火曜日, 12月 26, 2023

常磐線・東北新幹線周遊の旅

先週木曜から土曜にかけての常磐線・東北新幹線の旅は大変有意義かつ楽しかった。

今回の旅の一番の目的は、北茨城のあんこうのどぶ汁、相馬のフグ(これはありつけませんでした)、閖上の赤貝、宇都宮の餃子といった美味しいものを食べることにありました。しかし、その他にも江戸時代の東回り航路の港訪問、常磐線から福島原発事故の爪痕を観察するとか、2年前の地震で被害を受けた相馬の馬陵城(中村城)観光、名取の東日本大震災での大津波跡の復興状況把握など、新白河のウインズ以外にもちゃっんと歴史と社会勉強もしてきました。

ということで、まず最初は食べ物の話から。あんこうは鍋は食べたことはあったのですが、どぶ汁を食べるのは初めて。どぶ汁はもともとは漁師料理で、海上で水を使わず野菜とあんこうを煮込んで食べたのが始まりと言われています。現在では豆腐やきのこなども入れて味噌を主体に色々な風味で食べられるようになったみたいです。それにしても、これが本当に美味かった。もちろん地元の人たちは作り慣れているからかもしれませんが、味噌味、出汁加減などいうことはありません。最後は雑炊にしたことは言うまでもありません。

フグといえば下関ですが、東日本では福島県の相馬沖などで水揚げが急増しています。そのこともあり、福島では「福とら」というブランド化を目指して躍起になっています。ということで、それを食するために相馬を訪れたのですが、残念なことにランチでフグを提供している店は1軒だけで、そこも予約で満席ということで、残念ながらありつけることができませんでした。相馬を訪れる機会のある方は、是非ともフグを食してみてください。

閖上の赤貝は、震災で大被害を受けた閖上の日和山に寄った後に食べようと思ったのですが、そしたらタクシーの運転手さんが名取より仙台で食べた方がいいよというので、仙台の「塩竈すし哲」(S-PAL仙台店)で閖上の赤貝などを頼んだ。で、この赤貝がなんとも瑞々しく歯応えもあり、東京では滅多にお目にかかれない味でした。なお「塩竈すし哲」は値段は少しははりますが地元の人に愛されているお店のようなので、次に仙台へ行った時も訪れようと思っています。

そして、最後は宇都宮餃子。ここは宇都宮在住のいつか重賞勝馬の馬主(一口ですが)になるであろうKちゃんに案内してもらい、有名な「香蘭」と「宇都宮みんみん」の餃子をいただく。そして、その後はおでん(宇都宮はおでんの店が多い)を食べようとなるが、有名処は満席で駅近くの「しんとみR+」でおでんと日本酒(種類豊富)をいただく。

いや〜、3日間、胃薬が手放せないほどたらふく食べました。😁



金曜日, 11月 10, 2023

柳家さん喬の「さん喬あわせ鏡」冬の噺三題

昨日(9日)は内幸町ホールで行われた「さん喬あわせ鏡」を聞きに行く。出演者と演目は下記の通り。柳家さん喬の噺は全て冬に関わる噺。差し詰め「さん喬あわせ鏡 〜冬の噺〜」という会だった。

三遊亭歌きち 「子ほめ」
柳家さん喬  「福禄寿」
柳家さん喬  「掛取万歳」
 〜 仲入り 〜
柳家さん喬  「芝浜」

三遊亭歌きちは三遊亭歌奴の弟子で5月に前座になったばかり。声質はとてもいいのでもっと表現力をつけるよう頑張ってもらいたい。

「福禄寿」は自分が産んだ子と譲り受けた義弟の子を分け隔てなく育てた母親と、なかなか商売が上手くならない自分の子の長男(禄太郎)と、譲り受けた子の長男(福次郎)の話。三遊亭圓朝の作で、今日この演目を演じるのは柳家さん喬と柳家三三ぐらいだという。私もYou tubeでこの話を何度か聞いていたが、実演に接するは始めて。いや〜、上手いです。こんな噺を冒頭にもってくるとはさん喬の凄さというか偉大さを感じてしまう。

「掛取万歳」は年末に訪れる借金取りを、相手の好きな話(狂歌、義太夫、喧嘩、漫才)に合わせて、あの手この手で追い返してしまうという滑稽噺。この噺はさん喬の弟弟子である柳亭市馬が得意としているが、さん喬も見事である。ただ、この追い返す手段のなかにさん喬が得意とする踊りがないのが残念。いつかオリジナルで踊りの話を盛り込んで演じてほしい。

仲入り後は「芝浜」。今日では女性落語家たちが女性目線による「芝浜」を演じているが、さん喬の「芝浜」もかなり女性目線で演じられている。というか、さん喬の演じるおかみさんがあまりにも鮮やかだからそう思ってしまうのかもしれない。酔っている旦那の魚勝こと勝五郎を誤魔化していく様、そして3年後に真実を告げる様など、どんな落語家も太刀打ちできない人情と愛情に溢れている。これまでに何人もの「芝浜」を聞いているが、さん喬を凌ぐ人にはまだ出会っていない。



金曜日, 10月 20, 2023

日本の三大食材はなんだろうか

日本の三大食材はなんだろうか

岩泉の松茸を食べて帰京してから、日本の三大食材はなんであろうかと、どうでもいいというかとりとめないことを考え始めてしまった。

日本人は三大◯◯というのが結構好きである。三大祭りといえば祇園祭・天神祭・神田祭とか、三大美女は常盤御前・小野小町・静御前とか、ありとあらゆるジャンルで三大◯◯というのがあり、Wikipediaには「日本三大一覧」という項目がある。

さて、食材に関していうと日本三大珍味というものがあり、これに関しては江戸時代から「うに(塩うに)」「このわた(なまこの腸の塩辛)」「カラスミ(ボラの卵巣の塩漬け)」と言われてきている。ただ、からすみはその名の通り中国からの伝来品であり、今日では台湾のカラスミの方が有名で、果たしてこれが正しいのかいささか疑問である。

では、日本三大食材はなんであろうか。三大ということで、まずは高級であること、日本独自もしくは世界でもトップクラスの品とか、そんな漠然とした定義で考えてみると、「蟹」「伊勢エビ」「フグ」「牡蠣」「松茸」「和牛」などが浮かんだ。

このなかでまず「和牛」は入れなければならないのであろうか。和牛には神戸牛、松坂牛などの有名なブランドから余り知られていないものまで300近くあるがどれもこれも美味しい。それゆえに、個人的には「和牛」は日本三大食材に入れるべきものだと思う。

こうなってくると、残りの食材は海産物、農産物から一つずつ選ぶのが筋となる。となると、農産物は「松茸」となってしまう。今日、松茸は世界中で取れることがわかったが、その料理の品数やそして品質からしても日本三大食材にふさわしいのではないだろうか。

残るは海産物である。これは意見が大いに分かれるだろう。一般的には「伊勢エビ」だと思うが、個人的には「蟹(ズワイガニ)」だと思うし、世界でも食べるのは日本人ぐらいという「フグ」と言う人もいるに違いない。またオイスター好きは「牡蠣」というかもしれない。

ということで、いろいろ吟味した結果、日本三大食材は一般的には「伊勢エビ、松茸、和牛」と思われるが、個人的には「蟹、松茸、和牛」を推したい。

いずれにしろ、三大◯◯なんていうのは個人差、地域差がある。つまり諸説あっていいのである。私が日本三大珍味に疑問を呈しているように。

みなさんの日本三大食材はなんですか。





木曜日, 10月 12, 2023

日本ラグビーには海外留学と大学・リーグワンの交流が必要

ラグビーワールドカップ。日本代表は1次リーグ2勝2敗で決勝トーナメント進出は叶わなかった。今回のW杯で日本の弱点がかなり見えてきた。アルゼンチン戦での直接的敗因はラインアウトおよびパント処理などの空中戦に弱かったことや、バックス陣の判断ミスが多かったことだろう。それとは別にやはりチームの高齢化ではないだろうか。

堀江翔太 37歳
リーチ・マイケル 34歳
レメキ・ロマノ・ラヴァ 34歳
稲垣啓太 33歳
クレイグ・ミラー 32歳
中村亮土 32歳
松島幸太朗 30歳
流大 30歳 

今回の主力メンバーで8人が30歳以上である。ラグビーは経験がものをいうスポーツだが、しかし30歳もしくは32歳以上の選手にはきつい。その意味において、日本は他国より若手育成に遅れをとっているのではないだろうか。その対策として色々なことが考えられる。

まず第一に高校生、大学生段階からの海外留学である。すでに何人もの若者が高校時代からニュージランドへ留学している。しかし、それはある意味裕福な家庭の子供に限られる。そこで、ラグビー協会は将来有望と思われる大学生に対して1年間大学を休学させて、ラグビー強豪国に留学できるシステムを作るべきである。国の助成金を利用しつつラグビー協会は金を出して後押しをするべきである。若いうちに海外の力を知ること、英語を身につけることは大事である。

次に国内でも大学生3年生および4年生はリーグワン(旧トップリーグ)に参加できるようにすべきである。大学生は基本的に8月から1月までがシーズンだが、リーグワンは12月から5月までがシーズンである。つまり、大学生は2月から(人によっては1月から)、リーグワンに参加することが可能なのである。

とにかく日本はラグビーにおいて地理的条件の悪い場所にある。それゆえに、若い時から積極的に海外へ出向くとか大学生とセミプロというかプロとの交流をしなければ、ベスト8およびベスト4への道は遠い。



火曜日, 10月 10, 2023

今年のメジャーリーグ、日本人選手の私的通信簿

メジャーリーグはすでにプレーオフに突入していますが、今年の日本人選手はみんな本当に頑張りました。私なりの通信簿はこんな感じです。

◎大変よく出来ました

・千賀滉大(100点)
・大谷翔平(95点)
・吉田正尚(95点)
・鈴木誠也(90点)
・菊池雄星(85点)

千賀滉大は1年目にしてローテーションを完璧に守り、投球回数も規定投球回数を上回り、防御率2点台、奪三振200は満点と言っていいと思います。大谷翔平は休みを取らなかったことが結局災いして、1年を通して活躍するができませんでした。ホームラン王は素晴らしいですが、やはり1年通して活躍するのがプロの選手だと思います。吉田正尚は序盤こそ苦しみましたが5月以降の活躍は目を見張るものがありました。打率が3割だったら100点満点でした・・・。鈴木誠也は後半は大活躍でしたが、前半は正直見るに堪えられない時もありました。来年はとにかく1年を通じて活躍してもらいたいです。菊池雄星はメジャー5年目にして初の二桁勝利・防御率3点台と年間を通して活躍しました。ただまだ安定感・信頼感に欠けているので来年はそれらを克服してもらいたいです。

◯よく出来ました

・藤浪晋太郎(80点)
・前田健太(75点)
・ダルビッシュ有(70点)

藤浪晋太郎はオリオーズに移籍して、救援投手として開花しました。少しラッキーだったところもありますが十二分な活躍はしたと思います。来年はどこでどう活躍するか楽しみです。前田健太は怪我からの復帰した年として及第点だと思います。来年はまたローテーションの一翼を担う投手になると期待しています。ダルビッシュ有はWBCの疲労と年齢的なこともあり、思ったほどの成績は残せませんでした。しかし、彼は日本人選手の先輩格としてだけではなく、球種マスターとしてメジャーリーグ全体の投手を支えていると思っています。

来年も新たに何人かの日本人選手が海を渡ると思いますが、それぞれが今年の千賀滉大、吉田正尚、藤浪晋太郎と同じように活躍することを期待しています。



木曜日, 10月 05, 2023

岩泉まつたけ祭りで松茸を思う存分堪能

10月1日に開かれた「岩泉まつたけ祭り」に参加してきました。

岩手県岩泉町(いわいずみちょう)は盛岡市の東に隣接する町(といっても盛岡駅から町の中心部まで車で2時間かかる)で、人口は約8000人。本州で最も面積の広い町としても知られている。ここで有名なのは日本三大鍾乳洞の一つの龍泉洞、岩泉ヨーグルト、そして松茸である。

町にはアカマツなど松茸が取れる木々の山が散在していて、中心部北の龍泉洞がある宇嶺羅山でも松茸は取れるとのこと。岩泉町の松茸は個人たちで形成される20余の組合によって管理され、品質を保持しているそうだ。今年は暑さのために収穫時期が例年より1週間から10日は遅れたが、東北地方は雨には恵まれているので、地元の人たちは豊作の予感がすると、期待を寄せている。

さて、私が訪れた岩泉まつたけ祭りは今年で24回を迎え、北は北海道、南は岐阜からの80数名の参加者が集い、松茸三昧のコース、抽選会、競り(販売会)などを楽しんだ。松茸料理コースの内訳は写真を参考にしてもらいたいが、なかでも土瓶蒸し、茶碗蒸し、松茸ご飯が美味しかった。というのも、どうやら出始めの頃は香りがまだ弱いが歯応えは良いかららしい。まあ、私たち参加者は会場に入った瞬間に充満していた松茸の香りで麻痺してしまっていたが。(笑)

ということで、龍泉洞観光、松茸料理のフルコースを堪能してお土産用の大ぶりの松茸を購入しました。😀







土曜日, 9月 23, 2023

昔も今も変わらぬ京都の「炭火割烹 いふき」

京都の隠れた名店『炭火割烹 いふき』を初めて訪れたのは2008年10月のことであった。当時私は仕事の関係で年に何回か京都を訪れる機会があった。それゆえに、京都の美味しいお店をいくつも訪ねることが機会があった。そんななかで、ある日先斗町を歩いていると「炭火割烹」という文字に惹かれて、この「いふき」を訪れた。そして、そこで味わった美味しさはある意味衝撃的で、その後京都へ行くたびに訪れるようになった。

しかし、2011年の東日本大震災、母親の介護、コロナと続いたために、2010年を最後に訪れるチャンスがなかった。その間に「いふき」は2011年4月にお店を先斗町から祇園に移転して、その年のミシュランガイド京都大阪2011で一つ星を獲得した。そして2017年からは今日まで二つ星掲載になっている。

そんな「いふき」に13年ぶりに訪問。花見小路に移った店の外見は他の店と同じ造りで、提灯の灯りがなくしては判断がつかない。そんなお店の外見を撮ろうとしていたら、ちょうどお客さんの見送りのために出てきた店主と女将さんといきなり遭遇。ちょっと出鼻を挫かれたというか、緊張の糸がほぐれて店内へ。店内は1階にカウンター8席の造り。先斗町時代の店は足を下ろす掘り炬燵形式だったが、祇園の店は椅子形式で1席がゆったりと広い。そして、何よりも驚いたのが、焼き方も煮方のスタッフも先斗町時代と変わらなかった。

料理はすべてコースで、その内容を書くのは割愛させてもらうが、出汁の繊細さというか風味は限りなく旨みを追求しているという向上心を醸し出すもので、唸らざるをえない美味しさだ。メインの焼きものはチョイスすることができ、私はノドグロと鰻を頼んだ。サウスポーの焼き方のお兄さんは以前と全く変わらず、中は柔らかく外は香ばしく少しパリパリ感を出してくれる。

全部で何品出されたかは覚えていないが、とにかくどれもこれもその美味しさを堪能した。10数年ぶりの訪問だが、その味はもちろん進化していて、それでいておもてなしは昔を思い出させるものであった。10数年ぶりの訪問で、こんなことを言うのもなんだが、私の京都の行きつけの店は「ここ」、馴染みの店は「ここ」、自信をもっておすすめできる店は「ここ」と言える店である。



金曜日, 9月 15, 2023

丹波篠山はまだ静かだった

今年の春にテレビ朝日で放送された「歴史のプロ40人が選んだ『GWに行って楽しい城下町ベスト15』という番組で、丹波篠山市がなんと第2位に選ばれた。今秋にも行こうかと思った場所がこんなに高い評価を受けたので、これは観光客がどっと押し寄せるのではないかと冗談抜きに危惧した。

丹波篠山にある篠山城は1609年(慶長14年)に豊臣秀頼がいる大坂城と豊臣家に縁のある西国大名を分断するために、徳川家康が藤堂高虎に造らせた城。平地の城としては堀も広く深く、また石垣も高いのでかなり強固な造りになった。そのために「天守は不要」と判断され、天守台があるのにも拘らず天守閣は造らなかった。

そんな篠山城の城下町には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている「河原町妻入商家群」や下級武士の住まいだった「御徒士町武家屋敷群」などが保存されて、昔の面影を色濃く残している。


さて、私が訪れたのは月曜の午前中の上、兵庫県は朝から雨のところが多く、お城にも城下町にもほとんど観光客をおらず、町の輪郭をしっかり把握することができた。ただ、雨との兼ね合いでタクシーによる駆け足観光だったので、残念ながら城下町としの風情とか空気を味わうことができなかった。それゆえに、いつの日にかゆっくりと滞在して城下町の味わいを堪能したい。



木曜日, 9月 14, 2023

阪神競馬場の人の少なさに驚き

9月10日(日曜)に阪神競馬場に行ったのだが、驚いたのはその観客の少なさ。この日は秋競馬が開催第1週目で重賞のセントウルステークス(G II)も行われるので、多くの観客が来場するのではないのかと思っていた。ところが、阪急仁川駅から阪神競馬場に向かう人はかなりまばら。他の競馬場ではよく見かける親子連れは皆無。一瞬、本当に競馬は行われているのだろうかと、疑ってしまったぐらいである。


さて、この日の阪神競馬場の入場者は12,303人。一方、中山競馬場は17,005人で阪神より4,702人多い。そして何よりも驚くのは、阪神競馬場の入場者数が、前週の札幌、新潟、小倉競馬場より少ないのである。その原因は暑さということがあるかもしれないが、こうなると、阪神より札幌か小倉で開催した方がいいのではないだろうか。そうなると、プログラムの大幅変更が強いられるかもしれないが、JRAは一考すべきだと思う。

9月10日(日曜)
阪神 総入場人員 12,303名 (有料入場人員 11,848名)
中山 総入場人員 17,005名 (有料入場人員 16,274名)

9月3日(日曜)
札幌 総入場人員 19,185名 (有料入場人員 18,663名)
新潟 総入場人員 13,951名 (有料入場人員 12,911名)
小倉 総入場人員 16,760名 (有料入場人員 16,000名)




火曜日, 9月 12, 2023

京都はすでにオーバーツーリズム。観光税を導入すべき

久しぶりに京都へ行ってみて、京都がすでにオーバーツーリズム状態であるという認識をせざるをえなかった。宿泊施設にしても、グルメスポットにしても、バスやタクシーなどの交通機関にしてもかなり異常をきたしている。

円安による外国人観光客の増大、コロナ明けでどっと押し寄せる日本人観光客。京都の観光業はどこもかも人手不足でパンク状態だ。ここまできたならば、京都市は1泊目だけでも1000円程度の観光税を取って、善後策に使用するべきであろう。




金曜日, 8月 04, 2023

五街道雲助一門会の「師弟四景」

一昨日(2日)は国立演芸場で開かれた五街道雲助一門会による「師弟四景」を聞きに行ってきた。出演者と演目は下記のり。。

柳家しろ八  「寿限無」
蜃気楼龍玉  「夏泥」
隅田川馬石  「品川心中」
 〜 仲入り 〜
五街道雲助  「千両みかん」
桃月庵白酒  「お化け長屋」

先日、テレビにやたら出ていて大して上手いとも言えない落語家が「落語界は才能のないやつらばかりで人材難。漫才やコントに取られてる」という趣旨の発言をした。発言は自由だが、この男は本当に落語界の現状を知っているのだろうか。現在東西合わせて1000人に近い落語家がいるが、果たして才能のない者ばかりだろうか。この男に何人の弟子がいるか知らないが、五街道雲助一門は少数精鋭の強者ばかり。まさかこの一門を知らずして、上記のような発言をしたのだろうか。だから、立川流は嫌われるし、聞きに行きたくならない。

柳家しろ八は柳家小八の弟子にして前座。「寿限無」をそつなくこなすが、もう少し個性を入れてほしかった。

蜃気楼龍玉は五街道雲助の3番弟子。本来は15分ぐらいの「夏泥」を30分かけて話す。それでも決して間延びすることもなく、テンポよく快活に語る。

隅田川馬石は雲助の2番弟子。彼は好不調の波が激しい落語家のひとりだと思う。ただし、昨日はもう絶好調。兄弟子の桃月庵白酒をも圧倒するノリで心中噺を滑稽にして爽快に演じる。

仲入りをはさんで、先日人間国宝になった五街道雲助が登場。座るなり「これがナマの国宝です」と飄々と一言。その後はいつもと変わらず決して気負わない「千両みかん」を好演。

桃月庵白酒は雲助の総領弟子。人間国宝の件で一番喜んでいたのはどうやらこの人。「人間国宝になると200万円毎年支給されるですが、これは後継育成という名目らしいです。三人弟子がいるんですから1人66万円もらえるんです」とちゃっかりしていた。「お化け長屋」は白酒の得意ネタ。衣装こそ変わらないが七面相のような演じ方はこの人ならでは醍醐味。大熱演で人間国宝一門のトリを見事にこなす。



金曜日, 7月 28, 2023

第661回落語研究会

一昨日(26日)は国立小劇場で開かれた第661回落語研究会を聞きに行ってきた。落語研究会は以前はほぼ会員制だったので、私は過去に1回しか行ったことがなかった。それがコロナのせいで予約制となり、10数年ぶりの鑑賞となった。出演者と演目は下記の通り。

柳家小はぜ  「狸鯉」
桂宮治    「道灌」
古今亭志ん輔 「小猿七之助」
 〜 仲入り 〜
入船亭扇遊  「きゃいのう」
春風亭一朝  「菊江の仏壇」

落語の演目数はどれぐらいあるかという愚問がある。

落語には古典落語と新作落語がある。古典落語は基本的に江戸から明治に作られたものをさし、新作落語は大正もしくは昭和以降に作られたものを言うが、ただ一般的には現存する落語家もしくは落語作家が作ったものを新作と言うような気がしなくもない。

さて、その愚問であるが、現在演じられている古典落語は500とも800とも言われる。ただ、主に寄席などで演じられる馴染みの噺は200ぐらいではないだろうかと言われている。新作に至っては昨日何処かで初めて演じられた演目があるかもしれないので、数えようがない。

さて今回の落語研究会の演目は「狸鯉」「道灌」の2演目は馴染みの演目だが、「小猿七之助」「きゃいのう」「菊江の仏壇」はあまり演じられることがない珍しい演目。私もこの3演目は初めて聞く。

「小猿七之助」は講談ネタなのだがそれを立川談志が落語化したらしい。よってこれが古典になるのか新作になるのかどちらか分からない。まあどっちでもいいのだが、噺の内容はさほど面白くない。

「きゃいのう」は舞台役者の悲喜交交を描く滑稽噺。歌舞伎の舞台裏を小まめに描写しながらの噺。入船亭扇遊ならではの粋で鯔背(いなせ)な話芸が冴える。

「菊江の仏壇」は上方落語の大ネタ。若旦那が自分の嫁に似た妾を囲うという噺。内容はかなり陰湿になりかねないものだが、春風亭一朝は持ち前の江戸弁をうまく活かして明朗に進めていき、明るい怪談噺に仕立てあげる。

最後に余談になるが、桂宮治がマクラで述べていたが、「笑点」と「落語研究会」では楽屋も高座も温度差が違うとか。落語研究会はまだまだ敷居は高いようだ。(笑)



金曜日, 7月 21, 2023

不忍池に野球場!? 神宮外苑再開発は同じ穴のムジナ

戦争中、上野の不忍池は食糧不足を補うために一面水田だった。それが再び池として再生されたのは終戦から5年経った1950年のことであった。その間に池を復活させるのではなく、そこに8万人収容の野球場を作ろうという計画が立てられていた。しかし住民の猛反対にあい頓挫。この計画を主導したの正力松太郎(読売新聞社主)であった。

そして今日、神宮外苑の再開発を三井不動産主体でおこなおうとしている。これは不忍池の野球場計画と「似て非なる」ものか、それとも「同じ穴のムジナ」なのか。どちらなのだろう・・・。

不忍池野球場計画は明らかに自然破壊であり、アメリカ進駐軍に媚びる商業主義的なものだった。一方で、神宮外苑整備計画はスポーツ施設の再建計画なので何の問題もないように思える。しかし、その実態は数多くの木々を伐採するなどの自然破壊であり。3棟の高層ビルを建てるなど明らかに商業主義優先計画である。

こんな自然破壊と商業主義の計画は絶対に許してはならない。




木曜日, 6月 22, 2023

林家つる子独演会「つる子の赤坂の夜は更けて」(鴻池の犬)

昨日(21日)は赤坂会館6階稽古場で開かれた林家つる子独演会「つる子の赤坂の夜は更けて」を聞きに行ってきた。会場は満員。演目は下記の通り。

林家つる子  「お菊の皿」
林家つる子  「JOMO」
 ~ 仲入り ~
林家つる子  「鴻池の犬」

つる子の演じる「お菊の皿」はそれなり怖い怪談噺なのだが、この日は短めバージョンなのかサクサク感に進んでいき全然怖くない。まあ最初の演目の場合はこういう方がいいだろう。

「JOMO」は上毛高校に入った主人公が「かるた部」へ入るが、そこはなんと「上毛かるた」部。上毛かるたは1947年(昭和22年)に作られた群馬を表現する郷土かるた。群馬県人ならみんな知っているそうだ。そんなかるた部に入った主人公が全国大会を目指すというお話。もう完全におバカを通り越した郷土愛に満ちはふれた作品。さすがぐんま観光特使だけのことはある。そんな噺のマクラがおかしかった。群馬では運動会では紅組白組などで分かれるのではなく、赤城山・榛名山・妙義山など群馬の山の名前をとって分かれるとのこと。また、列の数え方も1列・2列・3列ではなく、1の川(側?)・2の川・3の川と呼ぶそうである。いや〜、群馬県は可笑しい。

仲入り後は「鴻池の犬」。私の好きな演目だが、林家つる子がこれを演るとは驚いた。クロ、ブチ、シロの3匹の子犬の話で、大阪の鴻池にもらわれたクロに会いに行くシロが基本的に主人公。しかし、つる子は他の2匹にもスポットを当てて、3匹をほぼ平等に扱っているのが好感がもてる。特に大方の噺家ではブチは亡くなってしまうのだが、つる子は生きかえらせていて、完全なハッピーエンドの話としている。ただ、難点はシロがお伊勢参りの犬ハチとの道中の描写が見えてこない。桑名の宿での別れのシーンなどはもっと深掘りしてもいいのではないだろうか。柳家さん喬師匠と比較するのはコクかもしれないが、もっと情景が見えてくる語りにしてもらいたかった。



金曜日, 6月 09, 2023

内子、松山、今治の旅

6月4日から6日まで愛媛県の内子、松山、今治と旅をしてきた。旅にはいろいろと目的があるものだが、今回は単なる観光目的ではなく、私に少しばかり縁のある場所を訪れる旅を組み入れてみた。

愛媛県内子町にある内子座は、江戸後期から昭和初期にかけて作られた16の芝居小屋が加盟している「全国芝居小屋会議」のなかでも、もっとも有名な劇場と言っても過言ではない。ここでは歌舞伎、落語会、音楽会などが開かれ、この地域の住民にとって重要な文化拠点になっている。私も芝居に関わっていたことがあるので、ここへは以前より訪れたくて仕方がなかった。そして、内子町にはもう一つ訪れてみたいところがあった。私がよく飲みに行く学芸大学のお店が常に置いてある日本酒「京ひな」の製造元である酒六酒造が内子町があり、どんな酒蔵なのか知りたかったのである。

2日目の目的地は松山市の三津浜という港町であった。ここは目黒の行きつけのお店がコロナ前まで魚を取り寄せていた漁港で、こちらも以前より興味を抱いていた場所であった。三津浜は江戸時代は松山藩の藩港として栄え、明治から昭和初期までは海運の要衝として、とても賑わいのある町で競馬場まであったという。しかし、今では商店街はほぼシャッター街化してしまった。それでも往年の隆盛を誇った時代の建物がいくつも残っていて、散歩をするにはもって来いの場所だった。

そして、3日目の目的は今治タオル本店(今治タオルLAB)だった。30年ぐらい前まで自宅のすぐ近くに今治タオルの倉庫というか東京営業所みたいなものがあり、毎日大きな段ボールに入ったタオルを荷卸しをしたり、配送手配をしていた。そのおかげというか、私は何枚もおこぼれのタオル(多分廃棄処分になるような)をもらったりしていた。そういうこともあり、新しくできた今治タオル本店へ行き、お土産用のタオルを購入することにした。

このようにちょっとした縁のある旅も乙なものである。(笑)

月曜日, 5月 29, 2023

台南の母親が生まれ育った地は保存されている

先日、母親が入所している介護施設から「生活の記録」という報告が届いたが、そのなかに「私はね台湾で生まれたんですよ」という記述があった。母親は1924年(大正13年)に台湾の台南で生まれた。そして、その生家というか6歳まで育った家の一部は今でも残っている。

ご存知のように当時の台湾は日本の統治下にあり、日本政府は国策の一環として台湾で砂糖を大量に製造していた。特に台南には数多くの製糖会社があり、母親の父である祖父・久保田富三はそのなかの一つ明治製糖(後の明治製菓、現在の明治)の社員として働いていた。

明治製糖は欧米で糖業研究を学んで、東京工業大学の前身である東京高等工業学校の教授を務めていた相馬半治(1869年〜1946年)が子爵・渋沢栄一ら多くの財界人の協力を得て1906年(明治39年)に台南に設立した会社。その後明治製糖は台湾及び国内に工場を建設、その後同業他社をいくつも合併して業務を拡大していった。

  
「明治製糖株式会社三十年史」より

そんな出来たばかりの会社に1905年に東京高等工業学校(応用化学)を卒業した久保田富三は入社した。そして、入社後間もなくハワイに農夫や職工として、実際に糖業を見習うために派遣された。その後は台湾に派遣され技師として製糖に携わり、南投工場場長、總爺工場場長などを歴任している。

母親が生まれた台南は現在は人口約200万人近い大都市であるが、生まれた当時の台湾の総人口は約400万人(現在は約2500万人)。そして、1925年(大正14年)の台南市の人口は約8万3千人で、日本人は約15%にあたる約1万3千人が暮らしていた。

祖父・久保田富三が働いていた明治製糖は台南周辺に幾つもの製糖工場を持っていたが、祖父はどうやら南投工場場長と總爺工場長を歴任しているようで、總爺には明治製糖の本社および社長宅、工場長宅、社宅などがあった。そして、その總爺の明治製糖があったところは現在は総爺芸文中心という芸術文化を発信するセンターになっていて、当時の建物がそっくり保存されている。

一青妙(ひとと・たえ)の著書「台南『日本』に出会える街」の54ページには総爺芸文中心(ツォンイエ イーウェン チョンシン)には「1906年、台湾に進出した明治製糖株式会社の本社所在地。工場長の宿舎、オフィス、クラブハウスなど当時のまま残され、内部も見学ができる」と書いてある。

母親が生まれたときは祖父が總爺工場長だったか定かではないが、おそらく彼女は6歳になるまで何年かはここで育ったと思われる。それを確かめるためにもいつか訪れてみたい。

総爺芸術文化センター https://www.twtainan.net/ja/attractions/detail/4984


水曜日, 5月 24, 2023

痛風顛末記(その2)

痛風は40代以降の男性なら3人に1人はなると言わている。最大の原因は美味しものの食べ過ぎというか、プリン体を多く摂取しすぎであることは言うまでもありません。そして、今回痛風になって身に沁みたのが、水分補給が少ない人もなりやすいということでした。

では、痛風にならないために普段どうするべきかというと、第一にプリン体が多く含まれる食事をなるべく摂らないこと。第二に小まめに水分補給をすること。第三に歩くなり走るなり泳ぐなり有酸素運動をすること。第四に体重コントロールをすることである。

残念ながら私は三番目以外は怠っていると反省をせざるをえません。なかでも二番目の水分補給が足りていないことを痛感せざるをえない。というのも、私は寝ている時に足をつることがある。ひどいときはのたうち回るというか脂汗をかくことがある。足がつる要因もマグネシウム不足であり水分不足にあると言われている。そして、お酒を飲むときも他人よりあまり水を飲んでいない。そのせいか、飲み屋に行ってもほとんどトイレに行くことがなく不思議がられたりもした。

ということで、自分を戒めるためにも、今後は季節が夏であろうと冬であろうと、運動をしようとしまいと、常に水分摂取をするよう心がけたい。


火曜日, 5月 23, 2023

痛風顛末記(その1)

ちょうど2週間前の5月9日、朝起きたら左足親指のつけ根が腫れ上がり、とても歩けるような状態ではなかった。痛風の発作である。昨年10月に痛風になり、またこの4月には偽痛風にもなったが、どちらも3日で腫れも痛みも消えた。しかし、今回はとんでもなかった・・・。

9日に発作が起きて、その日はまったく身動きすらできない状態で、ひたすら腫れた箇所を保冷剤などを使って冷やし、自宅にあったロキソニンを服用した。そして、翌日、近くの医者へ行ったところ「これは時間がかかるかも」と言われた。私は1週間は覚悟したが、まさかそれが10日以上もかかるとは思いもよらなかった。

痛風には2種類あるそうだ。一つはプリン体を過剰摂取する産生過剰型、もう一つは水分補給不足の排泄低下型という。私は正直、どちらにも当てはまりそうだ。最近はビールこそ控えているが、ゴールデンウィーク期間中に、うなぎの肝、鶏の胸肉、ボタン海老などプリン体が多く含まれる食事をしてしまった。一方で、運動するときはしっかり水分補給はするものの、それ以外のときはあまり水を飲まないので、排泄低下というかもともとトイレに行く回数が少ないので、どうやら正真正銘のイタ〜イ痛風になってしまった。

ということで、発作から1週間は外出することもできず、1日3回薬を飲んで、ひたすら家で足を冷やしては水を飲む生活を強いられました。(続く)



水曜日, 5月 10, 2023

さん喬あわせ鏡(上) ~新作部屋~

一昨日(8日)は日本橋劇場で開かれた「さん喬あわせ鏡(上) ~新作部屋~」を聞いてきた。出演者と演目は下記の通り。台本はすべて中央大学教授・黒田絵美子によるもの。

柳家さん喬  「恋の夢」
柳家さん喬  「はち巻地蔵」
 〜 仲入り 〜
柳家さん喬  「らくだの馬」
柳家さん喬  「こわいろや」(声色や)

冒頭は「恋の夢」。緞帳が上がる前に客席には有名な韓流ドラマの主題歌が流れる。そして柳家さん喬が「みなさんは胸がときめく恋をしたことがありますか」などといったナレーションが入り緞帳が上がる。話の内容は「キミが好きだ」という言葉に表される恋話。斬新な構成でメルヘンチックな話ではあるが、いささか物足りなさも感じる。

「はち巻地蔵」は仲良く2体で並ぶは札かけ地蔵とはちま地蔵。そこに飲兵衛の熊五郎がやってきて愚痴をこぼす。それに対してはちまき地蔵は商売繁盛、夫婦円満、良縁成就の3つの良いことをすれば、熊五郎の願いは叶うと言う。言われた熊五郎は鉢巻を持って街へ飛び出す・・・。これはさん喬師匠をかなりイメージして描いたと思われる作品。江戸庶民の人情と情緒を簡略にするところなど見事な出来。地蔵同士の話模様も秀逸。この噺は是非ともさん喬一門、特に柳亭左龍師匠あたりに受け継いでもらいたい。

仲入り後は「らくだの馬」。「らくだ」をはじめ古典落語のネタを多様した面白いおかしの小品。

「こわいろや」は以前より聞きたいと思っていた作品。江戸時代には「声色屋」という歌舞伎役者の形態模写や声帯模写をする商売があったそうで、昭和になっても寄席にも出演していたそうである。お話はなかなか結婚ができない声色屋が友人に成りすまして女性の家へ・・・。さん喬師匠の芝居好き、踊り好きなどを上手く引き出し、それに応えたさん喬の語り、立ち振る舞いが凝縮した俊作。10年以上前に作られた噺のようなので、もはや新作というより古典なのかもしれない。




火曜日, 4月 25, 2023

統一地方選挙・東京都の区議会議員選挙の結果と総括

今回の統一地方選挙、東京都の21の区議会選挙では次のような結果が表れた。

21の区議会議員選挙の投票率は平均で44.51%と前回より1.88ポイント上がった。私が住む目黒区も投票率が43.18%(前回40.2%)にアップした。

・投票率がアップした。大変いいことである
・女性議員が多く誕生した。大変いいことである
・現職の自民党議員が軒並み落選した。大変いいことである
・現職の公明党議員がかなり落選した。大変いいことである
・共産党の衰退がかなり顕著になった。少し悲しむべきことである。
・維新の会の議員が大幅に増えた。懸念すべきことである。

それではどうしてこのような結果が現れたかということである。投票率アップは明らかに自民党・公明党政権への批判というか、政治を変えなければという意識の向上だったと考えられる。

女性議員が多く誕生したのは利権が多く絡む男性議員を選びたくないという心理が多く働いたからだと思うわれる。私も女性候補者にずっと投票している。

現職の自民党議員が多く落選したのは、利権絡みが嫌われたこと、定数削減などの努力を全く行わなかったことにある。こうした現職議員の無能さは立憲民主党や共産党にも影響して、こちらも現職議員がかなり落選した。

全員当選がテーゼの公明党だが、今回は票数配分の失敗と、公明党の支持母体の創価学会の高齢化が落選議員を多く招いた。同じことは共産党にもいえ、こちらの党員の高齢化はいかんともしがたい。選挙戦の後半に公明党の山口那津男代表が自宅近くで演説をしたが、その時の聴衆は高齢女性ばかりだったし、地元の最寄り駅でチラシを配っている共産党の支持者は高齢男性ばかりだった。

こうしたことの漁夫の利を得たのが維新の会である。身を切る改革=定数削減などを全面に押し出して自民党からの横滑り票および無党派層の支持をうまく取り込んで大躍進という結果を得た。しかし、統一教会との関係も深く、ポピュリズム(大衆迎合主義、衆愚主義)の政党が台頭することは憂慮すべきことである。



月曜日, 4月 24, 2023

目黒区議会議員選挙2023

昨日行われた目黒区議会議員選挙。投票率が43.18%(前回40.2%)にアップ。投票者数も97,822人(前回92,005人)と5,817人も増えたことはかなり喜ばしい。それでも、まだ50%にいかないのはやはり情けない。

目黒区議会の定数は36。人口27万人余りなのに36人は明らかに多い。そんな多い定数のせいか今回の立候補者数は57人(前回は51人)。結果は下記の通りであるが、驚いたのがトップ当選が維新の会の新人女性候補。これはおそらく自民党支持者からの横滑り票と、野党支持者のなかでも定数削減の政策が支持されたことによるものだろう。このことによって、同じ地盤にある前回上位当選していた無所属の候補(前回は立憲民主党)は獲得票数を激減して落選している。

また、今回も前回の選挙に続いて自民党の現職が相次いで落選。また、これまで全員当選をしてきた公明党も1人落選するなど、投票率がアップしたことによって組織力のある政党の候補者が落選している。

こうした結果をみると、有権者は明らかに議員定数の削減を求めていることがわかる。私が30年以上前から言っている定数削減に取り組まない人は次の選挙では落ちるだろう。






金曜日, 4月 21, 2023

林家つる子独演会「つる子の赤坂の夜は更けて」(子別れ)

昨日(20日)は赤坂会館6階稽古場で開かれた林家つる子独演会「つる子の赤坂の夜は更けて」を聞きに行ってきた。演目は下記の通り。

林家つる子  「子別れ・おかみさんお徳」
 ~ 仲入り ~
林家つる子  「子別れ・遊女お島」

来年3月21日より真打昇進が決まった林家つる子。女性落語家としは初めての「◯人抜きの昇進」だそうだ。正直なところ◯人抜きなどどうでもいい。彼女にはすでに真打たる気質と品格、そして実力がある。私が初めて彼女を聞いたのは3年前だったが、その時点で「この人には落語家としての度量と愛嬌があるな」と思わせてくれていた。そして最近は古典落語の名作「芝浜」「紺屋高尾」を女性目線で大胆に描き直して脚光を浴びるようになった。そして、今回は「子別れ」に挑戦である。

「子別れ」は江戸時代の落語家・初代春風亭柳枝の創作らしいが、その後いろいろいろな落語家によって受け継がれ、亀吉が手にする「50銭銀貨」が大金という設定からすると基本的に明治を舞台にしていると思われる。

前半の「おかみさんお徳」版は、主人公であるはずの熊五郎よりおかみさんのお徳視点で話が進められ、普段聞く「子別れ」とはかなり異色。それでも、こちらはあくまでも古典に沿っていて、お徳の心情をクローズアップしたものであった。

仲入り後の「遊女お島」版は明らかにスピオンオフな噺で、「子別れ外伝・お島」とタイトルをつけた方がいいくらいだ。大雑把なストーリーはこんな感じ。品川宿の女郎だったお島が、惚れた熊五郎を追って吉原に移籍。その吉原で熊五郎を見つけたお島は熊五郎に見受けしてもらうが、二人の生活はあっという間に破綻する。そして、お島は再び吉原に戻り、花魁にまで登りつめる。噺の途中には「三枚起請」などの郭噺を絡めて進めたり、華やかなお囃子(井上りち)を入れたりしてまったく飽きさせない。

個人的には20年以上前に制作を担当した芝居のなかで花魁道中をクライマックスに持っていったことがあることから、つる子が誰かに肩貸して傘持ちの男衆(ハチ?)と話しながら花魁道中を披露するところにゾクゾクした。こうした展開は男性落語家は逆立ちしてもできないし、女性ならでは生き様や力強さも表すことはできない。

昨夜の会場には女性客が1〜2割程度しかいなかったが、つる子のこの女性目線の噺はもっともっと女性に聞いてもらいたい。おそらく彼女もそうに思っているに違いない。そして、こうした女性目線の古典を再構築していくことで、新たな古典落語の道が開けていく。更なる林家つる子の活躍が楽しみである。



木曜日, 4月 20, 2023

桂吉弥《噺小屋》卯月の独り看板@国立演芸場

昨日(19日)は国立演芸場で開かれた《噺小屋》卯月の独り看板「桂吉弥」を聞いてきた。出演者と演目は下記の通り。

春風亭いっ休 「やかん」
桂 吉弥   「仔猫」
 〜 仲入り 〜
桂 吉弥   「たちきり」

春風亭いっ休は春風亭一之輔の3番弟子。前日も一之輔の4番弟子が前座だった。一之輔の弟子はみんな売れっ子で上手い。なおいっ休は11月からは二ツ目に昇進。

桂吉弥はかなり派手な蛍光うす緑の着物で登場。いきなり「笑点のメンバーを狙っているわけではありません」と語る。さて、初めて聞く「仔猫」。タイトルは可愛いが、話の内容はどんでん返しでかなりキワドイ。少なくとも猫好きにはおすすめできない。う〜ん、小猫から猫八を襲名した江戸家猫八もこの噺は苦手であろう。

「たちきり」は上方落語の傑作。100日間蔵に押し込まれた若旦那が、出所後に行ったのは好きな小糸がいる置屋。しかし、小糸はすでにこの世にはいない。若旦那は位牌と三味線に手を合わると、若旦那が好きな地唄の「雪」が流れてくる。この歌声と三味線(恩田えり)が侘しく切ない。東京でもこの落語を演じる人は多いが、やはりこれは船場を舞台にした上方落語の方がいい。桂米朝、桂吉朝の直系である桂吉弥はそれを見事に継承しているのではないだろうか。

最後は少し余談になるが、昨年の公演も前座&鳴り物が春風亭いっ休と入船亭遊京という京大出身コンビで、三味線が恩田えり社中だった。今回は恩田えりの三味線だけでなく、出囃子の笛と太鼓も素晴らしかった。特に笛は玄人はだしで秀逸。誰?



水曜日, 4月 19, 2023

春風亭一花勉強会「一花繚乱」(三枚起請の巻)

昨日(9日)は赤坂会館で開かれた春風亭一花の「一花繚乱」を聞きに行ってきた。演目は下記の通り。

春風亭貫いち 「ZIN-仁」
春風亭一花  「馬大家」
春風亭一花  「三枚起請」
 〜 仲入り 〜
春風亭一花  「大工調べ」

前座の春風亭貫いちは春風亭一之輔の4番弟子。彼を初めて聞いたのは2年前の春風亭柳枝の「芝浜落語会」だったが、その時に余りの上手さに驚いたが、今回は新作落語(それも2回目とか)を引っ提げて熱演。噺の筋みちはとても分かりやすいのだが、ちょっとドラマ「JIN-仁」に頼りすぎかな。それでも起承転結 + αはしっかりしているので創作力は十二分に持っている。将来有望な噺家だ。

「馬大家」は初めて聞く。午年生まれの大家が午年の店子ばかり集める長屋に、午年生まれの男が借家を借りにきた。そして、二人は馬と午に纏わる話を始める・・・。途中しっかり自分の旦那である金原亭馬久の名も入れる。私も午年生まれなのでこの長屋に住めそうだ。(笑)

「三枚起請」は吉原の花魁が3人の男に起請文を渡すという、騙す女も悪ければ騙される男も悪いというお話。この噺、3人の騙される男の特徴を色分けるのが難しいのだが、春風亭一花はそれを無難に演じ分けて、最後には花魁の啖呵を切らせるところまで、勢いよくしっかりと聞かせていく。ネタ下ろしとは思えないほど充実していた。

一花は浅草橋出身で師匠は江戸弁に精通する春風亭一朝ということもあり、気風のいい噺を演じると見事にはまる。「大工調べ」はまさにそんな噺である。申し訳ないが一花にはあまり色気のない噺の方が似合っているのではないだろうか・・・。m(_ _)m



金曜日, 4月 07, 2023

ここは何処? 日本語より英語を喋っている方が多かった

3日(月)から2泊3日の箱根旅行を楽しんできましたが、とにかく驚いたのが外国人観光客の多さでした。その多さ、宿泊した山のホテル(3月の外国人宿泊数は過去最高を記録したらしい)では5割以上が外国人観光客。駒ヶ岳ロープウェイでは7割ぐらい。遊覧船にいたっては日本人は乗っているの?と思うぐらいの数で、船内は英語、ドイツ語、フランス語、タイ語、中国語(台湾)、韓国語が飛び交わっていて、もはやここは何処という感じでした。

こうなると、私も日本人観光客だと思われなくなり、英語で話しかけられるようになり、箱根滞在中は日本語より英語を話している時間の方が長かったような気がします。そんな外国人観光客との会話の中でわかったのが、日本の物価の安さです。

山のホテルの宿泊費はかなりレベルの高い朝食と夕食付きで平日は1泊約40,000円ぐらいですが、これは約300ドルなります。この価格はインドからの人には「バーゲンだよ」と言われ、ロンドンから子供2人連れで訪れていた夫婦には「アンビリーバブルだよ」「ヨーロッパのリゾート地だったら宿泊費が500ドルで、あの食事がついたら最低でも朝食で50ドル、夕食で200ドルいやもっとかもしれない」と言っていました。また、遊覧船で会ったロサンゼルスから来ていた人は「朝1番の新幹線で芝のホテルから来たけど、電車もバスも時間通り。信じられない。こんなリゾート地を日帰りできるなんて」と驚きを禁じえなかった。

今、日本はお花見シーズンであり、円安および日本の物価安では外国人が訪れるのも当然のような気がします。つまり、外国人観光客に「日本を訪れるのはいつがいいですか」と聞けば、「今でしょ」と答えが返ってくるに違いないでしょう。



月曜日, 3月 13, 2023

侍ジャパンのダグアウト(ベンチ)に注目しています

WBC(ワールドベースボールクラシック)。予想通りというか予想以上に強い日本代表(侍ジャパン)。テレビや新聞、ネットではいろいろな話題が出ていますが、私が注目しているのはダグアウト(ベンチ)での侍ジャパンの首脳陣の立ち位置。

日本が攻撃のときは栗山監督のだいたい右横には肩にマイクを掛けている城石コーチ(内野守備・走塁兼作戦担当)が、左横には村田バッテリーコーチもしくは吉村打撃コーチが立っている(共にジャイアンツ出身)。一方で、守備の時は左に白井ヘッドコーチ(攻撃時は3塁コーチ)、右に吉井ピッチングコーチが立っている。

このコーチ陣、栗山監督ともちろん縁のある人ばかり。特に白井ヘッドコーチと城石コーチは日本ハムの監督時代の名参謀と打撃コーチという間柄。吉井ピッチングコーチ(千葉ロッテ監督)も日本ハムで3年間コーチを務めていた。ブルペンの厚澤コーチも日本ハム時代の投手およびベンチコーチだった。あと1塁コーチも務める清水コーチ(外野守備・走塁)は栗山監督と直接の接点はないが、長く日本代表のコーチを務めていて国際大会に詳しい。

このように栗山監督はこうしたコーチ陣とうまくコミュニケーションしながら、試合を指揮している。

日刊スポーツより


月曜日, 3月 06, 2023

長崎・小倉旅行(明太子の巻)

長崎・小倉旅行の話もおそらくこれが最後。その最後を飾るのにふさわしいのはやはりお土産のことではないでしょうか。(笑)

長崎のお土産といったら、何が思い浮かぶでしょうか。やはりカステラでしょう。しかし、私の知り合いに甘党はまったくいないので長崎ではお土産を買い求めしませんでした。では、小倉ではとなると、今は「焼生ショコラ」が人気のようなのですが、これもほしそうな人がいないので、結局のところ小倉競馬で勝った資金で北九州空港で明太子を購入しました。

東京で明太子というと『ふくや』『やまや』『福さ屋』『かねふく』あたりが有名で手に入り易いのですね。そんななかで、私は九州へ行くといつも昆布漬けされた『かば田』を買ってきます。今は小田急線・経堂に直営店ができたので、小田急線沿線の方には馴染みがあるかもしれませんが、それ以外の地域では『かば田』はまだまだ知名度の低い明太子だと思います。


『かば田』の明太子は、昆布漬けされているのでほんのり甘い香りが漂いますが、味は深みがあるというかコクがあり、酒飲みにはたまらない一品です。もし手に入れるチャンスがあればぜひお買い求めください。

なお「博多辛子明太子の名店ランキングTOP15を地元民がガチまとめ【保存版】」というサイトのランキングでは『かば田』は3位になっています。15店は下記の通り。

1位 『島本』
2位 『福さ屋』
3位 『かば田』
4位 『ふくや』
5位 『やまや』
6位 『福太郎』
7位 『稚加榮』
8位 『まるきた水産』
9位 『あき乃家』
10位 『かねふく』
11位 『ひろしょう』
12位 『やますえ』
13位 『平塚明太子』
14位 『博多うち川』
15位 『鳴海屋』


金曜日, 3月 03, 2023

長崎・小倉旅行(西九州新幹線の巻)

今回の旅の目的の一つに長崎から小倉まで、西九州新幹線(長崎新幹線)、リレー号、九州新幹線に乗ることだった。まず長崎から「かもめ号」に乗ったが、これはさすがに新しいこともあり、揺れもほとんどなく非常に快適。あっという間に武雄温泉に着いてしまった。次のリレー号はもちろん在来線を走るためにガタンゴトンガタンゴトンで、吉野ヶ里遺跡など佐賀平野の景色を見ながら駅弁を食べた。続いて新鳥栖から小倉までは九州・山陽新幹線の「さくら号」に乗るが、こちらは普通の新幹線という感じで、100%近い乗車率で正直味気がなかった。

さて、そんな新幹線に乗って思ったのが「佐賀人が歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉である。長崎を訪れていて驚いたのはこの「佐賀人が歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉を3回も聞いたことです。

関東にも「甲州商人の通ったあとはペンペン草も生えない」なんて言葉があります。これは山梨県人のケチやセコさを表現している言葉といわれていて、実際に金銭トラブルが多いのは統計的には山梨県人だそうです。しかし、佐賀はそんなに金銭トラブルはさほどない。

それではなぜ「佐賀人が歩いた後はペンペン草も生えない」という言葉が長崎で多く聞かれたかとういうと、どうやら佐賀(鍋島藩)は江戸時代から倹約を奨励していた藩で、それが長崎や諫早など鍋島藩に知行を治められたところでは「鍋島藩士が通った所にはペンペン草も生えない」という揶揄する言葉に変わったようだ。

ただ、西九州新幹線に乗ってみて、なぜ佐賀は頑なに(頑として)西九州新幹線を通ることを拒絶しているのか目の当たりにすると、佐賀県人はやはりケチであり「ペンペン草しか生えない」と言われても仕方がないなと思ってしまった。ちなみに西九州新幹線の武雄温泉駅と嬉野温泉駅、そして九州新幹線の新鳥栖駅は佐賀県にあります。



木曜日, 3月 02, 2023

長崎・小倉旅行(おこぜ「小笠原」の巻)

長崎グルメといえばなんといっても長崎ちゃんぽんだが、そんなちゃんぽんにも目もくれず、私が楽しみにしていたのはおこぜ🐡。おこぜは水深200メートルぐらいに住む魚で、成魚は約25センチの大きさになる。見た目は決して良くはなく、またせびれには毒がある。

おこぜは深海に住む魚ゆえ、おこぜだけを狙う漁というのはなく、定置網、底延縄などで漁獲されたものが、漁港に水上げされ、市場に出るようになる。生息地域は全国どこにでもいるが、特に日本海側でよく獲れ、青森、新潟、石川、長崎が漁獲量が多いという。ただ、時期はマチマチで長崎は2〜3月が一番獲れるが、青森は5〜7月にかけてのようだ。

そんなおこぜの世界で唯一の専門料理店というのが長崎思案橋横丁にある「小笠原」。聞くところによると親子3代55年の歴史(創業1968年)があり、大女将が小倉出身ということで「小笠原」(江戸時代の小倉藩城主は代々小笠原家で、小笠原藩とも言われた)という店名がついているそうだ。また、店内には九州各藩の家紋が彩られている。

見た目はグロテスクなおこぜだが、白身は脂肪がほとんどなく、刺身、から揚げorてんぷら、吸い物、ちり鍋なども美味しい。今回は下記のフルコースをいただく。

・おこぜの胃袋のからすみ和え
・皮の湯引き
・から揚げ
・姿造り
・あら炊き
・おこぜの味噌汁とご飯

とにかくなにもかも旨い。身は少し弾力があり、歯応えというか口のなかの触感がたまらない。また、あら炊きの黒い部分にはコラーゲンがいっぱい付いていてお肌にいいに違いない。

ちゃんぽんもいいですがおこぜもいい。長崎を訪れた際はぜひ訪れてみてください。



火曜日, 2月 28, 2023

長崎・小倉旅行(小倉競馬場の巻)

小倉競馬場は小倉駅よりモノレールに乗って10分の所にあり、交通の便は非常にいい。もちろん、駐車スペースも広くとってあります。さて、そんな競馬場ですが、東京競馬場や中山競馬場よりは一回り小さくコンパクトにできていて、観戦がとてもしやすい。特にパドックは1階は馬や騎手に手が届くのではないかと思うぐらいの至近距離。また3階席からも双眼鏡などなくしっかり馬体を見ることができます。パドック重視の私にとっては嬉しい競馬場だ。


さて、昨年の札幌競馬場で馬連の万馬券を的中させた私は、今回も捕らぬ狸の皮算用で万馬券を目指して指定席とパドックを毎回往復して競馬に集中しました。その結果は下記の通りです。

第1レース 馬連(1,800円)的中
第2〜3レース 外れ
第4レース 買わず
第5レース 3連単(19,940円)的中
第6レース 3連単(20,150円)的中
第7〜9レース 外れ
第10レース 馬連(700円)的中
第11レース 外れ
阪神第11レース(阪急杯) 外れ

初っ端の第1レースを見事馬連を的中。その勢いにのって2レース、3レースと馬連で勝負しましたが外れ。4レースは障害レースでお昼を取るために休憩。そのおかげで5レースは馬をじっくり観察することができたので3連単で勝負することに。そして見事に的中。続く6レースは固い3連単と万馬券狙いの馬連で勝負するが、固い3連単の方が的中。7レースから9レースまではハズレるが口惜しかったのが8レース。馬連で3番人気のコパノパサディナから流すものの、13番人気の馬を買わず、馬連202倍の高配当を逃してしまいました。(T-T) その後は安い10レースを当てただけで、8レースのショックと疲れから緊張感の糸が切れてしまいました。

ということで、馬連の万馬券は取れませんでしたが、安い3連単の万馬券を2回取って、最終の収支は約17,000円のプラスでしたので、"良し"にしたいと思います。

月曜日, 2月 27, 2023

長崎・小倉旅行(軍艦島の巻)

昨夜遅く3泊4日の長崎・小倉旅行より無事帰宅。今回の旅は昨年行われた「ANAスーパーバリューセール」で片道7,000円の安い航空券で旅をするという下世話な志から始まりました。
で、選んだ目的地の長崎は訪れたことがなかった(佐世保はある)ことと、行きつけの飲み屋の大将とビールをある病院の主治医が長崎出身ということで、その恩を売る、もとい律儀を示すために選びました。というのは名目で、本当の目的は軍艦島上陸と日本で1軒しかない「おこぜのフルコース」を出す思案橋横丁のお店(なんとここの女将は小倉出身。なので「小笠原」という店名)を訪れることでした。 そして、小倉はいうまでもなく小倉競馬場を訪れることで、そこまでへ行く西九州新幹線、リレー号、九州新幹線を乗り継ぐというのも楽しみの一つでした。
天候は訪れた日の夜遅くと翌日の朝方までは小雨でしたが、午前9時出航の軍艦島ツアーは無事に決行。小雨が少し残っていたので、海は荒れているのかなあと思いましたが、長崎湾を出た外海も凪状態で、約45分後に無事に軍艦島に上陸できました。

 


軍艦島は本当の名前を端島(はしま)といい、これは江戸時代に長崎を治めていた鍋島藩の一番端っこにあった島から、その名がついたそうです。そして、明治から昭和にかけて三菱石炭鉱業が石炭の発掘坑のために人工島として拡大。1960年代には5200人余が小さな島に住み、幼稚園から中学校まである日本一の人口密度の高い場所でした。ちなみに、軍艦島の名の由来はその形状が戦艦土佐に似ているからと言われています。



そんな島も炭鉱の閉山と共に1974年に無人島になり、50年近く海風や台風などの影響により侵食され完全に廃墟と化しました。そんな軍艦島も2009年に一般人の上陸が可能となり、今では長崎観光の目玉になりました。現在、5社が軍艦島上陸ツアーを刊行して、最大で毎日2000人近い人が訪れているようです。

軍艦島は2015年に世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」の一部として正式登録されましたが、波止場近くの一部を修復するにとどめ、あとは自然のなすままにされ、今も侵食・廃墟化が進んでいます。長崎を訪れた際は是非とも訪れてみてください。