火曜日, 2月 13, 2024

静岡の旅③ 清水の次郎長

清水の次郎長といえば、戦後の映画やドラマの花形であった。その原作は村上元三の連作時代小説「次郎長三国志」。だが、明治時代には初代玉川勝太郎が次郎長ものを演じていて、それを講釈師松廼家京伝(伊東潮魚)が脚色して三代目神田伯山の講談「名も高き富士の山本」が出来上がり、明治末期から大正にかけて「次郎長伯山」と人気を博した。それが昭和に入ると、二代目広沢虎造の浪曲「清水次郎長伝」を作り上げた。つまり、村上元三の小説はこうした講談、浪曲などを脚色して書かれた半ノンフィクション小説と言える。

しかしながら、その清水の次郎長を題材にした映画やドラマは昨今ではほとんど制作されなくなってしまった。連続ものドラマでは2006年6月から8月にかけて山本一力の「背負い富士」を原作としたNHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」(主演:中村雅俊)、単発スペシャルものでは2010年1月のテレビ東京「ジロチョー~清水の次郎長維新伝~」(主演:中村雅俊)を最後に制作されていない。つまり、もう14年以上も中村雅俊に代わる新しい次郎長を目にしていないのである。残念だ。

さて、今回訪れた次郎長の生家(登録有形文化財)。清水のその名も次郎長通り商店街にある。建物は江戸末期の建築といわれ、次郎長が1820年(文政3年)生まれなので、おそらく200年以上は経っている。間口は2間半と狭まいが、鰻の寝床ではないが奥行きが5間半の平屋と、中庭を挟んで奥行四間二尺の二階建てが繋がっている。江戸時代の典型的な町屋建築といわれている。

清水の次郎長こと山本長五郎はこの生家である商家の高木三右衛門の次男として生まれるが、母親の弟で近くに住んでいた米屋・甲田屋を営んでいた山本次郎八の養子に出された。そのことによって次郎八のところの長五郎ということで「次郎長」と呼ばれるようになった。

なお、この生家の近くには次郎長、お蝶、大政、小政の墓がある梅蔭禅寺、次郎長が経営していた船宿「末廣」(改装中で見学できず)、次郎長が手厚く埋葬した咸臨丸乗組員の墓がある。今回の旅で時間的制約でこれらを訪れることはできなかったが、清水は意外にバスの便がいいことが分かったので、近いうちに訪れてみたいと思う。

日曜日, 2月 11, 2024

静岡の旅② 長〜い長〜い蓬莱橋

映画やドラマの時代劇などのロケ地として有名な島田市にある蓬莱橋。大井川にかかるその橋の長さは897.4m(通行幅2.4m)で、1997年には「世界一長い木造歩道橋」としてギネスブックに認定された。

蓬莱橋は明治に入って徳川慶喜の幕臣たちが大井川右岸の牧之原台地を開墾するにあたって、大井川を船による渡航だけでは限界があるということで、1879年(明治12年)1月13日に橋を完成させた。当初はもちろん橋脚部分も木製であったが、1965年(昭和40年)に橋脚部分だけはコンクリート製にしている。

さて、その蓬莱橋を渡るには片道だいたい15〜20分かかる。ただし、私が行った日は上流から下流に向かう風が強く途中何度か立ちどまざるをえなかったことと、初めて渡るということで足元を見ながら注意深く歩いたためにに20分近く時間を要してしまった。しかし、帰りは風が少し弱まったせいか、それとも足元に慣れたためか15分で戻ってきました。ちなみ渡橋料は100円。

土曜日, 2月 10, 2024

静岡の旅① 現存四御殿のある掛川城

リニアモーターカーのことで静岡県知事は大井川の水流が変わるとかいろいろ言って、静岡県を素通りされるのを怒っているが、首都圏の我々にとっては伊豆を除く静岡県は通り過ぎるところ。m(_ _)m それゆえに、これまで静岡県(主に駿河)を旅したことはなかった。ということで、今回は反省の意を込めて静岡を旅してきました。

掛川城は戦国時代山内一豊の居城。この辺のことは司馬遼太郎の「功名が辻」に書かれていると思いますが、私は未読。一豊時代に整備築城された天守閣は1854年の安政の大地震(安政東海地震)で崩落。現在の天守閣は1994年(平成6年)に再建されたもので日本初の木造復元天守。一方、政務所でもあった二ノ丸御殿は1861年(文久元年)に再建され、現在は重要文化財に指定されている。

お城好きの間では掛川城は日本初の木造復元天守として広く知られているが、ここは天守もいいが御殿がそれ以上に素晴らしい。お城好きでもあまり知られていないのが、御殿が残るお城は全国に4つしかない(現存四御殿)ということ。そのなかでも天守と御殿があるのは高知城と掛川城のみ。二条城と川越城には御殿は残るものの天守はない。その意味において掛川城は高知城のように現存12天守ではないが、貴重価値のあるお城。

お城は駅から徒歩10分と近いので、お城好きの人は途中下車して是非とも訪れてみてください。

チャリ亭@赤坂会館

一昨日(8日)は赤坂会館で開かれた能登応援落語会「チャリ亭」へ。チャリ亭は春風亭柳枝が発起人となり、柳亭小燕枝、柳亭小痴楽らが番頭を務め、らくごカフェ、赤坂会館、ばばん場が場所を提供するチャリティ落語会。昨日の出演者と演目は下記の通り。

春風亭一蔵 「鷺とり」
柳亭こみち 「時そば」
オークション
〜仲入り〜
ロケット団 漫才
入船亭扇遊 「干物箱」

開演前に二ツ目の柳家小はだが淹れたコハダコーヒーをいただく。コクがあり、めちゃくちゃに美味かった。会場の壁にはさりげなく(?)オフィスエムズの加藤さんが貼った1966年(昭和41年)正月の大須演芸場のポスターがあり、そこには超懐かしい名が並んでいる。

春風亭一蔵の「鷺とり」は誰も鷺とは思えない仕草に観客一同大苦笑い。柳亭こみちの「時そば」はお姐さんバージョンで威勢と気っ風がいい。ロケット団は昭和から平成の出来事を毒舌で回顧。入船亭扇遊は超ノリノリで「干物箱」を演じる。

最後は扇遊師匠の音頭で三本締め。多くの若手(二ツ目など)が手伝いに来ていたことが印象的。発起人の春風亭柳枝らの願いとチャリティ精神が彼らに確実に継承されていく。いい会だった。