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