木曜日, 12月 15, 2016

入船亭扇辰@チェロキー寄席

昨日(14日)は学芸大学駅近くのチェロキー・ライブ・タバーンで開かれた第15回「チェロキー寄席」に行ってきた。出演はチェロキー寄席生みの親、入船亭扇辰師匠。前回師匠が出演した時は立ち見客まで出て開演時間が30分近く遅れてしまったが、今回は立ち見客こそ出なかったが満席。

1席目は「夢の酒」。枕は席亭であるチェロキーのオーナーと師匠のやり取り。高座と後方にあるカウンター席にいるオーナー(女性)の愚痴話。なかなかの丁々発止に思わずニヤリ。

落語には夢と現実が交錯する噺がいくつかある。「夢の酒」もその一つで、若旦那の夢に嫉妬する嫁のお花をなだめる大旦那が似たような夢を見てしまうというストーリー。私はこの噺聞くのはおそらく初めてだが、いつもながらだが扇辰の芸は細かい。ここではお花の描写の色っぽさが目を引いた。

2席目は「徂徠豆腐」。師匠の十八番である。師匠のこの演目は何度か聞いている。

貧乏浪人だった荻生総右衛門は豆腐屋七兵衛の豆腐とおからのおかげで、本を売ることもなくなんとか飢えをしのぐ。しかし、七兵衛が風邪で寝込んでいる間に総右衛門は長屋を出ていてしまい、七兵衛は総右衛門が「干からびてしまった」と嘆く。その翌日、今度は増上寺門前にあった七兵衛の豆腐屋の隣が火事となり、七兵衛も焼け出される。それから何日か後にそこへ大工の政五郎が現れ「さるお方」から預かった10両を七兵衛に渡す。そして、お店もあっしが建てなおすのでと言って去っていく。この先は・・・。

人情噺の傑作の一つである。扇辰師匠はその噺を時に小気味好く時にしっとりと、とても温かい語り口で話を進めていく。豆腐を食べる描写は本当に美味そうに食べるし、町人と貧乏浪人の掛け合いも滑稽かつ人情味に溢れ、自然と江戸の世界に導かれていく。最後は感涙してしまうほどある。これこそが落語の醍醐味であり、芸の奥深さを味わせてくれる一席だった。前回のチェロキー寄席で聞いた「さじ加減」も上手かったが今回の「徂徠豆腐」はそれに輪をかけて上手かった。扇辰師匠の人情噺は本当に素晴らしい。落語ファンならずとも一度は聞いてもらいたい。


火曜日, 11月 29, 2016

ハロウィンの入院

11月に入ってからなかなかブログを書けない。というより書く余裕がなくなったというべきだろうか・・・。

タイトルにした「ハロウィンの入院」とは、なんか駄洒落のような言葉だが、ハロウィンの日に母親(92歳)が入院したからである。10月31日の朝、母親はベッドからうまく立ち上がることができず、滑るように倒れる。私がその状態を見つけたのおそらく20分から30分後で、すぐにそのまま横に寝かせる。そして、かかりつけの病院に電話して、どうすればいいかを相談。その返事は「頭を打っている可能性もあるので、救急車を呼んで入院してください」だった。ということで、119番して救急車を待つ。

救急車が来ると症状や状態、また病院との電話の話を伝えると、それでは病院へ行きましょう、ということで、母親はストレッチャーに乗せられて救急車で病院へ。もちろん私も同乗。病院へ着くと看護婦さんが待ち構えてすぐにレントゲンとCT検査。

そして、すぐに検査結果が出て、頭にもその他の骨にも異常なしとのこと。ただし、母親は転倒したショックからか全身が硬直してしまって、手足はほとんど動かない。もちろん歩くことはできない。ということで入院となり、その日は医療器具と看護婦さんたち見守れて1日を過ごすことになる。

そして、翌日病院へ行くと、母親はすでに回復していて朝食をペロリと平らげている。これにはさすがに私も唖然であった。ただし、先生から10日ぐらいは入院してくださいと言われる。

母親が入院したことによって私の生活は劇変した。午前と午後1日2回病院へ行かなければならなくなった。もちろん看護婦さんらの手厚いケアがあるとはいえ、個室ということもあり話相手はいないので、何もしていないと痴呆症が進んでしまう。そのために、新聞を読ませたり「脳トレ」や「塗り絵」の本などで、痴呆症が進まないように防止するように努めた。また、杖を使ったり廊下の手すりを使って歩行訓練もさせた。

母親はもともとは外向的な性格ではないので、見知らぬ人との付き合いは上手い方ではない。そのために、リハビリ室でみんなと運動するよりも個人で運動することを好む。そのためにどうしても私が付き合わざるをえなかった。それゆえに、1日1回は廊下を使ってリハビリを行うようにした。

こうした努力が報われたせいか、母親の症状は徐々に良くなっていき「家に帰りたい」と言う出すようになり、結局予定より3日早く1週間で退院することになった。ただし、退院したら退院したで、この後も大変であった・・・。

月曜日, 10月 24, 2016

美食日記「樋口」(北参道)

「樋口」は都内の一流調理人たちが絶賛するという日本料理のお店。知る人ぞ知るという店なのである。ただ場所が原宿から奥まったところにあるためかちょっと訪れにくい。私も以前より訪れたいと思っていたのだが、なかなか行く機会がなかった。

お店は2000年にオープンというからすでに16年なる。ただ今年の7月から3ヶ月かけて店内を完全リニューアル。その再オープンから間もないときに訪問できてラッキーである。以前は6席だったというカウンター席が8席になりカウンターの一枚板も初々しい。また調理場もキレイキレイ状態。こちらもちょっと身が引き締まる思いで、大将(樋口一人さん)の前の席に座る。

この日のおまかせ料理の献立は下記の通り。

・渡蟹と焼き茄子の胡麻和え
・梅とわさびのお吸い物
・カラスミともち米
・石川小芋と鮎、銀杏
・炙ったクエ
・ブリと鯛のお刺身
・松茸と鱧の小鍋仕立て
・玉ねぎと牛のテール
・雲丹と百合根のジュレかけ
・天然うなぎの炭火焼き
・お新香、湯葉の味噌汁、いくらご飯
・自家製の手打ち蕎麦
・デザート
(自家製葛切り)(無花果アイス)
・お土産 特製ちりめん山椒
(※料理写真は撮影不可)

突き出しは「渡蟹と焼き茄子の胡麻和え」。いきなり蟹とは驚かされるが、さっぱり感の蟹と少しトロ味のある焼きなすの胡麻和えが風味良くマッチングしていて、お酒を勧めさせられるような誘惑にかられる。続いてのお椀物の「梅とわさびのお吸い物」は梅の香りが心地よい。出汁は京風の薄味。

「カラスミともち米」。自家製のカラスミはまだ時期が早いために見た目はまだピンク色。それでもねっとりとした食感は美味。もち米のねっとり感との対比も面白い。ここで大将とカラスミ談義が始まり、大将の穏やかな人柄が徐々に引き込まれていく。

「石川小芋と鮎、銀杏」。琵琶湖産の鮎はほうじ茶で煮たものでとても柔らかくとても美味。里芋のような石川小芋、銀杏のそれぞれの歯ごたえの違いを楽しめる小粋な一品。

その後は「炙ったクエ」「ブリと鯛のお刺身」というオーソドックスな魚料理が2品。そのせいか、日本酒(おちょこがオールドバカラ)もすすんでしまう。というより、日本酒のせいでお料理のことをよく覚えていない。m(_ _)m

「松茸と鱧の小鍋仕立て」。松茸は岩手県産で香りも歯ごたえもしっかりして、さすがに国産は美味しいという感じ。岩泉町あたりで採れたものだろうか。ここで大将と松茸談義に。「海外ものではブータン産が歯ごたえがしっかりしていて一番ですよ」と私と相方が勧めると、樋口さんは「ブータン産、知りませんでした。ありがとうございます」と丁重に返されてしまった。(^_^;;

「玉ねぎと牛のテール肉」。しっかり煮込んでるのでとても柔らかい。あまり好きな言葉ではないがジューシーだ(英語ではジューシーというのは肉料理のときに使うのが一般的)。「雲丹と百合根のジュレかけ」はお口直しというか、繋ぎ的な感じの料理。

そして、メイン料理として登場したのが「天然うなぎの炭火焼き」。これは素晴らしいの一言。丸々と太った大きな天然うなぎを蒲焼のように開いて焼くのではなく、内蔵部分だけを取り出し、それを串打ちして弱火の炭火でじっくり焼く。皮目の香ばしさに引き締まった身の旨味は耽美的かつ官能的な美味さだ。最後の晩餐に出してほしいような絶品料理である。

締めは「お新香、湯葉の味噌汁、いくらご飯」と思ったら、その後に「自家製の手打ち蕎麦」が登場。10割蕎麦に近いコシが強い細麺で超私好み。つゆは薄くもなく辛くもないこれまた私好み。ちょっと自重して2皿しかいただかなかったが、あと1〜2皿は軽くいただけるほど美味しかった。

デザートは幾つかあるなかから選べるもので、我々はシェアする形で「自家製葛切り」と「無花果モナカアイス」。これはどちらも美味い。特に葛切りはツルンとした触感でこれまで食べた葛切りのなかでは最高の美味しさ。

お土産にいただいた「特製ちりめん山椒」(写真)はふわふわ感満載。細かいちりめんで美味しさ満点この上なし。こんな美味しいお土産をいただいたお店はおそらく初めて。いや間違いなく初めてである。

「樋口」はどの料理も真心込めて造られている。ある意味日本料理の王道を歩んでいるのだと思う。それゆえに冒頭にも書いたように一流調理人たちからも慕われているのだろう。リニューアルになったばかりということで、大将は調理場に少し戸惑いながらも、しかし嬉しさを隠せずに我々を応対してくれた。その穏やかにして丁寧な人柄が料理にも表れていることも言うまでもない。今後もこれまで培った料理の技を披露していくと共に、新しくなった調理場で新たなる料理を造っていくに違いない。そういう期待感をもたせてくれるお店である。最後に余談ではあるが左利きの板さんがとてもイキイキ動いているのが印象的だった。その理由は是非とも訪れて解明してもらいたい。w

樋口割烹・小料理 / 明治神宮前駅原宿駅北参道駅
 
夜総合点★★★★ 4.8

金曜日, 10月 14, 2016

桂伸三@チェロキー寄席

一昨日(12日)は地元・学芸大学の「Cherokee LIVE TAVERN」で開かれた第13回「チェロキー寄席」を聞く。出演は桂伸三(しんざ)。客席はかなりの少人数。ちと寂しい。

桂伸三は2006年4月に4代目春雨や雷蔵に入門して、春雨や雷太と名乗るものの、2016年3月に桂伸治門下に移籍し桂伸三となる。つまり、伸三になってまだ日は浅い。ただ、キャリアは10年になる。

1席目は桂伸三の新作落語「連歌の家」。伸三は東京生まれだが、両親が熊本県八代市出身ということで、自分の故郷は熊本だという。その理由はタネを仕込まれたのが熊本だからというが、母親はハワイだったという。こうしたマクラから八代ネタの話を展開。八代は江戸初期の連歌師・西山宗因の故郷で連歌が盛んとのこと。それゆえに両親の手紙のやり取りも連歌だったという。今のようなスマホでLINEをする時代じゃなかったはずだから、時間のかかる連歌である。だが、この新作落語、かなり面白い。

2席目は「盃の殿様」。吉原の花魁・花扇に恋をしてしまった遠国のお殿様を描いた滑稽噺で、そのなかに先日観た映画『超高速!参勤交代リターンズ』を彷彿させるシーンがあるのだが、その時の伸三の話し方が佐々木蔵之介にそっくりで、映画とシンクロさせながら聞いていた。なかなかの熱演に少人数のお客さんも爆笑。

伸三は新作と古典を共に滑稽かつ滋味に演じる。是非とも味のある噺家さんになってもらいたい。さて、入船亭扇辰師匠の肝入りで始まった毎月1回のチェロキー寄席。今年で2年目になるが今後の予定は下記の通り。開演時間は20時。

11月9日(水) 柳亭市弥
12月14日(水) 入船亭扇辰
1月11日(水) 春風朝之助
2月8日(水) 春風亭正太郎
3月8日(水) 入船亭小辰

東横線沿線の落語ファンの皆さん、チェロキー寄席は駅から1〜2分のところで、行われているので、お気軽にご来場ください。ただ、扇辰師匠の時だけは予約を。(以上、席亭に代わって宣伝)

木曜日, 10月 06, 2016

新宿末広亭10月上席・夜の部「橘家文蔵襲名興行」

一昨日(4日)新宿末広亭で開かれた10月上席・夜の部「橘家文蔵襲名興行」を聞いてきた。出演者と演目は下記の通り。

 〜 仲入り 〜
・襲名口上
(柳家喬太郎、五明楼玉の輔、桂藤兵衛、文蔵、春風亭一朝、柳家小さん)
三増紋之助   曲ごま
柳家喬太郎  『ウルトラマンジャックの由来』
桂藤兵衛   『狸賽』
ダーク広和   手品
 〜 写メ・タイム 〜
橘家文蔵   『子別れ』

落語界随一のコワモテとして有名な橘家文左衛門が三代目橘家文蔵を襲名。その襲名披露興行が上野鈴本演芸場に始まり、新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、国立演芸場の5か所で50日間にわたって行われている。

襲名口上は喬太郎が司会のもと玉の輔、藤兵衛、一朝、小さんが挨拶というか文蔵にまつわる暖かいコケおろし話を披露。そして、小さん師匠の音頭のもと三本締め。客席は8割程度の入りだったが、盛大な拍手が会場に鳴り響いた。

トリの文蔵が一席話す前になぜか写メ・タイム。最初は師匠1人だけだったが、途中から楽屋にいた出演者たちが登場。缶ビール片手の喬太郎は「I ♥ Ikebukuro」のTシャツ。(笑)最後は裏方さんも登場して2〜3分の撮影タイム。誰かが「おいおい、こんなにみんな写真撮るの」と驚いていたが、周囲を見渡すと誰もスマホかデジカメで撮影していた。確かにあんなに一堂に会して写メが行われる光景は私も初めて見たかもしれない。

『子別れ』は大工の熊五郎が別れた女房のおみつと息子の亀と再会するという人情噺。文蔵はこの有名な演目を、時にドスの効いたコワモテを取り入れながら、しっとりと聞かせる。女房おみつを演じる時の仕草は色っぽい。また酒を止めて精進直した熊五郎の鯔背な感じもいい味を出している。そして、亀を演じるときは何か楽しそうでほのぼのとする。

文左衛門という名が消えるのちょっと惜しい気がするが、文蔵という名は落語界の名跡の一つであるから、今後は師匠には新しい文蔵という名をを作り上げ、広めていってもらいたい。

水曜日, 9月 28, 2016

若き才能が逝くのは勘弁してもらいたい

1973年に渡米して以来私はメジャーリーグ・ファンである。その私にしても今回のマイアミ・マーリンズのホセ・フェルナンデス投手の死ほど衝撃的なことはかつてなかった。

これまでに現役中のメジャーリーガーは飛行機事故などで何人も亡くなっている。もっとも有名なのは1972年にニカラグア地震の救援物資搬送中に飛行機事故に遭ったロベルト・クレメンテ外野手(ピッツバーグ・パイレーツ)だろう。また、1979年にはニューヨーク・ヤンキースのサーマン・マンソン捕手が自家用飛行機の墜落で亡くなっている。この2人の背番号は共に永久欠番になっている。他にも、日本ではあまり知られていないが、2006年にアスレチックスやヤンキースで活躍したコリー・ライドル投手が自家用機でマンハッタンの高層マンションに衝突したのも私には記憶に新しい。

今回のフェルナンデスの死がなぜ衝撃的かといえば、彼の若さである。フェルナンデスは肘靭帯の再建手術(いわゆるトミー・ジョン手術)を克服して、2015年後半より復活して今年(2016年)は16勝を上げてメジャーを代表する投手として名乗りをあげようとしていた24歳だったからだ。上記のクレメンテは38歳、マンソンは32歳、ライドルは34歳と絶頂期を過ぎてからの死だったが、フェルナンデスはまだ24歳と若く絶頂期を迎えた選手とはとても言えない。加えて、誰もが彼の才能を認めていて、今後の活躍が期待されていたからだ。それゆえに、彼が夭折してしまったのが悔やまれてならない。

スポーツ選手は時に自分の動体視力を過信して過ちをおこすことがままある。フェルナンデスの死の原因は明らかではないが、スポーツ選手がこうした過ちを繰り返すことはもう勘弁してもらいたい。特にまだまだ才能を伸ばせる若き選手たちの死はもう知りたくない。

火曜日, 9月 27, 2016

買い物難民という負担増

5月に碑文谷ダイエーが閉店してから(現在は12月オープンのイオンスタイルに改装中)日常生活に負担が掛かっている。というのも、これまでは何か欲しいものがあれば、徒歩1分でほとんどのものを取り揃えることができた。

ところが、今は自宅周辺は陸の孤島化してしまい(コンビニすらない)、いわゆる「買い物難民」になってしまった。そのために、買い物は自転車に乗って近場の駅周辺へ行くしかなくなった。自転車の買い物というのは意外に限界があり、籠一杯分しか買うことができない。そのために2往復しなければならない日もある。加えて、8月中旬以降は雨が多かったために自転車を使うことができず、徒歩で行かなければならない日も多かった。

こうした生活の変化というか負担増は色々なところに響いている。ブログを書く時間も減るし、また書く気も失せてしまう。ネットを見ることする滅入ってしまったりする。料理にしてもどうしてもレトルト食品や出来合いの惣菜などにしてしまう。

秋雨はやっと終わりになったようだが、目の前のスーパーがオープンするには2ヶ月以上もある・・・。早くオープンしてくれ〜。

木曜日, 9月 22, 2016

地方政治批判は安倍政権批判へのガス抜き

テレビのワイドショーやニュース番組は豊洲市場の地下空洞問題や富山市議会の領収書問題など地方政治のことは取り上げるが、甘利明の金銭疑惑、稲田防衛大臣の領収書問題などは一切報じない。いかに今のテレビが政権に媚びているかがわかる。

では、どうして地方政治のことは取り上げるのに国政のことは取り上げられないからといえば、政権による報道機関への圧力以外の何ものでない。テレビ局は電波法の免許を盾に安倍政権に雁字搦めにされている。このことによって利益を得ている親会社である新聞社も同様に何も言うことができない。

こうしたことによって、テレビ局にしても新聞社にしても政権の不正を取り上げようとすると、上層部から潰されてしまうのである。それに対して地方政治は直接安倍政権を批判することにならないので、ハードルが下がり取り上げることができるのである。つまり、安倍政権批判はできないが地方政治批判で憂さ晴らしをしているのである。このことは政権側にとってはマスコミのガス抜きにもなり好都合でもある。

何とも情けない話である。

このようにマスコミがいかに政権に屈しているかが分かる。マスコミで働いている人々は、自分たちが政権に飼いならされているかを解っているのだろうか。

木曜日, 9月 15, 2016

パラリンピックのメダル目標などいらない

写真は今日(9月15日付)の朝日新聞夕刊である。1面トップにリオデジャネイロで開かれているパラリンピックのことが書かれている。

今回のパラリンピックには日本から17競技に132人の選手が出場している。そして、記事には「メダル量産」と書かれている。しかし、日本のメダル目標は当初金メダル10個、メダル総数40個の獲得というものだった。ところが、日本は大会8日目を終わってメダル数は銀7個、銅9個の合わせて16個で金メダルは0である。残り日程は4日なので金メダル目標の10個もメダル総数40個も正直とても無理である。

私は別にバラリンピックを否定をするつもりはない。しかし、なんでパラリンピックまでメダル目標を設定する必要があるのだろうか。パラリンピックは身体障害者の祭典である。ただ、その祭典も義足など道具の発展によって疑わしく思う競技もある。一方で、車いすバスケット、車いすラグビー、ブラインドサッカー、シッティングバレーボールなど健常者でも難しく面白いスポーツもある。それゆえに、私も深夜にテレビ観戦したりする。

ただ、観ながら思ってしまうのがメダル目標が必要なのかどうかということである。別に健常者と障害者を差別・区別するつもりはないが、障害者スポーツはどうみても健常者スポーツより身体的ハンデが大きいように思う。車いすバスケットを見ていても、背の高い選手は普通のバスケット以上に有利であり、日本は相対的に不利であり如何ともしがたい。また、陸上競技にしても、義足の進化進歩は明らかに欧米人の方が上で日本をはじめ東洋人は苦渋を舐めている。

こうなると、メダル目標なんて作ること自体がどことなくおかしいと思わざる得ない。しかしながら「目標なくしてメダルなし」みたいな前時代的な発想を抱く体育関係者は多い。健常者のオリピックにしても「国威発揚」とか馬鹿な解釈のもとにメダル目標を作っている。

いい加減メダル至上主義を止めてもらいたい。

水曜日, 9月 14, 2016

言論の自由、表現の自由を守るために「日刊ゲンダイDIGITAL」を購入

以前私は朝日新聞、日本経済新聞、日刊スポーツと3紙を購読していた。だが、2010年ごろに日経の購読をやめた。株価が低迷していたこともあるが、ネットで株式情報を容易く得ることができるようになったからである。

最近は朝日新聞の購読もいずれ辞めようかと考えている。なぜならば、紙面の半分は広告、その上、スポーツに4面から6面も割いたりしている。以前は充実していた夕刊の文化面も色褪せてきた。そして、何よりも本来伝えなければならない出来事や裏事情を伝えていない。骨抜き状態である。こうなると、もう読む気がしない。ただ、母親が読んでいるのでしばらくは購読を続けるが・・・。

で、今月より日刊ゲンダイDIGITALを購入した。今日ある新聞のなかでまともなのもはや東京新聞と日刊ゲンダイぐらいだろう。というのも、この2社は総務省に牛耳られているテレビ局を抱えていないので、自分たちの主張をしっかりと伝えられるジャーナリズム精神が宿っているからだ(と信じたい)。

ご存知のように日刊ゲンダイは今でも自由な発言が多く紙面を賑わしている。政府や原発村に媚びることはない。大手マスコミが報道しない沖縄のこともしっかりと書いている。小池都知事のグレイなところも追及している。スポーツ界芸能界の裏話も面白い。

日刊ゲンダイDIGITALの1ヶ月の購読料は2,200円である。この値段か高いか安いかは人によって判断が異なるだろうが、私は言論の自由、表現の自由を守るためならば決して高いとは思わない。