水曜日, 12月 30, 2009

2009年株を上げた人、下げた人(後編)

昨日に続いて後編。今回は株を上げた人。

1位 松井秀喜(メジャーリーガー)
2位 イチロー(メジャーリーガー)
3位 加藤清史郎(子役)
4位 石川遼〔プロゴルファー)
5位 野村克也(元野球監督)
6位 香川照之(俳優)
7位 前原誠司(国土交通大臣)
8位 辻井伸行(ピアニスト)
9位 ウサイン・ボルト(陸上選手)
10位 白鵬(力士)

第1位をどちらにするか迷った。イチローはWBCで最後の最後に適時打を打ち、優勝に貢献した。しかし、それまでは絶不調でそれがマイナスだ。松井秀喜はケガで欠場したり前半戦はスランプに陥ったりもしたが、リーグ優勝にも少なからず貢献した。そして、あのワールド・シリーズでの活躍はまさにMVP。イチローがマリナーズでいくら安打を重ねても優勝できなければ、野球選手としてはマスターベーションにすぎない。松井はエンジェルスへ移籍したが、今度はその怨念をしっかりヤンキース戦にぶつけてもらいたい。

第3位は今や出過ぎの子役くん。大河ドラマ『天地人』は面白くなかったが、彼のおかげでなんとか1年もった。それにしても、トヨタに続いて数多くのCMに出演とは劇団ひまわりも商売上手だ。第4位はゴルフの史上最年少記録を塗り替え、そして賞金王までになった石川遼。18歳の彼を止められる大人のゴルファーはいないのだろうか。第5位はあまり好きではないが野村克也。野球監督なら4冠に輝いた原辰徳だろうという人も多いと思うが、あの戦力で優勝しない方がおかしいので、原辰徳より最後まで球団と抵抗しつつリーグを盛り上げた野村克也の方が株をあげたと思う。

第6位の香川照之は狂気を感ずる役者に成長しているような気がする。映画・ドラマと重要な役柄を見事に演じている。第7位は大臣としてはh非常にフットワークのいい前原誠司。八ッ場ダムといい、羽田空港ハブ化といい、これまでの自民党政権では見えなかった部分を鮮明に浮かびあがらさせてくれている。第8位は日本人で初めてヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝した辻井伸行。ただ、懸念されるのは3年間にもおよぶ契約ツアーでつぶされないようにしてもらいたい。

第9位は驚異の世界最速を記録したウサイン・ボルト。100メートルの世界記録は現在の人間の身体能力では9秒1まで可能と言われているが、彼が記録した9秒58はこの先5年ぐらいは破れないのではないだろうか。第10位は白鵬。相撲はあまり好きではないが、彼の相手に相撲取らせながら、それでも結局は勝ってしまうという相撲は大横綱の風格がある。年間86勝という記録を破るとしたら、それは彼しかいないだろう。

火曜日, 12月 29, 2009

2009年株を上げた人、下げた人(前編)

2009年も今日を含めてあと3日になったが、恒例の今年(2009年)株をあげた人、下げた人を独断と偏見で記したい。まずは株を下げた人から。

1位 酒井法子(タレント)
2位 タイガー・ウッズ(プロゴルファー)
3位 草なぎ剛(タレント)
4位 鳩山由紀夫(総理大臣)
5位 石田純一(俳優)
6位 市川海老蔵(俳優)
7位 石原慎太郎(東京都知事)
8位 朝青龍(力士)
9位 小泉チルドレン
10位 気象庁予報課の人々

第1位は酒井法子。のりピーとして一世を風靡したアイドルの成れの果てだった。どのような旦那だかよく知らないが、髪さんを守ることもできないロクでもない男と、彼女もよく結婚生活を送っていたものである。あくまでも推測であるが、彼女のヤクチュウはおそらく5年近いだろう。執行猶予の3年間に悪い虫がつかないといいが・・・。

第2位はタイガー・ウッズ。正直、羨ましい。お金もある。女性にもてる。だが、待てよ。それなのになんであんな奥さんと結婚したの、と思ってしまう。慰謝料をいくら払うか解らないが、ウッズよ、今後はずっと独身でいるのが一番だぞ、と助言しておこう。(笑)ただ、アメリカのマスコミの袋だたきの裏にはちょっと人種差別の臭いがする。

第3位は草なぎ剛。公然わいせつ罪で逮捕というのはいくらなんでも可笑しいが、東京都めいわく防止条例違反であることは確か。この人、酒の飲み方を知らない。そういうヤツを野放しにしていたジャニーズ事務所の方がもっと罪深い。

第4位の鳩山由紀夫は優柔不断というか、みんなに良い顔を見せようとしすぎている。これでは悪役を買って出ている小沢一郎の方が人気がでてしまうぞ。第5位と第6位までは俳優。石田純一はあれだけ浮名を流したわりには、最後はショボそうな女と結婚するとは・・・。いくら若くて歳の差があるとはいえ全然羨ましくない。市川海老蔵もいろいろとお盛んだったが、結局は舌足らずのお嬢様と結婚。いかにもという感じで、これも全然面白くないし羨ましいとも思わない。第7位は東京オリンピック誘致に見事に失敗した石原都知事。総括もせずに次ぎも立候補すると、相変わらず懲りない輩である。誰がこんな男を都知事にした。

第8位は朝青龍。これまた離婚したり、相撲では相変わらずの傍若無人。こんな力士を育てた高砂親方(元朝潮)も情けない男である。第9位は小泉チルドレン。2005年の総選挙で当選したときは80人以上いたが、2009年で再選した人はたったの10人。70人以上がタダの人になった。

第10位は長期予報がハズレまくっている気象庁予報課。梅雨明けはめちゃくちゃだったし、7月の長雨と冷え込みなんか全く予報しなかった。また、12月に入っても長期予報では暖冬で降雪量は少ないと言っていたのに、もう東北・北陸ではドカ雪。困っているスキー場はまるでなし。事業仕分けされちゃうぞ。(笑)

月曜日, 12月 28, 2009

失礼ですが、60歳以上ですか?

先日映画館へ行ったときにチケット売り場で「失礼ですが、60歳以上ですか?」と聞かれた。「えっ」と思ったが「残念ながらまだ数年あります」と正直に答えた。

私は白髪だが童顔である。皴もほとんどない。そのためにこれまで「シニアですか」とか「60歳以上ですか」と聞かれたことはなかった。そう考えると、これはちょっとショックであるが、もっとショックだったことは、いつから映画館のシニア割引が60歳以上になったのだろうか。以前は65歳以上だったと思うのだが、私の思い違いだろうか・・・。

映画館にはいろいろな割引がある。毎月1日は一律1000円、曜日によるレディースディ割引や高校生割引(学生割引)、ハンディキャップ割引など。しかし、60歳以上がいつも1000円で映画を観られるとなると、観客動員にも大きな影響を与えるのではないだろうか。

このところ、洋画よりも邦画の方が観客動員が多いという理由はこうしたことから来ているのかもしれない。なにしろ、邦画は字幕を読まなくていいので、60歳以上には目にやさしいから楽に観ることができる。

そして、この観客動員を考えると製作する映画の内容にも影響を与えるに違いない。先日行った庄内映画村ではないが、最近の邦画はどうも60歳以上をターゲットにした時代劇や昭和モノが多いような気がする。

いくら観客動員を増やすためとはいえ、60歳以上が1000円で60歳以下が1800円というのはあまりにも差がありすぎるような気がする。ただ、多くの賢い(?)映画ファンは映画館の窓口でチケットを買うのでなく、あらかじめ金券ショップなどで特別前売券もしくは特別鑑賞券を買ってから映画館に行っている。こう考えると、映画料金のシステムというのはかなりいいかげんなものだなぁ、と思わざるをえない。

私も60歳になったら堂々と「60歳です」と言って、1000円割引を活用させてもらいたい。そのときはなるべくレディースディ割引の日に行くことにしよう。(笑)

木曜日, 12月 24, 2009

元気なおじさんはいつまでも元気!?

ジム仲間のおじさんたちとの忘年会での1コマ。

ひとりのおじさんが携帯を取り出して、自慢げに写真をみんなに見せる。

客A「僕の奥さん」
客B「お若いですねぇ」
客C「40歳ぐらいにしか見えませんね」
客A「ピンボーン、今年でちょうど40歳」
女将「私より若い!」

誰も女将さんの歳は聞いていない。

客B「娘さんは23歳って、言っていませんでしたっけ」
客A「ああ、23歳だよ。とんでもない飲兵衛で困っているよ」
客C「前の奥さんの子供とか」
客A「うん、前の奥さんとのだね」
客D「というと、今の奥さんと同じ歳の差ぐらいなのでは」
客A「ピンポーン、奥さんとは23歳差だね」

一同、ちょっと唖然・・・。

客C「羨ましいですねぇ。私の家内は同い年ですよ」
客B「お子さんは彼女ひとりだけですか」
客A「いや、5人いるよ。彼女が一番下だね」

一同、少し首をかしげる。

客A「彼女は前の奥さんとの子。その前の奥さんとの間に4人いるよ」
客B「ということは、今の奥さんは3番目ですか」
客D「凄いですね。まだ子供が欲しいとか」
客A「うん、一生懸命頑張っているよ」
客D「本当は4人目の奥さんが欲しいとかじゃないのぉ・・・」
客A「それも悪くないなぁ」

女将さんの口は完全にあんぐりしていた。

月曜日, 12月 21, 2009

幕末の京都に死す 〜会津藩、薩摩藩、長州藩のお墓〜

来年の大河ドラマは坂本龍馬である。そのおかげで書店には坂本龍馬に関連する本が氾濫している。また、坂本龍馬のお墓がある京都霊山護国神社を訪れる人も増えているという。しかしながら、幕末の京都で亡くなったの坂本龍馬や有名志士だけではない。藩のために、国のために、家族のために命を落した人が他にもいっぱいいるのである。その数は二千数百人とも三千人とも言われている。本当の人数はもはや解かるすべもない。

会津藩のお墓は金戒光明寺内に「会津藩殉難者墓地」というのがある。ここには文久2年(1862年)〜慶応3年(1867年)に亡くなられた237名と、鳥羽伏見の戦いの戦死者115名を祀る慰霊碑があり、それとは別に禁門の変(蛤御門の戦い)の戦死者22名が祀られている。

写真を撮るのを忘れてしまい申し訳ないが、墓地保存会が建てた石碑の廻りには、会津若松の鶴ケ城の写真パネルや絵が数多く飾られ、その他にも会津のお酒などが置かれていて、墓参に訪れた会津の人々の優しさに胸がつまる思いだった。

薩摩藩のお墓(写真上)は相国寺にある。ただ場所は塀内ではなく東門から50メートルほど東へ行った北側にある。ここには禁門の変(1864年)と鳥羽伏見戦争(1868年)に戦死した薩摩藩士72名が埋葬されていて、石碑には「甲子・戊辰役薩藩戦死者墓」と刻まれている。ただ、ここはなぜか柵で囲まれていて、入口にしっかりした錠前がかけられていて中に入ることができない。

長州藩のお墓(写真右)も相国寺内の西にあたる延寿院墓地にある。長州藩は禁門の変で数百人の藩士を失ったが、そのうちの約20人だけがここに合祀されている。ただし、氏名が判明している者は2人しかいない。そして、何故か不思議なことにこの墓の隣には藤原定家、足利義政、伊藤若沖の墓が並んでいる。

京都には有名志士の墓はいくつもあるが、こうした無名の人々の墓碑もある。

金曜日, 12月 18, 2009

草食系男子の行く末は・・・

世の中、草食系男子流行である。今や肉食系男子がどことなく肩身が狭い思いをしている。私のような雑食系男子はもはや犯罪者扱いである。(笑) というのは冗談だが、世の中、草食系男子は多いような気がする。

この草食系男子という定義は難しい。一般的には下記の2点の性格をもつ男子のこと指しているようだ。

1 恋愛やセックスに興味はあるものの積極的でない
2 対人関係に協調性があり優しいが口論や喧嘩はできない

結局のところ責任回避をしているというか、責任能力のない男子なのではないだろうか。自分のケツを自分で拭くことができない、ウォッシュレット頼みのような男なのかもしれない。

一般的に草食系男子はその大方がインドア派もしくは引き籠り派と言われている。積極的にスポーツをしようとしない。スポーツは見ることはできても、するのは好きではないという人が多い。つまり、実際の格闘技は不得手だが、ゲームの格闘技は得意なのである。

そして、こうした草食系男子の行く末は婚活であったり、結婚詐欺の被害に遭うということではないだろうか。

草食系男子よ、ウォッシュレットを使うな! w

月曜日, 12月 14, 2009

事業仕分けの対象とすべきは議員という名の人たち

国民のほとんどが事業仕分けすべきは国会議員と思っている昨今だが、地方議員も同様に事業仕分けすべきである。

私が住む目黒区は人口約27万人、区議会議員は36人。お隣りの世田谷区は人口約86万人で区議会議員は52人。つまり区議会議員1人の人口比率は目黒区が人口7,500人に対して、世田谷区は16,500余人。目黒区は世田谷区に比べて倍以上も比率が高いのである。前回の選挙では、目黒区では1,100票も取れば当選したが、世田谷区では3,000票獲得しても落選した人がいるのである。

こう考えると、いくら議員の仕事がいろいろあるといっても、目黒区議会は議員定数を半分にしろとは言わないまでも、10人は削れるのではないだろうか。同じようなことは、都議会議員にも言えるのではないだろうか。127人も必要だろうか。絶対に否である。3分の1はいらないと思う。

アメリカの市議会は定員数が非常に少ない。もっとも多いといわれるニューヨークでも47人しかいない。そして、大都市でもワシントンやサンフランシスコなど多くの都市が市議会議員は十数人しかいない。ここまでスリム化しろとは言わないまでも、日本全国にいる地方議員の3分の1もしくは半分は事業仕分けすべきである。

税金のムダ遣いは役人だけではない。議員そのものもムダ遣いなのである。

金曜日, 12月 11, 2009

ケチなのかシブチンなのか、はたまた・・・

先日、高校(東京都立大学附属高校)の同窓会報が送られてきた。そのなかに記念碑建立のための募金のことが書かれていた。それによると、高校が閉校になる平成23年(2011年)3月5日に記念碑の除幕を行うとのことである。

記念碑は彫刻家・野上公平氏の手によるもので、碑文作成、新潟県六日町からの移送、設置費用などで総額500万円かかるそうだ。このために募金をお願いしたところ、まだ291万円余しか集まっておらず、再度募金のお願いをするとのことであった。

それにしても、うちの高校の同窓生たちはなんとケチなのかシブチンなのか、と思ってしまった。(笑)。私は23期なので、上は78歳になる1期生から下は18歳まで、1万人以上の卒業生がいるはずなのに、500万円が集まらないのである。これが日比谷や慶応だったら、桁の違う金額がすぐに集まるに違いない。w

ということで、昔いろいろ世話にもなったし、影響も受けた学校なので、ここは競馬で勝ったお金を些少ながらも送金した。おそらく私と似たりよったりの考えの人が多いことだろうから、最終的に500万円は越えると思うが、そうなると余ったお金はどうなるのだろうか。何に使うにしても有効に利用していただきたい。

木曜日, 12月 10, 2009

季節性インフルエンザ・ワクチンが不足している!?

一昨日のことである。近くのホームドクターに「新型でない旧型の季節性インフルエンザ・ワクチンの注射をしたいのですが」と電話をかけたら、「予約はもう締め切っていて、キャンセル待ちの状態です。おそらく年内の入荷はないと思いますので、他の医療機関をあたっていただけませんか」とつれない返事をもらった。

そこですぐに以前入院した病院に電話すると、「今日ならありますので、午後3時までに来てください。明日になるともうないかもしれません。次の入荷はいつになるか解りませんので、とにかく今日来ていただければ、注射はできます」と半ば脅された形ですぐに病院へ行き、注射を打ってもらった。

季節性インフルエンザの接種希望者は新型インフルエンザ流行の影響で、例年より平均で2〜3割希望者が多くなっているという。加えて、新型インフルエンザ・ワクチン生産のために季節型の生産量は減ってしまったという。そのために、ワクチンが不足しているらしい。

ところがである。その夜にジムへ行く道端で知り合いの医者にあったら、「診療所のような小さいところにはないけど、大病院にはまだあるみたいですよ。予防注射は保険外医療なので、値段の設定が自由だから、大病院は大量に仕入れるんですよ」と言われた。昨年のホームドクターのところは確か3,000円だったのが、今回は5,000円も取られた。

なんかいっぱい食わされたような気がする。

水曜日, 12月 09, 2009

12月8日はジョン・レノンの命日

ジョン・レノンが亡くなった速報をFENで聞いた。日本時間の1980年12月9日午後3時ぐらいだった。

当時私はある出版社の編集部にいたのだが、私が「ジョン・レノンが死んだみたいぞ」と言うと、誰もが「どうしてだ」「本当か」と言い始め、それから10分後には日本のラジオやテレビでも速報が流れ、編集部にはなぜか重い空気が漂い始めた。そして、誰となく「今日は仕事する気なくなったな」と呟き、1人去り、2人去り、普段ならば深夜遅くまで何人もいる編集部が夕方にはお通夜のようになってしまった。

一昨晩、偶然にも飲み屋で軽井沢に住む女優さんと話をした。といってもこのジョン・レノンの話はそれ以前から今日あたりに書くつもりでいたのだが、実は私は高校時代にジョン・レノンをすぐそばで見たことがある。それは1970年(71年?)夏に軽井沢で、友人の別荘に1週間ほど滞在したときである。

友人たちと旧軽井沢にある「フランスベーカリー」にパンを買いに行ったとき、あの丸いメガネをかけたジョン・レノンが自転車に乗ってフランスパンを買いに来ていたのだ(下記のHPに写真が載っている)。友人が「あ、ジョン・レノンだ」と言ったら、彼はニコッと笑ったのを今でもよく憶えている。当時、彼はオノ・ヨーコらと共に万平ホテルに滞在していた。

女優さんの話では、今では前述の「フランスベーカリー」、何度も訪れたというCafe Terrace「離山房」、そして万平ホテルなど、ジョン・レノンの軌跡を訪ねる観光客が多いそうである。

軽井沢フランスベーカリー
http://www.french-bakery.jp/

月曜日, 12月 07, 2009

オジサンたちの三重苦問答

金曜日が定休日になって、行き場を失ってしまったジムの常連客たちと、風呂場での大喜利のような会話。

客A「金曜日が休みになって、行くところがなくて困っているよ」
客B「溝ノ口とか宮前の温泉に行っているんじゃないですか」
客A「行っているけど、風呂だけだと面白くないんだよねぇ」
客C「じゃあ、どこか違うスポーツクラブにも入るとか」
客A「そんな金はないよ」
客D「金がない、女にもてない、ですか」w
客A「俺の場合は、金がない、女にもてない、家庭に恵まれない、だよ」

こうなると、女の井戸端会議ならぬ男の風呂場会議も止まらない。

客E「そうなると、私の場合は、金がない、女にもてない、髪の毛がない、ですよ」(笑)
客C「私は、金がない、女にもてない、社長に恵まれない、ですかね」(笑)
客A「Dさんはいいよね、競馬に勝つわ、女に恵まれるわ」
客D「競馬に勝っても、女に恵まれてませんよ、何分独身ですから」
客C「それが恵まれているんですよ」
客B「競馬でウハウハ。髪の毛フサフサ。これで女に恵まれないわけないでしょう・・・」
客D「髪の毛フサフサでも、お腹はプカプカですから」w
客A「俺なんか、家庭に恵まれない、結石に恵まれる、だよ」
客C「そっちへいきますか。早く結石を取りましょう」w
客E「結局、金がないのも、女にもてないのも、結石に恵まれるのも、みんな景気が悪いからですかね」(笑)

その言葉には誰もが「そりゃ、違うだろう」という顔をした。

金曜日, 12月 04, 2009

ちょっと贅沢な味噌汁が好き

味噌汁というと、大根、豆腐、ワカメなど簡単な食材を利用して作られるのが一般的だが、私はどちらかというと、豚汁、けんちん汁、芋煮のような具だくさんの味噌汁が好みだ。芋煮は味噌汁ではないという方もいるかもしれないが、先日行った庄内地方の芋煮は醤油味でなく味噌味だった。

最近自分で料理して気に入っているのが、具だくさんではないがちょっとした贅沢な味わいを与えてくれる白子の味噌汁。

作り方は手間(時間)はかかるが簡単だ。まずは煮干しを1〜2尾細かく刻んだものを鍋に入れる。つぎに水をいれて沸騰させる。沸騰し終わったら、火を弱火にして、好みの味噌をお湯に溶かす。しっかり溶かし終わったら、いったん火を消して蓋をして1時間ぐらいおいておく。

そして、いざ味噌汁が食べたくなったときに、再度鍋を中火ぐらいで沸騰させ、その中に刻みネギ、舞茸(きのこ系のものならなんでもOK)などを入れて、最後に白子(よく洗ってひと口大ぐらいに切っておく)を入れる。そして、白子に火が通ったことを確認したら(2〜3分)、火を止めて終了である。

ふっくらした白子とダシのきいた汁が身体を暖めて、ほんのりとした贅沢感を味わえます。是非ともお試しあれ〜〜。

水曜日, 12月 02, 2009

江戸時代へタイムスリップ(後編)

永代橋は元禄11年(1698年)に架けられたが、それから4年後に赤穂浪士後に渡った橋として有名になり、現在では橋の近くに赤穂義士休息地の碑が立っている。この碑から佐賀町の町中をジグザグに通り抜けて、藤沢周平の小説に何度となく登場する仙台堀川(写真上)と、大島川が一緒になる清川橋から清澄公園に入る。

園内のいちょうの木(写真中)は綺麗に紅葉していて、家族連れやカップルが芝生に寝ころんだりして、午後のひとときを楽しんでいた。次ぎに隣接する清澄庭園に向かったのだが、入口には入園券を求める長蛇の列。とても入れるような状況にはない。祝日でいい天気なので、紅葉を楽しみにきた人がいっぱいだったのである。

ということで、清澄庭園を諦めて、清澄通りをクロスして資料館通りへ。深川江戸資料館は現在大規模改装中で来年7月まで休館中。両国の江戸東京博物館には何度も行っているが、ここはまだ行ったことがないので、リニューアル後には是非とも訪れてみたいと思う。

ここからは今度は北に向かい、小名木川(おなぎがわ)にかかる西深川橋をわたり、高橋のらくろロードという商店街に入る。再度清澄通りをクロスして、深川神明宮へ。深川神明宮は深川発祥の地と言われ、氏神さまが祀られている。ここからは八名川公園横の七間堀跡を通り森下の交差点近くで、近くに住んでいる知人と合流。ここまでで約2時間のお散歩。

ふ〜うっ。w

さすがに足に疲労がきたのと喉を潤したかったので、近くの喫茶店に入り約40分ほど昔話に花を咲かせる。ここからは2人で五間堀公園を横目に、清澄通りから以前いろいろとお世話になったベニサンスタジオを確認しようと思ったが、残念ながら建物はすでに解体されていた。

その後は上が高速道路が走る竪川にかかる千歳橋を渡り回向院へ。回向院は旧両国国技館(後の日大講堂)があった場所であり、ここが現在の大相撲の発祥地といっても過言ではない。江戸時代、相撲は各地で行われていたが、明和5年(1768年)から回向院で公共事業の資金を集めるための勧進相撲が行われるようなり、天保4年(1833年)から春秋2回興行の定場所となった。これが現在の大相撲の起源である。

回向院をあとにした我々は現在の国技館前を通り、安田庭園に向かう。しかしながら、庭園は4時半に閉園のために入れず。そこで仕方なく、目の前にある東京水辺ライン両国発着場から隅田川沿いの遊歩道(隅田川テラス)へ。ここには葛飾北斎が描いた隅田川の浮世絵を大きくしたものが何枚(写真下)も飾られていて、往時を忍ぶことができる。

両国橋を西に渡るときはすでに夕暮れどき。北斎の絵を見たことも手伝ってか、橋を渡るときに自然と江戸から東京へ戻ってくる感覚に陥った。本所深川はまだまだ江戸の世界である。

【今回の散歩コース】
木場駅⇒木場親水公園⇒富岡八幡宮⇒深川不動堂⇒永代橋⇒清澄公園⇒清澄庭園⇒深川江戸資料館⇒深川神明宮⇒森下駅⇒回向院⇒安田庭園⇒両国橋⇒東日本橋(両国広小路)

次は隅田川の西岸、築地⇒銀座⇒京橋⇒日本橋⇒人形町⇒柳橋⇒蔵前⇒浅草(逆コースかも)を散歩したいと思う。

月曜日, 11月 30, 2009

江戸時代へタイムスリップ(前編)

先週の月曜日(23日の勤労感謝の日)、江戸時代へタイムスリップするべく本所深川を散歩してきた。

マイ・ブームは江戸である。(笑)この4〜5年は読む本が司馬遼太郎、吉村昭、杉浦日向子、藤沢周平と、そのほとんどが江戸中期から明治初期にかけた話ばかりである。なかでも、藤沢周平には相当入れ込んでいる。というか、魔物に取り憑かれているようで、10月には海坂藩の舞台である庄内地方まで出かけてしまった。そして、今回は藤沢周平の江戸市井話を理解するべく、これまであまり行ったことがない江戸下町の面影を把握するべく本所深川を歩いてきた。

正午過ぎに東西線木場駅を出発。まずは北にある木場親水公園へ向かう。公園内には江戸情緒を醸し出すべく、木舟が置いてあったり木橋(写真上)が架っていたりする。公園を後にしたあとは要橋から西に歩き、平久川にかかる大和橋を渡り、左折して富岡八幡宮をめざす。

八幡宮には裏手から入るが、そこには歴代の横綱を顕彰している横綱力士碑(写真中)があった。境内にはちょっと遅めの七五三のお参りをする家族連れや、翌日の酉の市の準備をする人々で賑やかである。ここで目を見張ったのが、2台の大神輿。特に「御本社一の宮神輿」は重さがなんと4.5トンもあり、その大きさは日本一と言われている。それにしても、4500キロもある神輿を担ぐとなると、いったい何人で担ぐのだろうか。

富岡八幡宮を後にしてからは、一端門前仲町の商店街に出て、すぐそばにある深川不動堂(写真下)に立ち寄る。ここは成田山新勝寺の東京別院。門前の参道は「人情深川ご利益通り」と呼ばれていて、お菓子屋やおそば屋さんが多い。深川不動堂からは深川公園を抜けて、門前仲町の交差点から一気に永代橋へ進む。ここまでで約1時間のお散歩。

(以下、後編に続く)

土曜日, 11月 28, 2009

映画『ゼロの焦点』を観る

松本清張の有名小説でこれまでにも映画化やドラマ化が何度もされている。ストーリーは結婚したばかりの禎子(広末涼子)の夫・鵜原憲一(西島秀俊)が金沢で失踪。禎子はそれを解明するべく金沢に向かうが、そこで次々と事件が起きる。事件には夫の隠された過去が絡んでいるようで、関係する女2人(佐知子:中谷美紀と久子:木村多江)の存在が徐々にクローズアップされていく。

結論からいうと、可もなく不可もなくという映画だった。3人の女優陣の演技はそこそこ頑張っているとは思うが、じゃあ〜、この演技で映画賞を受賞するかというとそれほどでもない。

広末涼子は以前より目に問題がある女優だと思っている。映画のタイトルではないが、焦点が定まらないというか、目が泳いでいるというか、目に安定感がない。その意味では今回の役は不安定な役どころで適役だが、やはり最後の最後で目力を発揮しておらず、まだまだ課題の多い女優だ。

中谷美紀は一番おいしい役どころで存在感はしっかりしているものの、細かい演技力に難点がある。どことなく口先で演技をしているのが気になってしまった。3人のなかで一番地味な役だったが、木村多江は好演だった。スッピンに近いメークと訛りのある言葉に味わいがあり、さすがに一日の長を感じた。ただ、演技とは関係ないがどうして字も読めない久子が受付係をやっていたのかが不思議である。(ネタバレかな w)

さて、演出に関しては疑問がいろいろと残る。最初のニュース映像にしろ、最後の英語の挿入歌にしろ、余りにもありきたりで、今どきの学生映画でも使いそうにない手法を用いている。最後の最後の現代の映像だけで、時代を十二分に表せなかったのだろうか・・・。

映画『ゼロの焦点』公式サイト
http://www.zero-focus.jp/index.html

木曜日, 11月 26, 2009

よ〜く、憶えておこう!

気象庁は昨日(25日)、この12月から来年2月までの3ヶ月予報を発表した。それによると、エルニーニョ現象が来春まで続く可能性が大きいことなどから、日本の南の高気圧が強まり、冬型の気圧配置が長続きせず、気温は全国的に平年より高い見通し。

降水量は東日本の日本海側で少ないほかは、他は平年並みか多い見込み。降雪量は北日本では平年並みか少ない可能性だが、東日本・西日本は少ない見込みとのこと。

つまり、全国的に暖冬の予報である。
ということを、よ〜く、憶えておこう!

気象庁 3ヶ月予報
http://tenki.jp/long/?forecast_span=three_month

金曜日, 11月 20, 2009

野球が終わったら、観るものがないねぇ

朝食を食べていると、母親が唐突に「野球が終わると、観るものがないねぇ」と言うのである。ちょっと耳を疑った。えっ、『はなまるマーケット』とか『ちい散歩』とかCSでやっている天気予報を観ているんじゃないの、と思ってしまった。

母親は野球好きである。戦前、樺太に住んでいたときに職業野球を観にいったのがキッカケで野球のルールを覚えたらしい。亡くなった父親とも2人して後楽園球場、神宮球場、横浜球場にプロ野球を観に行ったりしていた。

今ではさすがに球場まで足を運ばないが、夜はたいして観るものがないときはCSやBSでプロ野球を観ている。また、朝もNHK-BSで放送されているメジャーリーグの試合を結構楽しく観ている。今年はご贔屓のデレク・ジーターがいるヤンキースがワールド・シリーズで勝ったのでかなりご満悦であったはずだ。それゆえに、「野球が終わると、観るものがないねぇ」なのかもしれない。

話は少し飛ぶかもしれないが、メジャーリーグの観客席には女性ファンが非常に多い。そして、かなり年配の御婦人の姿もみかける。しかしながら、日本では女性ファンの数は増えたものの、年配の御婦人をみかけることはほとんどない。少子高齢化社会であるから、プロ野球も年配女性ファンが行きやすい球場作りをすべきではないだろうか。

火曜日, 11月 17, 2009

大正・昭和と昭和・平成の狭間生まれ

久しぶりに昔の飲み屋仲間と一緒になった。このメンバーと飲むといろいろな話ができて楽しい。その中で、やはり飲み屋仲間の1人であったK爺さんが先日亡くなられたという話を聞いた。残念である。

客A「K爺さんは大正15年生まれだったから、えっと・・・84歳だったのかな」
客B「残念ですけど、男の平均寿命を越していますから・・・」
客C「K爺さんと同級生のT爺さんはお元気ですかねぇ」

K爺さんとT爺さんは同学年ということもあり、いつも仲良くカウンターで昔話に花を咲かせていた。

客A「K爺さんとT爺さんは同学年なんだけど、年齢は2つ違うんだよね」
客D「どちらかがご病気したとか・・・」
客A「K爺さんは大正15年生まれで、T爺さんは昭和2年の早生まれなんだ」
客B「昭和元年というのは、12月25日から12月31日までの7日間しかいないね」
客D「となると、大正15年生まれ、昭和元年生まれ、昭和2年生まれは一緒になりますね」
客C「これって、昭和と平成でも同じですよね」
客B「そうなんですよ。うちのクラスにも昭和64年生まれという人が1人いるんですよ」
客A「それは希少価値ですねぇ」(笑)

御存じのように平成元年は1月8日から始まっている。つまり前日の1月7日までは昭和64年である。

客D「昭和63年生まれ、昭和64年生まれ、そして平成元年の早生まれは同級生なわけですね」
客B「でも、大学だと浪人して来る人もいますから、一概に言えませんが・・・」
客A「そりゃそうだ」
客C「先生がそんなこと言っていいんですか」
客B「内緒、内緒・・・」(笑)

もう一度K爺さんともこういう話をしたかった。

月曜日, 11月 16, 2009

日本人ほど血液型判断の好きな人種はいない

血液型は全世界何処へ行っても4つしかない。海外では占星術などが盛んだが、日本人ほど血液型相性判断や性格判断を好む国はない。飲み屋でも血液型の話をする人は非常に多い。一昨晩行った飲み屋でも、なぜか血液型で盛り上がるグループがいた。また、先日のMixiニュースにも「相性がよくないと思う血液型の組み合わせランキング」というのがあり、《男性A型×女性B型》の組み合わせが一番悪いそうである。

それでは、日本には《男性A型×女性B型》の夫婦やカップルが1組もいないのだろうか。そんなことはありえない。おそらく何十万組といるに違いない。それらの人々は相性がよくないから離婚でもするのだろうか。もしそうだとすると、私はB型の女性とお付合いすることができなくなってしまう。

これまでの経験則からすると、飲み屋などで血液型の話を持ちだすのは、なぜかB型の人が多い。ということで、私はB型の人は血液型話が好きであるという性格判断をしている。まあ、こういうことを言うから《男性A型×女性B型》が一番相性が悪いのだ、と言われるのかもしれない。(笑)

土曜日, 11月 14, 2009

マッサージのおばさんとヤマハ音楽教室

行きつけのマッサージ店の馴染みのおばさん(私とほぼ同年齢)が、薮から棒に「小松さんは子供の頃にピアノとかやっていたんですか」と聞いてきた。

「ええ、小学校5年生ぐらいまでやっていました」
「孫がピアノをやりたいと言い始めたんですよ」
「おいくつですか」
「4歳半」
「いいんじゃないですか。物心つく前からピアノ始める人は多いですよ。私もいつ始めたか全然覚えていません。おそらく幼稚園のときだったと思いますが」

と答える間に、おばさんの指や手や肘が容赦なしに、私の腰部を攻撃していく。半分ヒィ〜ヒィ〜呻きながら答えている。

「ピアノをやるといいことありますかねぇ」
「あると思いますよ。感性が広がるというか・・・、イテテテ〜〜〜」
「感性ですか。お転婆も直りますかねぇ」
「直ると思いますよ。姿勢とかよくなるし・・・、ウ、ウ、ウ〜〜〜」
「お友達とか減ったりしませんかねぇ」
「新たなお友達ができる・・・、ヒィ〜〜〜〜」
「ピアノって高いですよねぇ」
「電子ピアノだったら5万円ぐらいで・・・・、オモチャならばもっと・・・」
「そうですか。それならば私でも買ってあげられますね」
「はい。ただ、良い先生につかないと、長続きしませんので・・・・・」
「私のようにですか」(笑)
「ウ、ウ、ウギュ〜〜〜〜」
「解りました。ありがとうございます」
「なんかこういう話をしていると、私もまたピアノを弾きたくなってきますね」
「あらそうですか。目の前にヤマハ音楽教室がありますよ」

マッサージ台に伏せていた顔をあげてみると、ガラス窓の向こうには「ヤマハ音楽教室」「大人の音楽レッスン」という文字があるではないか。おばさんはヤマハ音楽教室の回し者なのかと思ってしまった。w

木曜日, 11月 12, 2009

藤沢周平ゆかりの部屋に泊まる

先月上旬に庄内地方を訪れたとき、藤沢周平ゆかりの宿・湯田川温泉「九兵衛旅館」に泊まったが、そのときに幸運にも彼が好んだという部屋「桂の間」を利用することができた。

藤沢周平(本名:小菅留治)は1927年(昭和2年)12月に湯田川温泉の近くの旧山形県東田川郡黄金村(現在の鶴岡市高坂)に生まれた。彼は1959年(昭和24年)に山形師範学校(現山形大学)を卒業。その後、当時の西田川郡湯田川村立湯田川中学校へ赴任した。そして、彼はここで国語、英語、社会などを教えていた。


九兵衛旅館の女将(大滝澄子さん)はそんな小菅先生の教え子のひとりであり、先生が作家となってからは、帰省の際にはここの旅館に泊まり、そのことから、ここが藤沢周平ゆかりの宿となった。

旅館は湯田川温泉のメイン通りから一歩奥に入ったところにあるが、建物はつい最近(平成21年5月)リニューアルしたばかりのため、綺麗に整備されていてロビーや廊下に余計なものなどが置かれてなく、広々としていて気持ちがいい。また、廊下も畳敷きで暖かみがある。
また、若い庄内美人のスタッフの応対もテキパキしていて、これまた気持ちがよかった。料理の味付けも濃くもなく薄くもなく、私の舌にマッチしていたし、名物の芋煮も美味であった。もちろん温泉もゆったりとした広さでゆっくりとくつろげることできた。

藤沢周平がよく利用した部屋からは春になると白い馬酔木の花と薄い黄色を散らしたようなサンシュの花が見えるそうであるが、私が泊まったのは10月であったので見ることができなかった。というより、私にはそれがどのような木であることが解るはずもない。(苦笑)

写真上:ロビー横にある藤沢周平コーナー
  中:藤沢周平が好んだ桂の間
  下:客室へ通じる廊下脇の読書コーナー

追記:この九兵衛旅館では藤沢周平関連の無料でDVDを見ることができ、私も久しぶりに内野聖陽・水野真紀主演の『蝉しぐれ』(NHK)を借りて見てしまった。

水曜日, 11月 11, 2009

週末は俄(にわか)ペンキ塗り職人に

先月から週末の時間のあるときに、秋の陽射しのもとでペンキ塗りをしている。何処にペンキを塗っているかというと、ベランダ柵、屋上の柵、屋上への階段の柵や床など雨に濡れてサビつくところで、塗る面積はかなり広い。

先日、雨漏り修理のときにきた業者さんに聞いたら、「これをペンキ屋さんに頼んだら、職人3人で3日、ペンキ代などを入れると何十万円かかりますよ」と言われた。別にお金をケチるつもりはないが(結果的にはしているが)、最近は仕事も少なくなったし、ちょっとした運動にもなるからと、自分でできる範囲内はやろうということにした。

ということで、ペンキ塗りを始めたはよかったが、これが時間がかかる。実にかかる。始めのうちは簡単なところをラジオを聴きながら、鼻歌まじりにペンキを塗っていた。ところが、細かい部分になると本当に時間がかかる。ペランダ柵や屋上柵には縦に細い棒が無数にあり、これを塗るのには、かなりの労力と神経を費やす。先日の日曜などはあまりの疲労で翌日はマッサージに行かざるをえないくらいだった。

ペンキ塗りは心地よい陽射しのもとで行うと案外気持ちいいものである。ただし、屋上など場所によっては危険を伴うので、慎重にも慎重を重ねて作業をしている。あと、2〜3日かければ全ての作業が終了すると思うが、さて、今日は雨だが今週末の天気はどんなものだろうか。

火曜日, 11月 10, 2009

金曜日を持て余す人たち

10月から通っているスポーツ・ジムの定休日が毎週金曜日となった。それまでは10日・20日・30日だったが、この日が土日祝日に当たると営業していたので、定休日は月にだいたい2回だった。それが今度は倍の4回になった。

理由は景気後退によってスポーツ・ジム全体の利用者が減ったことと、金曜日の利用者が以前から少なかったためだ。私はジムへは基本的に火・木・土(もしくは日曜)の週3日は行くようにしている。ただ、土曜に用事があるときは金曜に行くことがあったが、実際に金曜に行くと利用者が少ないことに驚かされたことがあった。

ジムに毎日来ているという人は少なくない。午前中は幼稚園へ子供を送り迎えしているお母さんたちの社交場になっていたり、午後は年金生活者の遊び場にもなっているという。夜も力自慢というかマッチョ系の人たちは、日々筋肉の手入れに余念がない。また、毎晩銭湯代わりに来ているオジサンも数多い。

ということで、金曜日が定休日になってから、木曜日の夜になると、風呂場では「明日はどうしようかねぇ」という声がいつも聞こえてくる。う〜ん、みなさん、行くところがないのねぇ。家にいればいいじゃない。などと思わざるをえない。私のように「飲み屋に行けばいいじゃないの」と言っても、ジムに来ている人たちは本来が健康的で、あまりお酒を飲んだりしない。それゆえに、オジサン、オバサンたちは金曜日を持て余している。

ということで、私も金曜日夜は持て余すことがありますので、遊んでやってください。(笑)

日曜日, 11月 08, 2009

タクシー運転手が悲鳴をあげている

先月30日の日経新聞の報道によると、札幌では最大で3割以上のタクシーの減車が必要と、北海道運輸局が試算を公表した。それによると、9月30日時点で札幌には5296台が登録されているが、最も多く減らす想定では35.1%減の3435台、最低でも13.5%減の4581台が適正台数としている。

札幌ハイヤー協会会長の話ではこの10年間で売り上げは約30%も落ちているので、現状では減車をせざるをえないとのことである。このことは札幌だけでなく全国各地で具体化しはじめている。

タクシーは小泉政権下の2002年に台数の規制がなくなり、新規参入が容易になった。そのために、タクシーの台数は野放し状態になり、東京でも45,000台前後だったタクシーの数が59,964台(平成20年3月末)まで膨れ上がった。このために、以前は運転手1人当たりの年収が342万円(税込み)あったのが、景気後退も重なって、年間100万円以上の減収になっているという。つまりおおよそではあるが、税金のこと考えると以前は手取り25万円あった月収が15万円になってしまったのである。

私はタクシーをかなり利用するが、運転手の誰もが「東京のタクシーは多すぎるよ」と言う。「10,000台は減車しないと、自分たちで自分の首をしめるよ」と口々にする。そして、こうした話をしていると、「大手広告代理店がチケットを廃止した」とか「何処何処の会社が夜10時以降のタクシー券をダメにした」と、悪い話ばかりで悲鳴をあげている。

タクシーの規制緩和は競争意識を高めサービスが向上する、という考えだったが、これはどうやら完全に裏目に出たようであり、もはやサービス向上以前の死活問題となってしまった。タクシーは景気のバロメーターのひとつでもある。ある程度の減車によって見せかけかもしれないが、景気回復への布石を作る必要性があるのではないだろうか。

金曜日, 11月 06, 2009

松井秀喜のチャンピオン・リングは何処で

ニューヨーク・ヤンキースが27回目のワールド・シリーズ制覇を成し遂げた。MVPを獲得した松井秀喜もこれで念願のチャンピオン・リングを手にする。

チャンピオン・リングというのはワールド・シリーズを制覇したチームだけが作ることが許されているリングのことをいう。このチャンピオン・リングがいつからメジャーリーグで始ったのかはよく知らないが、ヤンキースの往年の名選手ヨギ・ベラが10個ももっているそうだから、第2次世界大戦以前にはすでにあったと思われる。

さて、このチャンピオン・リングを最初に獲得したのは日本人選手は伊良部秀輝だ。彼は1998年、1999年にヤンキースに在籍していて、ワールド・シリーズに出場する機会はなかったものの、2年連続して手にすることができた。次に獲得したのは2005年のチャンピオンになったシカゴ・ホワイトソックスの井口資仁と高津臣吾だ。井口はワールド・シリーズにも出場して活躍したが、高津はその年の8月に解雇されていた。それでも、その年のチームに在籍していたことからもらうことができた。

その後も日本人選手は続々とチャンピオン・リングを手にしている。田口壮は2006年にセントルイス・カージナルスで、2008年にフィラデルフィア・フィリーズと2度も得ている。また、2007年にはボストン・レッドソックスで松坂大輔と岡島秀樹が獲得した。

そして、松井秀喜はヤンキース在籍7年目にしてついにチャンピオンリングに指を通すことができる。ただ、このチャンピオン・リングの授与式は、通常翌年のホームでの開幕戦の前に行われる。松井の契約は今年まで。まだ来年は何処でプレイするか解らない。

昨晩、通っているスポーツ・ジムの風呂でイチローの先輩にあたりメジャーリーグに詳しい人とそのことについて話した。シリーズMVPに輝いたことで、契約の内容はかなり複雑になるだろうが、松井はニューヨークで来年もプレイをしそうだと結論に達した。ただし、ヤンキース・スタジアムに広告を出している日本企業の料金は上がるかもしれないね、と顔を見合わせて風呂の中で笑った。

月曜日, 11月 02, 2009

AC公共広告機構のCMが変わった!

8月にこのブログに書いた「公共広告機構のCMに疑問あり」のCM「したたかおばあさん」のセリフが全面的に変わった。映像は全く変わっていないのに、セリフが様変わりした。どうやら、私のような批判が相次いで、変えざるをえなかったのであろう。

その違いは下記の画像を比較してもらえれば一目瞭然である。以前のバージョンでは電話のなかの息子は全く自分の名前を名乗らなかったが、新しいバージョンでは「こうたろう」としっかり名乗っている。また、前回の気になった息子の妙なアクセントのある訛りも少し解消されマシになった。

このようにCMは改善されたが、やはり電話をかけるときは、まずは自分から名乗るようにしてもらいたい。

古い「したたかおばあさん」
http://www.youtube.com/watch?v=d1qnKasetyU

新しい「したたかおばあさん」
http://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/03/index.html

公共広告機構のCMに疑問あり
http://k21komatsu.blogspot.com/2009/08/blog-post_13.html

木曜日, 10月 29, 2009

スズメや野鳥たちのエサ

私の家はビルの3階にあるが、毎日ベランダにスズメや野鳥がやってくる。私は鳥に関しては全くの無知なので名前がよく解らない。知っている鳥の名前といえば、スズメとカラスぐらいのものか・・・。

野鳥が来るキッカケとなったのは、母親がベランダに置いてあった、使い古しのマナ板の上にリンゴの皮を置いて干していたら、それをどこからとなく野鳥が飛んでてきてパクついたのが始まりだ。それ以後、マナ板はエサ台と化して、リンゴや梨の皮や芯などを置いておくと、野鳥が飛んでてきては食べている。時にはエサを口に銜えてどこかへ飛んでいく。巣にいる子供に与えるためだろうか。

野鳥に連れられてか、スズメが来るようになってからは、賞味期限切れの発芽米や、蕎麦をパサパサに乾かしたものなどをおいておくと、何羽かが先を争うかのように食べていく。野鳥にエサを与えることがいいのか悪いのか、ちょっと戸惑いもあるが、ネットで調べると、リンゴやカキなどが好物のようである。ミカンなどを食べる鳥もいるようだが、家のベランダに来る野鳥たちは柑橘系には口をつけない。

野鳥が飛んでくることは、それだけこの辺りにも自然が残っているという証しであり、それはそれとして嬉しいことなのだが、困ったことに野鳥たちは時にお土産(フン)を置いていく。(笑)

金曜日, 10月 23, 2009

首都圏っていったい何処?

一般的に「首都圏」とは東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の1都3県のことをいうようだ。しかしながら、首都圏整備法においては、1都7県(神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県、山梨県)を「首都圏」となっている。

ただ、私にはどう考えても、1都3県も1都7県もすべてが「首都圏」と思えない。これは首都の定義にもよるだろうが、少なくとも都心から50キロメートル圏内とか、最寄り駅から東京駅もしくは新宿駅などへ1時間以内で行けるの場所といったぐあいに、具体的な物差しで考えてしまう。

こうなると、茨城県の一部も首都圏に入ることになり、千葉県の外房などは首都圏ではなくなる。そもそも、外房に住んでいる人たちが自分たちは首都圏に住んでいると思っているのだろうか。同じことは埼玉県の秩父山地の村々の人たちも思っているのだろうか。

結局のところ、自分の生活習慣のなかで東京と密接な関係があるかないかで判断するしかないのかもしれない。同じことは関西圏、中京圏という言葉にも当てはまると思う。

あなたは首都圏(関西圏、中京圏)に住んでいますか?w

火曜日, 10月 20, 2009

「ピサの斜塔」は何処へいった?

その昔、海外旅行の象徴として毎度登場していたピサの斜塔。新聞広告やチラシにはその姿がいつも掲載され、ヨーロッパ旅行の団体客は必ずといっていいほどここへ行っていた。

ところが、いつの頃からかピサの斜塔の写真を目にすることがなくった。なぜだろうとあちこちを検索してみると、理由が判明した。ピサの斜塔は1990年から2001年まで改修補強工事をやっていて未公開だったのだ。しかし、再公開されてからもその写真や映像を見ることがほとんどない。やはり、1回お役御免になってしまったものはなかなか復活しにくいのだろう。それに、現在はピサの斜塔だけでなく、ヨーロッパ各地の世界遺産の写真が目白押しで、可哀想なことにもはや用無しなのかもしれない。

ちなみに、現在の傾斜角は約5.5度。あと300年は倒れる危険性はないそうである。

土曜日, 10月 17, 2009

ノーモア東京、ガンバレ広島・長崎

先日、広島市と長崎市が2020年夏季オリンピック開催招致を検討すると発表した。今後いろいろな課題が浮かびあがるだろうが、私はこれは意義がある大会になりそうなので支持したい。一方で、2016年招致に失敗した東京都およびJOCは戸惑いを隠せない。共に2020年に再度立候補することを考えていただけにはショックであろう。

私は東京でオリンピックを開催することに一貫して反対だ。理由はいくつかある。第一に東京でオリンピックが開催されると、東京に「金」が集まる。これにつられて「人」も集まる。「モノ」も集まる。加えて「権力」も集まる。なにもかもが東京に集まってしまう。

これでは地方分権を目指している流れに完全に逆行している。東京でオリンピックが行われると、地方ばかりでなく大阪や名古屋といった大都市圏も埋没していってしまう。いくらコンパクトに開催するといっても、中央集権的なオリンピックは必要性がない。

第二に、オリンピックを東京に誘致することによって、東京に居住するJOC会長をはじめスポーツ貴族、体協関係者、体育教師などが妙に潤ったりする。これは土建屋を潤わせる以上に醜いことであることはいうまでもない。私はこうしたスポーツ貴族およびスポーツを食い物にする輩が好きではない。

第三に、東京に新しい競技施設を作る必要性はまったくない。いわゆる箱物は東京には十二分ある。ただし、改装、補強などする必要性の施設はいっぱいあるが・・・。

ということで、中央集権体制を変えるためにもオリンピックは絶対に東京以外の場所でやってもらいたい。オリンピック規約によって広島・長崎の共同開催が無理だとしても、日本は国を上げて広島での単独開催招致を推進すべきある。もし、オリンピックが「平和の祭典」というならば、広島と長崎ほどふさわしい都市は日本にはないのだから。そして、ヨーロッパのスポーツ貴族に支配されている国際オリンピック委員会(IOC)がどのような見解をしめすかも興味深い。

水曜日, 10月 14, 2009

ベスト・サポーターズ賞 & ベスト応援団賞を

先日、Jリーグ関係者と飲む機会があった。そのなかで、Jリーグ・アワードにはベストピッチ賞なるものがあるというの知った。これは競技場の芝生の管理に対する賞らしいだが、ほとんど持ち回りで、あまり意味をなしていないそうである。

それならば、ベスト・サポーターズ賞というのを設けたらどうでしょうか、と提案したら、それは私も賛成です、と即答してくれた。その方も同様な考えを以前からもっていたらしく、統率力、動員力、遠征地での姿勢、貢献度などを関係者や記者が投票して決めることは可能なそうである。是非とも、設けてもらいたいと思う。

同じことは、プロ野球にもあってほしい。もし、ベスト応援団賞というのがあれば、アウトコールのラッパを吹く“侮辱団”や、ブーイングをする“顰蹙団”もなくなるのではないだろうか。都市対抗野球の応援合戦とはいわないが、プロ野球の応援もスマートであってほしい。

金曜日, 10月 09, 2009

庄内の日本酒いろいろ

庄内は米どころであり、酒どころである。そこで、今回の庄内の旅では鶴岡市内にある地酒専門の「佐野屋」へ行き、私の行きつけの飲み屋に送るべく日本酒(純米酒もしくは特別純米酒)をセレクトした。

この「佐野屋」の店主・佐野洋一さんは利き酒師の上位資格である「日本酒学講師」の資格を習得していて、3年前に行われた第2回世界利き酒師コンクールの日本代表5名のなかに選ばれているという、プロ中のプロの方である。

ということで、ここで佐野さんといろいろ相談の上、写真にある4本の日本酒を買い、それを行きつけの飲み屋に送った。そして、先日その飲み比べを行ったが、その感想は以下のようなである。

◎羽前白梅(山形県鶴岡市 羽根田酒造)
吟醸酒のような淡麗でフルーティな舌触り。あまり日本酒に馴染みのない人におすすめ。

◎杉勇(山形県遊佐町 蕨岡酒造場)
辛口でガツンとくる男の酒。米の香り、木の香り、何もかもその香りが強烈である。飲兵衛にはたまらない逸品。

◎楯の川(山形県酒田市平田町 楯の川酒造)
辛くもなく甘くもなく、淡くもなく濃くもなく、主張がないお酒だが、魚料理などの和食にフィットする。バランス感覚の優れたお酒である。

◎白露垂珠(山形県鶴岡市羽黒町 竹の露合名会社)
口当たりは柔らかいが、喉ごしのときに刺激がたまらない。このお酒は美味い。

やまがたの地酒「佐野屋」
http://sano.tyo.ne.jp/

水曜日, 10月 07, 2009

「庄内映画村オープンセット」へ行く

今回の庄内(鶴岡・酒田)への旅の目的はいろいろな観光地散策と祖父の出身地を見るのが目的であった。いずれにしても、それは最終的には江戸時代へのタイムスリップする旅でもあった。

そのタイムスリップを誰もが味わえる「庄内映画村オープンセット」が先月12日よりオープンした。場所は庄内平野の南東、月山の麓にあり、鶴岡市内から車で30分以上はかかる奥地にある。


オープンセットは東京ドーム20個分の広さという88ヘクタール(26万4千坪)の土地に、昔ながらの舟屋や農家が建ち並ぶ「漁村・農村エリア」、旅籠や居酒屋などを設けた「宿場街エリア」、炭焼き小屋、水車小屋、棚田などがある「山間集落エリア」の3つのエリアを設けている。そして、今後敷地内に新たな撮影セットが設けられば、それも保存・公開していく方針のようで公開施設は増える予定のようである。また映画『おくりびと』で有名になった鶴岡市内の銭湯『鶴の湯』(8月に廃業)も来年にはここに移転する。

オープンセットではこれまでに『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』『ICHI』『山形スクリーム』の撮影が行われ、12月公開予定の『スノープリンス 禁じられた恋のメロディ』、また来年公開予定の『座頭市 THE LAST』『十三人の刺客』『必死剣 鳥刺し』なども既に撮影が行われた。

荘内日報ニュースによると、庄内映画村では可能な限り撮影を見てもらえるような場所にしたいそうで、企画段階のものを含めて今後7本の撮影が予定されていて、海外からも3件のロケの打診がきているという。日本のハリウッドをめざし、今年は2万人、来年以降は年間10万人の来場を見込むそうである。12〜2月の降雪期のために休業。

そして、最後に感想を一言。とにかく広い。そして、日本の原風景を見事に再現している。十二分にタイムスリップを味わうことができる必見の場所である。できれば、週末の晴れた日に訪ねるのがベストであろう。

庄内映画村
http://www.s-eigamura.jp/index.html

写真上:漁村・農村エリア
  中:宿場街エリア
  下:山間集落エリア

月曜日, 10月 05, 2009

ベンツもBMWも走っていない庄内平野

2日から4日まで私のルーツである酒田市や、庄内藩の居城があった鶴岡市などがある山形県庄内地方へ行った。

今回は庄内空港からレンタカーを使って、庄内平野を駆け巡ったのだが、まず驚いたことに、タイトルにも書いたように、東京では当たり前のように走っているベンツやBMWが走っていないのだ。それどろころか、外車が全然走っていない。私は3日間で255キロほど運転したのだが、その間に一台も外車を見かけなかった。見過ごしていたのかもしれないが、自分の視界のなかにベンツやBMWのマークが入ってこなかったのである。今、思うとちょっと驚きである。

また、数多くの観光地を訪れたが、駐車場に停まっている車のナンバーは東北ナンバーばかりで、関東や関西のナンバーをほとんど見かけなかった。これは東北自動車道につながる山形自動車が全線開通していないからであろう。それゆえに、地元の人も観光客もみんな素朴というかのんびりしている。久しぶりに車を運転したのだが、それでも時計の針が進むのが遅いというか、時間の流れをゆっくりしていると感じざるをえなかった。ベンツやBMWが必要ないところである。

あと、余談になるのが、道路整備は酒田市が非常に優れているのに対して、鶴岡市は城下町というせいもあるが道路整備が良くない。これについて、鶴岡の人に聞いてみたところ、「酒田は昔も今もお金をもっているし、計画性のある人たちなんですよ」という答えであった。やはり「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」のようである。

写真上:庄内空港
  中:山居倉庫
  下:庄内藩校・致道館

水曜日, 9月 30, 2009

フランス語はダメよ

Je ne comprends pas le français.
(ジュ・ヌ・コンプレ・パ・レ・フランセ)
意味は「フランス語が解らない」or「フランス語はダメよ」という意味である。

私はアメリカの大学に行っていたので、第1外国語はスペイン語、第2外国語はフランス語だった。第1外国語はカリフォルニアにいたということで、必須ともいうべきスペイン語をすんなり選択したが、第2外国語は中国語を取りたかった。

しかし、スチューデント・アドバイザーが「お前は日本人だろ。日本人なら中国語を解るはずだから、中国語はダメだ」と許可してくれなかった。彼は日本人が漢字を使っているので、中国語が解ると思っていたのかもしれない。

それならば、英語もスペイン語もフランス語もドイツ語もみんなアルファベットで同じではないかと言いたかった。まあ、当時はそんな喧嘩をするほどの勇気はなかったので、仕方がなく第2外国語はフランス語を取ることにした。

で、その成績はというとフランス語の成績はいつもAだった。しかしながら、発音がまるでダメだった。ある日、授業中に教授からは「お前のフランス語の発音はスペイン語のようだ」と言われた。少し頭にきた私は “Je ne comprends pas le français.”と言ってしまった。そしたら、教授は “Tres bien ! .” と言って笑顔を見せた。

それ以来、私はフランス人に会うと、“Je ne comprends pas le français.”と言って、煙にまくことにしている。

月曜日, 9月 28, 2009

4つもあるさんま祭り


以前、「目黒のさんま」祭りは2つあると書いたが、これに加えて、隣りの恵比寿でも2006年から「となりのサンマ祭り」というのを開いている。そして、今年からは東京タワーでも開かれるようになり、今や東京のさんま祭りは4つとなり(全国的には根室や気仙沼などにもある)、テレビでも大々的に取り上げられ、さんま祭りも全国的知名度のある祭りとなった。

というわけで、先日(20日)目黒区側で開かれた「目黒のさんま祭」に行ってきた。私のお目当ては例によってさんまではなく、一緒に開かれる全国各地の物産販売。今年も大分県、宮城県、鹿児島県、群馬県などの特産品が数多く売られていて、私は写真にあるように大分県臼杵産しいたけ(こうしん)を2袋、同じく臼杵産かぼすを2袋、宮城産にんにく1袋、同じく宮城産梨(幸水)5個を買ってきた。このうち、しいたけ1袋、かぼす1袋、にんにく半分は、行きつけの飲み屋行きとなった。w

写真上:♪さんま焼く阿呆に、待つ阿呆♪
  下:物産展でのお買い上げの品々

恵比寿のとなりのサンマ祭り(今年は10月11日に開催)
http://www.ebisusanma.com/

金曜日, 9月 25, 2009

♪きもの、きもの、きものが着られる♪

♪きもの、きもの、きものが着られる♪

という麻生祐未が出演する日本和装のCMが好きだ。麻生太郎は首相の座から転げ落ちたが、麻生祐未は絶好調だ。このCMはこれまでに伊藤蘭、天海祐希などが出演しているが、麻生祐未はここ2年務め、好評を博している。現在は主に「♪かあさん、うちのと取りかえて♪」という「息子の友達」篇と、「♪妻がピーコにほめられた♪」という「テレビ」篇が放送されている。

これまでに「♪あの人、好みの色を着る♪」という「授業参観」篇、「♪アラブの富豪にとつぎます♪」という「夢」篇、「♪夫に特技はありません♪」という「おでかけする妻」篇、「♪これが私の勝負服♪」という「特別な日」篇などが放送されている。

それにしても、麻生祐未は可愛い。こんな可愛いかあさんがいたら、と思う男性も多いかと思うに違いない。しかし、意外にも彼女はバツイチ。そんな彼女とCMで共演して、ウダツの上がらなさそうなキャラクターを好演しているのが伊藤正之。彼は唐十郎率いる劇団「状況劇場」や「唐組」を経て、現在も舞台を中心に活躍している実力派俳優である。麻生祐未と共に伊藤正之の情けない演技も好きである。

ただCMで「無料きもの着付教室」とうたっているが、「タダほど高いものはない」という言葉は肝に銘じておきましょう。

日本和装
http://www.wasou.com/course/ad.html

水曜日, 9月 23, 2009

「なんとか三景」とか「なんとか百選」

日本三景は松島、天橋立、宮島であるが、私は「なんとか三景」とか「なんとか百選」というのがあまり好きではない。

私にとっての日本三景は、富士五湖から見た富士山、五箇山・白川郷の合掌集落、大沼から見た駒ヶ岳。他にも山形県飯豊町の田園散居集落、ウトロから見る知床半島なども捨て難い名景である。

それにしても、日本には「なんとか百選」というのがありすぎる。こうした百選を選んでいるのは新聞社や出版社であり、業界団体だったりする。ただ、この「なんとか百選」は百を選ぶ場所がなく、帳じり合わせで百にしているという「なんとか百選」も少なくないという。

観光誘致のためには「なんとか三景」や「なんとか百選」は必要なのかもしれないが、ただ観光地はそれに頼っていたり、胡座をかいていたりするような気がしてならない。

最後にまったくの余談ではあるが、私の「夜の日本三景」は新宿ゴールデン街、ススキノ、先斗町である。(笑)

金曜日, 9月 18, 2009

やり過ぎ、遊び過ぎ、飲み過ぎに注意!

1週間ほど前のサウナでのオジサンたちの話。

客A「小千谷の奉納花火を見にいかないと、コレ(小指をたてる)がうるさいんだよ」
客B「この間も長岡の花火大会に行ってませんでしたか」
客A「コレが花火好きでねぇ」(笑)
客C「コレがいるなんて羨ましいですねぇ」
客D「遊び過ぎも気をつけた方がいいですよ」
客C「そのうち、焼けぼっくりで火遊びになりかねませんからね」
客A「いいの、いいの、過去にもあるから」(笑)
客D「前科者ですか」w

客B「私なんかコレ(おちょこ)だけですから」
客C「飲み過ぎも、注意しましょう」w
客D「私なんか運動のやり過ぎで、医者に注意されましたよ」
客B「やり過ぎも、注意しましょう」
客A「男はみんなセーブがきかないんだよね」
客D「何事もドが過ぎるとよくないとけど、そんなの面白くないですよね」
客A「男はみんな無理をしちゃうんですよ、ムキになりやすいんですよ」
客B「いますねぇ、そういう人。泳いでいて、隣りのコースの人に負けないように頑張る人が」
客C「オタクじゃないの?」
客B「いやいや、昔、水泳部の補欠だったような人ですよ」
客D「水泳部の補欠ですか。なんとなく解るような・・・」

客C「男はみんなドが過ぎるけど、女性にはないのでしょうかねぇ」
客A「女は男と違って賢いというか、手加減を知っているからね」
客D「だから、長生きできるんですよ」
客B「やり過ぎ、遊び過ぎ、飲み過ぎには注意しましょう」
客A「だけど、誰も守んねぇんだよなぁ、男は」
客D「そうそう、人生一度きりだからね」

水曜日, 9月 16, 2009

新政権に望むこと

本日、鳩山民主党連立政権が誕生するが、すでにマニフェストに書かれていることを実行できるかどうかが危ぶまれはじめているが、私としては下記のことを実行してもらいたい。

まず第一に、宗教法人に対して課税をしてもらいたい。そもそも、カルト的宗教団体が政党をもてる理由のひとつは、宗教法人に課税されていないからである。下記の憲法20条にあるように、政教分離の原則を徹底するためにも、宗教法人には課税を行うべきである。これを行えば何千億円または1兆円以上の税収にもなる。加えて、ベンツやBMWに乗っているクソ坊主たちも一掃できるかもしれない。

日本国憲法20条
一 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

次に、衆議院および参議院議員の1票の格差是正および議員削減を行ったもらいたい。公務員改革(公務員の定数削減、天下り禁止など)は歳出削減になるが、国会改革を行って歳出削減をすべきである。まず議員定数は衆議院は425〜450に。参議院は200〜220に削減すべきである。そして、1票の格差は最低でも衆議院は2倍以下、参議院は3倍以下に法律で規定してもらいたい。また、このときに国会議員の定年制を設けるように。

第三に、首相はぶら下がり会見を止めて、定例記者会見にしてもらいたい。小泉純一郎が始めたぶら下がり会見は、若い番記者と首相のどうでもいい場と化していて、見苦しいことが多い。今後は1ケ月に1〜2回の定例記者会見および臨時記者会見だけにして、マスコミ側もベテラン記者が参加して、慣れ合いの場でないものにしてほしい。ただし、官房長官もしくは新たにできるであろう閣僚委員会は毎日記者会見を行うように。

この他にも、非核三原則の法制化などということがあるだろう。とにかく、民主党政権には140年にわたる「薩長体制」「旧帝大支配」「官僚政治」を打破するだけでなく、真の意味での三権分立、主権在民の国作りを期待したい。

土曜日, 9月 12, 2009

80年代のNY、ホテルは格安だった

80年代、ニューヨークには格安ホテルがいっぱいあった。私が初めてニューヨークを訪れたのは1983年だが、ニューヨークはまだ再開発される以前で、街にはお世辞にも綺麗とはいえない、1週間で100〜150ドルぐらいで泊まれる超格安ホテルがいくつもあった。

私が初めてニューヨークで泊まったホテルは「Hotel Ashley」といい、タイムズ・スクエアのTKTSからすぐの西47丁目157番地という絶好のロケーションだった。建物の外観はどう見ても20世紀初頭に建てられたという感じで、部屋はキングサイズのベッドが威張ってあるような狭い部屋と、昔ながらのバスタブが置いてあるバスルームという簡素なものであった。机やソファというものはなかったが、それでもテレビはあった。

そんなニューヨークで私は1ケ月余り滞在して、ストレート・プレイ&ミュージカル、クラシック&オペラ三昧の日々を過ごした。この頃は、後にガイドブックを作るなどとは全く思っておらず、とにかく劇場街を好奇心の目で歩いては、面白そうな舞台やコンサートに足を運んだ。

そんなニューヨークも1990年代に入ると、市の開発計画に伴い、タイムズ・スクエア周辺のホテルが次々と買収されていき、それまでの格安ホテルがリノベーションによって、一気におしゃれなホテルへと変身していった。

私が定宿にしていた「Hotel Ashley」も90年頃に買収されて、現在は「Quality Hotel Times Square」という高級ホテルに生まれ変わっている。タイムズ・スクエア周辺とは別に、グリニッジ・ヴィレッジの定宿だった「Washington Square Hotel」も名前こそ変わらないが、こちらも格安ホテルではなくなってしまった。

現在のニューヨークは80年代に比べて、とても治安がよくなっている。そのおかげで世界各地から数多くの観光客が訪れる。その代わり、格安ホテルは全くといっていいほど残っていない。

火曜日, 9月 08, 2009

2人の歯医者の優雅な趣味

小学校の同級生に歯医者をやっているヤツが2人いる。都会には歯科医院が掃いて捨てるほどあり、私が住む学芸大学駅周辺は蕎麦屋より歯科医院の方が多い。それゆえに、歯科医院は相当な過当競争のようで、設備投資や人材確保が大変なようである。

そんな歯医者をやっている同級生と、最近立て続けに会う機会があった。2人とも歯医者をしながら、優雅な趣味をもっている。1人は競馬好きが興じて個人馬主になり、もう1人は音楽好きが興じてビートルズのコピーバンドをやっている。

競馬の馬主は簡単にはなれない。最低でも年間所得額が2年連続1,800万円以上であり、資産額が9,000万円以上ないと資格審査すら受けられない。まあ、歯医者だからこれぐらいの年間所得があってもおかしくはないが、それでも羨ましい所得である。(笑)ただ、彼が言っていたが、個人馬主で競馬で収益を得ている人なんてほんの一握りで、ほとんどの人が持ち出しだよと笑っていた。笑えるだけ羨ましい。

ビートルズのコピーバンドもそれなりに大変らしい。メンバーがなかなか揃って練習できない。練習場所を探すのも一苦労だそうだ。それでも年に何回かライブをやると、そんな苦労やストレスもふっとんでしまうらしい。歌声は別にして使っている楽器が高そうだった。これまた羨ましい。

毎日、他人の口の中を見る仕事を続けるということは並大抵なことではない。それを続けられるのは、こうした趣味があるからなのであろう。

日曜日, 9月 06, 2009

猫も杓子も“浴衣美人”

今年の夏は短かった。例年になく涼しく、ちょっと物足りなさすら感じる。

物足りなかったのは花火大会も同じようで、地方では不況のために中止になった花火大会もあるようで、打ち上げ花火の数を縮小した花火大会も数多くあったようである。

それでも、なんとなく花火大会は今年も盛況だったよう気がする。それはおそらく世に“浴衣美人”が氾濫したからであろう。それにしても、花火大会となると猫も杓子も浴衣を着る。しかしながら、なかなか本当の“浴衣美人”にお目にかかれない。

その最大の理由は髪形にあるのではないだろうか。髪をくるりと巻いてうなじや襟足をうまく強調した髪形をした人がほとんどいない。夜会巻きでうまく使って止めているような小粋なお姐さんがいないのである。誰もが茶髪で可愛い子ぶりっ子の髪で、髪が浴衣にかかっているようで風情が感じられない。

そして、これは禁句なのかもしれないが、電車に乗って花火大会に行くような“浴衣美人”はまだまだ駆け出しで、“浴衣美人”には遠い存在の子が多い。真の“浴衣美人”は彼氏の車に乗って行くか、それともその町に住んでいる人たちなのだろう。

帰りの電車で裾が乱れたり、胸元が開いたりといった“浴衣美人”がいる季節も終わってしまった。w

ちなみに、gooランキングによる「浴衣が似合いそうな女性有名人」は1位・松嶋菜々子、2位・松たか子、3位・仲間由紀恵、4位・竹内結子、5位・蒼井優、である。

金曜日, 9月 04, 2009

江戸小咄です

久しぶりに江戸小話です。

江戸の娯楽といえば、なんといっても相撲と芝居だった。両国の相撲小屋は人気力士同士の取組となると、大変な混み方である。そのために、小屋前は大変な人だかりになり、お客はあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

一目でも人気力士同士の取組を観たいと思ってやって来た伍作(ごさく)も、表から入ることはできず、裏へ回って犬のように四つんばいになって、囲いの中へ入ろうとした。すると、見張りの男にに見つけられ、

「こらこら、そこは、入るところではないぞ!」
と、襟首を捕まれて、グイッとつまみ出されてしまった。

「何とか入る方法はないものかなあ」
と、伍作はしばらく考えて、今度は囲いの中へ、尻から入ろうとした。すると、またもや見張りの男にに見つかってしまい、

「こらこら、そこは、出るところではないぞ」
と、帯を捕まれて、中へと引きづまれてしまった。

おかげで、伍作はしっかりと相撲見物ができてしまった。

水曜日, 9月 02, 2009

東京15区・東京35区・東京23区

選挙の話ではない。(笑)

東京には23の特別区がある。この23区になったのは1947年(昭和22年)で、それ以前は35区もあった。こうした区制が最初に設けられたのは1878年(明治11年)のことで、このときは15区しかなかった。

最初の東京15区は下記の通りで、江戸を分割したような区分で新宿、品川といった元の宿場町は東京には入っていなかった。左記のウィキペディア(Wikipedia)地図にあるように、皇居(江戸城)を綺麗に「の」の字で取り巻くようになっている。

麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区

こうして、明治、大正と東京は15区の時代が続いたが、昭和に入ると東京の人口は増加しはじめて、1932年(昭和7年)に隣接していた郡部から、江戸川区、葛飾区、城東区、向島区、足立区、荒川区、王子区、滝野川区、豊島区、淀橋区、渋谷区、品川区、荏原区、大森区、蒲田区、板橋区、中野区、世田谷区、目黒区、杉並区の20区を新設して、東京35区となった。

そして、戦後の1947年(昭和22年)に35区は22区に下記のように整理統合され、板橋区が練馬区と分離して現在の23区となった。

千代田区(麹町+神田)、中央区(日本橋+京橋)、港区(芝+麻布+赤坂)、文京区(小石川+本郷)、台東区(浅草+下谷)、墨田区(本所+向島)、江東区(深川+城東)、品川区(品川+荏原)、新宿区(四谷+牛込+淀橋)、大田区(大森+蒲田)、北区(王子+滝野川)、あとの目黒区、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、荒川区、足立区、葛飾区、江戸川区、練馬区、板橋区は変わらない。

統合された区のなかには中央区、文京区、台東区、江東区、北区など本来の地名とはあまり関係のない区名もある。ちなみに墨田区は隅田区にするはずだったが、「隅」という字が当用漢字になかったために墨田区となった。

火曜日, 9月 01, 2009

国民審査における「1票の格差」

衆議院選挙と同時に実施された最高裁判所裁判官の国民審査の結果は、審査対象となった裁判官9人はいずれも信任された。ちなみに、罷免させるには有効投票の半数を必要としている。ちなみに、国民審査は今回が21回目だが、これまで罷免された裁判官はひとりもおらず、罷免を求められた率の最高は15.2%だそうだ。

さて、今回の結果は下記の通り。

 氏名(出身)    罷免要求票数

 桜井龍子(労働省) 4,656,462(6.96%)
 竹内行夫(外務省) 4,495,571(6.72%)
 涌井紀夫(裁判官) 5,176,090(7.73%)
 田原睦夫(弁護士) 4,364,116(6.52%)
 金築誠志(裁判官) 4,311,693(6.44%)
 那須弘平(弁護士) 4,988,562(7.45%)
 竹崎博允(裁判官) 4,184,902(6.25%)
 近藤崇晴(裁判官) 4,103,537(6.13%)
 宮川光治(弁護士) 4,014,158(6.00%)

この結果を見ると、約400万の人は全員に × 印をつけたように思われる。私も以前は全員に × 印をつけていたことがあるが、今回は選挙公報と一緒に入っていた「最高裁判所裁判官国民審査公報」を、選挙公報などより時間をかけて読み、涌井紀夫(罷免率1位)と那須弘平(罷免率2位)の2人に × 印をつけた。

なぜこの2人だけに × 印をつけたかといえば、この2人は2年前の大法廷での衆議院議員選挙における1票の格差判決において、最大で2倍以上の格差がある現状を違憲ではないという判決をしたからだ。

この他に「国民審査公報」には痴漢事件無罪判決、音楽教諭の「君が代」伴奏職務命令判決など数多くの事例があげられていたが、結局、涌井紀夫、那須弘平の2人だけに × 印をつけた。

なお、桜井龍子が涌井紀夫、那須弘平に続いて罷免率が高いというのは、たまたま名簿掲載のトップにきてしまったからである。

月曜日, 8月 31, 2009

自民党は薩長土「肥」だった

今回の総選挙は各マスコミの予想通り、民主党が300議席を上回り圧勝であった。自民党は100議席を上回ったものの惨敗である。そんな総選挙で顕著なことが鮮明になった。それは自民党は明治政府を作った薩長土「肥」では強かった、ということである。

なかでも高知県と福井県ではすべての小選挙区で、小差ながらも自民党議員が勝利した。高知県はもちろん薩長土肥の「土」である。そして、福井県は薩長土肥には入らないものの、松平慶永が藩主だった越前であり、ここも明治政府を作った基盤の藩であり、数多くの要人を輩出している。

薩長土肥の本家本元である薩長でもやはり自民党は強かった。薩摩は鹿児島1区こそ民主党が議席を獲得したが、薩摩に隣接する宮崎や熊本の選挙区も自民党が勝った。長州は山口県ばかりでなく、広島を除く中国地方で自民党が薩長土肥の牙城を守った。

そんななかで、肥前(佐賀県と長崎県)では民主党の圧勝であった。これは肥前藩が明治政府を作ったにもかかわらず、江藤新平や大隈重信といった人物たちが薩長政府とは一線を画して明治政府と対峙したからであろう。

このように薩長土「肥」で自民党が勝ったということは、それだけ薩長土「肥」の人々が明治政府をいまだに信じていることであり、それは自民党がそれだけこれまでにこれらの土地に公共事業をはじめとしたお金をばらまいていたという証しなのではないだろうか。

民主党がいくら「140年の官僚政治に終止符を打つ」と言っても、現実には明治政府の亡霊はまだ生き残っている。

土曜日, 8月 29, 2009

期日前投票へ行った理由

前回の衆議院選挙では最終的に有権者の8.7%にあたる約896万人が期日前投票を行ったが、今回は前回1.5倍のペースで進んでいるようで、最終的には1,400万近い人が期日前投票を行う模様である。

というわけではないが、一昨日、私も衆議院選挙の期日前投票に行ってきた。天気も良かったし、時間的にも余裕があったので行ってしまった。

ところがである。投票に行く際にもっていく「入場整理券」の裏面には、選挙日当日に行けない理由を書く「宣誓書」なる仰々しいものがあり、それに記入しなければならい。そして、その理由というのが下記の5つしかなく、「その他」というのがない。

1.仕事・学業等 2.レジャー・用事等 3.入院・通院予定等 4.交通至難の島等に居住または滞在 5.区外の住所に居住中

実のところ、投票日の30日にこれと言って行けない理由は何もなかった。投票へ行った最大の理由は、投票日の天気予報が良くなさそうだからである。そして、前日の土曜日に野暮用があるので、日曜は家でゆっくりしていたいという理由もあった。加えて、期日前投票所の方が、指定された投票所より近いのである。それゆえに、私の母親などはいつも期日前投票に行っている。

期日前投票がこれだけ定着したのだから、できれば理由のひとつに「その他」を入れてもらいたいものだ。

木曜日, 8月 27, 2009

オジサンたちの病気自慢

ジムのサウナでのどうしよもないオジサンたちの会話。

客A「腎臓結石で痛いのよ、腰が」
客B「若いお姉さんたちのお尻ばかり追いかけて、エアロなんかやっているからですよ」
客C「ゴルフのやりすぎじゃないの」
客D「腎臓が悪いのにサウナなんかダメですよ」
客A「そうみたいです。汗を流すより尿を流す方がいいみたいです。それにしても、みなさん、身体はどこも悪くないんですか?」
客B「頭は悪いけど、身体はどこも痛くないね」
客C「私は懐が痛いですよ」
客A「またぁ、御大尽さまが」
客B「懐は身体の一部なの?」
客C「身体の一部ですよ。なにせ懐は頭も胃も一緒に痛くなりますからね」
客D「私は懐と髪さんが痛いね」
客A「懐は身体の一部かもしれないけど、髪さんは違うのでは」
客D「もう数十年も身体の一部ですよ」
客B「反対に(あなたが)奥さんの身体の一部じゃないの」
客D「そうとも言えるでしょうね」(笑)

汗をダラダラ流しながらのオジサンたちの会話はとりとめがない。

火曜日, 8月 25, 2009

その昔、日本にも時差があった

母親と話をしていると、時おり思わぬことを聞くことがある。

「昔はラジオの正午の時報のときに『台湾および先島諸島は午前11時です』と付け加えられたのよ」

「へぇ〜」である。まったく知らなかった。そこで、Googleを使ってあちこちを検索してみた。

日本が朝鮮半島、台湾を統治していた時代には、明石を標準とする中央標準時とは別に、台湾、先島諸島(宮古島・石垣島など)を対象にした西部標準時というのが存在していた。ただ、この西部標準時も軍令上の間違いが生じたことなどによって、軍の要請によって1937年(昭和12年)に廃止された。

私の母親は父親(私の祖父)の仕事の関係で台湾で生まれ、6歳まで台湾で過ごした。そのときの記憶がまだ残っているのだろう。

月曜日, 8月 24, 2009

蕎麦をすする音

夏は蕎麦の美味しい季節ですが、ちょっと洒落たダイニング・バーでの話。

客A「メニューに茶そばがあるけど、これは温かいの、冷たいのどっち?」
店主「温かいのですが」
客A「冷たいのはないの?」
店主「まあ、ご要望があれば」
客B「夏はやっぱり、冷たいのがいいよね」
客C「確かに、冷たいのをすすって食べる方が美味しいですな」
女将「ただ、ウチは蕎麦屋じゃないので、すする音がすると・・・」
客A「確かに、女性客はあの音を嫌う人がいるね」
客B「だけど、蕎麦はすする音がするから、美味しく食べられるだよ」
客C「音を立てないで蕎麦を食べるなんて邪道ですよ」
女将「それはそうなんですけど・・・」
客A「しかし、女性が蕎麦をたてているのも、ちょっとなぁ・・・」
客B「え〜っ、私なんか隣りで色気のある女性が蕎麦を『ズ・ズ・ズー』と音をたてて食べていたら、もう一緒に僕も吸われたいと思っちゃうけど」
客C「う、うん、その気持ちよ〜く解ります」
店主「じゃあ、女性客限定で冷たいお蕎麦をだしましょうか」(笑)
一同「賛成〜〜」

ただし、女将さんはちょっとおかんむりであった。

金曜日, 8月 21, 2009

関西勢が全滅してしまった高校野球雑感

今年の高校野球(真面目に観ていませんが)、けっこう興味深いものになっている。

なんといってもベスト8(準々決勝)を前に関西勢が全滅してしまった。これで、今日・明日と行われる準々決勝、そして準決勝、決勝の観客動員に影響が出ることは否めないだろう。ただ、ベスト8に残ったチームには相変わらず関西の中学校出身選手もいるので、その選手観たさに来る人も多いかもしれない。

次に、今年はなんと左投手の多い年ことだろう。マイミクの某なかばやしさんの日記によると「背番号1番が左腕の学校を数えると全部で21校。これは全体の42.9%」とのこと。つまり半分近くのチームが左腕エースなのである。こんなに左投手が多い年は過去にないのではないでしょうか。これまでは「右投げ左打ち」選手が目立っていた高校野球だが、どうやらその防御策として左投手が開化しているようだ。

そして、縦縞のユニフォームが目立つ。高校野球で縦縞というと、以前は東海大学の系列高校と帝京ぐらいだったが、これは阪神タイガースの影響と、WBCで2大会連続優勝した日本代表ユニフォームへの憧れからであろう。

木曜日, 8月 20, 2009

尾張名古屋は城で人気を再建する!?

名古屋というと、可哀想なことに、言葉がおかしいとか、文化がないとか、食べ物が美味しくないとか、美人が少ないとか、とかく馬鹿にされたり、揶揄されたりしてきた。加えて、名古屋にはこれといった観光名所や自慢できるものがほとんどない。

そんな名古屋でお城騒動が起きている。というのも、名古屋の河村たかし市長が先日(10日)の定例記者会見で、名古屋城天守閣を現在のコンクリート製から木造に建て直すことを検討していると発表した、からである。

名古屋市は名古屋城の本丸御殿(注:天守閣ではない)再建計画を進めていた。これに対して、河村市長は市長選でこの事業見直しを訴えていた。しかしながら、公開討論会の意向をくんで、事業を継続することを表明。そして、今度はそれをさらに進めるかのような、天守閣の再建計画である。

名古屋城は1945年の空襲で天守閣や本丸御殿などが焼失したが、それまで建造物や障壁画は国宝に指定され、市民からも親しまれていた。そして、1959年に市民や地元商店街の尽力により天守閣だけが再建された。

それにしても、この木造による天守閣再建計画は面白いような気がする。もともとのお城の図面や写真は戦災を免れて残っているようなので、ほぼ完璧な復元が可能らしい。そして、木造建築で再建すれば、お城は時間と共に江戸時代の趣になっていき、文化財としての価値も高まったいくであろう。

私はこれまでに全国の数多くのお城に行ったが、名古屋城や大坂城のようなコンクリート建築のお城は味気ない。最近は白石城(宮城県)や掛川城(静岡県)のように木造による再建も行われ、観光に一役かっている。「尾張名古屋は城でもつ」と言われるようなりっぱな木造による再建をして、往時の姿を見せてもらいたいものである。

水曜日, 8月 19, 2009

「1票の格差」で国会議員をリストラ

総務省が18日発表した住民基本台帳人口(3月31日現在)をもとに、衆議院小選挙区の「1票の格差」を試算すると、最大格差は有権者が千葉4区(489,437人、船橋市)と高知3区(212,376人、四万十市など)との間で生じた2.305倍。この他に、格差が2倍をこえる選挙区が55もあるという。

この格差を見ると、人口が100万人に満たない高知県、徳島県、福井県、佐賀県、山梨県に小選挙区が3区ある必要性はないだろう。これだけでも国会議員の定数を簡単に5人削減できる。

また、有権者数が100万人に満たない秋田県、山形県、富山県、石川県、和歌山県、香川県、大分県、宮崎県の8県も小選挙区は2つでいいのではないだろうか。そうなれば、13人の衆議院議員を削減できる。

こうした「リストラ」をマニフェストに追加する政党はないのだろうか。

火曜日, 8月 18, 2009

蝉がうるさい季節

夏も終わりに近づくと、蝉の鳴き声が物悲しく聞こえるものだが、今年の蝉はどうやらうるさくなりそうである。

アブラゼミはジージーと鳴く。ミンミンゼミはミーンミーンと鳴く。そして、ヒグラシはカナカナと鳴く。蝉はオスしか鳴かない。それはメスを呼ぶための手段なのである。

しかし、今年は今日から29日までは全国各地でオスもメスもジージー、ミーンミーン、ホカカナ・ホカカナと鳴く。(笑)

「うるさい」とは「五月の蝿」と書くが、今だけは「八月の蝉」と書くようである。

月曜日, 8月 17, 2009

『コーラスライン』を観る

一昨日(15日)渋谷Bunkamura・オーチャードホールで公演されているブロードウェイミュージカル『コーラスライン』を観た。

『コーラスライン』は1975年に初演、1990年までロングランランされたミュージカル。1985年にはマイケル・ダグラス主演で映画化もされた。ストーリーはコーラスラインと呼ばれるバックダンサーを選ぶオーディションを描いた単純なものだが、その歌と踊りは計算されつくした精巧かつ絶妙なもので、ブロードウェイ史上に燦然と輝く傑作である。

私が初めて『コーラスライン』を観たのは1983年のニューヨーク。あれからすでに四半世紀以上の時が流れたが、観劇中は自分がニューヨークにいるかのような錯覚に陥り、あのときの感動が鮮明に蘇ってきた。時空を越えた2時間余りのニューヨーク──。

ただ、終演後、劇場を出るとそこはタイムズスクエアでなく渋谷の雑踏。非日常と日常を認識させられるミュージカルでもあった。(苦笑)

上演時間2時間10分(途中休憩なし)

金曜日, 8月 14, 2009

ヨーロッパ人のご都合主義

昨日(13日)、国際オリンピック委員会(IOC)は2016年夏季五輪に追加する競技として、ゴルフと7人制ラグビーに絞り込んだと発表した。それにしても、相変わらずのスポーツ界におけるヨーロッパ人のご都合主義だ。

以前にも書いたことがあるかもしれないが、ヨーロッパ人はF1にしても、スキーのノルディックにしても、自分たちに不利になるとすぐに規則を変えてしまう。この傲慢さというかご都合主義はオリンピックでも同じである。

今回の発表にしても、7人制ラグビーなんて15人制ラグビーに比べたら、まったく面白くないものを、そして英連邦中心でしか競技されていないスポーツを選んでいる。加えて、相変わらず近代5種なんて世界で競技人口は何人というものもオリンピック種目として残している。

オリンピックはヨーロッパのスポーツ貴族が運営している大会である。そんな大会を東京で行う必要性がどこにあるのだろうか。

木曜日, 8月 13, 2009

公共広告機構のCMに疑問あり

このところテレビで頻繁に流れる「オレオレ詐欺さん?」というACジャパン(公共広告機構)のCMが不快でならない。というか疑問でならない。この広告の趣旨は、オレオレ詐欺防止を促すと共に、地方に住む両親に電話などをかけてコミュニケーションをしようと問いかけている。

しかし、である。このCMはどうして「オレオレ」とばかり言うのだろうか。どうして息子は自分の名前を最後まで名乗らないのだろうか。息子は「息子の声を聞いたら、わかるでしょ」と妙なアクセントのある訛り言葉で弁明している。おばあさんは綺麗な標準語なのに。どう見てもおかしい。

私は電話をかけるときに親兄弟だろうが誰だろうが自分の名前を最初に伝える。「オレだけど」とか「オレオレ」とか絶対に言わない。日本は自分の名前を言うことに妙なテレがあるというか、おかしな奥ゆかしさがある。しかしながら、これがオレオレ詐欺の元凶のひとつになっている。それゆえに、このCMは裏を返せばオレオレ詐欺を助長しているようにも思えてしまう。そして、このCMが電話では自分の名前を名乗ろう、という意味まで含まれているとはとても思えない。

したたかおばあさん
http://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/03/index.html

火曜日, 8月 11, 2009

麻生太郎度チェック

麻生太郎首相が9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典のあいさつのなかで、「傷跡(きずあと)」を「しょうせき」と、また読み間違えをした。こうなると、麻生首相はまさに「みぞうゆう」な首相である。いくら官僚や側近が作った文章とはいえ、下読みをして解らない文字を聞くとかしないのだろうか。

漢字の読み間違えは誰にでもある。しかし、下記のように読み間違えると、さすがに一国の首相としての品格を問いたくなる。

1 踏襲 →「ふしゅう」
2 頻繁 →「はんざつ」
3 破綻 →「はじょう」
4 低迷 →「ていまい」
5 詳細 →「ようさい」
6 焦眉 →「しゅうび」
7 有無 →「ゆうむ」
8 思惑 →「しわく」
9 怪我 →「かいが」
10 参画 →「さんか」
11 措置 →「しょち」
12 前場 →「まえば」
13 順風満帆 →「じゅんぷうまんぽ」
14 実体経済 →「じつぶつけいざい」
15 物見遊山 →「ものみゆうざん」


あなたの読み間違えによる「麻生太郎度」は
 13個以上 あなたは首相になれます
 10個以上 あなたは国会議員になれます
 5個以上 あなたは議員秘書になれます
 1個以上 あなたは普通の人です
 0個 あなたは官僚になれます




※答
1.とうしゅう 2.ひんぱん 3.はたん 4.ていめい 5.しょうさい 6.しょうび 7.うむ 8.おもわく 9.けが 10.さんかく 11.そち 12.ぜんば 13.じゅんぷうまんぱん 14.じったいけいざい 15.ものみゆさん

日曜日, 8月 09, 2009

ある床屋での酒井法子に関する会話

昨日(8日土曜)の夕方、酒井法子が出頭・逮捕される3時間前の床屋での会話。

主人「酒井法子は山梨にいるんでしょうかねぇ」
客A「山梨は誘導じゃないですか。おそらく東京にいますよ」
主人「弟がいて、これも覚せい剤で逮捕されたそうです」
客A「親父もヤーさんだったから、血筋なんでしょうね」
女房「子供さんが可哀想ですよね」
客A「血筋を受け継がないといいんですけどね」
客B「酒井法子と旦那が共に更生しないと、大変でしょうね」
女房「更生はできますよね」
客A「いま出てくれば、懲役1年半執行猶予3年ですけど、1週間出てこないと実刑もありますからねぇ・・・」
客B「覚せい剤の場合、6割は再犯してしまいますから、よはど周りがしっかりしていないと難しいです」
主人「再犯は実刑ですよね」
客B「確実に1年から2年は食らいます」
客A「三田佳子の息子が確か再犯になっていますね」
客B「覚せい剤は大麻と違って人格が変わったりしていますから大変です」
女房「のりピーも友人が遠ざかったとか。出てきますかねぇ・・・」
客B「出てきますよ。覚せい剤やっているヤツは自殺なんてしませんから」
主人「それにしても、簡単に覚せい剤とか手に入る社会になったんですね」
客A「残念ながら、そういう時代になっちゃいました」
女房「選挙の争点になったりしますかねぇ」

床屋の鏡越しの会話は妙に深刻だった。

金曜日, 8月 07, 2009

すこし愛して、なが〜く愛して

「すこし愛して、なが〜く愛して」
一生忘れることがない言葉だろう。

私は何度か大原麗子さんに会っている。一番最初に会ったのは私がアメリカに遊学している時代で、サンフランシスコ空港に知人の見送りに行ったときに、空港ロビーで渡瀬恒彦さんとの新婚旅行で来ていた彼女がいて、知人たちとワイワイガヤガヤ騒いだ思い出がある。

次にお会いするようになったのは、私が小劇場の芝居に関わるようになってからで、何度か終演後の宴席でお会いしている。

なかでも、忘れられないのが10年ぐらい前で、私が「先日、テレビのタモリさんの番組で『すこし愛して、なが〜く愛して』を言ってらしましたね」と暗に催促の言葉を発したら、彼女はその場にいる人たちを少し制してから、あの甘いハスキーな声で、

「すこし愛して、なが〜く愛して」

と言ってくれたのである。その場にいたおじさんたちは、一様に「生で聴いちゃった」と大はしゃいぎしてしまったが、今はきっと私と同じように、あのときのことを思い浮かべているに違いない。そして、大原さんのことをいつまでも愛しつづけるだろう。

大原麗子さん、ありがとうございました。

木曜日, 8月 06, 2009

困った夏休み

本日(6日)から10日まで、通っているジムがメンテナンスのために休みに入っている。早い話、夏休みである。このために、私は今日から5日間、泳ぐこともできず、サウナに入ることもできない悶々とした生活をしいられる。(笑)

東南アジアで夕方に沐浴や水浴びをする習慣があるように、私も夏場になると火照ってしまったメタボな体型の身体を冷やすために、夕方になるとプールへ行ったり、サウナ&水風呂に入るなどしている。

今年の夏は例年ほどの暑さではないが、それでも夕方になると余計な脂肪分が熱くなってくる。というわけで、5日間は家の水シャワーで我慢するしかない。ジムの夏休みは困った夏休みでもある。w

金曜日, 7月 31, 2009

東京ヤクルトvs広島@神宮球場

昨晩、小学校時代の友人(某建築設計士)と神宮球場で東京ヤクルト・スワローズ vs 広島カープの試合を観てきた。ヤクルトの先発は期待の左腕・村中恭兵。広島は昨年大活躍した右腕・コルビー・ルイス。

友人は大のヤクルト・ファンだが、どう贔屓目に見ても外野スタンドを埋めたファンは広島の方が3割以上多い。我々が座ったネット裏席でも広島を応援する声の方が大きい。現在のヤクルトはAクラスで、優勝も夢ではない地位にいるのに、お客さんは広島の方が多い。問題である。

友人もヤクルトは他球団のお客さん頼みで、自前のファンを育てようという企業努力がまったくないと嘆いている。阪神戦になると球場の7〜8割は阪神ファンで埋め尽くされるという。嘆かわしい限りである。このことは横浜・ベイスターズも同じことで、ヤクルトや横浜は巨人や阪神という人気球団に依存もしくは寄生しているといっても過言ではない。

さて、試合の方は4回までヤクルトが2対1とリードして、そこそこ面白い展開だった。しかし、5回になって村中が勝利投手の権利を意識してしまったのか、突如崩れはじめ、あとはヤクルトの繰り出す投手陣が全然精彩を欠き、ダラダラとした試合展開になり、結局広島が8対3で勝利した。

ということで、我々がまじめに試合を観ていたのも5回ぐらいまでで、それ以降はどのビール売りの子が可愛いかという品定めをしたり、友人は私もよく知っている昔のガールフレンドにメールを送り始めたりと、試合そっちのけであった。(笑)

天気もまずまず、暑くもなく寒くもない、ビールがうまいナイター日和の一日だった。

木曜日, 7月 30, 2009

年金制度はネズミ講

日本のマスコミというのはなぜもこうタレント知事の発言や一挙手一投足を報道するのだろうか。宮崎県の田舎知事に振り回された自民党も自民党だが、それを報道するマスコミもマスコミであった。また、大阪府の弁護士知事の発言もしばしば報道される。

その大阪府の弁護士知事・橋下徹が先日、的を射た発言をした。経団連会長との対談のなかで「年金制度はネズミ講」と発言したのである。私も以前より飲み屋などで「年金制度は公的ネズミ講で、公務員のためにあるような互助会制度」と何度も言ってきたので、橋下知事の発言には胸のすく思いであり、拍手喝采であった

そして、この発言に対して、内閣や担当の厚生労働省から大した反論が出ていないということは、彼らも現在の年金制度がネズミ講と認めなくても、欠陥があることを認めているということではなかろうか。

今の年金制度が破綻することは目にみえている。現在は60歳から年金の受け取りが可能だが、これが今後段階的に65歳まで引き上げられていく。そして、おそらく現在の20代の人は抜本的改革(消費税の大増税など)が行われない限り、支給年齢が70歳になっていてもおかしくない。

2007年度の国民年金保険料の納付率は64%しかない。つまり、国民年金保険加入条件者の3人に1人、厚生年金加入者などを入れると国民の6人に1人は年金を払っておらず、年金制度を信用していないのである。

年金は子供が親を養うための制度と同じ、などと悠長なことを言う人もいるが、核家族が進み、独身生活者が3分の1もいる社会では、子供が親を養うなどという考えは希薄化してしていて、年金制度はどうみてもネズミ講以外のなにものでもない。

火曜日, 7月 28, 2009

ビールは缶か冷えたグラスで飲むのが一番

家でビールを飲むとき、私はアルミ缶の蓋を明けて、そのままダイレクトに缶に口をつけて飲む。決してグラスなどに注いだりしない。これはアメリカ遊学時代にビールはダイレクトに飲むというアメリカ的習慣が身についてしまったのと、あのアルミの臭いが意外に好きだからでもある。ということから、「アル中(アルミ缶中毒)なんですよ」と馬鹿な冗談をよく言ったりする。(笑)

一方、外でビールを飲むときは生ビールに限る。そして、これは絶対にグラスで飲むのがいい。それも冷やしてあるガラスのグラスもしくはジョッキで飲む生ビールは格別の味である。ところが、これが陶器製グラスで飲むとビールが全然美味しく感じない。冷やした陶器でも同じである。ヨーロッパではビールといえば、こうした陶器製グラスで飲むのが普通のようであるが、残念ながらこの感覚は私には理解できない。

金曜日, 7月 24, 2009

スズメが少なくなっているとか

スズメの数が少なくなっているという。下記のHPによると、スズメの数は50年前の10分の1、20年前の5分1になっているという。それでも、日本には1,800万羽のスズメが生息していて、実際は数千万羽かもしれないという。

なぜスズメが減少しているかといえば、第一に田畑の減少、第二に巣をつくる木造家屋や樹木の減少、だそうである。このことは農村だけでなく、都会でも同様である。私の昔の家はちょっとした庭があり、そこにスズメは毎日のように飛来してきては、芝生のなかを突っついていた。

一時、都会からもスズメがいなくなってしまい、いずれスズメがトキのように絶滅危惧種になってしまうのではないか、と思われたが、最近はふたたぶ私の家の周りでも、チュンチュンする鳴き声が聞こえるようになってきた。

そこで、先日ベランダに賞味期限の切れた玄米をバラまいてみたら、あっという間になくなってしまった。その日以来、朝はチュンチュンと催促の鳴き声がうるさい。(笑)

スズメの個体数推定、およびスズメの個体数減少に関する情報
http://www.rikkyo.ne.jp/grp/animal-ecology/members/osamu_mikami/sparrow-index.html

水曜日, 7月 22, 2009

「おくりびと解散」or 「皆既日食解散」

今回の衆議院解散についていろいろな人がネーミングをしているが、私がもっとも気にいったのが、日刊スポーツ紙で漫画家のやくみつるさんが名付けた「おくりびと解散」。

やくさんによるとその理由は「麻生氏にはせめて美しい死に化粧を施して、自民党を黄泉(よみ)の国へ旅立たせてほしい。次期衆院選は自民と民主の二大政党制の始まりではなく、新たな離合集散の序曲だ」で、政界再編につながる選挙となると分析したからだそうである。

私も次の選挙が民主党のいう単なる「政権交代選挙」だと思ってはいない。が、私は今回の解散は「皆既日食解散」と名付けたい。理由は自民党が民主党に一時的に隠れてしまいそうであるからだが、それだけでなく、民主党も皆既日食(解散)、皆既日食(解散)と言っていたわりには、期待したほどの数字を見れない可能性があるからだ。

私が「皆既日食解散」と言ったら、ある人は「会期日食解散」でもあると上手いことを言ってくれた。全く会期いっぱい選挙期間いっぱいの解散である。

火曜日, 7月 21, 2009

衆議院は解散したが、梅雨前線は頑張っている・・・

九州南部や関東甲信はすでに梅雨明けとなっているが、その他の地方の梅雨明けはまだである。今年の梅雨前線は妙に頑張っている。まるで「麻生おろし」という熱帯低気圧をまったく苦にしなかった麻生総理大臣をみているようである。

さて、衆議院が解散した。これで国会は梅雨明けになり選挙モードに入ったが、ただ国民にとっての梅雨明けはいつになるのであろうか。すっきりとした梅雨明けになるのだろうか。それとも、梅雨は秋雨まで続くのであろうか。

8月に総選挙とは組織票の強い公明党や共産党に優位である。しかしながら、昨今は期日前投票の認識も高くなり、今回も先日の都議選と同じように1割近い人がこの期日前投票を利用するのではないだろうか。それゆえに組織票頼みが有利ともいえなくなっている。

8月30日までには実際の梅雨前線は消えているだろうが、そのとき麻生政権はドシャブリの雨のなかにいるのか、それとも少しでも日が当たるところにいるのか、大変興味深い。

土曜日, 7月 18, 2009

映画『劒岳 点の記』を観る

平日の昼、渋谷東映の館内はかなりの人。年配者の数が圧倒的に多く、若者の姿はチラホラ程度。高齢者向け映画なのかもしれない。

映画は新田次郎の原作をほぼ忠実に描いたようであり、監督が木村大作という日本を代表するカメラマンだけにその映像美は“ぐの音も出ない”というぐらい凄い。しかしながら、残念なことに映画としの物語性の構成力や役者陣の演技力に関してはかなりの不満が残った。

まず物語性だが、陸軍測量部と日本山岳会の対比が不鮮明だし、陸軍上層部の関与も軟弱で、結局は誰も死なず、誰も悪者にならず、軍への批判も玉虫色に終えてしまう、という中途半端な物語になっている。もう少し主義主張を明確にしてほしかった。

次に演技力に関してだが、いくら監督がカメラマン出身だからといって演技指導を怠っているようでは映画ではない。香川照之ひとりだけが完全に役に入りこんでいるのに対して、淺野忠信はまあまあとしても、松田龍平、蟹江一平、新井浩文といった若手陣が自分の役をほとんどこなしていない。というより理解していない。これでは蛍雪次朗、モロ諸岡ら中堅陣のサポートが無になってしまう。また、いつもながらの役回りの仲村トオルや小沢征悦も、役者としとの自分の殻を打ち破ってほしい。

映画『劒岳 点の記』は木村大作が監督だったからこそ映画になったのかもしれない。そして、映画は十二分に観る価値はあると思うが、ただ、映画としてさほど面白いとは思わない。

水曜日, 7月 15, 2009

御用聞き

昭和30年代までは御用聞きはごく一般的な商取引だった。

私の家でも勝手口から肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん、酒屋さんなどがそれこそ勝手に顔を出して、「奥さん、今日はなにかご注文ありますか」と言っていたものである。現代のように近所にスーパーがあるわけでなく、商店街より少し離れた住宅街には、こうした御用聞きに回る若い丁稚さんたちがいた。子供だった私も肉屋のお兄さんや八百屋のおじさんが運転する三輪トラック(ミゼット)に乗せてもらい、とても嬉しかった思い出がある。「三丁目の夕日」の世界である。

御用聞きは押し売りでなかった。御用聞きはちゃんとその家のニーズをわきまえて、それに見合った注文をとり、その信頼関係でなりたった商いだった。そして、注文をする側も時たまそれぞれの商店に顔を出して、「今度は何々をもってきてね」と言ったりしていたものである。

しかしながら、こうした御用聞きも東京オリンピックを境にめっきり少なくなってしまった。時代は高度成長をとげ、住み込みで働く若者もいなくなり、スーパーが徐々にでき、御用聞きが不要になっていってしまった。そのために、いつしか勝手口というドアや門は、開かずの扉となっていってしまった。

御用聞きは江戸の香りを残す日常風景だった。

月曜日, 7月 13, 2009

10月2日後の石原都知事は・・・

昨日の東京都議会議員選挙は大方の予想通りの結果となった。民主党が第1党となった理由は国政がらみの問題もあるが、最大の理由は都民の関心事である新銀行東京、築地市場移転、そして東京オリンピック招致という3つの石原都政の問題があったからだろう。

つまり、都民の多くが石原慎太郎都知事に対して、新銀行東京の存続および築地市場移転に対して「NO」と言い、東京オリンピック招致に対しても「NO」もしく「?」をつきつけたことになるのではないだろうか。

これまで都議会は過半数を自民党・公明党の与党が占めて、楽な都政を運営を行ってきた石原都知事であるが、今後はそうはいかないだろう。

そして、10月2日にはIOCが2016年のオリンピック開催都市を決定する。ここで東京が開催都市にならなかった場合、石原都知事はどうでるのだろうか。すでに招致活動のために100億円以上の税金を使っている都知事は、その責任をどう言い訳するのだろうか。それとも潔く辞任するのだろうか。

日曜日, 7月 12, 2009

梅雨の京都・美食日記(吉田山荘)

吉田山荘は昭和天皇の義理の弟にあたる東伏見宮家別邸として1932年(昭和7年)に建てられた。現在は和洋が調和された建物として、京料理を楽しむ料理旅館として親しまれている。
建物は総桧造りで重厚感にあふれ、客室は書院造りとなっている。各部屋は趣の異なる照明や、古墳時代の銅鏡の背面文様からデザイン化したステンドグラスがほどこされていて、優美かつ格式の高さを保っている。

ここで京都の知人とお昼の「葉皿料理」をいただいた。女将さんが書いた昔の短歌を供えた料理で、旬の素材を厳選し調理した伝統あるミニ懐石。先付、造り、葉皿、焚合、焼物、御飯、吸物、水物とどれもこれも手がこんだ料理がでてきた。写真を見れば解ると思うが、もうどれもこれも美しき料理で、私の舌感を麻痺させていき、ビールの方もぐいぐいとすすんでしまった。(笑)

ここは庭には桜や楓の木が植えられているので、桜のシーズンや紅葉シーズンに来たら更に美味しい昼食になるに違いない。帰りがけに御土産に吉田山荘特製の「ちりめん山椒」と「佃煮昆布」を買ったが、これが正解だった。特に「ちりめん山椒」は上品な味なのである。塩分控えめというのも嬉しい。

料理はちょっと値段がはるという人には、敷地内にあるサロン「真古館(しんこかん)」で比叡山や大文字を見ながらお茶やコーヒーを嗜むのもいい。近くには藤原家の氏神を祀る吉田神社、紅葉の名所として有名な真正極楽寺真如堂、新選組発祥の地である金戒光明寺など観光スポットもある。また少し足をのばせば東に銀閣寺や哲学の道、西に京都大学、南に平安神宮へと行ける。

吉田山荘
http://www.yoshidasanso.com/top.htm

食べログ
http://r.tabelog.com/kyoto/A2603/A260302/26001592/

金曜日, 7月 10, 2009

好きになれない男たち

誰にでも好き嫌いはある。以前「テレビでみたくないオジサン・ワースト5」「テレビでみたくないオバサン」というのを書いたが、こうしたみたくないタレントとは別に、好きになれない男というのもいる。特にテレビをはじめとしたマスコミを妙に利用する男は好きになれない。また、自己陶酔型(ナルシスト)な男も好きなれない。女性にだらしなさそうな男も好きになれない。

その意味では下記の3人は共通しているような気がする。

東国原英夫

朝青龍

中田英寿

もちろん、私はこの3人を好きになれない。


テレビで見たくないオジサン・ワースト5
http://k21komatsu.blogspot.com/2007/05/blog-post_31.html

テレビで見たくないオバサン
http://k21komatsu.blogspot.com/2007/05/blog-post_24.html

水曜日, 7月 08, 2009

朝日新聞の「都議選候補に聞く」

一昨日および昨日の朝日新聞に「都議選候補に聞く」というアンケートが載っていた。

1,石原都政を評価しますか
2,2016年五輪招致を支持しますか
3,新銀行東京への400億円追加出資を評価しますか
4,築地市場移転に賛成ですか。反対ですか
5,都議の報酬月107万7000円。どう見直しますか
6,現在127の都議会議員の定数をどう見直しますか

私の回答は

1,評価しない
2,支持しない
3,評価しない
4,反対
5,下げる
6,減らす

残念ながら私の選挙区には同じような考えの人はいなかった。だからといって、棄権したりしない。東京都民で選挙権のある人は、投票に行きましょう。

月曜日, 7月 06, 2009

梅雨の京都・美食日記(先斗町 いふき)

3回目である。顔馴染みである。もう常連である。と書いておこう。(笑) お店に入るとカウンターにしっかりと「予約席」とプレートが置かれていた。先日の朝日新聞に小林亜星が、京都に行きつけの店(お座敷もしくはクラブ)ができると、自分もここまできたかというようなことを書いていたが、私も先斗町に馴染みの店(割烹)ができて、いい歳になったなぁと思わざるをえなかった。

それでは、なぜ私がこのお店に来るかというと、もちろんそれは料理が旨く、いろいろなお酒を飲めるからであろう。加えて、落ち着くからだろう。というのも、このお店は京都の他店より天井が15〜20センチぐらい高くなっている。そのために、腰をすえて飲むことができる。いや、食べられるのだ。

また、カウンター前にある焼き場の上にある少し大きめのダクトもいい。炭火割烹というお店柄、煙はいやおうにも出てしまう。しかし、このお店にはその煙の色も匂いもない。加えて、カウンター席とテーブル席は禁煙になっている。最初に訪れたときに、私がこのダクトを褒めたら、女将さんの実家が設備関係のお仕事のようで、そこが腕によりをかけて作ったという特注品と言っていた。お店がオープンして4年になろうとしているが、このダクトは今でもピカピカで、音もほとんどしない。

今回も店主の言われるままに、おまかせ料理を食し、日本酒を飲んだ。いつもながら、なにもかも美味しいのだが、今回は鱧と鮑とジュンサイのお椀というなんとも贅沢な一品が印象に残った。お酒は丹後市にある木下酒造の「玉川」というのを飲んだ。口あたりは柔らかだが、非常にしっかり味のお酒だ。で、このお酒はなんとイギリス人の杜氏さんが作っているとのこと。う〜ん、日本酒も国際的になったきた。

最後に、忘れていたがここに足を運ぶ最大の理由は、店主の山本ご夫妻やスタッフの心づかいが良いこと、そしてお客さんの良さもあることとを付け加えておく。

炭火割烹いふき
先斗町21番路地奥 電話番号075-211-3263(要予約)
午後5時〜午後10時(ラストオーダー)火曜定休
http://ifuki.jp/

京の冬の旅・美食日記(先斗町 いふき)
http://k21komatsu.blogspot.com/2009/02/blog-post.html

日曜日, 7月 05, 2009

休耕田を活用してほしい

新幹線に乗って外を眺めていると、いつも休耕田の多さに驚く。今回も京都までの車窓、外を見ていると、改めて休耕田の多さに呆れてしまった。

東海道新幹線はいわゆる米どころを走る電車ではない。それでも、浜松から豊橋にかけて、名古屋から関ヶ原にかけて、米原から大津にかけてといくつかの田園地帯を走る。そして、その田園地帯の約2割〜3割は稲が植えていられないように見える。

現在の休耕田の面積は岐阜県の広さとも埼玉県の広さもあると言われる。減反政策の結果、つぎつぎと増えた休耕田の結果がこれである。以前は休耕田を宅地開発や工業団地にしたりしたが、人口がこれ以上増えることはないので、もうこうした利用転用はないだろう。それなのに、休耕田は増えているという。

一時、休耕田を利用してバイオエタノールの原料となるトウモロコシを栽培しようという話がもちあがった。また、昨今はお米でコメエタノールを生産する計画もすすんでいる。だが、なぜバイオエタノールなのだろうか。大豆や小麦でないのだろうか。なぜ家畜のエサとなる飼料米とか輸出米にならないのかが不思議である。

新幹線に乗るといまさながら日本の農業政策の歪みを感じざるをえない。

木曜日, 7月 02, 2009

梅雨の京都・美食日記(祇園 閼伽井)

今冬に京都に行ったとき、河原町三条にある老舗の割烹店「藤や」で、中西重和さんというすでに現役を退かれているが、京都で活躍する調理師さんたちが研鑽する会・京都好友会代表という京都料理界の重鎮の方とたまたまお話をする機会があった。

中西さんは20代半ばで「すし松」の料理長となり、その後「貴船ふじや」「花やしき浮船園」名古屋の「桜明荘」などで料理長を務めて数多くの弟子を育成した。その中西さんが「ここの前の料理長だったヤツが祇園に店を出したから、機会があったら行ってや」と言った。

そのお店が2007年11月にオープンした「閼伽井(あかい)」である。場所は祇園北側、花見小路と末吉町の交差点から東に入った路地裏にある。店内はシンプルな作りで、出入口寄りにカウンターの椅子席が4席、そして奥に掘りごたつ式カウンター席が3席。この他に、2階に4〜6名入れる座敷がある。ちなみに「閼伽井」とは仏前などに供養される水が湧く井戸とのことをいうそうである。

主人の阿部博輝さんは下鴨にある「吉泉」、麩屋町三条にある「炭屋旅館」、京都ホテルオークラ6Fにある「入舟」などを経て、「藤や」で料理長を務めた。彼は非情に実直な方とお見受けした。というのも、ネクタイをして調理場に立つ。そして、料理はとにかく絶品である。いちじくのゴマ和えに始まって、お刺身、煮物、吸い物、となにもかもが非常に丁寧な造りで手がこんでいる。私はフードライターでも料理ブロガーでもないので、詳細なことは書けないが、お昼なのに日本酒が恋してくて恋しくてならなかった。

置いてあるお酒は阿部さんが新潟出身ということで新潟のお酒が主体のようである。私は昼に訪ねたので日本酒をいただくことはなかったが(ビールは2本ばかり飲んだw)、彼は「『食べログ』にお酒の銘柄が普通だと書かれてしまい困っています」と洩らしていた。確かに久保田や〆張鶴などは誰もが知っているお酒なので、できれば新潟のお酒でもなかなか手に入らない銘酒(「鶴齢」「亀の翁」「松乃井」「越乃景虎」など)を並べれば、飲兵衛たちは喜ぶかもしれない。次回はぜひとも夜に訪れて、美味しい京料理と一緒に美味しい新潟のお酒を飲みたいと思う。

写真上:祇園路地裏にある「閼伽井」
写真下:中西重和さんの著書「京料理の思い」

閼伽井(あかい)
京都市東山区祇園町北側347-51 電話番号075-551-8181(要予約)
正午〜14時 午後5時30分〜午後9時(ラストオーダー)不定休

食べログ
http://r.tabelog.com/kyoto/A2603/A260301/26005953/

京の冬の旅・美食日記(木屋町 藤や)
http://k21komatsu.blogspot.com/2009/01/blog-post_31.html

火曜日, 6月 30, 2009

京都で1日3度も外国人に声をかけられる

28日と29日の2日間、所用で京都へ行っていたが、昨日(29日)は1日に3度も外国人から声をかけられてしまった。

最初は東福寺近くの退耕庵前で、門のそばに立てられているプレートを読んでいると、自転車に乗った外国人観光客に「to-fu-ku ji?」と聞かれた。しかし、私には「ku」がよく聞こえず、「ku」抜けで「とうふじ」に聞こえてしまった。そこで、私は「Do you speak English ?」と聞き返しすと、彼は目をまるくして、英語でやりとりをして「東福寺」と解り、私は「そこを右に曲がり、橋を渡り、左へ上がったところが、東福寺だよ」と答えた。ただ、いま考えてみれば、退耕庵は東福寺の塔頭(たっちゅう)なのだから、「ここはすでに東福寺だよ」と答えるべきだったのかもしれない。

次に外国人に声をかけられたのが京都駅構内のコインロッカーだった。背の高いバックパッカーが「ichinichi 300yen ?」と聞いてきたので、私は「Yes, one day」と答えた。すると、彼は「24 hours ?」と聞いてきたので、私は注意書きを読んで「午前0時になると1日は終わり、もう300円余分に払わなくなるね」と英語で話すと、彼も目をまるくして「あなたはアメリカ人か?」と言われてしまった。(笑)ちなみに彼はイギリス人だった。

そして、今日はよく外国人に声をかけられる日だなぁ、と思って、新幹線ホーム下のお土産店でガラス越しに日本酒を見ていたら、今度はインド系のビジネスマンに「kyoto no osake, oishi-desuka ?」と聞かれてしまった。もうこうなると面倒なので、私はすぐに英語で「京都の伏見は、日本でも有名な酒どころ。どれを飲んでも美味しいですよ」と答えてしまった。

実は旅をするとよく人に声をかけられる。私は白髪で眼鏡をかけてカジュアルなスタイルで旅をするので、旅先で大学の先生ですかとか作家先生ですか、と言われたりする。また、外国人からも声をかけやすいタイプに見られるようで、これまでも日本各地で外国人に道を尋ねられたりしている。それにしても、1日に3度は初めてである。さすが京都、外国人観光客が多い。

写真上:京都ホテルから東山を見る
写真下:鴨川と川床料理のお店

日曜日, 6月 28, 2009

『腕におぼえあり』の原作を読む

『腕におぼえあり』は1992年に村上弘明主演でNHK金曜時代劇として放送された。近藤等則のトランペット音楽と相まって、斬新な新感覚時代劇として評判になった。ただ、私としては村上弘明の相手役だった黒木瞳が妙に艶っぽっかたことを鮮明に記憶している。w

さて、その『腕におぼえあり』の原作は藤沢周平の時代小説『用心棒日月抄』シリーズであり、先週そのシリーズ4巻『用心棒日月抄』『孤剣』『刺客』『凶刃』をすべて読み終えた。

この『用心棒日月抄』シリーズは、最初の3冊は短編連作なのだが、4冊目だけは長編小説となっている。お話は主人公・青江又三郎は密命をおびて北国の小藩から江戸に出るが、その江戸では密命の探索をしながら、生活のために用心棒稼業も行うというものである。

『凶刃』の巻末解説(川本三郎)にも書かれてあるが、青江又三郎の面白さは両義性にある。それは密命と用心棒稼業にということだけではなく、北国の小藩と江戸、武士と浪人、武家生活と長屋生活といった具合に、武家ものと市井ものを硬軟うまく取り混ぜているからである。それゆえに、読者はこの本を読むと、武家もの小説と市井もの小説の両方を、一冊で二つの小説を楽しむような感覚になる。一粒で二度美味しいのである。

そして、この小説を読んで黒木瞳が演じた佐知という忍びの女性がとにかく魅力的であることがよく解った。

金曜日, 6月 26, 2009

70年代のセックス・シンボル、ファラ・フォーセット

今日は朝からマスコミ(テレビ)はマイケル・ジャクソンの急死を報道して、Mixiにはマイケルがらみの日記が氾濫している。しかし、70年代をアメリカで過ごした者としては、マイケル・ジャクソンよりも、ファラ・フォーセットの死去の方が悲しい。

ファラ・フォーセット(当時はファラ・フォーセット・メジャース)は1976年放送開始の『チャーリーズ・エンジェル』のジル役で、一躍全米の“セックス・シンボル”として人気者になった。ブロンドの髪に常に胸の谷間を意識したスレンダーな体形は、若者ばかりでなく大人から子供までも魅了した。それはある意味で、男にとってマリリン・モンロー級の人気だった。

彼女がジル役を演じたのはたった1年で、その後はいろいろなテレビや映画に出たりして、演技力は評価されたが残念ながらヒット作には恵まれなかった。私生活では、1982年にリー・メジャース(「600万ドルの男」)と離婚。その後はライアン・オニールと同棲して1985年には息子が誕生した。その後、二人は結婚しないまま17年の同棲生活続けたが破局。しかし、2006年に彼女に直腸ガンが見つかると、2人は寄りを戻して、先日オニールががフォーセットに求婚して、彼女が同意したと伝えられていた。

「チャーリーズ・エンジェル」のジルは永遠なり。

水曜日, 6月 24, 2009

ダルビッシュとマーくんで儲けたセ・リーグ

プロ野球のセ・パ両リーグ交流戦が先日(21日)終了した。福岡ソフトバンク・ホークスが2年連続の2度目の優勝を遂げ、これで交流戦の優勝は2005年開始以来5年続けてパリーグの球団となった。

しかし、残念なことに今年は全体ではセリーグが70勝パリーグが67勝(引き分け7)と、初めてパリーグがセリーグに負け越してしまった。これまでパリーグは東北楽天イーグルスというハンデを負いながらもセリーグに勝ち越してきたが、今年はセリーグが横浜ベイスターズというハンデを負いながらもパリーグに勝ち越しした。

パリーグ・ファンとしては情けない気分である。

それにしても、今年の交流戦はセリーグにとってウハウハだった。観客動員では好調巨人が41,686人(前年比1.7%増)で1位。新球場効果もあって広島は1試合平均の観客動員が昨年の17,293人から24,218人と前年比40%の大幅アップ。最終週にマーくんとダルビッシュが登板したときは、共にチケットが完売した。

私が観にいった6日のダルビッシュvs巨人戦もチケットが完売だった。

《年度別対戦成績》
年   セリーグ   パリーグ 優勝
2005年 104勝  7分 105勝  千葉ロッテ
2006年 107勝  1分 108勝  千葉ロッテ
2007年  66勝  4分  74勝  北海道日本ハム
2008年  71勝  0分  73勝  福岡ソフトバンク
2009年  70勝  7分  67勝  福岡ソフトバンク

月曜日, 6月 22, 2009

犬は遊び相手を憶えている

先日、地元で美味しい魚が食べられる居酒屋で飲んでいたら、ドア越しに友人に声をかけられた。彼は愛犬と夜の散歩中だったので、仕方がなく私が外に出た。

すると、その犬(トイプードルで名前を「ゆず」という)が吠えたりはしないが、あっちへこっちへと道端を駆けずり回り大興奮。「憶えているんだろうか」と友人。果ては私の左足に4足をすべて絡ませてきて、お猿さんかダッコちゃん状態である。

彼の家に行ったのはかれこれ1年以上前である。そのときに、このゆず君と初めて会ったのだが、奥さんに「人見知りするのでごめんなさい」と言われつつも、ゆず君はしっかりと私の膝の上にのって、下あごとお腹をくすぐられたいた。

犬は賢い動物だというが、その記憶力には驚かされことが以前にもある。

20代後半に私はアメリカで急性肝炎を患ったことがある。幸いにも入院することはなかったが、サクラメントの友人の家で1ケ月余りの安静生活をしいられた。急性肝炎になると身体が疲れやすくなり、睡眠時間を1日10時間ぐらいとらなければならなくなったりする。それでも、友人の家でダラダラしているわけにはいかず、毎日夕方になると飼い犬のシェパードのハッピー君を連れだしては、サクラメント川の河川敷でハッピー君に野ウサギを追っかけさせたりしていた。

3年後に彼の家を訪ねたとき、ハッピー君は一目散に私のところに飛んできた。

犬は遊び相手を憶えている。

水曜日, 6月 17, 2009

わけのわからない都市名が氾濫した平成の大合併

昨日、首相の諮問機関である第29次地方制度調査会が、平成の大合併を打ち切るべきという答申をまとめた。事実上、平成の大合併の終了を宣言したようなものである。この平成の大合併で、1999年3月に3,232あった市町村は、2010年3月には1,760まで減少する見込みだそうである。

それにしても、この平成の大合併でわけのわからない都市名がいくつも誕生した。

そのなかでも、どう考えてみてもおかしな都市名を列挙してみたい。まず奥州市(水沢市・江刺市、胆沢郡前沢町・胆沢町・衣川村が合併)と甲州市(塩山市と東山梨郡勝沼町・大和村が合併)。

そもそもこの地名をつけた人々は「奥州」や「甲州」という名前の意味を知っているのだろうか。奥州も甲州も律令制に基づいて作られた令制国、陸奥国と甲斐国の別称である。陸奥国とは明治以前は現在の福島県、宮城県、岩手県、青森県の広さもあり、1867年(明治元年)になってやっと陸奥国・陸中国・陸前国・岩代国・磐城国の5つに分割されて、現在の岩手県だけが陸奥国となったのである。

というわけで、この奥州市や甲州市という名前はどうみても分不相応というか身の丈に全くあっていない地名である。奥州市は鎮守府もあり歴史的にも由緒ある胆沢市とするべきだっただろう。また、甲州市もぶどう市とした方がいいような気がする。w

そして、ひらがなの都市名も実に増えた。さいたま市を筆頭に、つがる市、にかほ市、みどり市、さぬき市、かほく市、うきは市、せたな町、まんのう町、さつま市・・・。どれもこれも幼稚な名前にしか思えない。まるで漢字文化を否定しているようであり、歴史的文化的な重みがまったく感じられない。

このほかにも、可笑しいだろうという地名は数限りない。西東京市、東かがわ市、四国中央市、瀬戸内市・・・・。私は今でもたまに仕事で全国各地を訪れるが、自分の土地の名をいくら合併だからといって、軽々しく変えるような土地は残念ながら訪れたいとは思わない。

月曜日, 6月 15, 2009

「BS列島ニュース」と「お元気ですか 日本列島」

「BS列島ニュース」はNHKーBS1で平日午後1時15分から放送されている番組。内容はその日の午後0時15分から5分間放送された全国各地のお昼のニュース(ローカル版)を放送するものである。一方、「お元気ですか 日本列島」はNHK総合午後2時5分から放送されている番組で、天気予報と地方局の話題を集めた番組である。

かなり似たような番組であるが、「BS列島ニュース」は基本的に全国8基幹局(札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・広島・松山・福岡)とその他の県域局(週替り)の9局のローカル・ニュースが編集されて放送される。それゆえに、各地の事件性のあるローカル・ニュースが多い。しかし、「お元気ですか 日本列島」は事件性のあるニュースは少なくして、地方色豊かな話題を掘り下げて取り上げている。

こうした番組の相違のためか、「BS列島ニュース」に登場するアナウンサーはほとんどが男性で、彼らのほとんどは東京でも活躍していた、いわば“NHKの顔”として知れた人ばかりである。それに比べて「お元気ですか 日本列島」に登場するアナウンサーはほとんどが女性で、新人アナもしくは現地採用のアナといった感じの人が多い。

私はこの2つの番組をなるべく見ようとしている。というのも、東京にいるとローカルな話題を知る機会がほとんどない。地方から東京の情報を得ることは容易いが、東京にいて地方の情報を得ることは意外に難しい。その点、これらの番組は日本各地の話題を提供してくれるので嬉しい。ただ、私もこれらの番組を真剣に見入っているわけでなく、流し見しているだけなので、ちゃんと把握できているとはいえなが、それでも、地方の話題には触れたいようにしている。

木曜日, 6月 11, 2009

「かぐや」と映画「月世界旅行」

日本初の大型月探査機「かぐや」が11日午前3時25分に月に落下して、その任務を終了した。「かぐや」はこれまでに月上空から観る地球の日の出(地の出?)をはじめ、数多くの綺麗な映像を送ってきた。その多くは下記のJAXAのサイトで観ることができる。

月の映像というと誰もがアポロ11号の月面着陸を思い浮かべるだろう。しかし、私はなぜか1902年に作られた映画史に欠かせない傑作「月世界旅行」(原題は"Le Voyage dans la Lune"、英題は"A Trip to the Moon")を思い浮かべてしまう。

「月世界旅行」はフランスのジョルジュ・メリエスによって脚本・監督された約14分のサイレント映画。巨大な大砲の弾丸で月へ行った人間たちが、月で宇宙人(原住民)と出会い、最後は月の崖っぷちから弾丸が落ちて地球に戻る、というお話。この作品はドタバタなスラプスティックに富んだ映画であると共に、SF映画の原点ともいわれ、映画を勉強する学生ならば必ず観なくてはならない作品でもある。

1902年という20世紀初頭には月への旅行はまだまだ夢の夢の時代であった。それから1世紀余。ジョルジュ・メリエスらの夢も、もうすぐ手が届きそうな時代になっている。そして、早く粗大ゴミとなってしまった「かぐや」を回収してほしいものである。

JAXAのサイト
http://www.jaxa.jp/video/index_j.html

Youtubeにあった「月世界旅行」(12分48秒)
http://www.youtube.com/watch?v=7Kpnbl3tn58&feature
※他にもいくつかYoutubeに投稿されている。

火曜日, 6月 09, 2009

梅雨より五月雨の方が好きかも

気象庁は9日、九州から東海にかけて梅雨入りしたとみられると発表した。平年より1〜11日遅く、昨年より12日遅いとか。これからしばらくは北海道を除く日本各地はジメジメしたうっとうしい季節となってしまう。で、この梅雨(つゆ)という言葉の意味と語源をちょっと調べてみた。まず広辞苑から──。

梅雨【梅雨・黴雨】
1、六月頃(陰暦では五月)降り続く霖雨。ばいう。さみだれ。
2、梅雨の降る頃の季節。太陽暦六月十日頃から七月十日頃までの間。

次に、その語源はということで、語源辞典などを調べてみると、中国の揚子江流域で梅の実が熟す頃が雨期にあたり、梅雨(バイウ)と呼ばれるそうである。その言葉が江戸時代に日本に伝わり、日本では「つゆ」と呼ばれるようになったそうである。江戸時代の貞享4年(1687年)に刊行された「日本歳時記」には、「此の月淫雨ふるこれを梅雨(つゆ)と名づく」とあるそうだ。

それでは、日本ではどうして「つゆ」と呼ばれてるかというと、これは諸説あるようである。この時期に樹木には多くの「露」がつくからという説。梅の実が熟してつぶれるという「潰ゆ」からきている説。そして、長雨のために食べ物が腐ったりしてダメになるものが多いので「ついえる」の古語である「ついゆ」から変化したという説。といった具合で、その語源は定かではない。

ただ、今日では誰もがこの時期のことを梅雨(つゆ)と呼ぶが、まだ陰暦だった江戸時代は五月雨(さみだれ)という言葉も広く使われていた。ご存知、松尾芭蕉も五月雨という言葉を使って多くの俳句を詠んでいる。

五月雨の降り残してや光堂
五月雨をあつめて早し最上川
五月雨にかくれぬものや瀬田の橋

梅雨という言葉よりは、五月雨の方がロマンチックな感じがする。

月曜日, 6月 08, 2009

後味の悪い試合だった

一昨日(6日)、東京ドームで行われたプロ野球交流戦・読売ジャイアンツ vs 北海道日本ハムファイターズの試合を観に行った。この日は日本ハムの先発投手がダルビッシュ有だったためにチケットは完売。観客動員は44,887人と大入り満員になった。

試合は2点をリードされたジャイアンツが、6回にダルビッシュから巨人若手の工藤、松本、坂本らが5連打を放って3点をとって逆転。8回にはファイターズが同点できるチャンスを、中堅の松本が好返球で走者をホームでタッチアウトにして、9回をクルーンが締めてジャイアンツが勝利をあげた。

と、このように書けば、何処が後味の悪い試合だったか解らないだろう。しかしである。9回のクルーンのプレイは最悪であった。興奮症の男が一人相撲しているようで、観ていて「せっかくの好ゲームだったのに」と思わざるをえなかった。

9回、抑えとしてマウンドに上がったクルーンは先頭打者の金子をいきなりファアボールで出塁させる。続く鶴岡は送りバントをして、1死走者2塁となった。ここで代打・稲田の打った打球はピッチャーゴロ。それを捕ったクルーンは2・3塁間に挟まってしまった金子を追いかけ回す。結局、金子はアウトになったが、クルーンはすってんころりんと転倒。これでちょっと怪我をしたクルーンのために試合は中断。

最後は田中を三振に仕留めて試合が終わったのだが、なんでクルーンは挟殺プレイのときに内野手にボールを投げなかったのであろうか。興奮していたからだろうか。それとも、内野手を信用していないからだろうか。

いずれにしろ、あんな興奮症で一人相撲しかできない選手を雇っているジャイアンツは恥ずかしくないのだろうか。ジャイアンツの創設者である正力松太郎の「巨人軍は常に紳士たれ」という言葉はいったい何処へいってしまったのだろうか。私はアンチ巨人であるが、坂本や亀井ら生え抜きの選手が育っている現在の原辰徳ジャイアンツには好感がもてる。それゆえに、クルーンのようなどうみても紳士でない不良外人はいらないと思うのだが。

土曜日, 6月 06, 2009

梅雨イワシをご賞味あれ

今年はイワシが大漁なのだろうか。形といい値段といい、美味しそうなイワシが1尾38円(@碑文谷ダイエー)で売っていました。私は主婦ではないのでこの値段が安いか高いかよく解らないが、少し前までは1尾100円以上の値段がついていたときがあったから、かなり安くなったのではないだろうか。

イワシは本来は秋の食べ物で、季語としても秋のはずである。しかし、今の時期のイワシ(真鰯)は「梅雨イワシ」もしくは「入梅イワシ」と言われて、魚体がパンパンに張っていて、味も脂がしっかりのっていて非常に美味しい。

イワシは一説には百年周期で大漁だったり、不漁だったりするといわれている。昨今では鯨による大量捕食でも減っている。私が子供の頃は魚屋さんの店頭でイワシは1盛(10尾ぐらい)安価(50円ぐらいだったような)で売られていた。それが、1970年代以降はめっきり獲れなくなり、イワシはいつのまにか大衆魚から高級魚になってしまい、デパートでは1尾1,000円で売られたなんて話もあった。

そんなイワシが今は手ごろな値段に手に入るようになった。イワシは骨まで食べれてカルシウム摂取にもなる。秋よりも美味しいと言われる梅雨イワシ。みなさんもいかが。

木曜日, 6月 04, 2009

引き分け試合なんか面白くない

昨日(3日)の千葉ロッテ vs 巨人のプロ野球交流戦は延長12回1対1で引き分けになった。前日の同カードも引き分けだった。そして、巨人にいたっては4試合連続延長戦で、その成績はで1敗3分けとなった。

それにしても、プロ野球の延長戦12回引き分けというのは面白くない。プロなのだから決着がつかないというのはおかしい。観客は勝負の決着をつけるのを観に来ているのだから、私などはこんな試合に遭遇したら「金返せ!」と言うだろう。

それでは、なぜこのような制度ができたかというと、2001年からスタートした1シーズン140試合制になったときに、選手会側からの要望でセパ両リーグとも延長12回(セリーグはそれまで15回だった)にすることになったからである。これは労働時間の増加、人口芝による身体への負担増を避けたいなどという理由からである。また、観客の終電時間のことなども配慮されている。

しかしである。実際の問題点は違うところにある。それはとにかく試合がダラダラして長いから、こんな制度になってしまったのである。イニング間の選手交代、バッターボックスを何度も外すバッター、投球間隔が異常に長いピッチャー、などプロ野球の遅延行為は数限りなくある。高校野球が1試合2時間ぐらい、大学野球や社会人野球でも2時間10分ぐらいなの対して、プロ野球は平均3時間10分かかるのである。もし、プロ野球の平均試合時間が2時間30分だったら、12回延長引き分けなんて馬鹿な制度はないはずである。

試合での遅延行為こそが引き分け試合を容認させている最大の理由である。

火曜日, 6月 02, 2009

補正予算で閣僚にスタイリストを

昨日(2日)の閣議で全閣僚が沖縄の夏用シャツである「かりゆしウエア」を着ていた。麻生首相や河村官房長官などはゴキゲンだったようだが、どう見ても似合っているとは思えない。

政府のクールビズ政策は今年で5年目になるそうだが、服装のセンスは相変わらずペケだ。ここはなんでもありの補正予算があるのだから、内閣もその予算を使って閣僚たちのためにスタイリストをつけてみてはどうだろうか。

閣僚はテレビなどに出る機会が多いのだから、もう少し服装に気をつかってもらいたい。政治家がファッション・センスを上げれば、世の男たちのドブネズミ・ルックや、ありきたりの白黒ファッションが少しはなくなるような気もするのだが・・・。

月曜日, 6月 01, 2009

競馬はやっぱり騎手

日本ダービー、残念ながら馬券を取ることができなかった。

昨日の東京競馬場は午後になって土砂降りの雨が降りはじめた。このために、馬場が不良になり、どの馬券を買うか非常に迷ってしまった。競馬に詳しい方ならご存知であるが、競走馬は不良馬場になると、馬力がある馬や蹄に水かきをつけたような馬が強い。

11番セイウンアンダーと18番アンライバルドには雨の実績がある。また、こういった馬場には先行馬が有利なので12番リーチザクラウンにも食指が動いた。そして、結局は発送10分前に非常に迷いながらも11番と18番からそれぞれ1番、2番、12番、16番へと流し、それ以外に11番、12番、18番のBox馬券を買った。

結果は、ご存知のように横山典弘騎乗の1番ロジユニヴアースが優勝、2着には天才・武豊騎乗の12番リーチザクラウンが粘りこんだ。(横山はリーディング・ジョッキーの常連、武は言うまでもない最多勝利数を更新中のジョッキー)

以前から「競馬は騎手だ。特にG1は」と言ってきたが、本当にG1は騎手の力によるところが大きい。結局はあの不良馬場をゆっくりと馬をうまくなだめながら先行した2頭が1・2着になった。もちろん馬の不良馬場への適性もあるが、やはり横山と武の2人の騎手としての伎倆を見せつけられたようなレースであった。私は馬より騎手を信じるべきであった・・・。

横山典弘よ、ダービー初勝利おめでとう。

金曜日, 5月 29, 2009

本日は何の日かといえば誕生日(笑)

4年前はイチローの背番号と同じ歳でしたが、今年は松井秀喜と同じ背番号の歳になってしまいました。次は誰と同じ背番号の歳になるのだろうか。田口壮は確か99番をつけていますね。(笑)

さて、今日は何の日かというと、いろいろあります。

「呉服の日」
「ご(5)ふ(2)く(9)」の語呂合せ。から全国呉服小売組合総連合会が制定したそうです。私の父親は生糸関係の仕事をしていましたが、残念ながら私は全く和服をもっていません。

「こんにゃくの日」
「こん(5)にゃ(2)く(9)」の語呂合わせ。全国こんにゃく協同組合連合会が制定したそうです。こんにゃくはカロリーの低い健康食です。生産の9割は群馬県。

「白櫻忌、晶子忌」
与謝野晶子は1942年(昭和17年)、この日に亡くなりました。日露戦争へ出征した弟へ書いたという「君死にたまふことなかれ」は今でも有名ですね。

「エベレスト登頂記念日」
私が生まれる1年前のこの日、ニュージーランドのエドモンド・ヒラリーとシェルパ族のテンジン・ノルゲイが世界最高峰のエベレストの登頂に世界で初めて成功した。

火曜日, 5月 26, 2009

新型インフルエンザのマスク予防に疑問

マスクは本来「風邪にかかっている人」がせきやくしゃみなどを飛散防止するためにあるもので、「風邪にかかっていない人」が予防のためにつけるものではない。ところが、花粉症、ダスト、紫外線などの対策としてマスクが用いられから、いつの間にか風邪の予防にもマスクという風潮になっている。

花粉やダストとウィルスの大きさを比較してほしい。花粉やダストはある程度目に見えるもので、マスクが予防になるということは解る。実際、私も掃除機を使うときにマスクをしたりする。しかし、ウィルスは誰の目にもまったく見えない。仮にマスクを通さないとしても、逆にマスクに付着して伝染したり拡散させているような気がする。

私は細菌学者でも医者でもないが、マスクがインフルエンザの予防対策になるとは鼻っから信じていない。というのも、2003年のSARS(新型肺炎)問題のとき、香港や中国南部では市民のほとんどがマスクをしたが、残念ながら数多くの死者を出してしまった。SARSの感染方法は今だに飛沫感染なのか付着感染すら解っていない。それゆえに、マスクを過信しずぎて手洗いやうがいを怠った人も多かったという。

2006年12月、東京ではノロウィルスが蔓延した。その頃私は肩の怪我のために長期入院を余儀なくされていたが、病院では医者、看護婦、職員たちは誰もがマスクをしていた。しかしながら、私が入院していた病棟の看護婦のほとんどはノロウィルスにやられてしまった。

そして、今回の新型インフルエンザ騒動でも、ニューヨークの模擬国連に参加した女子高生2人はニューヨークで四六時中マスクをしていたにもかかわらず感染してしまった。彼女らの話では「マスクをしているのは私たちだけだった」というのに、彼女たちはマスクの効果も全くなく残念なことにウィルスにかかってしまった。

冒頭にも書いたがマスクは「風邪にかかっている人」がせきやくしゃみなどの飛散防止のためにある。つまり、マスクしている人は健康な人でなく、本来は病気の疑いのある人なのである。海外ではマスクしている人を見ると不安がる人がとても多い。病気がうつるんじゃないかと思ってしまうからである。

インフルエンザに対する最大の予防は手洗い・うがいはもちろんのこと、身近なドアノブや手すりなどをこまめに殺菌・除菌することではないだろうか。また、人が集まるところには消毒液を常設しておくことも大切だろう。他にもいろいろあるだろう。

それにしても、これだけマスクが公然化していくと、犯罪者にとって嬉しい社会になってしまう。早くマスク依存症および過信症から脱した社会に復帰してほしいものである。

月曜日, 5月 25, 2009

お馬さんに挨拶に行ってきた

一昨日(23日)、何年かぶりに東京競馬場へ行ってきた。東京競馬場は2003年から2007年にかけて3期に分けて改修工事を行っていたが、私が最後に行ったのはその前のことであるから、ひょっとすると10年ぶりぐらいかもしれない。

今回の目的は先日の日記(↓)で書いたように、アブク銭をいただいたことへの感謝をお馬さんに伝えるためであった。そのために、前日から競馬新聞を買って熱心に勉強もすることなく、本当にお気楽モードで競馬場へ足を運んだ。

渋谷から京王線を乗り継いで競馬場に到着したのは、ちょうど午前のレースが終わった頃。駅前で競馬新聞(競馬エイト)を購入。まずはスタンドのあちらこちらを見学。それから、パドックへ行って、第5レースの出走馬をチェックする。前評判では1番と9番の一騎打ちの様相なのだが、パドックで見る限りは14番の馬体が非常に大きく見えたので、1番から9番と14番へ馬連で2,000円ずつ購入。結果は1番→14番で馬連は1,280円。いきなり25,600円である。もうこれで、本日の遊び代をゲットしてしまう。w

次の第6レースもパドックで良かった11番から3点流しをするが、この11番、最後の直線でもの凄い追い込みをしたが、結局は3着でハズレてしまった。第7レースは無印の馬が2着に入って波乱。続く第8レースも驚異の新人・三浦皇成が7番人気の馬を1着にさせてこれまた波乱。この第7・第8レースはパドックでの私の目は完全に明後日の方を見ていたようである。

第9レースは残念オークスともいわれる「カーネーションカップ」。本命は10番の馬。しかし、パドックで一番よく見えたのが8番。ここでちょっと勝負。3番、8番、10番、11番の1,000円×6通りのBox馬券と、8番から3番、10番、11番へ500円の流し馬券を購入。結果は11番→8番で馬連は5,810円。なんと87,150円のゲットである。ヒェ〜。こうなると、止らない。続く第10レースも配当は安かったが910円の馬連を1000円ゲット。メインの第11レース「フリーウェイステークス」は全くだったが、この日もアブク銭を得てしまった。お馬さんに感謝です。

某目黒のお寿司屋さん、私にたからないように!

昔なら「飲めや、歌えや、何でも買ってやるぞ〜」だが
http://k21komatsu.blogspot.com/2009/05/blog-post_14.html

水曜日, 5月 20, 2009

プロ野球はホームランが多すぎる

昨日からセパ交流戦が開始されたが、今年のプロ野球はホームランが多すぎる。開幕まもない頃は阪神金本が3連発を2回も打つわ、北海道日本ハムの稲葉3連発、オリックスのラロッカ3連発と、3連発の乱発であった。

WBCではほとんど出番がなかった巨人の阿部(捕手)が、開幕直前の練習でホームランをボカスカ打って、日本のボールの違いに驚いていた。そのWBCで外野フライが精一杯だった小笠原もホームランを量産している。また、中日のブランコは名古屋ドームのスピーカーに当てたり、東京ドームの看板上に当てたりと特大ホームランを打ちまくっている。おそらく彼も日本の“飛ぶボール”に驚いているに違いない。

先日、あるテレビ局のアナウンサーが「ホームランは野球の華だから、今後も1本も多くのホームランが出て、観客を楽しませてほしいです」とのたまわった。信じられない。無知な暴言である。確かに豪快なホームランは見ていて気持ちがいい。しかし、フラフラと上がって入っちゃったり、流して入ってしまうホームランなんて味気ない。フェンスを越えてしまえば、そこで試合はストップしてしまう。しかし、ボールがフェンスに当たって、転々とすれば打者(走者)と守備陣のかけひきがはじまり、ベース上でのタッチプレーが楽しめる。

以前よりあちこちで言われていることだが、早く日本も“飛ぶボール”をやめて国際試合使用球と同じものを使うようにするべきである。そして、「ホームランは野球の華」なんていう認識(もしくは意識)は早く消えてもらいたいものである。

月曜日, 5月 18, 2009

世論調査による政党支持率と首相はどっち?

民主党新代表が鳩山由紀夫に決まったことを受けて、マスコミ各社は週末(5月16〜17日)に世論調査を行った。各社の数字(パーセント)は下記の通りである。

政党支持率
    自民    民主
朝日  25    26   
読売  28・4  30・8  
毎日  23    30   
産経  27・5  30・5  
日経  33    38
共同  25・2  30・0

どちらが首相にふさわしいか
    麻生    鳩山
朝日  29    40
読売  32    42
毎日  21    34
産経  33・1  37・7  
日経  16    29
共同  32・0  43・6

木曜日, 5月 14, 2009

昔なら「飲めや、歌えや、何でも買ってやるぞ〜」だが

日曜日(5月10日)の東京競馬第10レース「オアシスステークス」の3連単39,210円を300円当てた。117,600円である。メインの第11 レース「NHKマイルカップ」は外したが、第9レース「アハルテケステークス」の馬連4,400円を1,500円当てていたので、この日だけで結果として 18万円以上のアブク銭を手にしてしまった。

こうなると、昔なら「アブク銭だぁ〜、飲めや、歌えや、何でも買ってやるぞ〜」となったものだが、今は「これでまた3〜4ケ月は競馬で遊べる」と思うだけである。というのも、私は馬券をネットで購入しているし、お金もジャパンネット銀行に口座があるので、実際の馬券も現金も見ることなく競馬をしている。ほとんどゲーム感覚に近い。

それにしても、今年は競馬運がいい。そのおかげで、ジャパンネット銀行の口座に今年はまだ一度も補填をしたことがない。1月初めに数万円だった口座が、昨日の大勝ちで20数万円に膨れあがってしまった。この運がいつまで続くか解らないが、今は控え目な姿勢で競馬運を維持していきたいと思う。

だが、こうしたことを書くと競馬運が崩れたりすることもあるので、今週末は気をひきしめて取り掛かりたい。

火曜日, 5月 12, 2009

浮世絵 - ベルギーロイヤルコレクション展

一昨日(10日)の午前中、日本橋高島屋で開かれていた「浮世絵 - ベルギーロイヤルコレクション展」へ行ってきた。前日のN響定期公演もある人のブログに半分騙された気で行ったが、今回も別の方のブログに半分騙された気分で行ってしまった。なんと主体性のないことだろう。w

さて、この浮世絵展は、ベルギー王立美術歴史博物館とベルギー王立図書館のコレクションに保存されている浮世絵150点余りを展示していて、鈴木春信、磯田湖龍斎、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、歌川豊国、歌川国芳、葛飾北斎、安藤広重といった江戸時代を代表する浮世絵師の傑作の数々をじっくりと鑑賞することができた。

そのなか、私がもっとも目を見張ったのが、喜多川歌麿の「高名美人みたて忠臣蔵 十二段つづき」。これは「仮名手本忠臣蔵」の初段目から十一段目まで場面を、当時の高名美人(実名入り)で描いたもので、なんとも艶めかしい忠臣蔵の絵である。十一段目では歌麿自身が高師直(吉良上野介)として登場、討ち入りならぬ美人たちと楽しげな宴を繰り広げいて、ウィットにとんだ絵となっていた。このほかにも、歌川国芳の「金魚づくし」という金魚を擬人化した滑稽画もあり、江戸庶民の生活を風刺していて可笑しくてならなかった。

こうした興味を引かれた作品とは別に、葛飾北斎の富岳三十六景「神奈川沖浪裏」、同「凱風快晴」、同「山下白雨」、安藤広重の東海道五十三次「庄野 白雨」、名所江戸百景「大はしあたけの夕立」など馴染み深い作品もあり、また、3枚で1組の絵という「大判3枚続」がいくつもあり、なかでも鳥居清長の描いた「吉原歓々楼遊興」は昼の吉原遊廓の全体像を描いていて、男として大変参考になった。w

ベルギー王立美術歴史博物館とベルギー王立図書館のコレクションには8000点もの浮世絵コレクションがあるそうである。そして、今回展示された浮世絵の保存状態はどれもこれも素晴らしい。先日の日記にも書いたが、日本には江戸時代のこうした浮世絵、錦絵などを保存・展示する大々的な美術館がない。やはりアニメ美術館より浮世絵美術館を優先すべきではないでしょうか、麻生さん。

金曜日, 5月 08, 2009

麻生さん、国立江戸美術館を作ってください

現在、国会で審議されている2009年度補正予算案のなかに、文化庁は117億円をかけてアニメや漫画などを展示する美術館「国立メディア芸術総合センター」を2011年までに建設するという案を計上している。これは明らかに麻生総理大臣の若者向けのパフォーマンス選挙対策と、ハコモノ好き行政が合致した場当たり的かつ非建設的な計画である。

計画ではお台場を建設候補地として、来場者数を年間60万人とする。館内にはスクリーンを備え、常設および企画展示などを行い、将来を担う人材を育成するため公開講座も実施するという。運営は外部委託で、年間1億5000万円の入場料(見込み)、協賛金、グッズ販売など賄うという。

確かにこれまでにアニメや漫画の殿堂と言われるようなものはない。しかし、いきなりハコモノありきではないだろう。また、アニメや漫画はまだまだ現在進行形のものであり、もし国がお金をかけるならば、人材育成や作品助成ではないだろうか。そして、昭和中期以降に発展を遂げたアニメ・漫画より、それ以前の文化財産を保存するハコモノの方が先ではないだろうか。

現在、東京には江戸東京博物館があるが、残念ながら浮世絵、錦絵、水彩画、肉筆画など江戸時代の美術をしっかり保存、そして展示できる美術館はない。これは東京都が作るべきものなのかもしれないが、石原都知事は東京オリンピック誘致活動ばかりにお金をかけてうつつを抜かしてしるので、麻生総理大臣よ、麻生アニメ大臣などと言われないがために、アニメ美術館より先に国立江戸美術館を作ってもらえないだろうか。

木曜日, 5月 07, 2009

ゴールデン・飲みィーク

ゴールデン・ウィーク中、1日おきにジムに通っていた。
そしたら、インストラクターのお兄さんが聞いてきた。

「小松さん、改心したのですか?」
「俺が改心する男に見えるか」
「見えません。(笑)お休みなのによく来られるじゃないですか?」
「行くところがないからだよ」
「あるでしょう・・・、飲み屋さんという場所が」
「ゴールデン・ウィークは“檀家まわり”で大変だよ」
「“ゴールデン・飲みィーク”ですね」
「だから、ここで飲んだ分を絞り出さなきゃいけないんだよ」
「それって、いつもと変わらないじゃないですか」

ゴールデン・ウィークも普段も変わらないようであった。

火曜日, 5月 05, 2009

映画『東洋宮武が覗いた時代』を観る

本日(こどもの日・立夏)、東京都写真美術館ホールですずきじゅんいち企画・監督による日・米合作ドキュメンタリー映画『東洋宮武が覗いた時代』を観た。4月11日から公開されていたが、諸事情により今日まで観るチャンスがなかった。

宮武東洋は1909年13歳のときに父親に呼び寄せられてアメリカに移住して、ロサンゼルスのリトル東京に写真館を開いていた高名な写真家である。1941年の日米開戦を機に翌年アメリカ西海岸に住んでいた約11万人の日系アメリカ人は全米10ヶ所の強制収容所に収容される。彼も一家と共にマンザナール(カリフォルニア州)に収監される。ここで彼は密かに作成したカメラで収容所の生活を撮り始める。

映画は宮武の撮った写真などと共に、収容所に収監された日系アメリカ人(元上院議員のダニエル・イノウエ、俳優のジョージ・タケイ、ロス市警の捜査官だったジミー・サコタ夫妻など20〜30人)の証言で構成されている。

私はアメリカに遊学していたときに、少しだけではあるが日系人の歴史を調べたことがある。直接日系人の方からお話をうかがったりしたこともある。それゆえに、宮武東洋の撮った写真には何度も目にしているが、この映画のなかではこれまでも観たこともない写真も数多い。宮武は3年余の収容所生活で500枚以上の写真を撮り、これらはいずれも歴史的に貴重なだけでなく、芸術的にも価値が高いと思う。それは彼がバレエ・ダンスや数多くの肖像写真を撮っていた経験からでもあろう。

日系人が太平洋戦争期間中に強制収容所に収監されていた事実を知る人は少なくなっている。それは日本人だけでなくアメリカ人も同じである。人種差別と偏見のによって3年余り「自由と平等」を奪われた約11万人の日系人の生き様を伝えた宮武東洋の勇気に感謝すると共に、この映画を企画・製作したすずきじゅんいち監督に敬意を評したい。そして、数多くの人にこの映画を観てもらいたい。

上映は5月22日(金)まで東京都写真美術館。5月9日(土)からシネマート六本木。5月23日(土)から大阪第七藝術劇場など、その後も全国で順次公開予定。スケジュールは下記HP参照。

『東洋宮武が覗いた時代』公式ウィブサイト
http://www.toyoscamera.com/

日曜日, 5月 03, 2009

2016年東京オリンピック支持率の格差

私の周囲で東京オリンピック誘致を積極的に支持している人はほとんどいない。通っているジムには「2016年東京オリンピックを」と書かれた旗が掲げられているが、実際にジムに通っているおじさんやおばさんのほとんどは「やることが別にあるんじゃない」と興ざめている。

それにもかかわらず、東京オリンピック招致委が今年1月に、調査会社のモニター3千人に東京オリンピック開催の希望を聞いたところ希望が70%もあったという。ところが、同じ時期に国際オリンピック委員会(IOC)が実施した調査では56%だったことが判明した。

このことに対して、石原都知事は「IOCの調査は500人と限られた人数を対象にした調査で、支持率が本当に見極められるか心細い」と話しているそうだ。果たしてそうなのだろうか。70%と56%ではあまりにも差がありすぎる。新聞の内閣支持率でも差はでない時代というのに。

共同通信社が先月28、29両日に実施した全国電話世論調査では、全国では67.8%の賛成があるにもかかわらず、東京では55.6%しかない。

オリンピックは国が開催するものでなく都市が開催するものである。

金曜日, 5月 01, 2009

鰆の美味しい季節

鰆は私が好きな魚のひとつである。

魚へんに「春」と書いて、鰆(サワラ)と読む。英名をJapanese Spanish mackerel、学名をScomberomorus niphoniusといい、スズキ目・サバ科に属している。鰆は出世魚で40〜50cmの大きさではサゴシ(サゴチともいう)、50〜60cmはナギ、60cm以上をサワラという。ちなみに、サワラの語源は腹の幅が狭いという狭腹(さはら)から来ているそうだ。

鰆は回遊魚で、日本海南部・黄海・東シナ海を回遊する系統と、瀬戸内海から西日本太平沿岸に回遊する系統の二つに分けられるみたいで、そのために一般的に関西では「春告げの魚」と言われるが、関東では「寒鰆」と言って、秋に食するところも多い。

さて、食べ方としては、もっとも一般的なのは西京焼、照り焼き、塩焼き、蒸し物ものだが、瀬戸内海では刺身にしても食べることが多い。鰆をもっとも多く食するのが岡山県で、その消費量は全国の三割を占めるとか。岡山県南部では刺身=鰆という感覚のようで、『備前ばらずし』といえば鰆だそうである。

鰆はこれまでほぼ国産だけで食卓をまかなえていたが、最近は美味しいことが広く知れ渡るっようになり、韓国や中国からの輸入も多いそうである。

土曜日, 4月 25, 2009

草なぎ剛とジャニーズ事務所の社会的責任

草なぎ剛が大トラになって檜町公園で「裸になって何が悪い」といった事件だが、その第一報を聞いたとき、これは面白いだけでは済まされないだろうなぁと思った。

一般の34歳男性が「裸になって何が悪い」といって騒いだところで、それは単なるヨッパライの素行ですまされるが、これが草なぎ剛という34歳男性の場合は、単なるヨッパライではすまされない。

昨日の夕刊フジの記事によると、草なぎが出演しているCMはトヨタ自動車、P&Gジャパン、NTT東日本など10以上の団体・企業にのぼる。そして、政府の一大事業である地デジ広報の顔を担っていた。

政府は2011年7月地デジ移行のために、莫大な予算(税金)を使ってキャンペーンを行っている。その総額は2,000億円以上と言われている。そのメイン・キャラクターをしている人が公然ワイセツ罪(これはちとオーバー。迷惑防止条例違反が適当と思える)で逮捕されたとなっては、政府としてもメンツが立たないだろう。草なぎ剛およびその所属事務所であるジャニーズ事務所に対して、損害賠償を請求しておかしくない。その金額がたとえ10億円でも20億円だとしても。

芸能界というのはなまぬるい体質がはびこっている世界で、社会的責任意識がかなり欠如している。鳩山総務大臣が「最低の人間」という失言を撤回しようがしまいが、また草なぎ剛およびその所属事務所であるジャニーズ事務所がいくら反省および謝罪しようが、地デジ移行キャンペーンに伴う損失の責任を負わなければければならない。

ご存知のようにジャニーズ事務所には100人以上のタレントが所属している。しかしなが、そのタレントたちを管理能力できるマネージャーたちの数は少ない。SMAPのメンバーや関係者たちの話によれば、草なぎ剛の酒による失態は以前から有名だったらしい。そして、そのことを周知していながら、いくら草なぎが成人男性だからといって、管理できなかったジャニーズ事務所の責任が問われても仕方がない。

“飲兵衛”と“ヨッパライ”の違い
http://k21komatsu.blogspot.com/2009/02/blog-post_13.html

木曜日, 4月 23, 2009

横浜ベイスターズを強くする方法

プロ野球が開幕して約3週間となり、セパ両リーグで優勝争いへのための熱戦が繰り広げられている。しかし、やはりというか1チームだけ、打率も防御率も悪く蚊帳の外のチームがある。横浜ベイスターズだ。

横浜ベイスターズにはWBCの主軸として活躍した村田(昨日から復帰)と内川がいるが、しっかりとしたローテーションを組める投手がほとんどおらず、とてもセリーグ他の5球団と競える戦力があるとはいえない。こんなベイスターズを強くする方法はないかと無い知恵を絞って考えてみたが、即効性はないにしろひとつだけ有効な案が思い浮かんだ。

それは本拠地・横浜スタジアムを改築することである。横浜スタジアムは1978年にオープンしたが、その年に行った私はなんて狭い球場なんだろうと印象だった。そもそも、横浜スタジアムはアメリカン・フットボールなどとの併用する多目的スタジアムとして、客席が動くように作られた。しかし、実際はその客席をほとんど動かすこともなく、今では基本的に野球にしか使われていないという。それならば、これまでの左右対称のスタジアムでなく、広島の新球場マツダスタジアムみたいな非対称の新しい球場に生まれ変わればいいのである。

横浜スタジアムは絶好のロケーションにもあるにもかかわらず観客動員が少ない。それはベイスターズが弱いこともあるが、スタジアムそのものにも魅力がない点も大きい。横浜市は財政難のために、球場を改築する費用がないというだろうが、ベイスターズの親会社であるTBSの力をもってすれば、改築費用を捻出するぐらいは可能ではないだろうか。

人口365万も擁する大都市なのに、チームも球場もテイタラクでは、いつか横浜市民からベイスターズなんていらない、と言われかねない。

月曜日, 4月 20, 2009

銀ダラってどんな魚?

銀ダラがいつの頃から魚屋の店先やスーパーに出回るようになったのか知らない。少なくとも、私が子供の頃にはなかったし、20年前までは「銀ダラ」などという言葉も知らなかった。ところが、今では銀ダラは美味しい魚のひとつに挙げられるようになり、その社会的地位(笑)が確率している。

銀ダラでいろいろ検索してみた。銀ダラは英名 Sablefish、学名をAnoplopoma fimbriaといい、カサゴ目・ギンダラ科に分類される。体長1メートルほどもある大型魚。外見はタラによく似ているが、アイナメやホッケに近い魚で、主にアラスカ・カナダ西海岸・オレゴン沖大陸棚300〜600mの海底に生息している肉食の深海魚だそうである。国内で獲れることはほとんどなく、私たちの食卓にのるもののほとんどすべてが輸入されているものと思って間違いないようだ。それら多くはアラスカ、カナダなどから輸入されたもので、日本には頭を落としたものかフィレとなって冷凍入荷される。ただ、最近では生モノも入荷することがある。

今日では銀ダラは西京焼き、煮付け、照焼き、ムニエルと幅広く調理されるようになり、日本の食卓にかかせない魚となってしまった。しかし、この裏にはにしん、いわしなど日本近海で獲れるはずの魚が獲れなくなってしまった背景と、アメリカから魚を買わなければならないという政策が絡んでいるのではないだろうか。

金曜日, 4月 17, 2009

なにごともあぐらをかくと

本日(17日)の朝日新聞に「最大のコメどころ「地盤沈下」、JA新潟異例の自己批判」と題した記事が載っていた。

その内容は、『新潟コシヒカリ』というブランド名にあぐらをかいて、新潟のコメが地盤沈下(つまり売れない)で危機的状況にあると、JA新潟が「自己批判」をしている、というものであった。

私が初めて『新潟産コシヒカリ』を食べたのはかれこれ20年ぐらい前だと思う。そのときの感動というか、信じられない思いは今でも忘れられない。しかし、あまりの値段の高さに自分で新潟産コシヒカリを買うことは一度もなかった。その後、あきたこまちが登場したり、山形産や福島産の手頃な値段の美味しいコシヒカリが登場して、自宅で買うお米はたいがいはこうしたものばかりである。そして、今日では北海道産のきらら397など安くて美味しいお米も流通している。

こうした時代の流れのために、『新潟産コシヒカリ』も陰を潜めてしまったわけである。その状況を真摯に受けたとめたことは、JA新潟にとって大いなるプラスになるだろう。今後は「コシヒカリ一辺倒をやめて低価格銘柄の開発や、地域の個別JAの努力を反映できる「直売」を増やしていくことを提言している」そうである。

どんな商品でも同じことであるが、あぐらをかいてしまうと、発展性進歩性がなくなってしまう。それは商品だけでなく、人間も同じであろう。

最大のコメどころ「地盤沈下」、JA新潟異例の自己批判
http://www.asahi.com/national/update/0416/TKY200904160231.html

火曜日, 4月 14, 2009

「座り読みOK」の本屋が続々登場

その昔、本屋には「立ち読み厳禁」という文字が書かれていた。今でもコンビニの雑誌コーナーには書かれているところが多い。

しかし、最近の大手書店では立ち読みは無論のこと、座り読みができるところ数多くある。池袋東口のジュンク堂は以前より各階に椅子が用意されている。渋谷東急プラザにある紀伊国屋書店でも文芸書コーナーにちょっとしたソファが置いてある。また、銀座のブックファーストでは眼下に銀座通りを眺めながら本を読むことができるらしい。私はまだ行ったことがないが、TSUTAYAブック&カフェではスターバックスのコーヒーを飲みながら本を読むことができるそうである。

そもそも本というものは図書館があるように、一種の共通財産みたいなところがあるので、自分が購入する大事な本へは、誰もが品定めはしっかりしたくなる。そのためには、本屋は立ち読みはだけでなく座り読みもOKするべきであろう。そして、そのことが売り上げに繋がるならば、ある程度のスペースをもつ本屋は椅子やソファをおいて座り読みを奨励してもいいのではないだろうか。

昭和30年代に子供たちが本屋の店先で漫画を立ち読みしていて、それを店主がハタキで追い払うという「三丁目の夕日」的光景は、今となっては遠い過去である。

土曜日, 4月 11, 2009

三大美人と三大ブス

「三大○○」というのは、もういくつあるか解らないが、男性の間で意外と話題になるのが「三大美人」と「三大ブス」の産地である。これ以降の表現は、女性の方には失礼になるかもしれないので、読むのはご遠慮ください。仮に読んで心外な気持ちになっても、当方はいっさい責任をもちません。w

世間一般では三大美人は秋田美人、加賀美人、京美人と言われているようである。これに越後美人と博多美人が続くそうであるが、「五大美人」という言葉は聞いたことがない。一方で、可哀想であるが、仙台、水戸、名古屋が三大ブスの産地と言われている。私の個人的印象は、秋田、越後、熊本が三大美人で、三大ブスに関してはノーコメントとさせていただきます。w

秋田は美人の産地である。ここはオバサンたちがとにかく綺麗だ。洋服のセンスが良いとまでは言えないが、整った顔立ちとスラリとしたメタボなんかに縁のない容姿は都会のオバサンなんか足元に及ばない。加えて、白い肌に明るい笑顔を絶やさない。こんなオバサンたちが素敵なところは全国広しといえども他にはない。

越後は若い子たちが素晴らしい。特に女子高生が可愛い。その昔、新潟で早朝に市バスに乗ったときに、目の前に可愛い女子高生ばかりが乗っていてビックリしたことがある。また、町中を自転車で颯爽と走る姿も初々しく、世間ズレしている子がほとんどいなかった。1年の半分近くを雲に閉ざされている土地だからかもしれないが、初夏のあの清々しい姿はずっと目に焼き付いている。

熊本は繁華街のお姐さんたちがとにかく粒揃いである。情に厚い熊本美人というが、繁華街のお姐さんたちの気配りと話上手には目を見張った。森高千里、夏川結衣など私好みのタレントも輩出していて、隠れた美人度が高い県である。

さて、「三大イケメン」と「三大ブ男」の産地はどこだろうか。w
(個人的には「三大イケメン」は青森、神奈川、鹿児島かなぁと思っています。「三大ブ男」は・・・。)

木曜日, 4月 09, 2009

桜の花びらに埋まる目黒川


以前にも書きましたが、桜はよく三度楽しめるといいます。その三度とは「開花、葉桜、紅葉」です。その時の日記(↓)には葉桜のあとの毛虫も楽しめるなどと、ちょっと顰蹙なことも書いていますが、今回は花が咲いている開花のなかでの三度の楽しみです。

開花の三度の楽しみとは、世間一般では「開花直後、満開、桜吹雪」となるでしょう。しかし、私にとって三度の楽しみは「満開、桜吹雪、桜川(花筏)」なのです。

桜川(花筏)といっても、ピンとこない方もいるかもしれませんが、私の住む目黒区の目黒川では、川の両岸に植えられた桜から花びらが川に散っていき、葉桜な木が少し目立ち始める頃には、川面が桜の散った花びらで埋め尽くされます。

昼は太陽の光によって、川の色もかなり白っぽく見えるのですが、夜はときにライトによってはピンク色の艶やかな色になったりすることがあります。こうした光景とお酒を求めて、夜な夜な目黒川近辺に足を運んでいます。(笑)

桜の木の思い出
http://k21komatsu.blogspot.com/2007/04/blog-post.html

火曜日, 4月 07, 2009

あっちのテレビもこっちのテレビも“二世タレント”

“二世タレント”、マスコミはこの言葉を最近ほとんど使わない。というのも、この言葉には少し蔑視の意味が込められているからかもしれない。今日の芸能界には二世タレントは掃いて棄てるほどいる。そのおかげで下記のような「芸能家族大集合!」(↓)のようなサイトまである。

本当に、最近テレビに出ているタレントや俳優に二世が多い。芸能界もしくはテレビ界には昔から親の七光りを利用したり、もともと下地をもった子供をデビューさせようという安易な体質がある。一方で、二世たちの親への甘い依存体質がある。その二つが合致したところで二世タレントが誕生すると言っても過言ではない。

ただ、私はすべての二世タレントがダメだとは思わない。政治家の二世・三世はほぼ全面的にカンベンだが、芸能人の二世は蛙の子は蛙でもあるのだから、一概に否定することはできないだろう。中井貴一、佐藤浩市、緒形直人、松たか子といった実力で今日の位置を築いている人も少なくない。

安易な二世タレントが多いが、二世タレントにもつらい部分はある。華々しくデビューしても常に親と比較されたり、実力が伴わず売れなかったりすると「親の七光りがあっても売れなかった」と言われてしまい、苦渋を味わなければならない。結構つらい立場でもある。

二世タレント、という言葉がいつ生まれたかは知らない。以前はこの言葉には少し輝きがあったが、今日ではその面影すらない。そのせいでかマスコミは使わないのだろう。

芸能家族大集合!
http://cozalweb.com/ctv/kazogei/index.html

土曜日, 4月 04, 2009

興ざめする“東京ドーム・ホームラン”

昨日(3日)プロ野球が開幕した。世間の注目は札幌ドームでの日本ハム・ダルビッシュvs楽天・岩隈の日本代表投手同士の投げ合いだったが、地上波での中継は相変わらず東京ドームでの巨人戦(対広島)だけだった。

その巨人vs広島戦を行きつけの寿司屋「寿しながもと」でテレビ観戦していたが、3回裏に巨人の小笠原とラミレスが打ったホームランが、酒を不味くするホームランだった。先日も書いたがWBCの“飛ばないボール”ではホームランを打てなかった小笠原の打球は、東京ドーム特有の“気流”に乗って、フラフラと左中間スタンド前列に入ってしまった。続くラミレスのホームランも、明らかに広島の投手ルイスのボールに詰まった一打で、これまたフラフラとレフトスタンドに入ってしまった。

この2本のしまりのないホームラン。これがもし新しくなった広島球場ではホームランにはならなかっただろう。というか、東京ドーム以外ではよほどの“神風”が吹かない限りどこでもホームランにならなかっただろう。

インチキとは言わないまでも、興ざめするホームランが飛ぶ東京ドーム。WBCの“飛ばないボール”をつい最近まで目にしていたせいか、巨人ファンの店主やお客さんたちもさすがにバツが悪そうな顔つきだった。

世界基準からズレている日本野球
http://k21komatsu.blogspot.com/2009/03/blog-post_25.html

木曜日, 4月 02, 2009

ポケット・ティッシュが少なくなった

一時は机の上にうずたかく積まれていたポケット・ティッシュ。最近はその数がめっきり減り、その数は7〜8個になってしまった。繁華街をあまり歩かなくなったせいもあるが、街頭でポケット・ティッシュを配る人を見る機会も少なくなった。

以前は消費者金融、銀行、郵便局、携帯電話、薬局、マッサージ、メガネ・コンタクト、不動産などなど、ありとあらゆる業種のポケット・ティッシュが机の上にあった。そのおかげで、箱入れのクリネックスやネピアといったティッシュを買うことが殆どなかった。しかし、今は5箱パックのものを買わざるをえなくなっている。

景気悪化の影響はいろいろなところに表れる。特に広告関係の自粛は凄いようである。電通の調べによれば、2008年の交通広告費(鉄道、バス、空港、タクシー)は計2495億円で、2007年に比べて3.7%減ったという。交通広告費は2007年まで5年連続で増加していたが、2008年は6年ぶりに減少に転じてしまった。

同じように、ポケット・ティッシュも広告費の一種であるから、景気悪化の影響をまともに受けているのであろう。こちらはハッキリしたデータがないので、なんと言い難いが、10〜20%の落ち込みをしているのではないだろうか。

ポケット・ティッシュが少なくなると、どことなく不安になるので、早く景気は回復してほしいものである。w

火曜日, 3月 31, 2009

新聞のテレビ欄が地デジ対応に

昨日(30日)から関東版の朝日新聞、日経新聞、日刊スポーツのテレビ欄が地上デジタル放送チャンネル対応に変わった。つまり、テレビ欄の左からNHK(1)、NHK教育(2)、日本テレビ(4)、テレビ朝日(5)、TBS(6)、テレビ東京(7)、フジテレビ(8)の順になったのである。まだアナログ・テレビを見ている母親は「なんか変ねぇ」と少し戸惑っていた。同じように年配者のなかには戸惑っている人は多いかと思う。

今回のこの3紙の変更は明らかに意図的である。というのも、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、東京新聞および他のスポーツ紙は変更していない。テレ朝は昨年9月の定例社長会見で「地デジの普及率が50%を超えたら、新聞各社にテレビ欄を地デジチャンネル順への変更を要請したい」と述べていた、という。

そして、今年1月の総務省の調査で地デジの普及率は49.1%となり、テレ朝が主張している50%に近づいたことで、テレ朝の親会社である朝日と系列の日刊スポーツ、そして、12チャンネルとしてテレビ欄の右端に追いやられていたテレビ東京の親会社である日経が同調したのである。

今回のテレビ欄の変更によってテレ朝は紙面中央となり、テレ東は右端からひとつ中央へ進出することができた。テレビ欄は横書きのために左から右へ読むのが一般的で、これまで右側にいたテレ朝とテレ東は以前より視覚的に有利な場所に移った。このことが即視聴率に直結するとは思えないが、右端に追いやられたフジテレビは面白くないだろう。そして、こうしたテレビ欄の変更はいずれ全国各地に波及すること必至である。

しかし、テレビはもはやテレビ欄で左右されるというよりも、質と内容、そしてザッピング(笑)で決まるのではないだろうか。また、今後は視聴率とよりも占拠率が大きなウエイトを置かれると思われるので、こうした小手先の変更ではなく、より一層の質と内容の変更(改正)がテレビ局は問われるのではないだろうか。

日曜日, 3月 29, 2009

トキめかない朱鷺たち

昨年9月に佐渡で放鳥されたトキ10羽のうち、島内に残っていた唯一の雌が28日に新潟市内で確認された。これによって、無事が確認されている8羽のうち雄4羽は佐渡に、雌4羽は本州にと離ればなれになり、今春の繁殖は難しくなったようである。

このニュース、関係者のみなさんには申し訳ないが、正直笑ってしまった。なんで雌だけが佐渡を離れて本州へ渡ってしまったのだろうか。

雌の方が好奇心が旺盛なのか、それとも飛来能力が高いのか、それともイケメンの雄が佐渡にはいなかったのかなどと、いろいろ考えてしまった。佐渡トキ保護センターの金子良則獣医の話によると、「縄張りを形成する雄に比べ、雌は自由に動き回る傾向にある。トキにとって佐渡は狭過ぎるのかも」と指摘しているそうだ。

新潟県と佐渡市は環境省にトキを捕獲して、佐渡に返す要望をしているようだが、それはちょっとリスクもあるようだし、自然界のルールにも反している気がする。環境省としては、自然繁殖は佐渡でという基本方針は変えないようであるが、少なくとも今後の放鳥計画に悩んでいるに違いない。

金曜日, 3月 27, 2009

藤沢周平の「海坂藩大全」(上下巻)を読む


海坂藩(うなさかはん)とは藤沢周平が書く時代小説に登場する架空の藩の名前である。モデルは彼の出身地である城下町・鶴岡、そして港町・酒田を擁する庄内藩である。

本の解説によると、藤沢周平は生涯に短編・長編合わせて250以上の作品を執筆したが、そのなかで海坂藩を舞台にした作品は長編が9篇、短編が22篇あるそうだ。ただ、他にも海坂藩を舞台にしたと思われそうな作品はいっぱいある。この「海坂藩大全」には短編22篇のうち21篇が収録されている。

藤沢が海坂藩を舞台にした小説に登場する主人公は、そのほとんどが100石以下の下級武士で剣術の使い手だ。そして、藩のいざこざ(派閥争い)に巻き込まれるという話が多い。しかしながら、彼が描く海坂藩の情景は四季おりおりに富み、下級武士がもつ慎ましやかさ、悲哀さなどを見事に描いていて、淡い色の郷愁に包まれた藤沢ワールドを築いている。

収録されている作品は直木賞受賞作である「暗殺の年輪」をはじめ、公儀隠密の長期にわたる探索を綴った「相模守は無害」などを描いた剣客小説が多いが、そんななかで私は「花のあと」や「山桜」など武家の女性にスポットを当てた小説に感銘をうけた。それは藤沢が武家の娘がもつ強さと弱さを相対的に描いているからだろう。


少し余談になるが、この本は字游工房という写植デザイン会社(高田馬場)が「藤沢周平を組む」という合言葉に開発された“游明朝体”という書体を使って印刷されている。しかしながら、この書体を開発中に初代社長で書体デザイナーの第一人者だった鈴木勉さんは逝去された。この「海坂藩大全」は鈴木勉さんに捧げられた本であるだろう。

水曜日, 3月 25, 2009

世界基準からズレている日本野球

WBC(ワールドベースボールクラシック)で日本は2連覇を遂げた。選手やスタッフの努力と実力で?ぎ取った結果だけに、それは大変喜ばしいことである。しかし、今回のWBCで日本野球の問題点も数多くさらされた。日本代表が世界一になったとはいえ、日本野球そのものが世界基準に満たさないものがいくつかあるということである。

まず第一に日本で使われている“飛ぶボール”を即刻やめることだ。日本の打者がWBC期間中打ったホームランはたったの4本。韓国は11本、アメリカは12本、ベネズエラは13本だった。日本がいくらスモールベースボールを行っているとはいえ少なさすぎる。

そして、これらのホームランを打った打者は全員が右投げ右打ちの打者(村田2本、城島1本、内川1本)だった。右投げ左打ちの打者でフェンスに当てたのはイチローだけであった。以前にも書いたが、俊足の子供はまだしも、右利きの子供が左打者になる風潮は直ちに改めるべきである。

こうしたことの象徴的な打球が、サンディエゴでの対キューバ戦で小笠原(右投げ左打ち)がセンター・エラーを誘った一球だ。この夜のサンディエゴは霧でセンターは打球が見ずらく、落球してしまった。もしあの一打が日本の“飛ぶボール”で、乾燥していて狭い東京ドームでやっていたらホームランになっていたに違いない。

日本はヒットを92本も打ちながらも、得点は50と少なく残塁数も多かった。決勝で日本は9回までにヒットを12本打ちながら得点はたった3点しかなかった。これがスモールベースの象徴かもしれないが、やはり得点能力をつけるにはもう少し長打力が必要である。サッカーの日本代表と同じように“決定力不足”だったことは明らかである。

そして、世界中で日本だけのストライク・ボール・アウト(SBO)の数え方はボール・ストライク・アウト(BSO)に即刻改めるべきである。もちろん、これはプロ野球だけでなく、少年野球から社会人野球まですべてに対してである。

次のWBC(ワールドベースボールクラシック)は4年後である。次回はアメリカや他の国も本気モードで来るだろう。それらの対策は今から行うべきであろう。美酒に酔いしれているだけでは、日本野球の将来は危ない。

月曜日, 3月 23, 2009

日テレもナベツネも苦虫を噛んでいるだろう

先週金曜日に行われたWBC(ワールドベースボールクラシック)第2ラウンド1組1位決定戦、日本対韓国戦の視聴率が、なんと40.1%(関東地区)を記録した。30%を超えると思っていたが、まさか40%を超えるとは驚きである。こうなると、本日行われた日本対アメリカの準決勝は45%を超えているのではないだろうか。そして、明日の日本対韓国の決勝戦は50%超えるかもしれない。異常な盛り上がりである。

こうした盛り上がりの裏で、主催者のひとつに入っている読売新聞系列の日テレは苦虫を噛んでいるに違いない。反対に放映権を取得したTBSは笑いが止らないだろう。

それにしても、日テレがなんで放映権を取得しなかったのが不思議である。先日、「真相報道 バンキシャ!」の岐阜県裏金報道で久保伸太郎社長が辞任したが、それとは別にWBCの放映権を取らなかった責任も問われたのではないだろうか。

ナベツネの苦虫を噛みつぶした顔が目に浮かぶようである。(笑)

金曜日, 3月 20, 2009

雨漏り修理工事開始

先日の日記にも書いたが、今冬の東京は雨が多かった。1月31日には降水量68.0mmを観測し、1月としては統計開始以来の極値を更新した。2月も雨の日が多く、第4週は日照時間がほとんどなく、月曜から金曜まで毎日なんらかの形でシトシトピッチャン(懐かしい言葉)の日々が続いた。3月上旬も東京は雨にたたれた。

そのためか、実は2月の終わりごろから、私の部屋の天井に20秒から30秒に1回、「ポット」という音がしはじめた。そこで、天井に点検のため穴(窓)を開けたら、案の定コンクリートと断熱材の隙間から天井に水滴が落ちていた。屋上の何処かから雨が漏っているのではないか思われる。

コンクリートという不思議なものである。激しい雨のときは水は勢いよく排水溝に流れていくが、小雨が長く続くとジワジワとコンクリートに染みこんでいき、それが雨漏りとなっていくそうである。夏場だとコンクリートはすでに熱くなっているので、染み込んだ雨もどんどん蒸発していくので、あまり雨漏りはしないようである。

ということで、昨日より本格的な雨漏り修理工事を始めてもらっている。

水曜日, 3月 18, 2009

男51歳、女34歳

先月のバレンタインデーの日に知人の結婚パーティに行った。男は舞台役者として活躍していて、テレビドラマでも時折チョイ役で画面に登場したりする。女も同じく舞台役者で、二人は共演したことがきっかけで結婚することになった。ここまではよくある話である。

しかし、タイトルにあるように、男は51歳で女は34歳である。歳の差17歳である。明らかに犯罪である。(笑)加えて、この男は3回目の結婚である。私は1番目の髪さんも、2番目の髪さんの知人である。そして、この3番目の髪さんも知人である。

パーティには200人以上の人が集まったので二人は幸せ者である。ただ、祝辞のほとんどが男の3回目の結婚に対するネタミ、ヤッカミ、ヒガミだらけになった。仕方がないといえば仕方がない。しかし、当然といえば当然である。そして、聞いたところによると、女の母親が男に対して「娘は返品不可」と言ったらしい。それももちろん当然のことであるが、その前に男に「離婚の権限なし」と私は言いたい。

なお、劇作家の野田秀樹は50歳のときに25歳離れた女性と実質3回目の結婚をした。彼に比べれば、私の知人はまだ可愛いものである。舞台人たちの世界は摩訶不思議である。(笑)