火曜日, 12月 07, 2010

江戸文化の仕掛人・蔦屋重三郎

先日(3日)、六本木ミッドタウンにあるサントリー美術館で開かれている『歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎』展を見てきた。

蔦屋重三郎(1750年2月13日〜1797年5月31日)は江戸時代の編集・出版人である。浮世絵の喜多川歌麿、東洲斎写楽、戯作の山東京伝、狂歌の大田南畝といった人々の作品を世に送り出したことで知られる。また、吉原のガイドブック『吉原細見』を独占的出版販売をしたり、狂歌と浮世絵を合体させた豪華な狂歌絵本の刊行するなど、当時の流行文化を作り出した仕掛人でもあった。

展覧会は第1章から第4章までに分かれているが、どのコーナーも見所いっぱいで、音声ガイド(500円)を使いながら約3時間を費やして見回った。

第1章「蔦重とは何者か? 江戸の名プロデューサー」
蔦屋重三郎は吉原生まれ吉原育ちという恵まれた環境(?)で過ごした江戸っ子だ。それゆえに、1770年に最初の本屋(耕書堂)を吉原大門の前に開いた。そして、ここで貸本業を皮切りに狂歌本、浮世絵などを出版するようになり、江戸の一大出版プロデューサーになっていく。展示物には蔦屋重三郎の店先の口上絵(葛飾北斎画)、彼自身が狂歌本作者でもあったことなどについても解るようになっている。

第2章「蔦屋を生んだ吉原 江戸文化の発祥地」
蔦屋を最初に有名にしたのは「吉原細見」。地の利を活かして、お店の詳細なことまでが記されていて、年2回(春と秋)定期的に出版され、爆発的な売れ行きを誇ったようだ。しまいには他の類似本をも席巻してしまい、独占販売するような状態になったと言われる。この「吉原細見」の他に、礒田湖龍斉の「雛形若菜模様」シリーズ、喜多川歌麿の「青楼十二時 続」の全12枚など数多くの吉原にまつわる浮世絵が展示されている。

第3章「美人画の革命児・歌麿 美人大首絵の誕生」
喜多川歌麿は蔦屋重三郎に見いだされるまでは、細判の役者絵や絵本、美人画などを描いていた。それが、重三郎のもとで狂歌絵本『百千鳥』など植物、虫類、鳥類、魚貝類を題材にした精緻な作品を描くようになってから、稀にみる才能を発揮していき、独自の美人画を描くようなった。歌麿というと浮世絵が有名であるが、肉筆画も数多く描いている。現在は約40点ほど残されているらしいが、そのうちの「夏姿美人図」が展示されていて、これはもう生唾もの素晴らしい出来だった。

第4章「写楽『発見』 江戸歌舞伎の世界」
東洲斎写楽の役者絵を数多く展示。また、他の浮世絵師と写楽の絵を比較していて、役者そのもの特徴がわかるようにもしている。それにしても、東洲斎写楽はいったい誰であったのだろうか。

「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展
2010年11月3日(水・祝)〜12月19日(日)
http://www.suntory.co.jp/news/2010/10814.html

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