水曜日, 7月 18, 2018

子供の頃の気温と今年の気温

子供の頃(小学校高学年)夏休みになると私は毎日のように学校のプールに泳ぎに行っていた。そのおかげで夏の時期の記憶はしっかり甦る。

小学校4年生だった1964年、この年の梅雨明けは7月22日でほぼ平年並みだったが、翌23日に最高気温が33.7度を記録してからは連日32〜33度が続いた。そして、8月の中旬には34〜35度の日が続き大変な猛暑だった。また、この年は梅雨の降雨量が極端に少なく「東京砂漠」といわれる水不足の年でもあった。それゆえに、プールの取水制限が行われ、8月の終わりころは全く泳げなかった。そして、この年は10月に東京オリンピックを控えたこともあり、時の建設大臣河野一郎が利根川から緊急に水を引いたり、東京のあちこちで井戸を掘ることになってしまったことをよく憶えている。ちなみにこの年の8月の平均気温は27.8度あり、月平均の最高気温も32.2度もあった。

小学校5年生の1965年は平年並みの夏だった。梅雨明けは7月27日と遅く、翌々日の29日にようやく30度超えして13日までは暑い日々が続いたが、それ以降は30度を超える日は少なかった。この年は前年のような水不足もなく、私はこの年に2種の泳法で100m以上泳げるようになり1級の認定をもらった。ちなみにこの年の8月の平均気温が26.7度で、月平均の最高気温も30.8度と過ごしやすい夏だった。

1966年は最終学年。この年の梅雨明けは7月19日だったが、この年はちょっと冷夏だった。プールがとても冷たかったことを覚えている。中学受験をする連中はプールに来なくなり、また1級のクラスで泳ぐようになったため、かなりスピードを出して泳ぐようになった。それでも、クラスで一番の森敬子にはとても敵わなかった。その彼女も今では鬼籍の人になってしまった。もう一度、彼女と泳いでみたかった。この年の8月の平均気温は26.9度で、月平均の最高気温30.4度だった。

このように子供の頃(小学校高学年)は1964年を除いては、最高気温は33度ぐらいが普通であり、現在のような暑さを感じることはほどんどなかった。もちろん、家にはエアコンなどなく扇風機だけで十二分に過ごすことができた。

最後にちょっときになるデータを1つ。この10年間で月平均の最高気温値を出したのは、記憶に新しい猛暑だった2010年8月で、その数値は33.5度(過去最高は1995年8月の33.7度)である。しかしながら、今年の7月はまだ16日までのデータにもかかわらず32.1度もある。もしこのまま最高気温が35度前後の日々が続くと8年前の記録を破ってしまう・・・。加えて言うならば、東京の観測地点は2014年11月に大手町の気象庁から北の丸公園に代わり、最低気温は1度以上、最高気温は0.5度以上低くなったと言われている。つまり、もしこの7月の最高気温値が33度を超えたならば、実質2010年8月のあの猛暑を超えた暑さということにもなってしまう・・・。

月曜日, 7月 16, 2018

長崎大水害を知っていますか

この7月5日(木曜)夕方、西日本で豪雨災害が起き始めている時、私は広尾のレストランで相方と食事をしていた。そのとき私が勝手に話題にしたのが長崎大水害。というのも、その日の午後2時に気象庁は臨時の記者会見を行い、梅雨前線がしばらく停滞するため、西日本と東日本では大雨が降る状態が8日ごろまで続き、記録的な大雨になるおそれがあると警告していたからである。

長崎大水害は1982年(昭和57年)7月23日から24日にかけて長崎県長崎市を中心とした集中豪雨で、その死者・行方不明者は300名近くになった大災害である。私は当時某出版社に勤めていて、その酷い状況をテレビおよびラジオで注視していたので鮮明な記憶がある。ただ、相方は私より一回り近く歳が離れていることもあり、当時高校生で夏休みだったらしく長崎大水害のことをよく覚えていない、と言った。

最近の水害というと4年前の広島市を中心とした土砂災害が記憶に新しいが、私はなぜか今回の水害が長崎大水害のようになるのではという嫌な予感がしていた。しかし、同じ時間帯に安倍晋三をはじめとした50人近い自民党議員たちは「赤坂自民亭」と称して議員会館で長崎大水害のことを思い出すこともなく宴会にあけくれていた。

私は言いたい。「赤坂自民亭」でハシャいでいた自民党議員よ、長崎大水害のことを思い起こすことはなかったのか。広島土砂災害のことを思い出すことをなかったのか。一般市民である私ですら危惧しているのに、それを思い返すことができない政治家など無用の産物である。

自民党・公明党政治に早く終止符を打たなければ日本は滅びてしまう。
https://www.youtube.com/watch?v=Vl2azVToRnc

木曜日, 7月 12, 2018

柳亭市弥 & 春風亭朝之助@第28回チェロキー寄席

昨日(11日)は学芸大学「Cherokee LIVE TAVERN」で柳亭市弥と春風亭朝之助出演の「チェロキー寄席」を聞いてきた。

先々月聞いた春風亭正太郎と柳家ほたるは絵を得意とする落語家ということで「画伯の会」もしくは「絵師の会」と勝手に名をつけたが、今回は共に1984年生まれということで「84年生まれの会」もしくは「子年の会」または「ネズミの会」である。w

さて、演目は下記の通り。

柳亭市弥   『唐茄子屋』
春風亭朝之助 『蛙茶番』
 〜 仲入り 〜
春風亭朝之助 『幇間腹』
柳亭市弥   『禁酒番屋』

『唐茄子屋』は与太郎が掛け値なし、つまり原価でカボチャ(=唐茄子)を歩いてしまうという小話風な落語。柳亭市弥は7月上旬は柳亭左龍師匠らと共に東北を巡業してきたという。そこで毎日地元の人たちとの打ち上げで飲み食いして体重が3キロも増えてしまったとか。そのせいかどうかわからないが、話し方に以前より余裕がある。与太郎が生き生きして気持ちよかった。

『蛙茶番』は素人芝居の巨大なガマガエル役を急な代役で頼まれた定吉と舞台番の半次が繰り広げるドタバタ劇。春風亭朝之助は師匠の春風亭一朝譲りの江戸弁で話を進めていくが、若干空回りの感がある。江戸弁は威勢がいいだけではないと思う。

『幇間腹』は道楽な若旦那が幇間の一八に針を打つという話。今度は春風亭朝之助の威勢のいい江戸弁は快活に聞こえてくる。不思議である。また一八の喜怒哀楽や裏表の顔の使い分け方など素晴らしい。

『禁酒番屋』は酒の番人がいるところをどう通り抜けるかという話で、そのために、酒屋がカステラ屋なったり、油屋、そして最後に小便屋までになるという滑稽噺。イケメンで女性にも人気がある柳亭市弥だが、この噺のような下世話な噺が意外というかかなり合う。この噺、師匠の柳亭市馬でも聞いたことがあるし、柳家喬太郎でも聞いたことがある。柳家の得意どころなのだろうが、市弥も是非とも十八番にしてもらいたい。

木曜日, 5月 10, 2018

柳家ほたる & 春風亭正太郎@第26回チェロキー寄席

昨日(9日)は学芸大学「Cherokee LIVE TAVERN」で柳家ほたると春風亭正太郎出演の「チェロキー寄席」を聞いてきた。

落語家というのは多彩な趣味(もしくは芸)を持つ人がいる。なかでも音楽や踊りを得意とする人は多い。また今回出演の2人のように絵を得意とする人もいる。柳家ほたるは猫の絵を、そして春風亭正太郎は似顔絵を得意とする。その意味において今回の二人会は「画伯の会」もしくは「絵師の会」でもある。w さて、演目は下記の通り。

柳家ほたる  『たらちね』
春風亭正太郎 『たがや』
 〜 仲入り 〜
春風亭正太郎 『看板のピン』
柳家ほたる  『幾代餅』

1席目。マクラは師匠(柳家権太楼)と一緒に行った熊本での出囃子の曲を間違えるという気のきいた(?)おばちゃんの話。「たらちね」は長屋の八五郎と言葉使いが馬鹿丁寧なお清との珍問答を繰り返すという噺だが、柳家ほたるはこれをほとんど淀みもなく語る。ただ、八五郎に比べてお清のインパクトが薄い。もっともっと大袈裟に表現してもいいのかもしれない。

2席目。両国の川開きの日(5月28日)に両国橋の上で、たがや(桶や樽などを竹で絞めるロープのようなものを売る商売)と侍の一行の経緯を描く話。基本的に町人が武士を揶揄する話。春風亭正太郎は情景描写が上手い。川開きでごった返す両国橋の情景というか状況を上手く語る。ただ、逆にたがやが侍を討ち果たす描写が少し生々しく滑稽さがない。これではオチに面白みがでない。難しい落語である。

3席目。「看板のピン」は博打の話である。オチが聞いている人にも想像がつくという話なので、いかに独自の話術で話を進めていくかという落語である。春風亭正太郎は軽妙かつスマートに話を展開していく。ただ、壺振りのシーンをもっと誇張した方がオチに面白みが出るような・・・。

4席目。「幾代餅」は個人的には大好きな演目。つき米屋(精米店)の奉公人清蔵が吉原の花魁・幾代太夫を娶るという、ある意味夢物語のような廓噺。清蔵の実直ぶりと花魁の艶かさの対比をいかに描くかで話の良し悪しが決まる。柳家ほたるはその風貌からして、清蔵の実直ぶりは無難にこなすが、幾代太夫の吉原にいる悲哀というか憂愁が今ひとつ。これを克服すれば、十八番にできるのではないだろうか。

それにしても、今回の会は長かった。仲入りまでに1時間10分あった。普通の落語会なら普通だが、チェロキーだと長く感じてしまう。というのも、木の椅子に長時間直接座るとお尻が痛くなる。せめて座布団もしくは小さなクッションが欲しい。

さて、次回(6月13日)のチェロキー寄席は入船亭小辰と入舟辰之助の「扇辰弟子の会」。東急東横線沿線でお時間のある方は是非とも足を運んでみてください。

金曜日, 5月 04, 2018

イチロー実質的引退

イチローが実質的にMLBを引退した。マリナーズはイチローと生涯契約を結ぶと言っているが、イチローの今シーズンの出場は今後なし。これは現監督がイチローに対して戦力外通告をしたものの、マリナーズは大功労者であるイチローに対する敬意と同時に、来年日本で開かれるMLB開幕戦(アスレチックス vs マリナーズ)のことを配慮したと思われる。つまり、来年の監督次第だがイチローは来年の日本での開幕戦および本拠地シアトルでの開幕戦を最後に登録メンバーを離れるだろう。つまりこれが完全な引退になる。

昨今のイチローの打席を見ていると、そのほとんどが振り遅れの内野ゴロばかりである。これは間違いなく動体視力の低下によるものである。こうなると、残念なことだが昨今のゴロよりフライを好むメジャーの監督としてもこういった選手を使いたいと思わなくなる。ということで、球団は現監督およびイチローのことを思い、今回のような処遇(=措置)になったのだろうと思う。

いずれにしろ、いつかこういうときがイチローにもやってくるとは思っていた。イチローは20代の頃好きだったTVゲームも封印して、動体視力の低下をしないように心がけていた。他にも野菜をほとんど食べないという偏食も改善していたと聞く。しかしながら、改善できないのは寄る年波である。なんと言っても44歳である。イチローと比較するのはおこがましいが、私は30代後半にバックパックで旅する力の限界を感じた。おそらく多くの人が似たような体力の限界を感じたことがあると思う。

イチローは2001年から18年MLBに在籍している。その間に新人王、MVP、首位打者、ゴールドグラブなど数多くの賞を受賞して、通算安打も3000本を越えている。しかし、そんな彼が得ていないものがある。ワールドシリーズ・チャンピンリングである。松井秀喜、田口壮、松坂大輔らが得ているリングを彼は持っていない。ただ、イチローが生涯契約を続けるならば、いつかマリナーズが優勝すればそのリングを手にすることができるかもしれない。しかし、その生涯契約がいつまで続くかは神のみぞ知るである。

火曜日, 5月 01, 2018

毎日新聞落語会「渋谷に福来たる 桃月庵白酒芸術選奨新人賞受賞記念的な」

昨日(4月30日)は渋谷区文化総合センター大和田で開かれた毎日新聞落語会「渋谷に福来たる 桃月庵白酒芸術選奨新人賞受賞記念的な」を聞いてきた。本題に入る前に芸術選奨新人賞について軽く説明を。

芸術選奨新人賞(大衆芸能部門)はそう簡単に受賞できる賞ではない。2000年以降に演芸関係で受賞した人は下記の通り。

2001年 桂吉朝 『七段目』『百年目』など
2002年 笑福亭鶴笑 パペット落語『不思議の星のアリス』など
2003年 桂文我 『蛸芝居』『盆唄』など
2005年 柳家喬太郎 人情噺『錦の舞衣』など
2008年 林家たい平 『林家たい平独演会』など
2013年 古今亭菊之丞 『第七回 古今亭菊之丞独演会』など
2015年 桂吉弥 『噺家生活20周年記念 桂吉弥独演会』など
2016年 柳家三三 『定例三三独演』など
2017年 土屋伸之、塙宣之 『ナイツ独演会』など
2018年 桃月庵白酒 『桃月庵白酒25周年記念落語会的な』など

これをみればわかるように今世紀に入って東京の演芸関係者で受賞しているのは柳家喬太郎、林家たい平、古今亭菊之丞、柳家三三、ナイツ、桃月庵白酒のたった6人(組)だけなのである。一方、新人賞でなく2000年以降に芸術選奨大臣賞を受賞しているのは古今亭志ん朝、柳家小三治、桂歌丸、立川志の輔、柳家権太楼、柳家さん喬、五街道雲助、春風亭小朝、入船亭扇遊と錚々たるメンバーである。

こうみると、桃月庵白酒の受賞は喜ばしいことではあるが、かなりのプレッシャーになるやもしれない。(笑)

ということで、オープニングトークではそういうプレシャーのかかる話かと思ったら、三遊亭白鳥がいきなり「おれ、去年の芸術祭に参加したんだよ。ある人に絶対獲れるからとそそのかされたら落選よ」と。これには一同「そんなのに参加していたの」「いったい誰にのそそのかされたの」で大盛り上がり。ということで、オープニングトークは予定より10分超過して高座へ。で、演目は下記の通り。

桃月庵白酒 『宗論』
三遊亭白鳥 『黄昏のライバル〜白酒編〜』
 〜 仲入り 〜
林家彦いち 『掛け声指南』
桃月庵白酒 『寝床』

1席目は本来は参加予定のはずだった(?)という春風亭一之輔に代わって桃月庵白酒が白鳥師匠曰くやっつけ仕事の『宗論』を。これは大正時代に実業家にして劇作家だった益田太郎冠者が書いた宗教を茶化した噺。本来は15分ぐらいある噺だと思うが、白酒はやっつけ仕事よろしく10分程度で終了。やっつけ仕事ながらも場内は爆笑。とにかく彼は客の反応を掴むのが上手い。

2席目は三遊亭白鳥の桃月庵白酒の20年後を予言する未来話。三遊亭白鳥は三遊亭圓丈門下ということもあり、新作落語の旗手。今回の落語も自作のオリジナルを桃月庵白酒に置き換えて、最後には駕籠かきと雲助(白酒の師匠)をかけたオチも披露。あまりの素晴らしいオチに唖然。拍手もできずごめんなさい。w

3席目は林家彦いちの有名な新作落語。ボクシングのセコンドとして働くタイ人のムァンチャイが言葉の壁を乗り越えるのため、新宿の街頭で日本語を勉強して、再びセコンドに戻るという話。とにかくその言葉遊びが荒唐無稽。彦いちは林家木久扇門下ということもあり、師匠譲りのイヤミのなさがいい。白鳥師匠には悪いが、次の芸術選新人賞は彼かもしれない。w

トリは芸術選奨新人賞受賞の桃月庵白酒。これまでに数多くの「寝床」を聞いてきたが、白酒の「寝床」はケレン味がなく、これまで聞いてきた「寝床」では最高の出来。義太夫好きの商家の旦那であり長屋の大家でもある男と番頭である繁蔵のやりとりがとにかく巧妙。さすが新人賞受賞である。次はぜひとも20年後に師匠ももらっている芸術選奨大臣賞を受賞してもらいたい。w

木曜日, 4月 26, 2018

お守りは2ドル札

2ドル札をご存知だろうか。


ドル紙幣で馴染み深いのは一に1ドルまたは20ドル。続いて5ドル、10ドルとなる。他に50ドル、100ドルと高額紙幣があるが、2ドル札はめったにお目にかかれない。

2ドル札が発行されたのは1976年の建国200年祭の年だったそうである。その年に私はアメリカにいたので、何度かお目にかかっていたが、これはいずれ珍しくなるのではないかと思い、それ以来1枚だけ(写真)常に隠し持っている。


2ドル札の表は第3代大統領のトーマス・ジェファーソン。そして裏は独立宣言署名の図である。ちなみに、ドル紙幣の裏は1ドルと2ドル以外はすべて建物ばかりで味気ない。

さて、この2ドル札。以前は使いがってが悪いとか自販機に使えないとか、日本の2000円札に近い不評だったが、最近ではレアなこともあり人気があるそうだ。私が手に入れたのは1976年だから、すでに42年もたっている。そう思うとこれは幸運のお札であり、お守りにもなっている。


月曜日, 4月 16, 2018

毎日新聞落語会「渋谷に福来たるSPECIAL 渋福 春成金」

先週の金曜(13日)は渋谷区文化総合センター大和田で開かれた毎日新聞落語会「渋谷に福来たるSPECIAL2018  渋福  春成金」を聞いてきた。成金とは落語芸術協会所属の二ツ目落語家と講談師11人で作るユニット。今回はそのなかでも人気者4人が出演ということでチケットは完売。出演者と演目は下記の通り。

春風亭昇々 『待ちわびて』
柳亭小痴楽 『あくび指南』
 〜 仲入り 〜
神田松之丞 『西行鼓ヶ滝』
桂宮治   『粗忽の釘』

春風亭昇々は2007年4月に春風亭昇太に入門。2011年4月に二ツ目に昇進。2016年第二回渋谷らくご大賞受賞。『待ちわびて』は落語界の高齢化を皮肉る共に現代の高齢化現象を風刺する新作落語。若者を意識して作られているだけであって、私を含めて50歳以上の高齢者(笑)にはげーム用語などが出てきて少々わかりずらい。また、落ち着きのない振る舞い立ち回りも少々気になる。これは師匠譲りだから仕方がないのかも。

柳亭小痴楽は5代目柳亭痴楽の次男。2005年16歳の時に11代目桂文治に前座修行に預けられ、桂ち太郎として初高座。2009年二ツ目昇進を期に3代目小痴楽を襲名。同時に父の弟弟子・柳亭楽輔の門下になる。柳亭小痴楽を聞くのは初めてだが、まだまだ若い。深みというか厚みがない。またオープニングトークで他の3人から「同じ日に同じ町で掛け持ちしては駄目」とイジられたように、どことなく手抜き感が否めなかった。これでは枕にでてきたが親父さんの着物を着るにはまだ時間がかかりそうである。

神田松之丞は2007年11月、3代目神田松鯉に入門。2012年に二ツ目昇進。2017年花形演芸大賞銀賞受賞。「西行鼓ヶ滝」は摂津にある鼓ヶ滝に行った西行が「伝え聞く 鼓ヶ滝に 来て見れば 沢辺に咲きし たんぽぽの花」と歌を詠むものの、夢のなかで近くに住む老夫婦と娘の3人に直されるという話。松之丞はとにかく声がいい。また声質の使い分けも上手い。彼のおかげで講談が人気になっているのも頷ける。

桂宮治は2008年に桂伸治に入門。2012年に二ツ目昇進。2012年10月NHK新人演芸大賞大賞受賞。まだ10年のキャリアだが、その風貌と風格は真打ち並。そして、その話し方は人を魅了させるパワーは素晴らしい。とにかく全力投球で自分の芸をまったく惜しみなく曝け出していく。それはある意味清々しい。

ということで、初めて「成金」の落語会を聞いてきたが、客席の半分は女性。それも30代から50代のいわゆる追っかけ的な人も多かった。この追っかけ的な人も1人では来るのでなく、友人知人と連れ添ってきている。「成金」は確実に落語人気の底辺を広げている。

木曜日, 3月 15, 2018

桂伸三 & 春風亭朝之助@第24回チェロキー寄席

昨日(14日)は学芸大学「Cherokee LIVE TAVERN」で桂伸三と春風亭朝之助出演の「チェロキー寄席」を聞いてきた。演目は下記の通り。

春風亭朝之助 『牛ほめ』
桂伸三    『蒟蒻問答』
 〜 仲入り 〜
桂伸三    『続・寿限無』
春風亭朝之助 『黄金餅』

チェロキー寄席の発起人は入船亭扇辰師匠だが、今回出演の二人は師匠の大学の後輩。師匠を含めて3人とも落研出身。その落研の教えには「プロにはならない」「落研内恋愛は禁止」というのがあるそうだが、春風亭朝之助はどちらも破ったとのこと。もちろん真偽のほどは落語家なので分からない。w

1席目は「牛ほめ」。与太郎噺でもっとも有名なお話。与太郎が伯父の佐兵衛の新築の家を褒めに行くが、そこで珍問答が繰り広げられる。春風亭朝之助にとっておそらく演じ慣れた演目なのだろう、淀みもなく得意の江戸弁も快活で聞いていて気持ちいい。

2席目は「蒟蒻問答」。ニセ坊主が住職の寺に諸国行脚中の永平寺の禅僧がやってきて、これまたニセ大僧侶に扮した蒟蒻屋の六兵衛との間で無言問答を行うというお話。桂伸三はこれまでチェロキー寄席で2回聞いているが、本当に上手くなっている。二ツ目にして正統派落語家としての品格というか厚みを身につけている。こんなに上手くなっているのだから、もっと注目されるべきだよなあ、と仲入りの時に彼の名前をネット検索したら、なんと3日前の11日に行われた第17回さがみはら若手落語家選手権で優勝しているではないか。そんなことをマクラでは何も言わないとは。言っていればご祝儀でもあげたのに。w

3席目は「続・寿限無」。話は寿限無が外国人(スペイン)の女性と結婚して子供を設けるという話だが、この相手の女性の名前も、子供につけようとする名前も寿限無同様に長い長い名前。それゆえに桂伸三は「蒟蒻問答」とはうって変わって、品格のカケラもなくただただ早口に喋りまくる。落語会ならではのこのギャップがいい。抱腹絶倒とはまではいかないが、本題である「寿限無」より面白い。この噺は伸三の創作のようである。お見事。

4席目は「黄金餅」。かなり難しい落語である。死体の胃の中に入っている2分金や1分金を取り出すために焼場で、腹だけは生焼けにしてくれと言い、見事に金をせしめるという話。ある意味悲惨でもあり、ある意味滑稽でもある。それゆえに、どちらにウエイトを置いて話せばいいのかで味わいが変わるような気がする。その意味において春風亭朝之助はどっちつかずで迷いがある。しかし、これから何度も噺をするうちに解決はするだろう。今後の健闘を祈る。それにしても、下谷山崎町の長屋を出て、麻布のお寺まで辿り着く道順の口上は鮮やかであった。

さて、次回(4月11日)のチェロキー寄席は入船亭小辰と入舟辰之助の「扇辰弟子の会」(豪華ゲストあり)。お時間のある方は是非とも足を運んでみてください。

水曜日, 2月 14, 2018

如月の三枚看板 喬太郎 + 文蔵 + 扇辰

昨日(13日)は銀座ブロッサムで開かれた落語会“9年目だヨ”「如月の三枚看板 喬太郎 + 文蔵 + 扇辰」を聞いてきた。チケットは完売。出演者と演目は下記の通り。

橘家かな文 『やかん』
入船亭扇辰 『紫檀楼古木』(したんろうふるき)
橘家文蔵  『化け物使い』
 〜 仲入り 〜
柳家喬太郎 『ぺたりこん』

開口一番の橘家かな文は橘家文蔵の弟子。昨年のこの会の開口一番も彼だった。噺の初めは彼の少し甲高い声がマイクに合わず耳にキンキンきたが、途中から音響さんが気づいたのかマイクのトーンを下げてとても聞きやすくなると共に、『やかん』の講談調部分からはテンポも良く、観客から大きな拍手をもらっていた。続いて登場した○○師匠も、どうしてあの師匠からどうしてこんな上手い前座さんが生まれるんだろうか、と感心しきりであった。同感。

出囃子がなぜか「Happy Birthday to You」。さて誰の誕生日だろうか、と登場したのは入船亭扇辰。実は私と扇辰師匠は最寄駅が一緒で、この日も東銀座まで同じ電車の車両で御一緒だった。で、扇辰は登場するなり舞台袖のお囃子・恩田えり社中に怒りの一喝(笑)をしてから本題に。『紫檀楼古木』はキセルの間にあるラオと呼ばれる竹を交換するラオ屋と御新造さんが狂歌を交わすというとても風情のある落語である。そのなかでラオ屋と御新造さんの間を行き来する女中のきよをうまく際立てさせて扇辰は噺を進めていく。「ラオ屋あぁ〜〜、キセル」という売り声の名調子と共に江戸の粋を十二分に味わせてもらえる一席だった。お見事。

続いては三代目橘家文蔵。まずは平昌オリンピックをマクラに。金がかかっていないオリピックは面白くない、と。私はどうして?と思ったら、師匠の金がかかっていないは賭け事の方であり思わず納得。(苦笑)そして、座布団に寝てのリュージュ姿には場内大爆笑。本題の『化け物使い』は人使いの粗いご隠居が人間ばかりでなく化け物までが音を上げてしまうという有名な噺。私はこの噺をこれまでに何人もの噺家で聞いてきたが、コワモテの師匠が化け物を心優しく演じるのに吹き出さざるをえなかった。文蔵師匠、三代目を襲名してそろそろ1年半になるが、風格も出てきて列記しとした橘家文蔵になっていた。よっ、男前!

仲入りを挟んでトリは柳家喬太郎。登場するやいなや観客に向かって「なんでみんなそんな服装なの、銀座でしょ、アルマーニを着なきゃ」と。これにはお客も唖然の大受け。そしては本題はサラリーマンの悲哀を描いた三遊亭圓丈作の『ぺたりこん』。机の上についた左手が離れなくなって、社員から備品扱いになってしまうというカフカか筒井康隆を思い浮かべてしまうシュールなお話。喬太郎師匠は古典も新作もオールマイティーな落語家であるが、初めて聞く不条理話も上手い。この人は本当にウルトラな噺家だ。

来年は節目の10回目。大いに楽しみである。