月曜日, 10月 08, 2007

小山実稚恵の初ブラームスと「運命」の返り討ち

一昨日(6日)、NHKホールでのNHK交響楽団第1602回定期公演を聴いてきました。指揮はN響正指揮者の外山雄三。ピアノは日本を代表するピアニストの小山実稚恵。小山実稚恵は他のオケの共演で聴いたことはあるが、N響との共演を聴くのは私にとっては初めてであった。

演目
ブラームス/ピアノ協奏曲第1番ニ短調
  〜休 憩〜
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調

私はブラームスのピアノ協奏曲第1番を密かに「ブラームスの交響曲第0番」と呼んでいる。この作品は彼が25歳という若い時に書いた作品であり、実際にこの曲を途中まで交響曲として書いていたようである。そのために、ピアノ協奏曲としては稀にみる大規模かつダイナミックな曲となっていて、演奏時間も約45分にも及ぶ。ブラームス好きにはたまらない曲でもある。

第1楽章。小山実稚恵は最初の約5分間に及ぶ序奏を身体を左右に振りながら、身を委ねるようにしてN響の演奏を聴いている。そして、ピアノに指が触れると同時に、力強く鍵盤を叩いていく。しかし、それは決して日本人女性としての品位を忘れることなく、優しさ、淑やかさ、慎ましさを体現している。この人の音色には日本人だからこそ解るオーラみたいなものがあり、それがまるでエコーがかかったように、広いNHKホールに響き渡っていく。途中、いくつかのミスタッチもあったが、小山はそんなことおかまいなしに、自分独自の内面的な世界を築いていく。それはまるで綺麗な洋館で孤独にピアノを弾くお嬢様のように見える。そして、外山雄三およびN響のメンバーはしっかりとその洋館を囲む木立を築いていく。

第2楽章。ここはアダージョだ。小山が奏でるピアノは洋館の部屋で悲しく泣いている。それはあたかもピアノ台に頭をもたげながらも、涙が指に代わって音を叩くかのような痛々しさでもある。こんな表現力のあるピアノは未だ嘗て聴いたことがない。その寂しさと悲しさにお客を倒錯の世界に導いていく。その証のように客席のあちこちで膝においてある物を落すような音がする。つまり小山はまるで催眠術師のように、お客を洋館の一室に眠らせていくのである。人によっては睡魔に襲われる世界かもしれないが、私にとっては身の毛もよだつような恐ろしい世界に導かれるような音色であった。

第3楽章。今度は小山の指先は撥ねる、翔ぶ、そして舞う。それは洋館のガラスが割れ、外壁が落ち、屋根が傾いていくような凄まじい勢いがある。またオケが奏でる木立にも強い風を送り込む。まるで前衛的芝居を観ているかのような錯覚すらおぼえる。そして終楽章では、小山の内面的な世界は色彩溢れるきらびやかな外面的な世界になり、オケと連動していく。小山実稚恵の表現力には無限の可能性を秘めているようだ。彼女にはブラームスがお似合いのようである。

休憩を挟んだ2曲目は3日前に「不満ボイム」と書いたベートーヴェンの交響曲第5番である。この交響曲第5番は日本では広く「運命」という題名で知られている。先日のベルリン・シュターツカペレの公演プログラムにも、はっきり「運命」と書かれていた。ところが、この題名は日本だけの通称であり、世界共通の標題ではない。N響では「英雄」や「田園」は標題として記しているが、「運命」という名はプログラムに記していない。

第1楽章。あの「ダダダダーン」という緊張感溢れる音色が腹にこたえる。前曲のブラームスピアノ協奏曲では外しまくっていたホルンが、今度は息もピッタリとオケをリードしていく。また、ティンパニーの植松透の的確な響きが、コンマス堀正文率いるヴァイオリンをはじめとした弦を支えていく。心地よい緊張感が会場を漂う。やっぱり「運命」はこうでなくちゃと悦に入る。

第2楽章。ここはソナタ風な二重変奏曲。ここもホルンの高らかな音色がメロディをリードしていく。そして、フルートの神田寛明、オーボエの茂木大輔、クラリネット磯部周平(?)、ファゴット岡崎耕治の4人がしっかりとソロパートを演奏する。木管陣のいつもながら安定しているなぁと感心させられる。

第3楽章。冒頭にこれまた高らかにホルンが鳴り響く。そして、私が大好きなチェロ、ヴィオラ、第二ヴァイオリンとメロディが流れていくパートでは、それはまるで心臓の鼓動が左胸から脳裏に伝わるように流れるように連なっていく。これです。「運命」はこうでなくちゃとまたもや悦に入る。

第4楽章でもホルンは冴えまくり、トランペット、トロンボーンと共に金管の色鮮やかな音色を轟かせる。そして、弦も木管も完全に協働作業として、ベートーヴェンの緻密で緊張感あふれるメロディを奏でていく。そして、終曲部分では第4楽章だけのためにずっと座っていた日本一のピッコロ奏者と言われる菅原潤がピロロロッ〜♪ピロロロッ〜♪と引き締まった音を奏でる。これですよ、これですよ。思わず納得してしまう。パチパチパチパチ。

最後にN響の「運命」は見事に3日前のベルリン・シュターツカペレの返り討ちをしてくれた。その意味では非常に満足して、当然ながら帰り道は飲み歩き「不満ボイム」が解消した。(笑)

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