金曜日, 8月 30, 2013

原発なしでも猛暑は乗り切れる

少し秋めいた天気になったとはいえ、東京はまだまだ暑い日が続いている。今日は久しぶりの猛暑日とも予報されている。さて、下記は2010年から今年までの東京での猛暑日と真夏日の日数である。

2010年 猛暑日13日 真夏日70日
2011年 猛暑日4日  真夏日61日
2012年 猛暑日6日  真夏日66日
2013年 猛暑日9日  真夏日46日
(8月29日まで)

今年の猛暑は史上最悪だった2010年に近い。上記のデータを見ればお分かりだろうが、東京での猛暑日は9日、真夏日は46日に達しいる。体感的にも今年の夏の温度は昨年よりも暑く、また電力不足が懸念された一昨年の2011年よりもかなり暑い。

2011年3月福島第一原発事故が起きたとき、電力事情が逼迫したことで全国の誰もが節電を心がけた。そして、テレビでは「昨年(2010年)のような猛暑がきたら、計画停電になってもおかしくない」と言い続けていた。

ところが、今年はどうだろうか。2010年並の猛暑である。しかし、電力会社もマスコミも「計画停電になる恐れがある」と脅迫めいたことはひと言も言わない。どうしてだろうか。利用者の節電努力が十二分に成された結果からであろうか。それとも電力が余っているためだろうか。ちなみに、今年の東京電力管内での最大使用率を記録した日は7月11日の93%である。それ以降で90%を上回った日は8日ある。

東京電力管内の原発は2年以上にわたって稼働していない。一方で、福島ではいつまでたっても事態は収束する気配はない。その間に我々は3回の夏を迎えたが、それをすべて乗り越えようとしている。もはや原発の必要性などあるのだろうか。速やかにすべての原発は廃炉にすべきである。

火曜日, 8月 27, 2013

美食日記「虎白」(神楽坂)

夏は洋食よりも和食。それも日本料理が一番だ。涼しさが感じられる。夏野菜、夏魚などを味わえる。こうした料理を愉しめるのは日本人の特権であり、日本に生まれて良かったなあと思える時間でもある。

「虎白(こはく)」は神楽坂で今もっとも人気があり、予約がなかなか取れないお店として有名な「石かわ」の姉妹店。お店は飯田橋駅(西口)から神楽坂を少し上がった路地にある。店内はモダンな作りで日本料理店としては割とゆとりのある空間で、隣席を気にするようなことはない。店長の小泉功二さんは「いしかわ」の創立メンバーのひとりで、顔立ちは実直そうな昔気質の職人風だが、料理の腕は昔気質というより芸術肌だ!

この日の献立(お品書き)は下記の通り。

・先付け 焼玉蜀黍 鮎
・揚物  甘鯛笹燻し 新銀杏
・しのぎ 穴子飯蒸し (*写真右上)
・お椀  雲丹 白胡麻豆腐
・お造り 福子(スズキの幼魚)
・焼き物 太刀魚 椎茸、トリュフ餡
・冷し物 毛蟹 白芋茎(ずいき)
・煮物  牛 焼茄子 おくら 葱 (*写真左下)
・お食事 鱧 伏見唐辛子 炊込ご飯 (*写真右下)
・デザート 桃 桃シャーベット ラム酒ゼリー

料理はいずれも手のこんだものであったが、なかでも私が感服したのは焼き物、煮物、お食事の3品。焼き物の太刀魚は神業ではないかと思われるぐらい絶妙な焼き方。身は純白にふっくらと、そして皮はこんがりと焦げ目を出している。そして、椎茸とトリュフの餡(あんかけ)のマッチングも舌が涙ぐむぐらい美味しい。これまで食べた太刀魚料理のなかでは最高の一品といって過言でない。

煮物は牛しゃぶと夏野菜の組み合わせで、牛しゃぶはおそらく国産の最高級のものを60℃とか80℃ぐらいの低温調理したもので、茄子、おくら、葱とコンビネーションはアンビリーバブルな食感。これはいわゆる含め煮というものなのだろうが、その素材の色や味の活かし方は見事の一言である。

お食事は鱧のご飯。土鍋で作られた鱧ごはん(この写真を撮るべきだった)を仲居さんが、うまく混ぜ合わせてくれる。鱧は塩焼きではなく薄くタレをつけて焼いたもので、これがご飯と混ぜ合わさると炊き込みご飯の領域を遥かに超えた贅沢な世界が口のなかに広がった。京料理の鱧も美味しいが江戸前の鱧も捨てたものではない。

全体を通しての料理の感想は、日本料理の真髄と新たな日本料理は何かを追求しているアグレッシブな試みをしながらも、ひと皿ひと皿にアーティスティックな魂が入っていてまったく手抜きがない。日本料理にフランス音楽の比喩は少し変かもしれないが、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』を思わせてくれうような、穏やかながらも斬新さに挑んでいる料理という感じがした。

あと、このお店の特徴は日本料理店としてはお酒の種類が豊富なことだろう。それも日本酒だけでなく焼酎、ワイン、シャンパンなどかなり高級な銘柄がいくつも書かれていた。また、使われている器の品々も名のある作家さんのもので、器をみるだけでも楽しい。そんななかで、私が一番目に留まったのが江戸切子のおちょこ。冷酒をいただくときはガラスのおちょこを使うのを信条としている私にとっては江戸切子で飲む酒(今回は「日高見」「飛露喜」)は格別の味である。加えてチェーサーとして使われていたグラスのコップも趣があり、飲兵衛には嬉しい限りであった。

今回は金曜日に訪れたこともあり、予約客が多く時間的制約があり、かなりスピードアップして料理を食べなければならなかったのが残念であったが、次に訪れるときは日本酒好きの仲居さんに薦められた新潟のお酒「鄙願」を飲みながら、時間を気にすることなくゆっくりと研ぎ澄まされた料理を楽しみたい。

土曜日, 8月 24, 2013

10円の将棋セットと縁台将棋

子供の頃、駄菓子屋などで僅か10円で将棋セットが売られていた。将棋駒生産日本一の天童市のものかどうかまでは覚えていないが、箱の中には駒はちゃんと揃っている。しかしながら、将棋盤は四つ折りか八つ折りにされた白い紙だった。もちろん、紙の将棋盤だと使っていくうちに痛んでしまうので、厚紙(当時はまだ段ボールはあまりなかった)に糊で貼付けて将棋盤らしくしていた。

それでも、やはり痛んでしまうので、最後は薄っぺらい板(当時はまだベニヤ板は殆んどなかった)に線を引いて独自の将棋盤を作ったりして、近所の悪ガキたちと将棋をしたものである。ただ、私たちの将棋は将棋盤上に駒が全体の半分ぐらいになったり、王様の位置関係が逆転したりと、子供ならではのヘボ将棋を繰り返していた。

こうした子供のヘボ将棋とは別に、大人たちは縁台将棋というヘボ将棋に興じていた。縁台将棋はおもに夏の夕暮れどきに夕涼みを兼ねながら、お年寄りや暇な商店主たちが町のあちこちで行っていた。私も子供のころに、商店街の路地、風呂屋の軒先などで縁台将棋している姿をよくみかけたものである。また、民家の縁側で将棋をしている姿も垣根越しに見たりもした。しかしながら、今日ではこうした場所では行われることはほとんどなくなり、公園の片隅で行われるぐらいになってしまった。

別に郷愁に浸るわけではないが、こうしたのんびりとした風情はいつまでも残ってほしいものである。

金曜日, 8月 23, 2013

イチローが今までなかなか評価されなかった理由

イチローが日米通算4000本安打を達成した。快挙である。しかしながら、イチローに対する評価はまだまだ低く、「リーダーシップのなさ」「安打数にこだわりすぎ」「固め打ちが多い」「独特のプレースタイル」などという批判がある。私もイチローは修行僧みたいで1人で黙々とやっていて、チームプレーというよりも個人プレーだなあ、と思ったりしたことがある。しかし、それはマリナーズからヤンキースへ移籍したことによって過りであることに気がついた。

イチローが個人プレーに見えてしまうのはマリナーズというチーム事情というかレベルの低さにあった。つまりマリナーズには彼のプレーについていける選手がほとんどいなかったのである。それに比べてヤンキースはどうだろうか。選手やスタッフに大人が多く、イチローのプレーをしっかりと受けとめているというかフィットしている。

思い返せば、イチローがオリックスでプレーしていたときも、イチローがまだ若かったということもあるが、周囲には藤井、田口、本西と高いレベルの選手が揃っていて、彼のやることを上手くフォローしていた。ところが、マリナーズではエドガー・マルティネスが去ってからは、イチローに対する負担があまりにも大きくなりすぎ、彼をフォローできる選手は誰も現れることなく浮いた存在になってしまった。

こうしたことを考えると、イチローにとって大人が多いヤンキースというチームは心地良いに違いない。ただし、全盛期をすでに過ぎたイチローが優勝を宿命づけられたヤンキースで、これからも1日でも長くプレーするのは容易なことではない。いくら守備力がメジャー・トップクラスといえども、打率は最低でも3割を求められるだろう。今年は3割に達するのは難しいが、来年はぜひとも常時出場で打率3割に復帰することを期待したい。そして、いつの日か5000本安打をヤンキースのユニフォームで達成してもらいたい。

木曜日, 8月 22, 2013

台湾を訪れよう

7月に日本を訪れた外国人旅行者数が100万3100人と発表された。ひと月で100万人を超えたのは史上初めてで、これまでの最高は今年4月の92万3017人だった。これは円安の影響、格安航空会社の路線拡大、そして東南アジア各国の観光ビザ(査証)の発給条件を緩和したことなどによるものと思われる。一方で尖閣諸島問題で関係が冷え込んでいる中国からの旅行者は、約14万人で10か月連続で前年実績を下回った。

こうしたなかで、注目すべきは台湾から旅行者数の増加である。台湾交通部観光局によると今年上半期(1月〜6月)の日本への旅行者数は110万9225人にのぼり、昨年同期の約52%増になった。都心で働いている人ならばご存知かと思うが、最近の銀座や新宿などの繁華街では台湾旅行者が非常に目立つ。

台湾人旅行者の特徴は若者だけではなく家族連れが多い。それも親子の家族連れではなく祖父母を連れた3世代での旅行者が結構多い。その家族のなかには片言の日本語を話せる人がいたりする。私も先日新宿で台湾から3世代旅行者に片言の日本語で道を聞かれた(私は本当によく外国人旅行者に道を聞かれる)。

どうやら台湾では空前の日本旅行ブームのようで、夏の北海道ツアーや秋の紅葉ツアーなども航空券が取りにくい状態になっているという。一方で、日本から台湾への旅行者数も年々増加していて、昨年は約143万人と過去最高を記録した。しかしながら、今年の日本人出国者数は減少している。これは円安の影響や中国・韓国への渡航者数が減少したからと思われる。それでも台湾への旅行者数は減らないでほしい。というのも、台湾は東日本大震災では200億円以上の義援金を送ってくれた国なのであるから。

火曜日, 8月 20, 2013

猛暑だと蚊が少ない・・・

ウエザーニュースがやっているスマホのアプリのなかに「ソラミッション」というのがある。これはこのアプリを使っている全国のユーザーたちが随時いろいろな質問に答え、ウエザーニュースの重要な資料を形成している。

その質問のなかで、最近もっとも興味をひいたのが「蚊にささましたか」というもので、その回答の約半数が「昨年より刺されてない」となっている。つまり、今年は全国的に蚊の発生が少ないようである。そして、このことはどうやら猛暑と関係があるようだ。

日本に生息する蚊の主流であるアカイエカは暑さに弱く、生息に適した温度は25度から30度だそうである。そして、30度が超える日が続くと生息できないらしい。加えて、今年は雨が少なく、ボウフラが生息する水溜りも少ないことから蚊が発生しにくい状態になっている。

こうしたことは今から3年前の2010年の猛暑のときも同じで、この年のウエザーニュースの調査でも蚊が少なかったという結果で出ている。猛暑というと、熱中症が起こりやすいなど、何もかも悪いかと思われがちだが、どうやら蚊が少ないという恩恵を受けるているようだ。

このように蚊が少ない今年の夏は、私のような酒好きで蚊に刺されやすいタイプの人間には心地よいのかもしれない。しかし、猛暑が続き日本が熱帯化したりするとマラリアを起こすハマダラカや、デング熱を起こすシマカが日本にも生息しかないないので、とても喜んでなどはいられない。やはり、暑いことは問題なのである。

木曜日, 8月 15, 2013

夏野菜レシピ

「なすの味噌汁」がMixi日記で好評だったので、ちょっと図にのって(笑)簡単な夏野菜レシピを2品ほどご紹介。w

【夏野菜の浅漬け】

市販されている「浅漬けの素」を使用。人参、大根、なす、キュウリ、ミョウガ、オクラ、山椒の実などを用意。なすはできれば小さい茄子がいいでしょう。またキュウリも小さい方が私は好み。これらを適当な大きさに切ります。一般的にはこれらをビニール袋のなかに入れて、「浅漬けの素」とまぶしたりたりしますが、私は一手間かけます。

まず大きめのタッパーウエアを用意して、その底に軽く塩を振りかけます。次に切った人参を置き、その上から今度は「浅漬けの素」を軽くふりかけます。次に人参の上に大根を置き、また「浅漬けの素」を軽くふりかけます。そして、なす、キュウリの順で同様にします。つまり、人参、大根、なす、キュウリが重ねあうようになります。最後にミョウガ、オクラ、山椒の実を乗せ、蓋をして2〜3時間以上冷蔵庫で寝かせます。

あとは食べるときに適当にかき混ぜて終わりです。こうすると、盛り付けが少し面倒になりますが、袋に入れてまぶすより、なんとなくそれぞれの野菜の味がしっかりでるように思えます。気のせいかもしれませんが。(^_^)

【エシャロットとキュウリ with ネギ味噌】

ネギ味噌の作り方はいろいろあると思いますが、私の場合はまずネギを思いっきりみじん切りして、味噌と混ぜます。これでまずは味つけなしのネギ味噌の完成。あとは、ニンニク下ろし(またはみじん切り)、生姜下ろし(またはみじん切り)、鰹ぶし(鰹だし)、胡麻、みりん、砂糖、酒、油などを好みで入れて和えます。これで味つけのあるネギ味噌が完成です。

あとは適当な長さに切ったエシャロットとキュウリをつけて食べるだけです。(^_^)

水曜日, 8月 14, 2013

なすの味噌汁

子どもの頃、夏になると毎晩「なすの味噌汁」が出た。なぜかといえば、父親が異常なまで「なすの味噌汁」好きだったからである。父はなんと「味噌汁の具は1年中なすで構わない」とまで言ってのけていたのである。これにはさすがに子どもである私もアングリで、いつからか「なすの味噌汁」以外にもうひとつ別の味噌汁を作ってもらうようになった。

こうしたことによって、「なすの味噌汁」は私にとってある種のトラウマのような食べ物であった。しかし、歳を重ねるにつれて、この妙なトラウマも失せていき、昨今は年に1〜2回はなすの味噌汁を作るようにしている。

ということで、昨日はお盆のお墓参りもしてきたし、父親の供養を兼ねて今日は今年初めて「なすの味噌汁」を作った。まあ、作り方はこれといったものはなく、なすを水に浸してニガミを抜き、胡麻油で軽く炒め、水、鰹ダシ、味噌を入れて、最後にミョウガと刻みネギを入れるだけである。ちなみに、父親はなすに味噌が沁み込むのが好きだったので、味噌汁ができてから少し時間をおいてから食べていた。私も今日はそれを見習った。

火曜日, 8月 13, 2013

Twitterは気象庁よりも正直かも。四万十市江川崎の最高気温にオブジェクション

12日、四万十市江川崎のアメダスが41℃の最高気温を記録したが、私はどうしてもこれが不思議でならない。これまで40℃どころか39℃も記録したことがない場所が、いきなり41℃になるとは考えにくい。

気象庁などによると、江川崎は気温が高くなりがちな地形にあり、山越えの西風が局地的なフェーン現象を起こして暑くなるなどのの見解を示している。ところが、Twitter上では朝日新聞に載ったアメダスの観測所を見て、このアメダスは「30m²以上の芝生設置という条件を満たしていない」「隣の駐車場のアスファルトの影響」などの疑問の声があがった。

そして、もう1つ面白いツイートが「最高気温の記録を更新した要因のひとつは、アメダス観測所(四万十市立西土佐中学校の西北の隅)の隣地に建物(西土佐放課後児童クラブ)が新築されて、エアコンの三連の室外機が観測所に向かって温風を吹き付けたからではないかと推測しています。」というものだった。

もし、これらが本当だとしたら、とてもアメダスの観測条件を満たしていると思えない。もうひとつ興味深いツイートは過去の江川崎の最高気温の推移である。

2006年 38.2℃
2007年 36.5℃
2008年 36.2℃
2009年 36.2℃
2010年 36.5℃
2011年 36.4℃
2012年 36.5℃
2013年 41.0℃

ということで、この41℃という最高気温は大いに疑問がある。

月曜日, 8月 12, 2013

忘れられない1日

以前にも書いたことであるが。

誰にも忘れられない1日というのがある。最近では東日本大震災の2011年3月11日だろう。また、阪神大震災(1995年1月17日)もそうであろう。

そして、28年前の今日も忘れられない1日である。

その日(1985年8月12日)は暑かった。とにかく暑かった。私は渋谷ジァンジァンで公演していた芝居の制作を担当していた。一報である「日航ジャンボ機が行方不明」は劇場事務所で聞いた。そして、終演後大阪から来ていた人をホテルに送るために乗ったタクシーのなかから聞こえた「500名以上を乗せた日航ジャンボ機が行方不明」と、という言葉は今も脳裏に焼きついている。そして、まず最初に「え、ジャンボ機って500人以上も乗れるの?」という浅はかなことを思い浮かべたことも覚えている。

帰宅したのは深夜近かったが、そのときはもうテレビは乗客名簿を放送するなど大騒ぎになっていて、各局とも終夜および翌日中報道特別番組を放送していた。

テレビが1日中報道番組を行うようになったのは1972年の「あさま山荘事件」が最初と言われているが、私のなかでは「日航ジャンボ機墜落事故」のテレビ報道の方がいまでも強く心に残っている。